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人間より弱い吸血鬼原理  作者: 沢城据太郎
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式神使い対談2

 ……そして卓上には次々と料理が並べられていく。注文を一切していないにも関わらずだ。おいおいマジかよ、こんなシステム訊いてないぞ、という絶望感を孕んだ嘆きを良夫はかろうじで飲み込んだが、その悪夢の様な桃源郷の風景を良夫は目線も逸らせずただただ見守るだけだった。料理の編成は以下の五組のユニットからなる。

1.混ぜご飯

2.お吸い物

3.天ぷら盛り合わせ

4.天ぷら用とおぼしきだし汁

5.しっかりした造りの重箱

である。特筆すべきは5の重箱だろう。重箱内を走る縦二本、横二本の仕切により九つのセルに分断されておりその小さな一つ一つに色々な料理が彩り豊かに盛られている。例えば、食べやすいサイズの鯛の煮物だったり、山菜の盛り合わせだったり、白身魚の練り物らしきものや料理人の遊び心で肉と野菜を固めて組み合わせてのり巻きの様な形状をさせていたり、と。

 店員が出て行くと「とりあえず食事にしましょう」と石乃は平然と言い、両手を併せていただきますと言い、箸を手にとって先ず天ぷらに箸を伸ばした。……前以ってコース料理を予約していた、と考えるべきなのだろうか? 料理の量の微妙な少なさが何となくレディース定食然としていた。そっちでお膳立てたメニューなんだから払いもそっちってことだよな、そうだよな? 信じていいんだな、ええい死なば諸共だ! と半ばやけくそに思考停止を行い、良夫はお吸い物の蓋を外して少し啜った。何だかわからないだしが幾重にも折り重なり、甘露の様な上品な風味が良夫を暗い恍惚へ誘い込む。そしてそれを皮切りに心のリミッターが外れセルに箸を付ける。本来、食事が喉を通る様な精神状態では無かったのだが、最近碌な食べ物を口にしていなかったせいで肉体は眼の前の料理に正直に対応できた。

「『幾重もの悪手(ワンミリオン・バッドチョイス)』こと『リュドミラ・ブルハノフ』の厄介な点はその戦闘能力の高さ以上に、使用するフラッシュ魔法にあります」

 良夫がセル全てに取り敢えず一度箸を付けた辺りで、石乃は話を再開し始めた。

「不特定多数の相手が術者に、つまりこの場合は『ワンミリオン・バッドチョイス』の使用者『リュドミラ』に対抗するために何かを選択しようとしたとき、確実に上手くいかない選択肢を無意識下で選択させる魔法、だったっけ?」

「はい。占術と精神支配系の呪術のハイブリットと言われています。……よくご存じですね?」

「えっ……、ああまぁ、(ヴァン)ハンのホームページで読んだから。

ちょっとわからないんだけどさ、そのフラッシュ魔法って影響範囲はどの程度のものなの? 調べてみたんだけどハッキリした情報が無いんだよね」

 良夫が訊くと、石乃は少し渋い、困った顔をする。

「それは、実際に細部について知っている者がごく僅かしかいないからです。リュドミラ・ブルハノフは友好条約以後も生きた人間を襲い続けていたことは知られていますが、他の弱小吸血鬼同様神出鬼没に戦闘能力の無い人間を襲って即遠くの土地に逃げ去るという手口でしたからそもそも魔法を使ったというデータがありませんでした。今回の件が発生したことで『リュドミラ・ブルハノフ』に対する評価が見直された程です。下手をすれば、彼女のフラッシュ魔法の制作に関わった者しか詳細は知らないのではないのでしょうか?」

「成程……。今大阪で起こっている事件が一番信頼に足る最新データってことか」

「はい。ただ、リュドミラが使用する魔法とほぼ確実に関係があると考えられている現象がわかっている範囲で二つあります。

まず一つはリュドミラの所在を特定するために行われる占いは全て当たらなくなっている事。占術は過去視で得た情報を統御する事で未来を予測する方法と未来視によって直接未来を知る、という方法に分かれますが、バッドチョイスの能力はその両方に干渉できるようです。無数の予測と無数の不確定な未来から、一番当たりそうにない未来を無意識に術者に選択させているようです。

もう一つは近接戦闘における能力。術者自身と対峙した敵に無意識下で悪手を選択させてしまうことができる様です。先日捕食されたヴァンパイアハンターのパーティーの生き残りの証言で明らかになりました。一瞬一瞬の判断が命を左右する状況で常に最悪の選択肢を選ぶことを強要させる術、吸血鬼との基礎的な戦闘能力の差を経験や装備で埋めているヴァンパイアハンターにとっては非常に看破し辛い能力でしょう」

 成程、それらもネットで得た情報と同じだ。原理は不明だが自分のアパートの中古の炊飯器より明らかに美味しく炊き上がっているご飯を咀嚼しながら思う。取り敢えずネットの情報がガセではなかったと確認できたのは収穫かもしれないが逆に現場レベルにも同水準のデータしか存在していない事には寒気を覚える。勿論外部に漏らせない重大情報とかがまだあるのかもしれないが、いやでもそうすると、最高機密を自分に漏らしたのは何故だ……?

