尋問
「・・・で、どういうことなんですか?」
腕を組んで難しい顔をしているアレスの問いに答えるのはルドだ。
「それは・・・この子はいわゆる『強化人間』と言うやつで、私がこの子の力を強化して出来上がった対神族用の戦闘マシーンというかなんというか・・・」
訳の分からない言い訳を必死になって捻りだしているルドは、チラチラと雷神を睨みながら弁明を続ける。
村に到着したルドとエミルは、明らかに雷神が神だと疑われている様子を一目見て察し、慌てて対策を始めた。
仮にここで雷神の存在がバレてしまうと、良からぬ連中が押し寄せてくるのは避けられないからだ。
そこで考え出した言い訳はこんな感じである。
山賊に襲われて家族を失ったジーン(=雷神)は、どうしても山賊を倒したいと願望神であるルドに頼み込む。
そこでルドは、ジーンの体に特別な結界術式を埋め込み、神族すら倒せるまでに力を強化した。
だが、ジーンはルドが目を離したすきに何処かへ逃げ出し、やっとのことで見つけ出した・・・という感じだ。
ジーンという偽名は「らいじん」の後ろ二文字を改造しただけだが、それはどうでもいい話だ。
雷神が口走ったアウトラセル城のことに関しては、ルドが話して聞かせたおとぎ話のことにしてある。
だが、万が一に備えてアウトラセル城に簡易結界を張りに行くなどして、ルドはこの日はずっと雷神のやらかした不祥事の尻ぬぐいに奔走した。
そんなこんなで夜を迎えた。
ルドが雷神に拳骨をかまし、エミルも雷神に一時間余りの説教を浴びせるなど中々ヘビーな日程の中でも雷神に対する怒りを忘れない二人だったが、この日のメインイベントはこれからだった。
ルドは魔法陣を呼び出して別空間への扉を開けると、雷神とエミルを連れて中に入る。
因みに現在三人が居るのは村人達とは少し離れた空き家で、神族であるルドを迎えるために村人たちが好意で用意してくれた場所だ。
その為、何をしても他の人の目に付かないのは中々の好条件だった。
魔法陣の中を通り、気が付くと無機質な真っ白の部屋に三人は入っている。
そして、その中にはすでに先客が居た。
「なぜ貴様がここにいるのだ。そもそもお前はこの世界を嫌っていたはず・・・・」
案の定ジャルトである。
全身には金色の鎖が巻かれ、ジャルトの体を完璧に固定している。
加えて、その鎖にはルドが呪文を唱えると自動的に縮むようにプログラムされており、具体的な例を挙げると西遊記の孫悟空が付けている輪っかのようなものである。
そのため、ルドは拷問器具としてもその道具を気に入っていた。
「お前には聞きたいことが山ほどあるんでねぇ。少し乱暴だがこういう形を取らせてもらったよ」
「・・・・殺すなら殺せ。どちらにせよ何も言うことは・・・・」
その途端に、金色の鎖が途轍もない力でジャルトの体を締めつけにかかる。
ジャルトの苦しそうなうめき声が生々しく部屋に響くが、それでもルドの呪文は止まない。
そしてそれに対抗するかのように、吐血しながらもジャルトは白状する素振りすら見せない。
「このままじゃ話さないと思うわ。もっと別の方法を・・・・」
そうエミルが言いかけた時だった。
バキッという音が辺りに響くと、ジャルトの巨体が突然宙に浮いた。
そして数メートルの大飛翔を見せたジャルトはそのまま壁にぶつかると、地面に墜落する。
雷神の蹴りが、ジャルトの顔面を直撃したのだ。
「吐かないなら吐くまで痛めつけるだけよ。どちらにせよザクロに関しては色々話してもらわなきゃいけないんだから」
「おい! いい加減にしろ!!」
途端にルドは呪文を止めると雷神を制止する。
流石の雷神もルドを吹き飛ばしてまでは攻撃をする気は無かったらしく、軽く舌打ちだけすると一歩後ろに下がった。
