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人間より弱い吸血鬼原理  作者: 沢城据太郎
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リュドミラ・ブルハノフ

 大都市、というもののサンプルを良夫は多く知らない。人生に於いて関西圏から離れた事が殆んど無い。しかしどこの都市も、煌びやかなメインストリートを少し外れると狭く猥雑で少し汚らしいはらわたのような寒々しい建築物群が覆い隠されているという構造は変わらないのではないだろうか? 上辺だけ取り繕う様は人間と同じ、だなんて冷笑家気取りの滑稽な科白を言うつもりはないが、その物理的に見通しの利かない路地裏があらゆる良からぬものの温床になっている事は、大阪しか大都市を知り得ない良夫にも殆ど明らかなことのように思える。無論、それは良夫の偏見だが、現在進行形で平和を脅かされているこの大阪ではビル群の狭い隙間そのものも恐怖の対象として怖がられている。『煩ホル』が感じ取ったリュドミラの気配はそうした大通りから外れた路地裏からのものだ。

 リュドミラ捜索を行うに当たり良夫は、大阪市の端から端までを吸血鬼の仲間達に順番に捜させるという手段を取った。吸血鬼が活動できる夜の時間に、大阪の各区画を雑巾がけするように何度も行うのだ。これは確実な方法とは言えないし安全な方法ともいえない。それに魔力を敏感に感知する手段を持った魔法使いに出くわすと仲間達が吸血鬼とバレてしまうリスクも伴う。しかし他の勢力が手をこまねいている現状では比較的有効な手段ではあるし、それ以上にリュドミラの方に『リュドミラを探している良夫達』を見つけてもらう狙いもあった。

 リュドミラが良夫達を捜しているとする根拠は、実は特に無い。そもそも良夫の仲間達を吸血鬼化させた理由からして不明で、これはもうただの悪趣味な好奇心だったと思っている。だからこそ良夫は、好奇心を満たす延長としてこちら側からの呼び掛けに、あなたを捜しているという露骨なアピールに応じてくれるのではないかと期待した。たとえこちらが、親吸血鬼を打倒しようとしているのだとしても。

 そして、良夫の誘いに乗って来た、のかどうかはわからないが、リュドミラは網に掛った。しかしそれは良夫に逆に不気味な不安を与える。吸血鬼と対峙する恐怖だけでは無い、タイミングが良過ぎるのだ。石乃との出会いとターゲットの発見が意図されたものではないかと勘繰りたくなる。まるで運命的・魔術的に引き寄せられたよう。『ワンミリオン・バッドチョイス』の『自分と敵対する相手に最悪の選択を選ばせる』呪術、その効果の対象が占いと面と向かった時の戦闘行動以外にも影響を及ぼすのではないだろうか? つまり、リュドミラ退治に向けての行動や話し合いも総て来るべき失敗に向けての布石や伏線でしかない、と考えてしまうのだ。それについて一応石乃に言及してみると「対象が多過ぎて流石に魔力不足になると思います。考え過ぎですよ」と返された。その時は良夫はほっとしたような顔をして見せたが、内心は安堵し切っていない。

 良夫は、自分の半生は吸血鬼に引っ張られ続ける宿命を孕んでいると思えてならない。その終着点(と呼んで差し支え無さそうなモノ)が見えて来たが、その先に何があるのか、全く予測できず、ただ状況に押し進められているのだ。現状の良夫を取り巻くあらゆる諸々は、ニンニクから逃げ出した自分の最低なフィナーレへのお膳立てではないのかと、自意識過剰気味に考えてしまう。

 恋慕よりニンニク嫌いを優先させた事に何らかの贖罪が必要なら、とにかく最低限SNS仲間を巻き込むのだけは止めて欲しい。その一心で良夫は吸血鬼に挑むが、それもまた『フィナーレ』への布石の一つなのだろう。既に賽は投げられている。自身の運には期待できないので、せめて転がる賽がイカサマの細工がされていない事を祈るのみだ。

 『煩ホル』と合流した後、一時間弱程打ち合わせをし(因みに、石乃の協力を得る事に関しては『煩ホル』は快く賛成した)、一同料亭を出て、『ワンミリオン・バッドチョイス』の気配が感じ取られた場所に移動する(石乃は一言も無く良夫の食事代も支払った。良夫は誰からも何も言われなかったのでSNS仲間達の食事代を払った。気持ちを、切り替えよう……)。

徒歩で二十分程移動、その地点はメインストリートから少し外れた、左右二立ち並ぶ四・五階建てのビルに挟まれた狭い道。オフィス街の一角で、通勤・帰宅時間には人通りはあるのだろうが、夜中のしかも吸血鬼警戒レベル3指定中にこの様な場所を訪れる者など居るはずもなく、申し訳程度の街灯が広い間隔で配置されたそこは、寒々しく暗い。

