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人間より弱い吸血鬼原理  作者: 沢城据太郎
7/9

式神戦線

 振り向いた先に存在していた『モノ』を見上げたリュドミラは身体を硬直させた。良夫の位置からは彼女の表情は読み取れなかったが、振り向き様に唖然としている事はその後ろ姿からでも見て取れた。

 リュドミラの背後に現れた存在、風に運ばれるように音も無く不意に現れたソレは、白い巨体だった。

 三メートルはありそうな体躯は全身無垢な白。輪郭は滑らかな曲線を描き陶器を連想させる。ただそれがわかるのは街灯に照らされた上半身だけで、巨体に似合わない短い脚が生えた下半身などは夜の陰に溶け込んでいる。丸みを帯びた上半身の両肩から直立したままで地面に届きそうな長さの丸太のような剛腕を持っている。そして頭部にはその巨体に似合わない、人間のそれより少し大きい程度のものがちょこんと付いていた。その形状は面長、鼻に当たる部分から口にかけて突起が伸びており、上部には耳のような角のような細長い突起が両サイドにぴんと立っている。特徴的なのはその巨体から生えた三本の尻尾。白い陶器のような無機質な身体にその三本の尻尾だけは毛むくじゃらで異様に生物的な存在感を主張していて、ちぐはぐなのだ。しかもその三本の尻尾は毛並みと色がそれぞれ全く異なり、それはそれぞれバラバラの生き物の尻尾、『狐』と『狗』と『狸』のモノだそうだ。

『コックリさん』、魔術師・柩野石乃が創作した式神だ。

 突如『ワンミリオン・バッドチョイス』の背後に現れた白い巨体は既にその丸太のような右腕を振り上げており今まさに振り下ろされようとしていた。リュドミラがその姿を認めた直後に振り下ろされた拳を、身体を捻るような動きで左側へ辛うじて回避。しかし回避中の無防備な態勢に巨体のコックリさんから左腕からのパンチが襲い掛かり、リュドミラは成す術無く殴り飛ばされる。受け身を取りすぐに起き上がった彼女は素早く『ショック・ロッド』の先端を向け衝撃波を発射。地面に叩きつけアスファルトを抉った右腕を持ち上げつつ上体を起こそうとした巨体に衝撃波は直撃した。軽い爆発のような衝撃音が響き白い巨体は一歩下がり仰け反ったが、それだけ。上体を戻し、狐を模したらしい頭部をリュドミラに向け、ルビーのような紅い吊り上った瞳を開きターゲットを見据えた。

 殴られた直後、即座に反撃して見せたリュドミラの貌には明らかに戸惑いと驚きの色が浮かんでいた。無理もないだろう、『ショック・ロッド』で破壊できなかった以前に、何故こんな怪物が現れたのかという点が彼女にとっては完全に予想外の展開なのだ。ついこの間までただの人間、一般庶民だった我々が一級魔術師を戦力に引き込んでいるだなんて想定するだけ馬鹿らしい有り得ない話だ。良夫にとっても無論予定外だ。

 柩野石乃のフラッシュ魔法によって創り出された式神、『コックリさん』には二種類のモードがある。『占いモード』と『祟りモード』だ。

 本来のコックリさん、平仮名五十音と数字と鳥居が書かれた用紙に十円玉を乗せ、参加者がその十円玉に指を添えて呪文により狐の霊を降ろして占いを行うという子供心に絶妙な恐怖心を煽る危険な遊戯である。そして呼び出した狐の霊はちゃんと手順を踏んでお帰り頂かないと祟りが起こる、というおまけのルールが更に緊張感のスパイスを加える。西洋の『ターンテーブル』を発祥とする事から所謂『似非魔術』と認識されている(十円玉の指が勝手に動くのは自己暗示と不覚筋動が原因ではないかと言われている)。

