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呪われ養殖場

 結婚できる呪い。

 一族が永劫に続く呪い。

 そんな、どう考えてもふざけているようにしか聞こえないことを、姉さんはやけに――それこそ、今までの人生で一度も見たことがないような真剣そのものな表情で言った。

 僕は緊張で固まっていた肩をがっくりと落として、目を何度も瞬かせながら『……は?』と声を漏らしてしまった。

 は? え? は?

 なんだそれは。なんなんだそれは。

 どうしてそんなまじないいを――のろいのように姉さんは語るんだ?


「不思議だと思ってるでしょ?」

 そんな僕の心を読み取ったように、姉さんはくすりと笑った。


「変だと思ってるでしょ。妙だと思ってるでしょ。どうしてそんなのろいをかけられたら、自分たちの一族が落ちぶれないといけないんだと、そう思ってるでしょ」

「…………」

 僕は無言のまま頷いた。

 結婚したくてもできない人が多い昨今、そんなまじないがあるのならば、みんな是非かかりたかったりするのではないのだろうか。


「あ、もしかして相性最悪の相手と結婚する羽目になるとか。結婚詐欺にあったり、保険金詐欺のために殺されたり」

 僕は言いながらそれを心中で否定していた。

 僕が聞く限り、うちの一族はみな不幸な事故不遇な事件で死ぬことはあっても、保険金のために殺されたりはしたことなかったはずだ。みな、幸せな結婚生活を送っていたと。そう父さんに教えられてきた。もしかして、それは全て嘘だったのか?


「すぎーは嘘をつくような人じゃなかったよ」

「すぎー?」

野木杉のぎすぎ。やしーのお父さん」

「父さんもニックネームで呼んでたのか……」

「言ったじゃん。私はやしーの一族と連れ添っているって、連れ添って、守っているんだって」

 まあ、守りきれていないのが実情だけどね。姉さんは悔しそうに苦虫を噛み潰すような表情を浮かべた。その表情からもう何度も、何十度も失敗していることがうかがえた。

 ……。

 姉さんは実際は何歳なのだろうか。一体何代前の祖先と、ニックネームで呼びあうような仲だったのだろうか。


「私? 私は十七歳だよ」

「そのネタはもういい痛い痛い!」

 冷たく突き放してみたら、耳たぶを引っ張られた。痛い。油断していた。


「やしーの一族はみんな、運命の相手――最愛の相手と出会ってるよ。それは一瞬の気の迷いでもなんでもなくて、ジジババになっても寄り添い続けることができるぐらい。もっとも、ジジババになる頃には大抵どちらか死んでいるんだけどね」

 まっつんはかなり長生きだったんだよ、実はね。と姉さんは言った。

 まっつん。多分、婆ちゃんのことを指しているのだろう。

 野木のぎまつ

 強盗に襲われて殺されてしまった婆ちゃんだ。

 享年は89歳。

 確か父さんは『長生きだった』とか言っていたな。あれはもしかして、呪い関連の意味合いもあったのだろうか。


「この呪いから逃れることはできなかった。逃げてもダメだったし、逃がしてもムダだった。まるでレーダーで探しているみたいに出会って、いつの間にか結ばれていた」

「いつの間にかって、婚姻届とかが勝手にだされるのか、その呪い」

「法律的には結婚していなくても、事実的には結婚していることはあるでしょ?」

「事実婚?」

「そう。別に婚姻届をださないと結ばれることがないわけではないからね。両想いであり、両方がそれに気づく。その時点で呪いは相手を『一族』に加える」

 そして、呪いは発動する。

 姉さんはさっきから説明で『やしーの一族』という表現をよく使っていたけれども、それはどうやら呪いは『僕』を呪っているのではなくて『一族』を呪っている。ということらしい。


「この呪いがやしーの一族が繁栄した原因で、そして、滅亡はしない原因」

 落ちぶれはするけど滅ばない。

 滅ぶことができない(・・・・)

