デラス村
エミルとルドが今後の方針について話し合っている頃・・・
雷神は、猛烈な勢いで山の中を駆け巡っていた。
彼女がそんな行動に出た理由は、遠くの方で人の気配を僅かに感じたからだ。
エミルとルドを待つのも面倒くさかった雷神は、取り敢えず人が居ると思われる場所に行ってみることにした。
彼女は基本的にその魔力量の多さが注目されがちだが、その小柄な体に秘められた身体能力は完全に人間の常識の範疇を越えてしまっている。
彼女の全速力は彼女の調子次第で音速にまで達し、彼女の通り過ぎた後はそれによって発生したソニックブームで尋常ではない被害が起きている。
無論、力が大幅に削られている今では音速級の走りは出せないが、それでも時速三百キロ程度なら彼女にとってはランニングとほぼ一緒だった。
そんなこんなで、彼女は大して時間もかけずに村へと到着する。
そして彼女の目に飛び込んで来たのは、穏やかで、暖かな村の風景だった。
道には露天商が立ち並び、いろいろな野菜や果物を運んでいる子供や老人が穏やかに笑いながら歩いている。
あちらこちらでは露天商とは別に店が立ち並び、村の子供たちは家の間を駆けながら遊んでいる。
「うわぁーー! 楽しそう!」
煤けた城に長い時間閉じ込められていた雷神にとって、温かみに溢れた村の風景はとても魅力的に映った。
彼女は村の方へ歩き出すと、いろいろな店を見て回る。
すると、近くにいた一人の老婆がふと気づいて雷神に話しかけた。
「おやまぁ、見ない顔だねぇ。お前さんどこから来たんだい?」
「えーと・・・近くのお城からかなぁ。ずっと閉じ込められてたけどようやく出られたんだ!」
老婆は一瞬ポカンと口を開いたが、暫くすると大きな声で笑いだした。
「ハッハッハッ! 面白いことを言うお嬢ちゃんだねぇ。そりゃ腹も減っているだろうし、家で何か食べていくかい?」
どうやらこの老婆は、雷神がホラを吹いていると勘違いしているようだ。
だがアウトラセル城の存在を知らず、まさか目の前にいる少女が神族だとは知りもしない老婆を責めることは出来まい。
そして案の定、老婆の反応に一切の不信感を示さない素直な雷神は、老婆の言葉に頷いた。
「うん! 二万年くらい食べてないかなぁ。美味しいの作ってね!」
その言葉を聞いた老婆はまた愉快そうに笑うのだった。
========================
ここは、老婆の家である。
使い古された家具が並び、質素だが何とも暖かい印象を与える家だ。
テーブルには、ほのかに湯気が立ち昇っている鍋と、いろいろな料理が並び、見事にテーブルの上を彩っていた。
「うわぁ! 美味しそう!」
思わず雷神は叫んだ。
雷神は神族であるがゆえに食物を摂取したり水を補給する必要がないのだが、純粋に楽しむ目的で食べ物を食べることは出来る。
因みに、料理が出来上がった直後に早くもつまみ食いを行おうとした雷神だったが、それを見逃さなかった老婆に一喝された挙句、「飯を食いたかったら、手を洗え!」と言われたことで、洗剤がすっからかんになるまで手をゴシゴシ洗っていたのはここだけの話である。
老婆も雷神の反応には満足そうだ。
「そりゃ、私の特製手料理だからねぇ。不味いわけないじゃないかい」
そう言うと、彼女はまた豪快に笑う。
雷神も釣られて笑うが、ふとテーブルの上にある食器が雷神の分も除いて五人分あることに気付いた。
すると、雷神の視線に気づいたのか、老婆も食器を指さして言った。
「ウチには、まだ私とは別に四人も家族が居るからねぇ。もう少し待っていれば来るかも・・・・って言ってたら帰って来ちゃったよ」
彼女が言葉を言い終わるか終わらないかくらいのタイミングで、二人の元気な子供が部屋に飛び込んで来た。
一人は男の子で、もう一人は女の子だ。
「婆ちゃん! 腹減ったーー早くご飯!」
そう言うのは、男の子のほうだ。
早くも食器を持って、食べ始めようとしている。
だが女の子の方は手を洗い始め、いそいそとテーブルに座る。
「こら、シド! 早く手を洗わんかい!」
途端に老婆の一喝が飛ぶと、シドと呼ばれた男の子は軽く飛び上がり、慌てて手洗い場に直行する。
すると、席に座っていた女の子はそこで初めて雷神の存在に気付く。
「あれ・・・お婆ちゃん。この子誰?」
「何でも、この近くから来たんだとさ。腹減ってるみたいだったから連れてきちゃったよ」
それを聞いた女の子は、雷神に尋ねた。
「ねぇ、名前は何て言うの?
すると、雷神は自信満々に答えた。
「雷神! みんなそう言ってる!」
デジャヴと言うのも変な話だが、女の子はポカンと口を一瞬だけ開けると、感想に困ったような表情を浮かべる。
対して老婆の方は、ゲラゲラ笑い転げている。
「本当に面白い子だねぇ。気に入ったよ」
「えっと・・・・・私はミル。宜しくね」
返答に困った挙句に、そう言った。
どうやら、雷神の言葉に関してはスルーすることにしたようだ。
対して、自分の発言の何所が変だったのか分かっていない雷神は、キョトンとしている。
すると、老婆の言いつけをしっかり守ったシドもやって来た。
「あれ? 誰なのコイツ?」
「コイツとは失礼な! アタシは雷神だぞぉ!」
「・・・・失礼しました」
シドに至っては完全にヤバい奴という認識で収まったらしく、何故か敬語で謝罪をする。
まさに文字通り「触らぬ神に祟りなし」というような調子だ。
だが、シドの目は敬遠気味の反応を示しながらも、何故か泳いでいる。
チラチラと雷神の方を向いては、雷神がシドの方向を見ると目をそらす。
「・・・・ふーん」
何かを悟ったように、ミルは落ち着かない様子のシドを見ている。
対する老婆は、小さな子供たちの間で渦巻く微妙な空気に気付いていないようだ。
「それじゃ、食事にしようかね!」
そんな老婆の合図で、四人の食事が始まった。
=====================
因みに、エミルとルドが雷神の不在に気づいたのは、まさに四人の食事が始まった時だった。