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結婚できる呪い

 僕の家の隣には、年上の女の人がいる。

 歳は十七ぐらいだ。本人が十七歳だと言っているのだから、きっと十七歳なのだろう。

 女の人――親しみをこめて姉さん。と呼ばないと無視してくるこの面倒くさい人は、僕が生まれた頃からうちの家族と仲がいいらしく、赤ん坊の頃の僕を抱きかかえている姉さんの写真もある。姉さんはその当時から姉さんだった。

 一人で出歩けるぐらい大きくなってからは、一緒に遊ぶことが多くなった。年上だからか、色々なことで優位な姉さんは事あるごとに僕にドヤ顔を向けてきた。めんどくさい姉さんはこの頃から健在であった。

 しかし成長期を迎えた僕は日に日に大きくなっていき、とうとう姉さんの背丈も越えるようになっていた。

 姉さんの顔を見下ろす度に、なんだか自分が強くなったような気もしないでもなかったが、その度に姉さんに耳を引っ張られて頭の位置をムリヤリ姉さんよりも下に落とされたりした。

 めんどくさい姉さんは負けず嫌いなのだ。

 年数というのは自然とながれていくもので、年数が重なる度に、人は成長していく。肉体は歳相応に成長していく。

 精神関係は分からないけれども、実際、姉さんは精神関係は成長できていないと思う。こんなことを口走ると、また耳を引っ張られるんだけど。そういうところが成長してないっていうんだよ。

 まあ、そんな姉さんなんだけれども。精神的には成長しているようには見えない姉さんではあるのだけれども、最近気づいたことがある。

 テスト勉強から逃げだすように部屋の掃除をしていた時だった。

 うちは古くからこの土地に住んでいる一族で、家は古くさい日本家屋だ。だからまあ、ホコリもすぐに積もるし、テスト勉強から逃げることができる時間はかなり稼ぐことはできる。僕はさっそく押し入れの奥の方から掃除にとりかかることにした。

 押し入れの奥はやっぱりホコリだらけだ。ふふふ、想像通り……!

 想像できていなかったのは、押し入れの棚が壊れて布団やらなんやらが僕に雪崩のように落ちてきたことぐらいだろうか。死ぬかと思った。

 布団の雪崩から顔をだした僕の頭に、分厚い本が落ちてきた。いや、これは本というよりはバインダーと呼ぶべきなのかもしれない。

 それはアルバムであった。スマホデジカメとかデジタル全盛な現代、わざわざ印刷して保存しているとは中々珍しいことではないだろうか。僕は掃除を中断してそのアルバムの中を見ることにした。

 テスト勉強から逃げるために部屋の掃除をはじめて、その部屋の掃除で気になったからアルバムを読み始める。自分で言うのもなんだが、もうちょっと芯をもって行動してもいいのではないだろうか。

 ぺらり、とページをめくる。

 どの写真にも僕の姿が写っていた。どうやらこのアルバムは僕の成長記録のようなものらしい。そういうのならアルバムでまとめる理由も分かる。

 『子供の頃の自分の姿というのはしかし、どうにも自分。という感じがしないな』とか『ああ、この写真を撮られた時のことは覚えているな』とか『いっつもケガしてるな、僕』とか色々思い出に浸りながらアルバムをめくっていたのが、ふと、一つの違和感に気がついた。違和感というか、異常というか。