 その原因。


 僕は目を細める。

 あれ。でもその言い回しだと、さっきの。

「落ちぶれる理由が分からない。そう言いたいんでしょう」

「……もうなんか、しゃべる必要性が感じられなくなった気がする」

「ええー。私はやしーの声が好きだから喋っててほしいなー」

「…………」

「ああ、姉さんから好きって言ってもらえるなんて。今日はなんて素晴らしい日なんだろう。このまま僕は死んだって構わない」

「言ってねえよ」

「喋ってないもんね」

「うまい返しすんな」

 ドヤア、と口元をひん曲げる。

 なんかもう、この表情から元に戻らなくなってしまってもいいのではないだろうか。

 ずっとドヤっていればいいんじゃあないだろうか。


「落ちぶれた理由はね、やしーも覚えがあるんじゃあないかな」

 表情を元に戻した姉さんはそんなことを言う。

 僕は首を傾げながら考え込む。

 滅ぶのではなく、落ちぶれる。

 根本から折るのではなくて、先細る。先細り続けるけれど、摩耗し続けるけれど、消えることはない。

 僕がいる限り滅ばない。

 一人残っていれば問題ない。だから、ほかは消える。

 ほか。その他一族。

 父さん、母さん、爺ちゃん、婆ちゃん。ひい爺ちゃん。

 共通するのは。

「不遇で、不幸」

 僕が口を開く前に姉さんは言った。

 今回の場合は、心を読んだというよりは答え合わせに近い。

 僕は『不幸な事故』と言おうとしていたのだから。


「みんな、不遇で不幸だった。不遇で不幸に、されていた」

「もしかして、僕の家族は二重に呪いをかけられている?」

「そうだよ」

 一族が未来永劫続く呪いと、一族が不遇と不幸に見舞われる呪い。

 最愛の人さえ巻き込んでしまう、最悪の呪い。


「それがめでたく、次はやしーを標的にしたみたいだ」

「めでたいかあ?」

「冗談。でも、呪いが発動したってことはやしーが最愛に気づいたということかな。誰かなー誰かなー」

「…………」

 僕は口をつむんだ。姉さんはつまらなそうにちえーっと言う。

 こういう時に限って、心を読むことができないらしい。隠そうと思えば、隠せるということか?


「まあ、相手の方が気づかない限り、死ぬことはないから安心してよ。死にかけることはあるかもしれないけど」

「ここは『私が守るからさ』ぐらい言えよ。一族を守る座敷童子なんだろ、姉さんは」

「いやあ、守りきれてないからねえ。私」

 姉さんは表情を曇らせて、顔をうつむかせた。

 自虐的に笑う。

 そうだ。一族がここまで落ちぶれている――僕が事実上最後の一人になっているということは、つまり、今までの一族はみな呪いで死んだということで、姉さんは誰一人守れていないということになる。

 ずっと、失敗してきた。

 苦しくて、悔しくて、辛かったはずだ。

 間違えた。言葉の選択を誤った。


「あ、あの……姉さん」

「やしー」

 僕は口をもごもごと動かしてから、俯いたままの姉さんに謝罪を口にしようとした。

 ピクリ、と姉さんの体が動いた。

 顔が持ち上がる。座っている僕の足元を指さした。


「そこ、危ないよ」

 瞬間、僕は天井を見上げた。どうして天井なのかと言えば、爺さんの死に方を思いだしたからかもしれない。

 天井が崩れて滑落してきて死んだ。

 しかし、天井が崩れる様子は一向に見られなかった。

 まあ、それは僕の早とちりというか――畳を指さしているのだから、床になにかが起きると考えるのが妥当だろうに。

 けれどその時、家族の不遇な事故の理由を知ってしまったから、それ関係が頭の中に残っていた。だから僕はうっかり、天井を見上げてしまった。

 これで畳が突然壊れて床下に落ちるとかだったら、今の僕の視界はきっと遠ざかる天井がうつっていたことだろう。

 しかし、実際は違った。

 天井は遠ざかるどころか、近づいていた。

 ぐん、と間近に迫っていた。

 いや、違う。天井が近づいているのではなくて、僕が天井に近づいているんだ――。

 体を締めつけられるような感覚が、全身に行き渡って、息苦しい。

 痛みよりも先に、呼吸ができない苦しみがまず脳に警鐘を鳴らさせた。


「かっ、はっ!?」

 呼吸ができない苦しみと締めつけられている苦しみで、飛びだしそうになっている眼球を動かして、自分の置かれている状況を確認する。

 体周りに、黒いもやのようなものがまとわりついていた。それはまるで、大きな人の手の形をしているようにも見えた。爪――というよりは、指にそのままドリルを生やしたような、そんな形をしているようにみえる。