 石乃のコックリさんはこのオカルティックな遊戯を魔術によって再現したフラッシュ魔法である。その際元ネタのコックリさんに若干のアレンジを加え、オリジナルのコックリさんの祟り神としての側面すらコントロール下に置き、占いだけでなく祟りすらも術者の意志で行使できるように作り替えた。占い終了後に送還の手順を踏まなかった場合に降りかかる参加者への禍いのエネルギーの方向を先程のような殴打という形で外敵に向けるのだ。そしてコックリさんを完全に支配下に置くため術式上の祟り神に器を作り存在を縛った。あの白い巨体である。実体を構築する分魔力も余計に必要になるしその能力も制限されるが、空想上のぼんやりした存在を術式と実体で徹底的に縛り制御下に置く事で過去視と戦闘に使える一度に二度美味しい式神が完成した(因みに『占いモード』のコックリさんも先程料亭で見せてもらったのだが、現在暴れている巨体をそのままデフォルメ化したような人の胴体位の大きさの式神が出てきた。妙に可愛らしかった)。

 石乃は自身が開発したこのフラッシュ魔法を『無粋なる顕現』と名付けた。その由来に関しては特に語られなかったがどうも自虐的な呼び名だなと良夫は思った。まぁ、深く追求しないのが賢明だろう。

 『無粋なる顕現』の『占いモード』でリュドミラの魔力を空費させていた石乃が自身の式神を『祟りモード』に変えて直接攻撃に切り替えた理由は無論、リュドミラがフラッシュ魔法を解除したからだ。ガチガチに『ワンミリオン・バッドチョイス』対策をしたこちらの戦術に気付いたリュドミラの判断を見越して、『ワンミリオン・バッドチョイス』が解除された瞬間こちらもすぐに石乃にバトンを渡すよう料亭で取り決めていたのだ。

 困惑の色を拭い切れないリュドミラに対して白い巨体は構わず突撃。短い脚を器用に前後に動かし(というか白い胴体の中に脚の関節が内蔵されているようだ。走ると胴体が激しくうねる)、柱か巨樹の如く太い右腕を振りかぶりながらリュドミラに挑み掛かる。打ち出された拳、引き戻し際の裏拳、掴みかかる左腕、巨体から絶えず繰り出させる打撃の雨をリュドミラは飛び跳ね、しゃがみ、片手で受け流しながら直撃を避けている。人間の胴程の太さはあろうかという式神の、巨体特有の鈍さを感じさせない鋭い拳を悉く回避しているという点は驚異的という以外の何者でも無いが、しかしと言うべきかやはりと言うべきか、彼女の所作一つ一つから余裕が消えている事が窺い知れる。避ける動作がいちいち大袈裟で余裕が無い。先程のSNS仲間達との戦闘と比較すればその必死度合いの差は歴然だ。

 元来、リュドミラ・ブルハノフはこういった戦闘用の式神との戦闘は想定していないはずだ。一級魔術師が構築した純粋な暴力の行使者に真正面から戦いを挑むような漢らしいバトルスタイルとは真逆の、徹底的に相手の有利な状況を封じて実力を生かさせずに殺す事が彼女の流儀。今このような状況、『ワンミリオン・バッドチョイス』を発動していない状況で戦闘用の式神に襲われるという状況はリュドミラにとっては『詰み』のパターン。絶対に陥ってはいけないシチュエーションのはずだ。

 理想的な流れのはずだが、良夫は全く安堵する気分にはなれなかった。

 リュドミラが一切諦める素振りを見せない。

 空気を引き裂きスイングされる拳を大袈裟なバックステップで距離を取りつつ避けるリュドミラ。拳を空振りさせた前傾姿勢のまま勢いを殺さず追撃に出たコックリさんが一歩踏み出そうと片足を持ち上げた瞬間を狙って、リュドミラは素早く『ショック・ロッド』を構え、衝撃波を放った。狙いはコックリさんの脚。前のめりに転倒したコックリさんを躱しつつ無防備な巨体めがけて更なる衝撃波の乱射。

 爆裂音が響くたびに魔力で紡がれたコックリさんの巨体が削れ、白く瞬く粒子が飛散する。思惟による結合力が強い衝撃により失われた魔力の一部が瞬いて舞い散り、その思惟が完全に消失するまで(つまり『コックリさん』の構成物として形作られていた魔力が純粋な指向性の無い魔力に戻るまで)白い煙となってもうもうと巻き上がる。