 良夫は現在、その場所に『yayata』と『煩ホル』を引き連れて立っている。と言っても二十メートル位後方に離れてもらっている。吸血鬼化した彼らになら一瞬で詰められる距離だが、視覚的かつ心理的な隔たりが重要で、

「リュドミラ・ブルハノフさん! 良ければ出て来て頂けないでしょうか?」

良夫を代表として、渦中の吸血鬼と会話をしたがっているというポーズを作るためのものだ。

 良夫の半ば上擦った呼び掛けは闇夜に沁み入り、居た堪れない反響を少しだけ残した。

 これはSNS仲間四人が考えた仮説だが、彼らは、「リュドミラの真の目当ては良夫の行動を観察する事にあるのではないか」と話していた。リュドミラは何らかの方法でネット上での吸血鬼研究家としての『グッドマン』の存在を知り、その『グッドマン』に本物の吸血鬼を与えたらどんなリアクションを取るのか試してみたかったのではないか、との事。堪ったものではない。というか仲間達の買い被りに良夫は少し呆れた。自分を高く評価してくれるのは嬉しいが、どうも過大評価され過ぎている気がする。一連の作戦を考えているのは主に良夫だが、それは単に良夫が一番吸血鬼の性質に詳しいからというだけ。良夫の認識はそんな程度だが、SNS仲間達からは本気で良夫に命を預けている真摯さが感じられて、申し訳無い気持ちにさせられる。自分は命を掛ける義務があると思う。しかし、石乃からの信頼についてもそうなのだが、他人の命運を預かる器と覚悟がこの自分にあるのだろうか……?

 その後数分、良夫は寂しげに街灯の光が揺れる暗い道に向かってリュドミラの名を呼び掛け続けた。一言声を発する度に命が擦り切れる思いだ。いつ、どのタイミングで現れるかわからない。常に神経を尖らせねばならない。因みにこの場所の南に一つ前の筋にある立体駐車場にリュドミラが設置したと思しき『串刺し公の標』が突き立てられている。『串刺し公の標』の効果かどうかはわからないがそれが設置されている方向から正体不明の威圧感を浴びせられている、気がする。――簡易に造られた脆い魔法の品(アーティファクト)なので、魔法使いや専門家にとって破壊は非常に簡単らしい。しかし、偽物の気配の中に『本物』が混じっている可能性も当然想定されるので、リュドミラに襲われた場合に対応できない者にはロシアンルーレットの様相を呈す。必然、『串刺し公の標』を安全に除去できる者・グループはごく少数になり、リュドミラがあらゆる場所で無作為に『串刺し公の標』を構築し直すスピードに追い付かないのだ。

「『グッドマン』さん」

 不意に、背後にいる『yayata』が良夫に声をかけた。良夫が振り向くと『yayata』は強ばった表情で良夫の顔とその斜め上、『串刺し公の標』が察知されている方向とは逆の上空を見上げていた。隣りの『煩ホル』も引きつった表情で同じ方向を見上げる。

 どうも、現れてしまったらしい。

 空は晴れてはいるが月は見えず――ビルに隠れているのか沈んでいるのかはわからない――、普通の人間の視力(或いは普通の人間の眼の構造)ではただただ深い闇にしか見えない。

 そんな虚空から、急に何か白い小さな綿埃のようなモノがふっと浮かび上がったように良夫には見えた。その正体を認識する間もなく、それはみるみる大きくなり、どすん、どすんと微妙に異なる軽快な衝突音を二度と聞き取った。

「……」

 良夫は絶句し、混乱し、暫くして事態を頭の中で整理し終えてから背筋が強張った。

 目の前に急に人物が一人現れた。いや、急にではなく、空から降ってきたのだ。その人物は恐らくビルの上辺りから飛び降り街灯でワンステップ置いてから地面に着地した。

 人物は女性である。瞬間的にはタキシードを来た男性に見えたが、胸元の膨らみや腰から足にかけてのラインが明らかに女性のそれだった。スカートの様に長い裾の黒のロングジャケットとスラックス、下には手首や胸元に過剰な程たっぷりフリルがあしらわれたブラウスを着ている。靴は底の厚めでつま先に丸みがある可愛らしいさすら感じさせる黒の革靴。数十メートル上空から落下した衝撃でも特に損傷したような形跡はない。あの手の靴はあんなに頑丈なものなのだろうか? ……西洋の吸血鬼っぽいと言えばぽいのだが、可愛らしいフリルの仰々しさと日本のビル群とのミスマッチのせいでどうしてもコスプレ衣装に見えてしまう。そして、服装自体がそれを纏う女性にあまり似合っていないように良夫には思えた。

