第6話 それは貴方の勘違いですよ!?
「どうも、回覧板で~す」
「ずこぉおおお!」
巴はその場で勢い良く地面にヘットバットを食らわせた。
「か、かかか、かいらんばん~!? えっ、回覧板って、あの回覧板ですか!?」
「どの回覧板のことを言ってるのか分からないが、あの回覧板だぞ?」
「トモエよ、いったい何を言っているのだ? お前も見たことはあるだろう? ほら、あ」
回覧板を巴に見せようとしたシュクリスはあろうことかそのに持っていたドラゴンサイズの回覧板を落としてしまった。
その落下していく巨大な板は巴笑を真上から襲いかかった。
「ギョエェエエエエエ!?」
乙女にあるまじき悲鳴を上げながらギリギリに落下物を回避した。
回覧板が地面に落ちた時、轟音と砂埃の量から巨大な回覧板は見た目に反して軽いというわけではないことが分かった。
「おぉすまんすまん。手が滑った」
そういって再び回覧板を持ち上げる。すると地面には回覧板が刺さった痕が残っており、下を覗き見るとかなりの深さがあった。
「あ、ああああ……穴深ぁ! ちょ、これ、これぇええ! 穴深すぎるんですけどぉ! 何キロあるのそれぇ! 重すぎるんじゃない!?」
「はぁ? 何を言っている、これは軽いぞ。ほら、持ってみろ」
「え、ちょ、まっ!? アブッ!?」
種クリスより手渡されたというより突き刺すように差し出された回覧板を巴笑は避けることができずその直撃を喰らってしまい、地面に埋もれた。
「……やりすぎたか?」
「……さぁ? あ、じゃあ、俺はこの辺で。ちゃんとそれ記入して回してくださいよ」
「へいへい」
言いたいことだけ言い終わったドラゴンはそのまま翼をはためかせてその場から飛び去った。
そして、残った種クリスは、地面に刺さったままいまだに微動だにしない回覧板に視線を移す。
「……ふんっ、ああああああ!」
乙女にあるまじき絶叫とともに揺れ動く板は、徐々に盛り上がりその下から土埃で汚れた巴笑が姿を現した。
「がぁあああああ!」
最後の力を振り絞り、回覧板を上空に向かって力強く飛ばした。
「おまぇええ! 私を殺す気かぁ? 殺す気なのかぁ!? あとちょっとで私は潰れたカエルになってたよ! もうすこし思いやりをってものを持ってくださいよコンチキショォがぁああああ!」
激情にのまれた怒声はただの音ではない。その声はまるで爆発が起きたかのような衝撃が洞窟内に響き渡る。
小さな小石が浮上し、洞窟の外で生活していた動物達は逃げ出し、木々は大きく揺らされる。それは人間の声帯では到底できない現象がであった。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
「うるさいなぁ。いきなり大声を出すんじゃない。それにあの程度で傷つくわけがないだろう?」
「ぐぐぅ……え? あ、ホントだ。全然痛くな……あ、そうだった」
「うん? どうかしたか?}
「あ、いやなんでもないよ! なんでも」
元々痛みがないため本当に傷がないか分からないことに若干の不便さを改めて実感する。
「……さて、勢いでお前は私の娘になったわけだから、それを報告しないといけない」
「……え? どこに?」
「これだ」
そう言って見せられたのはさっきから己に被害を与え続けた回覧板だった。
そこに描かれている内容はさまざまである。
「えぇっと、今はやりの森林ダイエット。これであなたは魅力のボディをゲッ、グベラ!?」
「変なところ見てんじゃないよ!」
顔を若干赤らめた種クリスの渾身の蹴りを腹にもろにくらった巴笑は変な悲鳴を上げながらパチンコの玉のように弾かれ、洞窟の壁に顔面からめり込んでいる。
「あの、もうちょっと手加減してくれません? 私死ぬよ? え、なに、もしかして、私もう死ぬの? 早すぎない? アニメでいうとまだ一、二話ぐらいだよ? どうなのよそこのところ」
壁に埋もれながらぶつぶつと言葉を発している姿は若干ホラーが混じっている。
(ていうか、ダイエット? ドラゴンでも女というわけですか、そうですか)
