納めの日
雷神と老婆、そしてシドとミルの四人で食べる食事は雷神にとって、二万年ぶりに食べる最高の食事だった。
鍋に入れられた野菜と肉の煮物は、シチューのようなまろやかさの中に香辛料のピリ辛さが見事に融合した料理で、スパイスの香りがまた食欲を倍増させる逸品だ。
野菜のサラダは、サラダにかかっているドレッシングが極上だ。
コーンを主体にしたドレッシングで、胡椒のピリ辛さとコーンの味わいが野菜の味を十分に引き立たせる。
野菜も採れたてなだけあって、シャキシャキとした歯ごたえと野菜本来の味が生きている。
それ以外の食事も、雷神を満足させるには十分な物だった。
雷神は、血眼になって料理を頬張っている。
ルドの方は、食事を食べている最中も雷神をチラチラと覗き見し、ミルはその様子を大分冷めた目で見ている。
老婆は、そんな三人を温かい眼差しで眺めている。
しばらく四人が食事を楽しんでいると、突然後ろのドアが開き今度は二人の男性と女性が現れた。
恐らく、ルドとミルの両親だろう。
「おや、早かったねアレス。 ちゃんと例のアレは貰えたのかい?」
そう言ったのは、老婆だ。
どうやら男性の方はアレスという名前らしい。
「ああ。これで何とか『納め』には間に合いそうだよ」
アレスと呼ばれた男性はそう言うと、ポケットから石のような物を取り出した。
緑色の石と青色の石の二つがあるが、どちらも透き通って美しい輝きを放っている。
雷神はその石のことを知っていた。
「それって・・・・レガリア鉱石ね?」
雷神の言葉に、老婆は頷いた。
「そうだよ。私達の村では年に一回『納めの日』ってのがあってねぇ。採れた野菜なんかを鉱石に交換してもらって、それで管理者の人達にそれを納めるんだよ」
雷神は心の中で思った。
(へぇ・・・あの鉱石ってそんなことに使うんだぁ)
勿論雷神もレガリア鉱石は持っていた。
しかもアレスが持っていた緑や青の鉱石ではなく、最上級の七色の鉱石だ。
かつてとある神族から友好のしるしにと渡された物だったが、必要性を感じなかった雷神はお手玉にしてずっと遊んでいた。
恐らく、アウトラセル城の中には七色鉱石が無造作に今でも転がっているはずだ。
だが、レガリア鉱石の本来の使い方は税の代わりではなく、魔力が足りなくなった時のための非常用装備だ。
鉱石の中には大なり小なり魔力が込められており、戦いが頻繁に起こっていた時期などでは戦士の中で鉱石の補充は他の何よりも重要とされていた。
鉱石が出来る原因は良く分かっていないが、一般的には大気中に漂う魔力を石が吸収することで長い年月をかけて出来上がるものというのが通説だ。
込められている魔力の量は石の価値に直結し、貴重な鉱石ほど込められている魔力の量は高い。
石の価値は色で簡単に判断することが可能で、安っぽい石は僅かに赤みを帯びているだけだが、希少価値が上がるほど色と透明度が増す。
そのため、アレスが持ってきた鉱石は庶民が手に入れられる物としてはかなり上等な物だ。
すると、ようやく雷神の存在に気付いたアレスが雷神に尋ねた。
「この辺では見ない顔だね。お母さんとはぐれたのかい?」
すると、雷神は「心外な」と言わんばかりに言った。
「ヒドイこと言わないで! 私はずっと一人で生きて来たんだから! 母親なんていらないの!」
だが、その言葉も彼らにとっては冗談にしか聞こえなかったようだ。
たしなめるように、後ろにいた女性が雷神に言う。
「そんなこと言わないの。お母さんだって今頃心配してるはずだから・・・・」
雷神は「違う!そうじゃない!」と言って抵抗するが、彼らは笑って聞き流すのみだ。
だがそんな時間は、突然村に鳴り響いた鐘の音によって終わりを迎える。
村の中心に設置されている時計台から鳴り響く鐘の音は、雷神の家のみならず村全体を覆い尽くすようにして鳴り響く。
すると、今までの楽しそうな雰囲気とは打って変わって、大人たちの顔には緊張が走る。
「いよいよ『納め』の時間だねぇ。今年はジャルト様の癇癪が無ければいいんだけど・・・・」
老婆は呟くようにそう言った。
隣にいるアレスも、手に持った鉱石を大事そうに抱えながら呟く。
「ただでさえ今年は収穫が少なくて生活するだけでも大変なのに、鉱石を貰うためだけにかなりの量の野菜を売りに出したからな・・・・・ もし、ジャルト様のご機嫌が変わるようなら、いよいよこの村も危なくなるぞ・・・」
アレスの言葉を横で聞いていた雷神は、アレスに尋ねる。
「ジャルトって誰? そんなに偉い人なの?」
すると、老婆は慌てたように言った。
「ジャルト様を知らないのかい!? この辺りの村を統治されている『邪竜神』ジャルト様のことを知らないなんて、今まで何をしていたんだか・・・・・」
だが、雷神は首を傾げる。
「そんな神なんて知らないなぁ・・・二万年前にいたっけそんなヤツ」
だが、雷神の独り言は彼らの耳には入っていなかった。
彼らの注意の矛先は、村の通りをさながら軍隊の如く堂々と歩いてくる、集団に向けられていた。
約三十人弱の黒い甲冑を着た兵士が、手に持った槍を煌かせて行軍する。
そして、彼らに囲まれるようにして一人の屈強な男が現れた。
兵士たちと同じ黒い甲冑を纏っているが、その男だけは銀の兜を被っている。
腰には象でも一刀両断できそうなほど長い刀を下げ、鋼のような肉体は甲冑越しからでもその屈強さを周りに見せつけるには十分すぎる程の威圧感を放っている。
村の広場まで到着したその男は後ろから巨大な袋を取り出すと、村全体に響き渡るほどの大声で言った。
「納めの日は来た! 直ちに鉱石を我ら神族のために献上せよ!」
見る者全てを威圧するような圧倒的なオーラを放つその男の正体は、言わずとも分かる。
彼こそが『邪竜神』ジャルトだった。
その言葉を聞いた村人たちは、各自鉱石を手に持ってジャルトの下に向かう。
アレスも恐怖で震える足を何とか引きずって、外に向かった。
老婆も、シドも、ミルも、二人の母親も、ジャルトの威圧感に毒されたせいか、かなり顔色が悪い。
ジャルトの登場は、まさに村を恐怖で包み込むには十分だった。
だが、彼らは気づかなかった。
村のほぼ全員が恐怖している中で、一人だけまるで動じていない少女が居たことを。
そしてその少女は誰にも聞こえない程度の声量で、密かに言った。
「・・・なんかアイツ弱そう。見かけのわりに魔力が薄いし・・・・」
かつて世界の頂点に立った雷神にとって、ジャルトの存在は所詮そんなものだった。