 女性の(見た目の)年齢は恐らく三〇前後。黒髪のロングヘアーの白人女性。化粧っ気は無いが眼鼻立ちがハッキリしている。事も無気に着地し、ゆっくり上体を伸ばし良夫を見据えた顔には表情は無く、眼が据わっている。紅い色をした双眸が投げやりに良夫を射抜く。肌は白い、なんてモノじゃ無く血の気が無い。血管一本一本が確認できてしまいそうな程で、確実に美人に分類できるであろう彼女の顔を皺だらけの老婆の様に、或いは皮膚の薄い生まれたてのケダモノのように見せる。無表情な美女特有の凄身に更に人外然とした不気味さを加える。いや、その通り『人外』なのだろう。

「呼ばれたので出て来たヨ」

 第一声は、掠れていた。二つ三つ咳払いをする。

……どうやら、この人物が『幾重もの悪手(ワンミリオン・バッドチョイス)』ことリュドミラ・ブルハノフその人らしい。良夫が知る範囲での特徴と完全に一致する。

「初めまして、私は渡来良夫といいます」

良夫は、声色が震えない様に注意しながら自己紹介をした。これも、想定していた状況の一つだ。とにかく『会話』をせねばならない。

「あなたがリュドミラ・ブルハノフさんですよね」

「はい。よろしく、ワタライ・ヨシオ」

 抑揚の無い、戯れている印象すら感じさせる口調で『よろしく』等と言われた。ただこれは実際にはふざけた喋り方をしているのでは無く、単に訛っているだけなのだ。『幾重もの悪手(ワンミリオン・バッドチョイス)』ことリュドミラ・ブルハノフは欧州やロシアを中心に活動している吸血鬼で、日本語が母国語ではない。むしろ日本語が上手いと驚くべきだ。

 ――意外と感動しない、というのがリュドミラと対峙した良夫の正直な感想だ。良夫はその人生の大部分を吸血鬼の研究に費やしてきた。なのでもう少し感動し興奮するものだと思っていたがそんな事は全然無かった。SNS仲間で既に免疫が付いていたのか、誰かを思い焦がれるという感情が絶望的に欠落しているのか、良夫には正直よくわからなかった(まぁ、感動より恐怖と緊張が上回っているだけという気もするが)。

「そう言えば、キミと会うのは初めてだったネ」

 吸血鬼は、にやりと唇を歪めて加虐的な笑みを浮かべた。因みに眼は全然笑っていない。なるほど攻撃的な笑顔というのはこういうモノなのだろう、と良夫は内心ビビりつつ感心した。

「ええ、何故か私だけ吸血鬼にされませんでした」

「そうネ、ワタシはキミを吸血鬼にはしなかった」

「……理由があるんですか?」

 取り敢えず、会話を繋ぐ。会話している間はこちらを攻撃しようという気にはならないだろう。しかし、相手は恐らくこちらが戦うつもりでいる事を察している。リュドミラの後方には他の二人のSNS仲間『オハラ』と『上楽』が両サイドの脇道に控えている。彼らの存在が気付かれていないとは思えない。こちらの戦意を知りつつ対話に応じているのだ。舐められているとしか言いようがないが、好都合だし想定の内だ。

「んーー、キミを吸血鬼にしようと思うのは、何故か面倒臭かったノ」

 ……面倒臭い? それが自分達五人の中でたった一人だけ吸血鬼にしなかった理由だと言うのか?

「今もそうネ。キミを前に話をするのは少し面倒臭い。疲れる、の方が正しいカナ?」

「え……、それはどういう意味なんですか?」

「ワタシが訊きたい」

 リュドミラのこの不気味な笑みの正体は、どうも自分に対する好奇心の現れらしい、と良夫は察し始めた。良夫と会話する事を『面倒臭い』と感じる現象を愉しんでいるらしい。

「キミの友達を吸血鬼にした理由はひとつ、キミが『面倒臭かった』から。何か特殊な守護呪術で護られているかのような面倒臭さ。でもそういう魔力は感じない。ンー、魔法かも知れない、でもそれよりももっとココロに響く、かな……?」

「……オレと会話をするのがそんなに面倒臭いんですか?」

 魔法のように面倒臭いって、凄まじい例えだ。傷付くという以上に戸惑う。

「イイエ、ワタシの言葉のチョイスが少し不正確なダケ。キミの周りには何か、壁がある。何もない程に薄いけれど確実な存在感とアッチイケ感を持った壁。ワタシがキミと会話したり君に呪術を使うときにその壁をムリヤリに越えるプロセスが必要。大した労力じゃないケド、正体のわからないソレはワタシの行動を少し面倒臭くしている。

