雷神の真価
雷神は、兵士とジャルトを嘲笑うかのような笑みを浮かべると、言った。
「ザクロとか言ったわよね。あの変態クソ野郎はまだ生きてるの?」
「バ、バカなことを言うな! 人間の分際でザクロ様を侮辱するとは!」
ジャルトは必死の形相で言い放つ。
だが、本能が放つ危険信号を拒否出来ないがために、「実力行使」までは踏み込めないらしい。
周りの村人は混沌とした状況になっている。
突如として現れた女の子が、三メートル近い巨人をあそこまで怯えさせる理由が分からないからだ。
「あの子・・・一体何者なんだい?」
後ろで見ている老婆は思わずそう呟いた。
アレスも腕を組みながら考え込むようにして言う。
「ジャルト様は神族だ。となると・・・まさかとは思うがあの子も神族、下手したら高位の神族なんじゃないか?」
だが、アレスの言葉に反対する者が居た。
「そんなわけないよ! あんな・・・・あんな可愛い子が、神なわけない! 神族なんてみんな僕らを玩具くらいにしか見ていないんだ! でもあの子は・・・・」
その声の主はシドだった。
抑えきれない気持ちを制御できなくなったらしく、言葉の途中でシドは泣き出す。
隠していたはずの気持ちを完全に暴露してしまった形だが、彼の言葉は村人の気持ちを反映した意見でもあった。
人間からすれば、神とは自分達をこき使い、消耗品のように扱う悪の象徴だ。
それは特に、「神族派」の支配が強い程顕著に見られる思想である。
それだけに彼らは信じられないのだ。
仮に目の前にいる少女が神だった場合、それは「神に対抗する神」が現れたことを意味する。
すると、シドの横にいたミルが言った。
「そう言えば・・・・あの子自分のことを「雷神」て言ってなかったっけ」
「言われてみれば・・・・ただの子供にしては変なことばっかり言っていた気がするな」
ミルの言葉にアレスも同調する。
だが、彼らの中で少女=神の仮説が浮かび上がっても、それを本当の意味で証明できるのは目の前の少女がどんな行動を取るかだ。
だからこそ、村人は全てを見届けることにした。
どんな結末になっても、ジャルトと少女の間で何が起こるのか、それを見届けることにしたのだ。
彼らがどんな判断を下すかは、それ次第だった。
そんな中で、雷神とジャルトの間での緊張感はどんどん高まっていく。
すると、ジャルトは口を開いた。
「貴様は何故・・・ザクロ様のことを知っているのだ。あの方のことを知っているのは神族でもごく限られて・・・」
彼がそう言い終わるか終わらないかくらいの時だった。
突然、ジャルトの視界から雷神の姿が消える。
それと同じタイミングで、雷神を取り囲んでいた兵士たちの半分以上が吹き飛ばされる。
常人はおろかジャルトすら目で追いきることが出来ない速さだったが、もしこの瞬間をスローモーションで見ている人間が居たなら、雷神が目にもとまらぬ速さで蹴りをかまし、それによって発生した衝撃波で兵士が吹っ飛ばされたことが分かっただろう。
「なっ・・・・!!」
「所詮は人間。鍛えられていようが何だろうと私の力に対抗は出来ない。私が軽く「撫でた」だけで皆吹っ飛んじゃったから」
見ると、雷神がジャルトのすぐ後ろに立っていた。
思わずジャルトは、反射的に刀を構えると雷神に向かって振り被る。
「貴様が何者かは知らんが、その力は危険だ!!」
そして、雷神の頭に向かって巨大な刀が振り下ろされる。
刀が、雷神に触れる刹那の時間に、ジャルトは雷神の死を確信した。
身の程知らずの少女は、脳天を割られて絶命する。
彼はそう信じていた。
だが・・・・そうならなかった。
金属同士がぶつかるような音が辺りに響き渡り、火花が散る。
そして雷神の無防備な頭は、ジャルトの渾身の一撃を手を使うこともなく、避けることもなく、そのまま頭の強度のみで「受け止めて」いた。
「バカな!! 貴様は怪物か!!」
(怪物ね・・・・・よく言われた言葉だわ)
ジャルトの絶叫を聞きながら、雷神は心の中で呟く。
そして、雷神は勝負を決めることにした。
彼女は超高速でジャルトの懐に潜り込むと、人差し指を親指に掛け軽く力を込める。
それはいわゆるデコピンの体勢だ。
「死なない程度に叩きのめすにはこれが限界なのよね・・・」
雷神はそっと呟く。
そして、ジャルトの胸元に雷神のデコピンが炸裂した。
「グホァァァァァァァァ!!!」
ジャルトの断末魔のような叫び声が辺りに響き渡る。
そしてその強烈な一撃は、彼の巨大な体躯を空高々と打ち上げた。
甲冑を難なく砕いた雷神のデコピンは、そのままジャルトを束の間の空中飛行に誘う。
そして実に二十メートル以上の大飛行を終えたジャルトは、そのまま地面に叩きつけられると気を失った。
周りの兵士たちも村人も、何が起こったのか理解も出来ていない。
ただ一つ分かるのは、周りの兵士たちから戦意が失われていることくらいな物だろう。
生まれたての小鹿と比べても変わらない程に足が震えてしまっている彼らは、形式だけでも武器は構えているが、最早戦える状態ではないだろう。
雷神はジャルトが気を失っていることを確認すると、さも満足そうにしていたが、暫くすると「しまった」というような表情を浮かべて言った。
「そう言えば・・・・ザクロのことを聞くの忘れてた」
「そうだな。取り敢えずザクロの前にお前が何をしたのかも説明してくれると嬉しいんだが」
すると、雷神の後ろで聞き覚えのある声が聞こえた。
最早言うまでもないかもしれないが、村の入り口から騒ぎを聞きつけてやって来たルドである。
後ろには、状況が全く分かっていないエミルも一緒だ。
「い、いや、違うのルド!! これは・・・・その・・・一時の気の迷いというかなんというか・・・」
「成程、気の迷いか。ただでさえ精神状態が迷宮入りしているお前が、迷路の中でさらに迷えるほど器用な奴とは知らなかった」
「取り敢えず・・・・弁解だけでもしておいた方が・・・・」
容赦なく雷神を責めるルドと、場を納めようとするエミル。
突如として現れた二人に周りの村人は、ただお互いの顔を見合わせるだけだった。