愚痴を言っている外面とは別に内心はドラゴンも人とあまり変わらないんだなと思っていた。
そんな失礼なことを内心で思っていることなど全く気付かなないシュクリスはいつまでも壁にめり込んだまま話をする姿を不気味に思ったのか徐に巴笑に近づく。
「何をしているんだ、早く出てこいトモエ」
服の後ろを爪でつまむようにされた。なんかゲームセンターの景品になった気分。
シュクリスは爪で巴笑をつまんだまま自分の目線まで持ち上げた。
幾ら大人でしかも痛みはなくとも、理不尽な暴力を振るわれたことに少々イラついてつい巴笑は目の前のドラゴンにジト目を向けた。
「そんな目を向けるな。悪かった。だからこれを見ろ」
そう言ってもう片方の掌の上に巴笑をのせる。
「……うん? あれ? 小さい?」
乗せられたすぐ近くに小さな板が置いてあり、それを興味本位で手に取ると先ほどの回覧板だったことに気が付き疑問がわいた。
「え、これって小さくできるの?」
「できるに決まっている。子供にも見せるものだぞ。じゃなかったらどうやって小さい子供に見せるのだ」
「あぁ、なる」
納得して再び小さくなった回覧板に目を向ける。
先ほどのダイエットの内容は既に捨てられていてどこにも見当たらなかった。
他に何が書いてあるのか気になって徐々に読み進めていると巴笑はある重大なことに気がついた。
そこに書いてあったのは日本語ではない文字列。だが、その文字は全て読めそして理解できる。
これは明らかな異常である。恐らく原因はあの時、ベットのうえの白骨死体が握っていた紙を手に取った後に来た頭痛。その後に文字が読めるようになっていた。
しかしそんなことが本当にあり得るのか、あり得てもいいのかわからない。
頭痛程度で文字の意味までもがわかるほどに理解できるほどに頭に入るというこの現象は、人間の勉強をするという行為を完全に否定している。
今まで苦労してきた人生を否定された気分になった巴笑は視線を無意識に下げる。
「なぁ、まだ尻尾は治らんのか?」
バッ、と伏せていた顔を勢い良く上げる。同時に大量の冷や汗が巴笑の体から流れ出る。
(あ、この体でも汗は出るんだ)
若干現実逃避気味の巴笑だが、頭の中では必死にドラゴンの尻尾と言うものを必死に考える。
今まで生きてきた人生の中で見てきたドラゴンのイラストやゲームキャラを思い返す。
「……」
急に黙ってしまった巴笑を不審に思ったシュクリスは徐に手を伸ばす。
「ヒャァ!」
尻を触られたことに驚いて可愛らしい悲鳴を上げて後ずさる。
「おい」
「なによ、お知り触るなんて、この変態!」
「すまんかった。だが、いいのか?」
「なにが!」
「そこ、危ないぞ」
「へ?」
間の抜けた声を出すと同時に起きた浮遊感。
今まで巴笑が乗っていたのはシュクリスの掌の上。それはドラゴンであるシュクリスの目線まで上げられている。
掌の上で浮遊感が来ることはあり得ない。なのに浮遊感が出るということは、掌の上ではなくなったからである。
なにがいいたいかというと。
「あ、あぁあああああああ、忘れてたぁあああああ!」
絶賛地面に向かって落下中ということである。
徐々に地面が視界を覆っていく時間、巴笑の頭の中は先ほどまでとは比較にならないほどに活性化され、その影響はまず視界に現れた。
一定のスピードで近づいてきた地面はかなりゆっくりと近づいてくるようになった。
(どうする、どうなる!? かなり高いところから落ちたはず。大体二階、いや、三回ぐらいから落ちた。二階からでも打ち所が悪ければ……なら、三階からなら完全に駄目だ。なにかないか? なにか、なにか! なにかなにかなにかなにか!)
痛みを感じないことは分かっている。この程度で傷なんてつかないことぐらいわかっている。だが、今迄の常識が、危機察知した本能が警鐘を鳴らしている。
理性ではわかっていても本能が理性を押しのけてしまう。
そんな時、今まで手に持っていた杖が目に入る。
(異世界だったらあるでしょ、魔法の一つや二つ! なら、お願いだから、奇跡を起こしなさいよ!)