 ワタシの魔法、キミも知っていると思うケド『ワンミリオン・バットチョイス』は人の思考だけでなく未来にも干渉する魔法。頭の中を相手に覗かれないようにしたり頭の中身を空っぽにする方法は割とあるけれどそれは一時的な技術、未来永劫いつもそんな状態にあるような存在はちょっと特殊。まるで、『ワタシの魔法がキミには効きにくい』というルールがあらかじめ存在しているかのよう」

 ――『幾重もの悪手(ワンミリオン・バットチョイス)』女史の喋り方は相変わらず平板で抑揚がない。しかし、声色とその表情に微かな昂りが籠められているのは良夫にも把握できた。

「ワタライ・ヨシオ、キミは先天的なヴァンパイア・ハンターか何かナノ?」

「オレはその、ただの一般人ですよ、食品メーカーで働いている。魔法は一切使えません。……確かにちょっと吸血鬼に関して我流で研究したりしていますけど」

「ナルホド、ワタシが与えた吸血鬼達を手懐けているのはその研究の成果カシラ?」

 またそれかよ! 思わず叫びそうになった良夫は引きつった表情で懸命に耐えた。いや、確かに今現在良夫がSNS仲間を従えている風に演出はしているが、どうしてこうも皆上手く引っ掛かるんだ?

「その、私の方からも一つ疑問があるので、質問していいですか?」

「ハイ、ドウゾ」

 『幾重もの悪手(ワンミリオン・バッドチョイス)』は余裕ぶった様に口元に笑みを浮かべ、促す。

「あなたはいままでも『ノヴォシビルクス異種族間友好条約』に良しとしない立場を取っていましたが、襲う人間の数は最小限で吸血鬼化や食人鬼化させるようなリスクは冒してこなかった」

「チキンやルーザーのくせにアウトローを気取りたがる連中のやり方ネ」

 真顔で自虐的な挑発を仕掛ける女史に良夫は一瞬言葉を詰まらすが、気を取り直す。

「堅実に捕食をなさっていた訳ですが、今回の様に人間社会に悪戯に恐怖を与え尚且つ自分も退治されるかもしれないリスクに身を投じる理由がどうしてもわからないんです。訳を、お聞かせ願えないでしょうか?」

 良夫がそう訊くと女史は口元に手を当て顔をしかめた。質問を不愉快に思った、というよりはどう答えるべきか悩んでいる風なリアクションだ。

「……ワタシは『ワンミリオン・バットチョイス』の対象になってしまった」

 そして絞り出す様に口にした言葉がそれだ。良夫はよく意味がわからず「えっ?」と訊き返した。

「ワタシはある仇敵との戦いに負けてしまったのヨ。『ワンミリオン・バットチョイス』をそのテキにも使っていたんだけど、ある日、なんとそれを弾き返された。そのテキにとって魔術を弾き返す事が最良の選択肢なら決してその結論には辿り着けないハズなんだけれど」

「じゃあ、どうやって……」

 そう訊くと女史はうっすらと笑顔を浮かべた。成熟した女性が稀に行使する油断し切った愛嬌のある笑みだ。良夫はその以外な表情の変化に、ただ驚いた。

「対抗手段は無くは無い。例えば『魔術を弾き返す事が自分にとって最悪の結果になる様に仕向ける』とか」

 ……まるで禅問答みたいだな、魔術を弾き返す為にそれが最悪の結果になる様に仕向けたら、その仕向ける事自体が『ワンミリオン・バッドチョイス』の対象になりそうな気がする。

「例えば、ヨ? ワタシにもソイツがそうやったかはわからない」

 話が上手く呑み込めなかった良夫の様子を察し、リュドミラは付け加えた。

「ただワタシの術が弾き返されたのは事実。弾き返された時点で『ワンミリオン・バットチョイス』を即解除した。即解除、つまりそれが間違った選択だった。ワタシが魔法を解除した事でテキもそれ以上弾き返す必要が無くなった。テキは用意していた逃走手段ですぐワタシから身を隠したワ。

 そのテキは仇敵。どうしても倒しておきたい相手なんだけど、ここでひとつ、ワタシは悩む必要があったノ。ワタシがこれ以上本気でその仇敵と戦おうとすれば、勝利を目指す上で最悪の選択をしてしまう危険性があった。ワタシは少なくとも勝つためにそのテキに『ワンミリオン・バットチョイス』を使っていたからネ。勝たねばならないテキを逃がすのも勿論バッドチョイス、でもワタシの魔法効果がそれで終わったと確認する方法が無いノ。もっと酷い選択をする前段階だったかもしれない」