 正しい形なんてないのかもしれないけれど。

 とにかく僕には、そう見えた。

 間近に迫っていた天井が黒いもやによって覆われる。人の顔のように見えてきた木目が黒色で塗りつぶされた。

 黒いもやがまるで口を開くかのように、同心円状に広がった。

 人の顔に見える木目が、再び僕の目の前に現れた。その顔は、意地汚く――意地悪く、大口を開けて笑っているようにも見えた。

 食われる。

 黒いもやが同心円状に広がるのを見て、僕はそう考えた。

 どうしてそういう結論に至ったのかは分からない。ただひたすら、生物としての生存本能が、いますぐ自分は食われるのだという事実を教えてくれたのかもしれない。

 目を瞑る。そんなことをした程度で、助かるとは毛頭考えていない。自分が食われる瞬間を見たくなかったのかもしれない。

 痛みは来なかった。丸呑みにされたのだろうか。

 いや、そうではない。

 丸呑みにされてはいない。

 食われても――いない。


「……あれ?」

 僕の体は宙に浮いていた。

 黒いもやから開放されていた。黒いもやはまだ眼前にある。どこから発しているのかさっぱり分からないうめき声をあげているようだった。

 畳に尻を叩きつけるようにして、落下する。

 近くから笑い声が聞こえた。聞き覚えのありすぎる、性格悪い笑い声だ。


「助けてあげたのに、性格悪いとかそういうのはないんじゃあない?」

「事実だろう」

 腰に手を当てて不服そうに頬をふくらませている姉さんに僕は目を合わせずに言い返して立ち上がる。体には異変はない。何かが起きる前に助けてもらえたということだろう。「やはり姉さんは最高だ。これからは姉さんのことを姉様と呼んで崇め奉ることにしよう。ああ、姉様姉様。あなたは最高です」

「とうとう語りにまで侵食してきやがったな姉様」

「姉様呼びはしてくれるんだ」

「……そりゃあ、まあ、助けてもらった恩は、感じてるからな。一応は」

 目を逸らしながら僕は言うと、姉さんはにやあ、と気持ち悪く笑うのだった。


「男のツンデレっていうのもいいものだね。年下だとなおよし」

「それで、これはなんなんだよ」

 これ以上姉さんにつっこむつもりはない。僕はアゴで黒いもやを指す。


「これ? この世のものではないもの」

 姉さんはなんでもない風に、それこそ犬を指さして犬種を答えるかのように言った。

 この世のものでは、ないもの?


「そして、やしーの一族を呪った存在の一部だよ」

 姉さんはうめき声をあげているそれにゆっくりと近づく。

「苦手なものはお茶の葉。理由はよく分からないけどね。やしーの先祖は寝るときにお茶を被って寝てたよ、やしーもそうしたら?」

「絶対嘘だろ。塩みたいに山にしてたとかそういうのだろ」

 姉さんはちえー、とイタズラが失敗した悪ガキのように呟く。しかしなるほど。だからあの時、姉さんは僕にお茶をかけたのか。いや、単純にただのイタズラの可能性もあるけれど。


「とはいえ、お茶が苦手とはいえ、それで消滅するほどこいつは優しくない」

 だから。と姉さんは着ていた服の背中部分をまくりあげた。

 ズボンの上から微かに見える丸みの上に白い背筋が見えると思ったが、それを隠すようにダガーベルトが腰に巻かれていた。横向きに取りつけられたそれから伸びた柄を姉さんは掴んで、ダガーベルトから外す。

 ダガーベルトに入っていたのは平たい剣だった。

 刃が潰された剣。もしくは、刃のない剣。

 材質は多分、木。

 なんだかよく分からない、幾何学模様が刻まれていた。

 ラーメンの器に書いてある四角の連続みたいな、そんな紋様だ。

 姉さんはそれを黒いもやに向けると、そのままそこに差しこんだ。突き刺した。

 瞬間、黒いもやが霧散した。まるで手で煙をはらったみたいに、消え去った。


「私はこれをつくった」

 もやが晴れて、剣をダガーベルトにおさめた姉さんは、服を元に戻してから首だけを動かして振り返った。


「私の背中、ジロジロ見てたでしょ」

「見てねえよ」

 背中は。

 クスクス笑う姉さんに、僕はごまかすように顔をしかめながら言い返した。


「それ、なんだよ」

「この世のものではないものを祓う剣。これで、やしーの呪いを祓ってみせるよ」

 胸に手を当てて、姉さんはそう宣言した。

 僕は姉さんの顔を見やる。なにかの使命を帯びた憂いが垣間見えたような気がした。

 僕はそんな姉さんの顔を見てから、最後に、一番気になっていたことを尋ねた。


「そもそも、どうして僕たちの一族は呪われたんだ?」

 姉さんは答えた。

「呪われた人間ってさ、美味しいんだって。熟成させると特にね」

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