「それ、対処法は無いの? 他の魔法に干渉されないような結界を張ってから占いをやるとか?」

 そう言った瞬間石乃は鋭い眼付きで良夫を睨んだ。うっ、他人事の様な口調を意識したつもりだが演技過剰過ぎたか? と少しビビったが、石乃はすぐ物憂げな表情になり「あちらの威力と精度が高過ぎるのです」と言った。

「これはあくまで類似の魔法を参考にした仮説でしかありませんが、彼女の魔法は過去視なり未来視なりで自分の居場所を占っている相手を見つけ出し妨害する、という流れを全自動で行うようなものだと考えられています。吸血鬼と魔力で競り勝てる人間なんて滅多といませんし干渉してくる相手自身のことを占ってしまっている訳ですからどうしても強力に影響を受けてしまいます。並みの結界ではどうにもなりません。しかし……、強力過ぎる結界を使うのも逆に良くありませんけれど。結界というものはその内側と外側を本質的に断絶する性質がありますから結界の外側にある物事に関係がある術は著しく精度が落ちてしまいます。だから占いを行う場合は結界の中で行うにしても必ず外部との接点を用意しておかなければなりません。占う対象に所縁のある物を傍に置くとか……」

「でもそれだと入口は出口の理屈で外部からも干渉されやすくなる?」

「その通りです」

 どうも隙は無いらしい。専門家の困り様を見て良夫は改めて現在の大阪市が孕む存在の恐ろしさを認識する。

「自分に関わりのある全ての占いに干渉する、って素人判断では物凄く難しそうに感じられるんだけど」

術式(スペル)的には多分それほど難解なものではないと思います。しかし必要な魔力はちょっと想像できないくらいの量です。人間個人で維持できるような魔法ではありません」

「吸血鬼の馬鹿デカい魔力容量があって初めて成せる力技ってところか」

「はい。それと術者個人の資質ですね。『幾重もの悪手(ワンミリオン・バッドチョイス)』は他人の失敗を誘発させることに余程強いこだわりを持っているのだと思います」

心底嫌なこだわりだ、と良夫は思った。

 フラッシュ魔法、というのはわかりやすく説明するとそれぞれの魔法使いの得意技みたいなものである。通常の魔法構築はというものは呪文を唱えたり魔法陣を描いたりする必要があるのだが、フラッシュ魔法はそれらを省略しほぼ瞬間的に魔法を構築する事ができる。その方法はその魔法の術式を暗記、というか殆ど刷り込みに近い方法で、肉体面・精神面で術式そのものと一体化するというイメージがしっくり来る。どのような魔法をフラッシュ魔法として習得するかの選定はかなり慎重に行われる。術式が肉体や人生の一部となるという性質上色々な魔法をとっかえひっかえ覚えたり忘れたりすることができない――腕や足を軽はずみに付け替えたりできないのと同じ、という喩えがしばしば用いられる――。しかも、術者自身の資質や好みに合わない魔法をフラッシュ魔法として身に付けるのは非常に困難を極める。

そしてフラッシュ魔法は必要な魔力量が少なめな魔法に限られると一般的に言われている。ただその少なめな魔力量と言うのは術者の魔力容量によって相対的に変わるものだから吸血鬼のフラッシュ魔法でも人間の二流魔法使いにとってはとんでもない大魔法、ということに十分成り得る。それ以前に、良夫が知る範囲では『ワンミリオン・バッドチョイス』の上手くいかなくする魔法がフラッシュ魔法であるという根拠も実は無い。ただ、