 そういう部分かなりファジーに造ったからネ、この魔法、と真剣味に欠けたように聴こえてしまう訛り気味の口調で付け加える。

「ちょっと待って下さい」

「ナニ?」

「自分自身が『ワンミリオン・バッドチョイス』の対象になっている事を危惧されているようですが、それは魔法を解除した時点で効果が無くなっているんじゃないですか?」

 良夫は素朴な疑問としてその質問をしたのだが、訊かれた『幾重もの悪手(ワンミリオン・バッドチョイス)』はくすくすと笑いだした。

「そのシツモン、ワタシと戦うための準備?」

「え……、あ、いえ、そういう訳では」

 取り繕う良夫は内心焦った。楽しげに指摘されて初めて、その質問が純粋な好奇心から出たものではなく、リュドミラに対する戦意から出た言葉だと気付いたからだ。それを敵に指摘されるのだから間抜け以外の何者でもない。

 だが、良夫の反応などどこ吹く風で、リュドミラは質問に答える。

「その仇敵に対しての『ワンミリオン・バッドチョイス』は特別性だったノ。ピンポイントの、殆ど呪いに近い命令(コマンド)。絶対解けない様にハイパワーかつファジーに組み立てちゃったから威力が読めない。参考になった?」

「……あの、一体誰と戦っていたんですか?」

 良夫は居た堪れなくなり、話が逸れる事を願いつつ話題を変えた。

「んー、それはまぁ、言いたくない」

 しかし女史は今度の質問に関してはやんわり撥ね退ける。

「ワタシ一人の問題じゃないからね、教えにくい」

「一人の問題じゃない?」

「チームで戦っていたからネ」

 吸血鬼が徒党を組んで敵と戦う? しかもそいつは『ワンミリオン・バッドチョイス』を看破出来るような相手? 吸血鬼にまつわる機知の情報から外れた女史の話に、良夫は畏れおののき、そして少なからず興奮していた。それは本やネットでは手には入らない当事者のありのままの姿だった。しかし、リュドミラが言っていることの真意はよくわからない。意図的にそれはぼかされているようだ。

「ふふ、思い悩むこと無いヨ」

 良夫の興奮と混乱を読み取ったように、『ワンミリオン・バッドチョイス』は微かに微笑んで、言う。しかし目つきは鋭く、追い詰めたネズミをいたぶる算段をする猫のようだ。

「キミにはもう勝つか負けるかしか選択肢が無いハズ。キミが負ければ、もう後の人生について考える手間など無くなるし、勝てば自ずとワタシのテキに近付ける。ワタシのミカタもワタシのテキも、ワタシを倒した人間を放っておくはずはない」

 か、過大評価もあったもんじゃない。この吸血鬼は、冗談だとしても良夫達が自分に勝ってしまう未来について話しているのだ!

「ワタシが何故オオサカで暴れているのかっていう質問の答えネ、それは丁度良いグレードのテキを見付けたかったから。もしかしたら負かるかもしれないけれどベストを尽くせば確実に倒せる、そんなテキ。ワタシの魔術を跳ね返した仇敵に対してワタシはどうしても負けたくなかった。その意思が跳ね返されたならワタシはどちらか? その仇敵に対してのみ勝てないのかこれから戦う全ての負けたくないテキに勝てないのか? そういう部分かなりファジーに造ったから実験して確かめないといけない。キミのその面倒くさい壁は十分に丁度良いテキとしての役割を果たせると思う」

「い……いやいやいやいや、ちょっと待って、ぷりーずうぇいと、ちょっと待って下さいよ!」

 良夫は両腕を突き出し掌を広げ、大袈裟にならない程度に哀れっぽく慌てながらリュドミラを制した。そちらにその気がないならこちらから行くよ? というような鋭い意志、いわゆる殺意を五感やら第六感が感じ取り良夫を慌てさせた。会話を、しなければならない。会話を終わらせてはいけないのだ。こちらにはこちらのタイミングがある。

「その、貴女のご期待に添えず誠に恐縮なのですが、寧ろこちらとしては貴女の意図する所とは全く逆の理由で参上した訳でして。あなたに一つお願いしたい事があるのです」

「オウ?」

 さて、正念場だ。会話は終わらせてはいけない、こちらのタイミングで終わらせなければならないのだ。

 出来るだけもったいぶらない様に注意しながら矢継ぎ早に言う。

「私も、吸血鬼にしていただけないでしょうか?」


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