身近な所から
「久しぶりの外の空気だぁーーー! 最高ーーー!」
二万年ぶりに外に出た雷神は、大きく伸びをすると辺りを駆け回る。
一見すると小さな女の子が外ではしゃいでるようにしか見えない、何とも微笑ましい光景だ。
実際の所は、世界最強の神が二万年も閉じ込められた後にやっとのことで解放されたという、かなりヘビーな裏事情があるのだが。
「どうする? 雷神は解放できたし、これから先は色々と忙しくなるはずだぜ」
ルドの方は、少し心配そうだ。
ルドはエミルの方に近づくと、雷神に聞かれない程度の小声で言った。
「あのバカが、とんでもない花火を打ち上げたせいで一部の神族には雷神の解放が知られていると思うぜ。このままじゃ、歓迎できねぇ客人が群れを成してやって来るのも時間の問題だな」
「でも・・・さっき私とルドが使った、移動術式を使えば簡単に移動できるんじゃないの?」
エミルが言うのは、ルドがアウトラセル城まで移動するために召喚した「空間歪曲陣」のことだ。
本来なら、何日もかかるはずの道のりを僅か数分で移動することが出来る優れ物だが、ルドは首を振ると少し残念そうに言った。
「悪いが、雷神を連れてくるならあれはもう使えねえ。雷神のアホみたいな魔力に俺の創った異空間が耐えられるとは思えねぇからな。アイツの魔力は、どんなところに居ても最終的にはアウトラセル城の中に吸収される仕組みになっているから、アイツの体から城まで魔力を転移させる過程で、俺の異空間が破壊される可能性が高いんだ」
「そうなると・・・・もしかしてデグルド大陸まで戻るには・・・」
「歩き、もしくは乗り物を使って急いで戻る・・・・ってところか」
思わず、エミルは地面に崩れ落ちた。
アウトラセル城から、デグルド大陸の砦まで戻るにはどう考えても数カ月はかかる。
加えて、数カ月の期間を戦力不足の人間族が耐えられる保証は皆無だ。
「どうしたら・・・いいの・・・」
まさかの事態にエミルは茫然とする。
戦力を増強したとしても、それを使うことが出来なければ何の意味もない。
おまけに、雷神が解放されたことで大量の敵軍が襲って来る可能性があることも考えれば、そもそも生きてデグルドの砦まで帰れるかも分からない。
だが、ルドは打ちのめされた様子のエミルの肩に軽く手を置くと、言った。
「ここでそんなことを心配しても意味なんか無いぜ。肝心なのはこれからどうするかだ。ここでメソメソするのと、前を向いて立ち上がるのでは大きな違いがあるぞ」
ルドはそう言うとエミルの手を取り、支えながら立たせる。
「お前は人間派のリーダーだろ。俺たちの大将なら、もっとシャキッとしな!」
そう言うと、ルドはエミルの背中を思いっきり叩いた。
痺れるような痛みが、エミルの背中を走る。
だが、気が付くとエミルの心は不思議と軽くなっていた。
「あれ・・・どうしたんだろう。気分がかなり楽になった・・・」
思わず彼女は呟く。
するとルドは笑いながら言った。
「背中を叩いた時に、エミルから貰った「祈りのエネルギー」も同時に入れさせてもらったよ。祈っていた時のエミルは、もう少し前向きだったってことじゃないか?」
心が落ち着いてきたことで、エミルの中でもやるべきことが少しづつ見えて来た。
状況が悪くても、それが諦めに繋がることはない。
雷神を味方に付けるという、最大の目標が達成できた今、何を心配することがあろうか。
「そうね。このまま立ち止まっていても何も起こらないわ。だったら、精一杯足掻いてみようじゃない」
それを聞いたルドは、満足そうに頷く。
「その意気だぞエミル。雷神はアホだが戦力としては最強だし、俺も出来る限りエミルを支えるつもりだ。よろしく頼むぜ大将!」
そう言うと、ルドはエミルに右手を差し出す。
それを見たエミルも右手を差し出すと、その手をしっかりと握った。
「こちらこそよろしく頼むわ、ルド」
こうして、エミルとルドは改めて結束を固めた。
が、一つだけ忘れていることがあった。
「そういえばあの雷神は何所だ?」
先程まで、辺りを駆け巡っていたはずの雷神の姿が無い。
雷神の叫び声で騒がしかったはずなのに、今では完全な静寂に包まれている。
「まさか・・・魔獣に攫われたんじゃ!」
エミルは血相を変えてルドに言ったが、ルドはその可能性を否定する。
「あり得ねぇ。このあたりに魔獣は殆どいないし、そもそも雷神を相手に生きて帰れるような魔獣はギャロス大陸の危険区域にすら殆どいないはずだ・・・」
と、なると・・・・
「あのアホ、勝手にどっかに行きやがったな!! エミル、この辺りでアイツが興味を持ちそうな場所はあるか?」
急いで、エミルは羊皮紙に書かれた地図を調べる。
地図には、アウトラセル城までの行き方とは別に、周辺の建物なども書かれていた。
「ええと・・・・一番近いのはデラス村という村落があるけど・・・」
「アイツは昔から、人の気配を感じるとその方向に行きたがる癖があるからな。間違いなくアイツはデラス村にいるはずだ」
「けど・・・ここからかなり離れた場所にあるのに、何で分かるの?」
「簡単な話さ。アイツの魔力探知能力が桁外れに高いからだよ」
そう言うと、ルドは呪文を唱えだした。
すると、エミルの足元にまた魔法陣が現れる。
「ここからその村まで一気にワープするぞ。座標を教えてくれ」
突然のワープ移動宣言にエミルは慌てる。
「でも・・・ここからデラス村まではかなり離れているわよ? もしかしたら雷神様を追い越しちゃうかも・・・」
だが、ルドは「心配ない」とだけ言うと、エミルから地図を受け取り、場所を確認する。
そして、再びワープする直前にボソッと呟いた。
「アイツの足の速さは普通じゃない。今頃、村で食べ物でも物色しているだろうよ」