 最後の方でそれに気づいた僕は、まるで自分の人生を巻き戻すかのようにアルバムをめくった。

 その違和感の原因はすぐに分かった。

 ページをめくる度に、写真にうつる僕の姿は若返っていく。

 それはまあ当然ではあるのだけれども、違和感は写真の僕の隣にいる姉さんにあった。

 ページをめくる。ページをめくる。ページをめくる。何ページめくっても、姉さんの姿は変わらなかったのだ。

 若返りもしないし、年老いたりもしない。

 姉さんは十七歳の姿のまま、ずっと僕の隣にいたのだ。


***


「いや、気づくの遅すぎない? もう十何年も一緒に暮らしているんだから、気づいてるもんだと思ってたんだけど」

 駅の構内でスマホをいじりながら突っ立っていたら姉さんがやってきて、片眉をさげて呆れたように言った。

 茶色い髪を肩甲骨の辺りまで伸ばして、二房だけ肩から胸にかけて流している。

 その房は手前の方で一度結ばれていて、少しだけふくらんでいる。

 背丈は僕の首ぐらいの高さである。

 ふん、チビめ。

 そんなことを口走ると、絶対耳を引っ張られるから口にはしないで心の中で呟くだけに留めておく。

 しかし姉さんは僕の顔を睨むと、ぐさぐさと手に持っていた傘で僕の腹を突きはじめた。力が込められているから普通に痛い。腹に刺さった瞬間に傘を捻っている。性格悪い。


「やしーが一体なにを考えてるかってことぐらいは大体予想できるよ」

「いって! 傘で人を刺すなよ。それ一応人を殺せるんだぞ!」

「気にしない気にしない」

 姉さんは笑いながら僕の腹を刺し続ける。

 ぐりぐりとおしつける。

 使っていない傘ではなくて、あえてさっきまで雨にさらされて濡れている傘を利用するあたり、結構陰湿だ。


「ほら。傘。どうせ忘れてたでしょ」

 僕の腹を適度に濡らしてダメージを与えたことにすっきりしたのか、姉さんは傘で僕の腹を刺すのをやめて傘を一つ渡してきた。僕はお礼を言いながら受け取る。


「今日は雨は降らないって天気予報で言ってたんだけどなあ」

「やしーはいつも折り畳み傘を持って歩くぐらいの気概をみせないとダメだっていっつも言ってるじゃん」

 ちなみに、やしーというのは僕のニックネームである。

 野木のぎ弥史やし

 だからやしー。安直なニックネームだ。


「僕はそんなに雨男なのか?」

「いや、ただひたすらに運がないだけだよ。傘を持ってない日に限って雨が降るぐらい運がない」

「そんなことぐらいで運がないって言われてもな」

 僕は姉さんの意見に対して文句を言おうとした。しかしそれを遮るように靴の裏から『ぐちょ』と音がして適度に柔らかくて芯がある感触がした。顔をゆがめて、僕は靴の裏を確認する。たくさん噛まれて色素が薄くなっているチューイングガムが、その身に小石とかをくっつけながら僕の靴にひっついていた。


「うへえ」

「ほおら、運がない」

 姉さんはケラケラと笑った。僕は口を尖らせながら靴の裏についたガムをとった。指にひっついて気持ち悪い。


「やしーはとことん運がないんだからさ。もっと考えて行動したほうがいいよ」

「まあ……でも、これぐらいなら気にする必要もないだろ」

「いやあ。気にした方がいいと思うよ」

 姉さんは僕よりも先に、バケツをひっくり返したような豪雨の中に傘をさしながら入っていった。

 姉さんのさすビニール傘を、豪雨は強くたたく。


「やしーの場合は、それが原因で死ぬ可能性もあるんだからさ」

「……は?」

 運がないから、死ぬ?

 どうしてそんなことが言えるんだ? 確かに僕は運は悪いけれど、それが原因で死にかけたりしたことはない。精々今日みたいに傘を忘れたら豪雨が降りはじめたぐらいだ。

 僕が訝しむような目を向けると、姉さんは困ったようにまゆを八の字に曲げた。


「まあ、ようやく私がおかしいことに気づいたようだし、説明してあげるよ。家に帰りながらでもいい?」

「……分かった」

 さりげなくバカにされつつ、僕は傘をさして豪雨の中に自らの身をいれた。


「あ、そこじゃあない。もうちょっと右」

「は?」

「だから右だって。ほら移動移動」

 姉さんは傘を片手で持って、持っていない方の手で『右によれ』とジェスチャーをしてくる。その意味はさっぱり分からなかったけれども、僕は少し右に移動することにした。

 三歩ぐらい動く。そんなことでなにかが変わるとは到底思えないんだけどな。

 そう思った瞬間だった。

 豪雨が傘をたたく音をかき消すような大きな音が左の方から聞こえてきた。

 めっちゃ近かった。

 距離的に言えば、三歩ぐらい歩いた先だ。

 ……。

 僕はゆっくりと音のした方を向く。そこには多量のガラス片となにかを囲うようにつくられたのだろう、金属のパーツがあった。

 ひしゃげていて、かなりの勢いで落ちてきたのだと理解できた。

 僕は視線をあげる。

 僕たちのいる駅は、比較的大きな駅である。

 駅の壁面にはネオンで飾られた看板だったり、ライトが規則的に並んでいたりする。

 その規則的に並んでいるはずのライトが、一個飛ばしになっていた。

 ポッカリと隙間が空いていた。

 その場所は丁度、ひしゃげている金属のパーツの真下だった。


 僕は姉さんの方を向いた。姉さんはなにやら考え込むように鼻を触りながら、僕の顔を見た。

「ふむ、どうやら呪いもいい感じにやしーの体を蝕んでいるみたいだね」

 …………呪い?