 衝撃波の轟音の中で前のめりに倒れたまま身じろぎしない『コックリさん』は不意に、両腕を地面に付いた。そして自身の身体を持ち上げるや否や腕の力のみで地面から巨体を跳ね上げ弾丸の如くリュドミラに向かって飛び掛かった。

 しかしどうもリュドミラはこのアクションを予測していたらしく、『コックリさん』が宙を飛ぶ前に『ショック・ロッド』の連射を止め、側面に飛び退いた。

 殺意を帯びて飛ぶ巨大な白い塊を難無く躱したリュドミラは、良夫が隠れている方、いや更にその向こう側に視線を向け、空を切り地面に着弾する『コックリさん』に背を向け走り出した。

 不味い。恐らく石乃の居場所が捕捉されたのだ。

 強力な戦闘用の式神を倒す場合、その式神を作り出した術者を倒してしまうのが一番手っ取り早い。無論例外はあるが、創作型の式神は術者との繋がりを拠り所にして現世に形作られているので、その拠り所の元を立たれれば大きく弱体化するか最悪消え去ってしまう。先程の式神への攻撃はそれそのものを破壊するためというより、式神に過負担を掛ける事により術者側からの魔力供給を行わせその魔力の流れからコントローラーの位置を割り出そうとするテクニックだったのかもしれない。

 不味い、これは不味い。魔術師と言えども吸血鬼との接近戦などに持ち込まれればまず勝ち目は無い。インファイターの魔術師なんてのも居るには居るが石乃はそんな人種ではない(遠隔操作の式神の構築をフラッシュ魔法にしている時点でそれは明らかだ)。自身より二回りも年下の少女に命の危機が迫っている。

迫っているはずなのだが、良夫は現在推移している状況を何故か冷静に観察する事が出来た。もっと慌てなくてはならないハズなのに何故かデジャヴを感じる様な……。ああ、そうか、この状況も確か想定していたのではないのか?

 良夫が隠れるビルの隙間をリュドミラが横切ろうとした時、今までリュドミラに対して一定の間合いを取って並走していただけだった内の一人、『オハラ』が急に加速を付けてリュドミラに飛び掛かった。SNS仲間達にも警戒はしていたはずだったリュドミラだが、意識が式神の使役者に向いていたのか僅かに反応が遅れた。向き直って身構えようとした所に『オハラ』が腰の辺りをめがけて飛び込み、リュドミラは尻餅をついて倒れた。

 『オハラ』のこの行動はリュドミラが戦闘領域から逃走しようとした時の最後の抵抗として用意していたもので、実は石乃を守るために設定していた行動という訳ではない。我々の戦いは前提として人目に付いてはいけない。リュドミラ側からすれば不用意に大通りなどに姿を晒せば人目や監視カメラに捕捉され『ワンミリオン・バッドチョイス』の間違った場所を探させる効果が発揮できなくなるし、良夫側にすれば吸血鬼化したSNS仲間が見つかれば即刻大阪自体がお仕舞である。ただこの場合、リュドミラ側は最悪全ての追手を振り切れば問題が無いので、逃げるリュドミラを追いかける形になってしまうと我々の方が圧倒的に不利なのだ。だから絶対に路地裏から出す訳にはいかない。式神との戦闘に巻き込まれる形になったとしてもだ。

 リュドミラは立ち上がりながら、腰に縋り付きそのまま噛み付こうとする『オハラ』の頭部を抑えて押し出そうとするが『オハラ』もそれを許さない。が、その力比べはそう長くは続かない。

 取っ組み合いをするリュドミラと『オハラ』に暗い影が差す。

 『コックリさん』の街灯を光を遮る巨体が二人に迫ってきた。

 思わず見上げるリュドミラ。『オハラ』見向きもせずがむしゃらにリュドミラを放さない。

 揉み合う二人の間に拳は躊躇無く穿たれた。

 が、次の瞬間

 拳が振り下ろされた直後に

 『コックリさん』は白い魔力の残滓を煙の様に残して、跡形も無く消え去った。

 良夫は一瞬何が起こったのか理解出来なかった。だが数秒掛からない内に事態は直ぐに把握できた。リュドミラが『ワンミリオン・バッドチョイス』を再度発動させたのだ。恐らくタイミングは拳を振り下ろす直前かその最中。