するとルドはジャルトに言う。
「こいつはお前みたいな下級神族を倒すための強化人間だよ。別に神族ってわけじゃ・・・・」
「・・・・ウソだな」
だが、ジャルトは間髪入れずにルドにそう言い放った。
その強い口調から、ジャルトの言葉が確信をもって発せられているのが良く分かる。
「ウソが下手だな願望神よ。お前のような平和主義者が人間の少女をこのような戦闘兵器にするわけがない。加えて言えば、肉体強化の術式は色々あるがこのジャルトを一方的に攻撃できるだけの強化術式は発明されておらん」
「それを言うなら俺は願望神だぜ? 願望を力に変えるのが俺の力だ。だったらそれが出来るのは変じゃないと思うけどな」
そんなルドの反論にもジャルトは落ち着いて答える。
「そこの少女の体から魔力は殆ど感じない。もし貴様が魔力を力に変えて術式を組んだのであれば、貴様特有の「祈りのエネルギー」が嫌でも感じられたはずだ。仮にお前が「魔力を使わずに術式を組む」ような器用な真似が出来るのであれば話は別だが・・・・」
どうやらこの男に言い訳は出来ないらしい。
「・・・そうだよ。こいつは神族だ。しかも俺以上の上級神で、お前が仕えているザクロよりも昔から生きている神。その名も雷神だ」
「雷神・・・・聞いたことが無いな」
「当然じゃない。アタシのことを他の奴らが言うわけないし、ずっと城の中に閉じ込められていたんだから」
ジャルトの言葉に憤慨するように雷神は言った。
すると、ルドはジャルトに一歩だけ詰め寄ると言った。
「ザクロは性格はアレだが、強さは一級品だ。今の俺たちの現状としては衝突するのは避けたい」
「口止めでもしようというのだろうが、それは無理な相談だ。このジャルトがザクロ様に背くような真似は・・・」
と、ジャルトが拒否を告げようとした時だった。
突然、今まで何もせずに立っていたエミルが、隠し持っていたバックから紫色の液体が入った瓶を取り出すと、ジャルトに向かって投げつけた。
慌てて回避しようとしたジャルトだったが、グルグル巻きの状態で回避することは叶わず、ビンはジャルトの顔面にヒットした。
「うおっ! 貴様一体何をする!」
ジャルトがそこまで言った時だった。
突然、ジャルトの視界がはっきりしなくなると、意識も朦朧とし始める。
訳が分からずぼんやりとした表情を浮かべたまま硬直するジャルトだったが、遠く離れていく意識の中で若い女の声が聞こえるのは分かった。
「これは、迷いの森の中に自生している『錯乱の花」を使った自白剤ですよ。相当効き目が強いので神族でも抗うことは難しいはずです」
エミルの声である。
続いて、最早何を見ているのかも分からない白濁した意識の中でルドの声が聞こえて来た。
「次にお前が目覚めるときは、全て話し終わった後さ。それまでせいぜい眠っててくれや」
そこから先は覚えていない。
錯乱の花というのは意識だけを刈り取り、後は言われたことにただ答えるだけの操り人形にしてしまう、恐ろしい毒薬を含んだ毒草で、皮膚からでも入って来てしまうため取扱いには相当気を付けなければならない危険物だ。
人間が摂取すると半永久的に意識が戻らないこともあるほどの恐ろしい代物だが、神族であるジャルトに限っては大丈夫だろう。
だが、死ぬことは無いというだけで、「耐えられた」わけでは無かった。
ジャルトの意識は消え、三人の前に現れたのは、言うことに何でも答える素直なジャルトだ。
「これからお前にいくつか質問をする、お前は知る限りのことを全て俺に話せ」
ルドの言葉に、ジャルトはコクコクと頷く。
そして、今後の三人の運命を決める尋問が始まった