***


 思い返してみれば、うちの家系はろくでもない死に方をした人が多かった。

 まともな死に方をした人はいなかった。

 例えば父さんはジェットコースターで安全ベルトが外れて転落死したし、爺さんは突然家の屋根が崩れて押しつぶされて死んだし、婆ちゃんは強盗に殺された。

 その前の代の人は確か、戦争で仲間の銃弾によって殺されたと聞いたことがある。

 ろくでもない死に方しかしていない。まともな人生は一度として送っていない。

 どこかで事故をおこして、どこかで事件に巻き込まれて、どこかで失敗する。

 面白いことに、それでも結婚はできるらしい。

 だから父さんはいつも『大丈夫大丈夫。俺でも結婚できたんだ。お前だってできるさ』とか言っていた。言いながら、ジェットコースターから落ちた。


「みんななんだかんだ言いながら結婚できる理由? そりゃあ、そういう呪いだからだよ」

 家に帰ってそうそう、姉さんはそう口にした。

 また人の心を読んだな。


「やしーの心が読みやすいのが悪いんだよ。ほら、さっさとお茶とかだしてよ。あったかいのがいいなあ」

「なんで僕が」

「あーあ、豪雨の中やしーを迎えにいくのは寒かったなあ。やしーが傘を忘れたりしなかったらよかったのになー」

「分かったよ。持ってきたらいいんだろ……」

 目の前で大げさに肩を抱えて震えてみせる姉さんに、僕は嘆息してからおろしたばかりの腰をあげた。どうせ頼むんだったら、腰をおろす前に頼めよな。いや、姉さんのことだから腰をおろしたのを見計らってから頼んできたのだろうけど。