杖を両手で握りしめ上段の構えをとる。
杖についた宝石が光った事にもきずかないまま、なにかの衝動を解放するかのように私の本体を一気に振り下ろす。
「でぇあああああ!」
絶叫と共に振り下ろされた杖から光が漏れ、紫の閃光がその場を支配した。
「ぬおぉ!」
あまりの光にドラゴンのシュクリスは呻き声を上げた。
ドラゴンである巴笑ならこの程度の高さから落ちても問題ないと思っていたのだ。
どんな高いところから落ちても着地できる猫のようにではなく、着地できなくてもドラゴンの体ならば痛みもないため平気だと思って気を抜いていたのだ。
「うぬぅ、いったい何が……うん?」
「あぁ、しまった。翼があるからそれで飛べばよかっ、あれ? なんか違和感が……」
光が消えた中から現れたのは尻尾だった。先端が三つに分かれた紫の鱗を持つ尾と灰色の小さな四本の角を持った巴笑がそこにいた。
「な、なんじゃこらぁ! え、えぇえ! 角!? 尻尾ぉおお!?」
突然生えた人間らしからぬものに驚嘆して大声を出してしまったが、運よくシュクリスには聞こえなかった。
それもそのはずで、シュクリスは驚嘆していたのだ。
「……トモエよ。お前は自分の体の事を分かっているのか?」
「はぁ? いきなりなに言ってんの? 自分の体なのよ? わかるに決まって、あ、いいえ、今一つ分からない部分があるわね」
人間であったころならば骨、筋肉の位置と名前、神経のことは大体分かる。だが、今は魔力で作られている体であるため、違うかもしれないという可能性がある。
そのため、シュクリスの言葉を否定しなかったのである。
既に緊張の糸はなくなっている。どころかもう敬語も必要ないと判断したのだ。
理不尽な暴力を振るわれている現状でいくら流されて娘になってしまったとしても納得できないものがある。
「ふむ……トモエよ」
「なに? ダイエットなら付き合うよ。まず野菜を食べて、毎日運動して、そして……」
「違う違う違~う! それは忘れろ! ゴホン。トモエ。お前の尻尾の先、三つに分かれているだろう?」
視線を自らの尻尾の先に向ければ確かに三つに分かれた紫の鱗があった。
「ドラゴンの尾は種族によって千差万別ある。大抵のものは普通の尾だが、力をつけるとドラゴンの尾の先端が二つに分かれることがあるそうだ。まぁ、元々二つに分かれている者もいる。だが、そういう者達は大抵が……強者になる可能性が高い」
まるで獲物を目にしたかのような視線を受けた気がする。
科学者がいい実験材料を、モルモットを見つけた時のような、ご馳走を目にした野獣のような視線をシュクリスから一身に受けている。
「え……えぇっと? あの、シュクリスさん、いえ、シュクリス様? いったい何が言いたいのですか?」
「シュクリスでいい。そうだな、何が言いたいかというと……」
そこで言葉を切るとシュクリスは手を伸ばし巴笑を握りこむようにして掴むと、自分の目線まで持っていった。
「私がお前を強くしてやろう。案ずるな。絶望は最初だけだ」
「やっぱりぃいいいい! それあなたの勘違いだからぁあああ!」
「そして、お前が強くなったあかつきには一緒に人間の国を襲撃しようではないか!」
「話を聞いてぇええ! うわぁああん! もういやぁあああ! おうちに帰りたいよぉ!」
これから待ち受けるであろうことを想像してしまい年甲斐もなく瞳から涙を流してしまいながら現状から抜け出そうとして大声で叫ぶが、無駄に終わり幼児化してしまった。
そうして私、綾崎巴笑は人生、否、石生の最初の一歩は、ドラゴンである嘘をつきながら地獄を味わうことでした。
巴「ワタシハドラゴンワタシハドラゴンワタシハドラゴンワタシハドラゴン」
シュ「やりすぎたか?」
作「なにした」
シュ「いやな、まずはドラゴンが何たるかを教えようとして」
巴「崖が、牙が、毒が、あ、あはは、アハハハハハハハハ!」
父(強く生きろ)




