最後の希望
ここは、デグルド大陸最大の都市であるヘルドロムの真ん中に位置する砦の一角。
そこには一人の女性が居た。
彼女の名前はエミル。
まだ十八歳の少女だが、神の二大派閥の一つである「人間派」のリーダーだ。
リーダーではあるが彼女自身が神族なのではなく、人間達の中でも一番のリーダーという意味だ。
人間派の最大神は、半年前に二大勢力によるぶつかり合いが始まってから前線に赴き、もう半年も戻っていない。
死んでいることは無いだろうが、神族同士の衝突がどれほど凄まじい物かを自分の目で既に確かめているエミルとしては、気が気ではない。
人間派の勢力は最早風前の灯状態である。
今の所は圧倒的な敵軍の数の力を、人間側の神の「質の力」で止めているが、逆に言えば神に万が一のことがあれば、崩壊は免れないという意味でもある。
数で押すことが出来る神族派と違い、人間派の駒はかなり限られているため、相手の勢いを止めることは出来ても、押し返して進撃することは出来ないのが現状だ。
エミルは深く溜息をつくと、砦の遥か彼方を見つめる。
神族と人間族が入り乱れて戦っているであろうその場所には、エミルの昔からの親友も数多く含まれている。
もうすでに数万単位で人が死に、このまま戦闘を続ければどうなるかは明白だ。
しかし、戦うことを放棄することは出来ない。
神族派の神にとって、人間とはただの駒であり道具だ。
デグルド大陸の向こうにあるギャロス大陸は神族派の総本山であり、最大の支配地域だがギャロス大陸での人間の扱いは、最早家畜も同然だ。
ただ働くことだけを要求され、労働力を増やすために無理やりでも子供を作らせるのが彼らの「常識」であり、消耗品と見なされている彼らに人権は無い。
金や自分の力を捧げることで、神の手先として生き延びることが出来るようだが、元々豊かではないギャロス地方の中で大金を献上できる人間は殆どおらず、女性や子供、年老いた老人などは神が求めるような戦力になることも出来ない。
そんな人間達は皆、地獄のような労働の果てに死んでいくのだそうだ。
エミルは、そんな世界が許せなかった。
どんなに困難でも、どんなに相手が強大だろうと、世界中で神の支配下に置かれてしまった人間達を全員解放することが、エミルの望みだった。
だが、現状は甘くない。
圧倒的な勢力の神族軍を相手に人間軍は少しづつ押され続けている。
この世界にある五つの大陸の中で、唯一神族派の支配から免れているのがこのデグルド大陸のみである以上、何としてもここを死守しなければならない。
「何としても・・・・ここを守らなければなりません。ですが、最早我々に手札は無い。天地はいよいよ我ら人間をお見捨てになられるのでしょうか・・・・」
エミルは祈る。
どんな手段でも良い。
この世界を、このどうにもならない現状を変えることが出来るなら、私はそれに賭けると。
神と戦っているこの状況で、神に祈るなど愚かの極みだったがエミルはそれでも祈る。
「天よ! 地よ! 我ら人類に最後の望みを!」
エミルが、願った時だった。
突如として、強烈な光が現れエミルの目を射抜く。
思わず顔を伏せたエミルだったが、その光の中から誰かが出てきたのだけは見えた。
そしてその光が収まった時・・・
「久々だよ。俺を呼び出すくらいの祈りを捧げた人間は」
エミルの目の前に一人の男が立っていた。
大体三十歳くらいの男で、身長は高く、どこか掴めない雰囲気を出している。
服装は冒険者風という感じだが、それ以上にかなり強い魔力を発していた。
思わず、エミルは小さく悲鳴を上げると後ろに下がる。
その反応を見た男は、少し満足そうに頷くと話し出す。
「本当に久々だよ。前に呼び出された時は二度と呼ばれるのは御免だと思ってたが、君みたいな美少女に呼び出されるなら呼び出される甲斐があるってもんだ」
男はそう言い、未だに状況が飲み込めていない様子のエミルに軽く笑いかけると、懐から一枚の紙を取り出し、再び話し出す。
「状況が分かってないみたいだけど別にいいさ。今まで呼び出されたのは人生で四回だが、君を含めて三人はそんな顔をしていたよ」
そして彼は、被っていた帽子を取るとエミルに敬礼する。
「お初にお目にかかります。俺は「願望神」ルド、この世界の人間派とか言うのに属する神さ」
「が、願望神と言いますと、迷える者に導きを施すと言われるあの願望神様で御座いましょうか!?」
エミルの半分裏返った声を聴いたルドは軽く笑うと頷いた。
「俺の力は君の願いを聞き、その願いを達成するための最適解を示すことさ。かなり力を使うから連発は出来ないが、出来る範囲で君の願いを叶えるよ。それに見合うだけの「祈り」を捧げてもらったからね。俺の力の原動力は人からの祈りだから、君が祈った分だけそれに見合う答えが出るはずさ」
エミルは、目の前にいる願望神の言葉を聞くと、不思議と心が落ち着いてくるのを感じた。
勿論、彼女が望むのはただ一つ。
エミルは、力強い口調で言い放った。
「この世界の人間を神族派の支配から解き放ち、永久の平和の時を取り戻す。これが私の望みです!」
すると、ルドが持つ紙が急に強い光を放ちだす。
「君の願いを叶えるための方法が、これからこの紙に映し出されるよ。上手くいけばそれを達成するために必要なアイテムも出てくるはずさ」
紙から放たれる光はしばらくすると収まり、その代わりに紙には文字と魔法陣のようなものが書かれている。
「これが君の願いを叶える方法さ。どれどれ・・・・・『其方の願いを叶えるならば・・・・」
紙に書かれた内容を読み始めるルドだったが、暫くすると、彼の表情が豹変する。
柔らかな表情は鉄仮面のような無表情に変わり、読み終えた後の彼の表情はどこか疲れているようだった。
「・・・・ウソだろ。俺は認めない、認めねぇぞ!何であんな怪物をまたこの世界に戻さなきゃいけねぇんだ!アイツが封印された時は、心底ホッとしたっていうのによ!」
「願望神様・・・・一体どのようなことが・・・」
エミルの言葉が終わらないうちに、ルドはエミルに紙を突き出す。
「読め、嬢ちゃん。そして覚悟しろ。嬢ちゃんが目標を達成するにはあのアホを配下にしなきゃいけないらしいぜ」
紙にはこう書かれていた。
『其方の願いを叶えるならば、古より封印されし雷神を配下に加えよ。さすれば活路は開かれる。』
「やめた方がいいぜ嬢ちゃん。何せあいつは大昔に大暴れして封印された正真正銘の怪物だ。少なくとも俺は関わり合いになりたくねえな」
だが、エミルは不思議と直感していた。
勿論彼女は雷神が誰なのかを知らない。
それでも古より伝わる雷神、その存在はエミルの心の何かをしっかりと掴んでいた。
「・・・・願望神様。この雷神様はどこにいらっしゃるのでしょうか」
その言葉を聞いたルドは、天を仰ぐようにして呟いた。
「やっぱ出てくんじゃなかったぜ・・・・・・」