 僕はフスマを開いてから長い廊下にでた。

 廊下は何個もの部屋につながっているのだけれども、どの部屋からも音が一つもしなかった。

 理由は簡単だ。誰もいないからだ。みんな死んでしまったからだ。

 みんな事故とか事件とかで死んでしまったからだ。

 僕はたった一人でこのただっ広いこの屋敷に住んでいる。

 キッチンに向かい、お茶をコップに注いだ僕は自分の部屋へと戻った。

 畳が敷かれた部屋の真ん中で、姉さんは部屋を見渡しながらなにやら一人納得している様子だった。

 何度も僕の部屋に来ているはずなのに、一体なにが物珍しいのだろうか。


「物珍しいというより、一応安全確認かな」

 姉さんはお茶を受け取りながら、そんな風に返した。

 安全確認? 僕も部屋を一瞥する。いつも通り、なに一つ変わらない。


「どう見ても安全だけど?」

「今日のライトで確信したよ。やしーの呪いはもう加速している。今まで安全だったことが危険に変わることになるよ」

「……だからその呪いってなんだよ」

「ん。そっちの説明を先にする? 私の正体とかの説明をしなくていいの?」

 姉さんはすっとぼけるように、そんなことを言った。

 私の正体。姉さんの正体。確かにそれも気になる。僕は呪いについては一旦耐えることにした。


「姉さん、いま何歳だ?」

「十七歳」

「去年は」

「十七歳」

「一昨日は」

「十七歳」

「若干吹っ切れている、年齢詐称している声優アイドルみたいな頑なさやめろよ!」

「私、やしーの姉さん。永遠の十七歳。きゃぴっ」

「うぜえ」

 吐き捨てるように言うと、姉さんは僕の耳に手を伸ばしてきた。頭を後ろにそらして回避する。

 さすがに何年も同じことをされれば学習するっての。

 ちっと舌打ちをする姉さんを僕は余裕を見せびらかすように眉をもちあげて姉さんの顔を見ながら、自分のお茶に手を伸ばした。

 余裕というのは、言い換えれば油断とおんなじである。

 頭を後ろにそらしたことで、自分の重心も後ろにさがっていることに、僕自身気づいていなかった。

 お茶に手を伸ばしていた体が後ろの方にそれていった。体勢を整える時間もないままに、僕は後頭部を畳に叩きつけてしまった。


 バァン。とまるで受け身でもとったみたいな音がした。

 実際の受け身は頭ではなくて、手のひらでするものなんだけれど。頭をうたないためにするものなんだろうけれど。


「っつ〜〜!!」

 頭をおさえて悶えていると、お茶の入ったコップが空中にあることに気がついた。

 どうやら手を伸ばして持っていたコップが、コケた拍子に投げ飛ばしてしまったらしい。

 宙に留まっているようにも見えたコップは、僕に向けて落下してくる。


「おっと、危ない」

 思わず目をつむりかけたけれども落ちてくるコップを阻むように姉さんが手を伸ばしてコップを掴んだ。この瞬間ほど、姉さんの存在に感謝した瞬間はなかったかもしれない。

 神よ、女神よ!

 まあ、そんな調子よく心の中で褒め称えていたのだが、姉さんが持っていたコップは口の部分が下を向いていた。つまり、僕の顔面はお茶でびしょびしょになってしまった。

 熱々のつぎたてのお茶だ。茶柱とかそういうのは確認してないけど、絶対たっていない。


「あっつううぅぅぅぅぅううううううっ!!」

「あーっとしまった。ついうっかりお茶がこぼれるようにようにキャッチしてしまった。やしーを守るのが私の役目なのに」

「ぜってえ嘘だろその設定!!」

 畳の上で転がりながら僕は怒鳴る。顔だけかと思っていたけど、体全体が濡れていた。僕はとっさに服を脱ごうとしたのだが、姉さんはその手を止めた。


「ああ、脱いじゃあダメだよ。それはやしーを守るために大切なものだから」

「今さっきうっかり言ってなかったか!?」

「言葉の綾だよ。ノリと勢いと言ってもいい」

「お前の発言、もう二度と信じないからな……」

「お前じゃない、姉さん。でしょ?」

「…………」

「きちんと姉さんと言わないと教えないよ。正体についても、呪いについても」

「……姉さん、はやく教えてくれ」

「はいはーい」

 気楽で気軽に、姉さんは空中を指でかき混ぜる。

 そしてちょいちょい、と指で自分の前の畳を指さした。

 そこに座れということなのだろう。僕は姉さんを睨みながら、お茶で濡れた髪をかきあげて、姉さんの前に座る。


「いいね。やっぱりやしーたち一族は、髪をかきあげた方が、カッコいい」

 姉さんはなにかを懐かしむように笑った。それはまるで、昔の写真を見るお婆ちゃんのようだった。死んだけど、お婆ちゃん。


「私は人間じゃあない」

 唐突に姉さんは言った。

 自分は人間ではないと言った。しかし正直なところ、それに驚くことはなかった。

 確かに人間ではない。という事実は驚くのに足りる事実ではあるけれど、いつまでも歳を取らず、ずっと十七歳でい続ける人間なんて存在しない。

 十七歳教じゃああるまいし。


「私はやしーたち一族を守るために存在している。種族的には、まあ、座敷童みたいなものを想像してくれたらいいよ」

「座敷童」

「そう、この家に居憑いている」

 やしー、知らないでしょ。私がどこに住んでいるのか。と姉さんは言う。

 そう言えば、知らないな。

 まさか僕の家に居憑いているとは。



「まあ、ざっくりと説明するとやしー達一族は、とある化物に呪いをかけられている」

「呪い?」

「そう、呪い」

 姉さんは自分の手元に、お茶が入っていたコップを置く。


「その呪いがあったおかげでやしー達のい一族は繁栄したとも言えるし、その呪いがあったせいでやしー達の一族はここまで落ちぶれているとも言える」

「……どういうことだ?」

 姉さんの説明をそのまま鵜呑みにするのなら、その呪いはあまりにも矛盾しているとも言える。

 繁栄もするし、滅びもする呪いなんて。

 僕がそれに疑問を感じていることに気づいたのか、姉さんは僕の顔を指さしながら、僕ら一族にかけられた呪いについて、分かりやすく、端的に教えてくれた。


「やしー達一族にかけられた呪いは『一族が永劫続く呪い』――つまり、結婚できる呪いだよ」

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