 石乃とは、リュドミラが再度『ワンミリオン・バッドチョイス』を発動させた際には直ちに『無粋なる顕現』の祟りモードを占いモードに変更する手筈になっていた。どんなに有利な状況になっていても『ワンミリオン・バッドチョイス』の影響下に入ってしまうと取り返しのつかない逆転劇を演じられてしまう危険性がある。これはいかなる状況でも徹底されなければならない(もう一つ石乃の名誉のために付け加えておけば、SNS仲間が相手を捕縛している時に迷わず攻撃したのは前以て行われていた打ち合わせでの良夫達の指示である)。

 リュドミラが『ワンミリオン・バッドチョイス』を再度発動させれば『コックリさん』は引っ込めざるを得なくなる。この理屈に関してはもう少し早く気付くのではないかと良夫は懸念していたが、なるほど常に最善手を選べる訳ではないのは彼女も同じで、破滅の危機が間近に迫る刹那まで恐らく突然の戦闘用の式神の出現に動転して、その事に気付けなかったらしい。

 ……『コックリさん』の猛攻は止んだ。しかしそれでリュドミラが危機的状況を脱したのかと問われれば答えは否。彼女が『ワンミリオン・バッドチョイス』を発動させたのは白い剛腕が振り下ろされた直後なのだ。

 白い巨体が雲散したと同時に、リュドミラと一定の距離を置いて様子を見ていた残りのSNS仲間達が親吸血鬼めがけて駆け出した(良夫が『ワンミリオン・バッドチョイス』発動を認識したのはこの行動からである。吸血鬼は魔法使い同様、個体の魔力の変化を訓練無しに察知する事が出来るらしい)。

 やや猫背気味にそれを迎え撃つリュドミラには左腕が無かった。

 いや、あるのか。ただ左肩が真下に大きく陥没し、胸のやや下辺りで宙ぶらりんで力無く垂れ下がっている状態なのだ。

 肩の骨が砕けているのは確実だろう。

 リュドミラは、思考しない殺意の塊たる我が子達が迫る様に目配せしつつ、勿体ぶった様な態度で腰を軽く捻り、もはや添えられるだけの『オハラ』の両腕をその主の無残な血だまりの上に振り落とした(淡々と描写できる辺りいよいよ自分も末期だな、と良夫は淡々と思った)。――リュドミラは頭部への直撃を避けて見せたのだ。彼女にとっての最悪の事態は回避した。しかしこの状況はどうだ? 彼女は唇を戦慄かせ、両頬を持ち上げる。『ワンミリオン・バッドチョイス』は決め手にならず、左腕は復元するまで使い物にならない。その吸血鬼の尖った犬歯を誇示する獣の様に唇を開く。そんな状態で三体の吸血鬼を相手にするのはやはりまだまだ造作も無い事なのだろうか? いや、この貌は笑っているのだろうか?

「ギュゥウゥァァアァァアァァアアア!!!」

 最初の一撃、左側から襲い掛かる『yayata』を、身体全体を捻って大きなスイングで右パンチで叩きのめしながらリュドミラは、悲鳴とも咆哮ともつかない絶叫を上げた。更に時間差で襲い掛かる『煩ホル』『上楽』も右腕をしなる鞭のように振り回し伸ばされる腕を跳ね除け、顔面を殴り飛ばした。が、どうも与えられたダメージはそれ程のものでは無く、殴られ地に伏せ上体をよろめかせたSNS仲間達だが、すぐ態勢を立て直しリュドミラへの無防備な接近を再開させる。が、その度にリュドミラは長い黒髪を振り乱しながら伸ばされる『我が子達』の腕を躱し足払いや相手の身体の動きを利用した体術で一時しのぎを続けた。リュドミラは瞳を見開きこちらが気圧されるような鬼気迫る表情で攻撃をやり過ごす。そこには既に強者の余裕などは消し飛んでいたが、それでもリュドミラは抵抗を続ける。良夫は祈るような気持ちでその光景に見入る。一噛みが、牙の一噛みが貫けばこちらの勝ちなのだ。

 格闘を続ける吸血鬼達の脇で、すくと立ち上がる真っ赤な影があった。『オハラ』である。飛散した血や赤い何かの破片がオハラの身体を伝って赤い筋を作りながら、巣に帰る軍隊蟻の様にするすると『オハラ』の頭部に吸い寄せられる。そして明らかに球体ではなくなった『オハラ』の頭部をみるみる元の形に復元していくのだ。

 まだ血塗れで完全に復元し終えていない状態で歩き始めた『オハラ』に気付いたリュドミラは、四人は相手取れないと判断したのか、追い縋る手を払い退けて石乃が隠れる反対側の方へ駆け出した。これに対して『煩ホル』はラガーメンよろしく飛び付いて捕らえようとするが、リュドミラはバランスの悪い上半身をよろめかせながら側面に跳ねて避ける。

 次の『我が子』に飛び掛かられる前にリュドミラは、両足と右腕だけで手近の街灯に器用によじ登った。追撃し辛い場所に避難したという事かもしれないがそれは対策済みだ。

 リュドミラが登る街灯の下で立ち止まった四人の中の一人、『yayata』が繰り返し繰り返し蹴りを叩き込む。街灯をへし折るのだ。

 避難場所を破壊されつつあるリュドミラはまばゆい街灯の上でカエルの様に両足を曲げて姿勢を低くして平然とその様を眺めていた。だがその視線は今登っている街灯が破壊されている状況を見ているというよりも、戦況を俯瞰して分析しているというような視線なのだ。そして、リュドミラの左腕は、客観的に観る限りでは既に完治していた。ずたずたになったジャケットの腕の部分を下のブラウスごと引き千切り晒された不気味な程白い左腕には傷ひとつ無く、肩の位置も元通りだった。場違いに落ち着いた様子で腕を軽く動かしながら回復の程を確かめる。

 良夫の胸の中では『嫌な予感』が膨らんで張り裂けそうだった。片腕が駄目になっていた絶好のチャンスに勝負が付けられなかったというのは仕方が無かったにしても、『yayata』の蹴りで遂に傾き始めた街灯の上で器用に立ち上がったリュドミラの佇まいは妙に落ち着いていて、何か重要な決断を済ませてそれに殉ずる様な覚悟が感じられた。今まさにへし折れる直前の街灯の明かりのせいでその表情は上手く読み取れないが、その不気味に落ち着いたシルエットには最近見覚えがあったのだ。吸血鬼に襲われてから今日この日までにSNS仲間達が良夫に見せた、覚悟の籠った後ろ姿そっくりのように思えてならなかったのだ。

 街灯が完全に倒れ切る前にリュドミラは跳躍。自重で倒れるか否かの微妙な角度で静止した街灯を尻目に着地したリュドミラの足元には、先程『コックリさん』の打撃を受けた時に取りこぼした『ショック・ロッド』が落ちていた。それを拾いながら再び迫って来る『我が子達』に一瞥をくれると、SNS仲間達はぴたりと足を止めた。するとそれに合わせて音も無く巨大な白い影がリュドミラの傍に現れた。無論それは石乃の『コックリさん』である。

 なるほどそう来たか。『ワンミリオン・バッドチョイス』を解除すると『我が子達』が攻撃を始め解除すると代わりに白い式神が現れる。その行動パターンを利用してフラッシュ魔法のON/OFFを繰り返す事で両者の挙動を制御しようという訳だ。

 リュドミラは『コックリさん』初動からの殴打を後方に跳ねて躱しつつ、『我が子達』に視線を投げて行動を監視する。――こちらの手の内が知れれば当然思い浮かぶ作戦だろう。故に良夫にとってもそれは対策済みなのだ。この場合は……。

 リュドミラを追い詰め拳を振り上げる白い巨体。

 ここでリュドミラは立ち止まり真正面に迫り来る『コックリさん』を見据えつつゆっくりと、演劇か映画のワンシーンを切り取ってきたかのように場違いに優雅に右腕を持ち上げ『コックリさん』を指差した。

「ワンミリオン――」

 リュドミラは言葉を紡ぐ。それほど大きな声ではないがそれは異様な程暗い路地裏によく響いた。

「――ミステイク!」


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