①吸血鬼の間で伝わっている『二つ名』がその吸血鬼のフラッシュ魔法の名前そのものか或いは内容に関わっている事が多い。

②フラッシュ魔法は各魔法使いの個性を大きく反映するため複合的かつ特異な物が多い。


などの定説で『ワンミリオン・バッドチョイス』上手くいかなくする魔法=フラッシュ魔法、という考えが一般的になっているだけなのだ(そもそも『ワンミリオン・バッドチョイス』というフラッシュ魔法の呼び名も、リュドミラの二つ名『幾重もの悪手(ワンミリオン・バッドチョイス)』を便宜的にそのまま呼び名に流用しているだけなのだ。本件以前にも良夫はこの二つ名を知っていたが当時は意味不明な呼び名だなぁと思っていた)。そして、フラッシュ魔法の特性としてそれが基本的に身体一つで使用できるということだ。もし大掛かりな設備や儀式を必要とする魔法ならばそれを破壊すれば魔法を止めることができるが、フラッシュ魔法の場合(その魔法の内容にも依るが)術者に魔法を妨害するか止めさせる以外に方法はない。術者の居所を(少なくとも占いでは)わからなくする魔法を止める方法がその術者に直接妨害するしかないというパラドックスを形成させてしまっている事がこの魔法の強力な強みになっている。

「高位の吸血鬼がこの広く建物が密集した都市、大阪を根城に索敵を不可能にする魔法を使用しつつ潜伏されれば並みのヴァンパイアハンターでは補足する術がないでしょう。小規模パーティーで闇雲に捜索をしても相手の食料を増やすだけです。

 ……そろそろ本題に戻りましょうか」

 石乃は、結局しっかりと完食してしまった料理の器群を一瞥してからそう言った。因みに良夫の方は空腹に任せて石乃よりも早く完食していた。

「過去の吸血鬼関連の事件と照らし合わせると、献血車を組織的に襲撃して尚且つ乗車していた人間を襲わなかったという事例はかなり特殊です。これは、少々楽観的な視点かもしれませんが、リュドミラに吸血鬼化された人物に人間を襲いたくないとする確固たる理性が残されており血の渇きを癒す為にやむ無く献血車を襲ったのではないかと言う推測が立てられます。そして献血車襲撃事件の犯人がそういった理性を持った相手なら説得して保護できるのではないかと考えたのです」

「それが府警が事件の真相を隠蔽している理由か……、でもそれって物凄い一時的な措置じゃない?」

「認めます」

 石乃は、自らもまた府(の一部? 上層部?)の考えに納得がいっていないという思いを押し殺す風も無く言う。

「真相を知る一部の人間は、今回の事件がリュドミラ・ブルハノフの気紛れで、飽きればさっさと大阪から退場するという可能性に賭けています。実際、大阪に留まれば留まる程退治される危険度が増す訳ですし。ただそれは薄氷の上を歩くが如く危うい楽観論と言わざるを得ません」

 楽観論、それは良夫が持った感想と同じものだった。ヴァンパイアハンター達が手を焼く様な大物が、どんな道楽で大阪なんぞに留まっているかなんてわかったもんじゃない。相手がとんでもない愉快犯で、散々不安を煽った後アッサリ警戒レベルを4に突入させ国連軍が大阪を包囲する前にさっさと逃げ出す位の最悪の事態を想定するのが普通だと思える。というか今現在そうなっていない事自体が既に奇跡に等しい。目の前の柩野石乃も自分と同意見らしいけれど、うむむ? そこで良夫はふと疑問に思う。どうして不本意な府の方針に併せて行動しているんだ、この魔法使いは?

「つまり君は献血車襲撃事件の犯人を保護するためにオレ達と接触したってことだよね?」

「あなた方が献血車襲撃事件の犯人ですよね?」

 改めて聞かれた。自分の口から自白させたいらしい事を良夫は悟った。そもそも相手は過去視術専門家との事。これまでのやり取りは彼女にとってはただの『確認』だったのだ。

「ああ、オレ達が犯人だ」

これ以上シラを切るのは無意味だし不可能だろう。良夫は素直に認めた。

「でも正直保護してくれるというのは少し、その、不安だ。もしオレがその府なり管理機構なりの責任者なら表沙汰になる前に秘密裏に退治するだろうからね。そうしない保証が無い限りとりあえず保護は受けられないよ」

「……あなたは一体何者なんですか?」

居抜くよう、という形容とも違う、居抜くよりも鋭く深く相手の本質を探ろうとする真摯な眼差しを向けつつ、石乃は突然問うた。

「それって、どういう意味?」

 まさか哲学的な命題じゃないよな? などという戯言を口にしないでおく位の状況判断能力は良夫も身に付けていた。

「献血車襲撃事件で、犯人のグループには吸血鬼を指揮するリーダーが居るのではないかと考えられました。リュドミラ・ブルハノフに吸血鬼化された人達を集め、組織的に統率させる事ができる能力を持った何者かです。それが吸血鬼だとしても特殊な式神使いだとしても現状の大阪では決して無視できない新勢力の介入です。

 しかしあなたは魔法も使えないただの人間。わたしはまだ疑っているのですがあなたはそう言いました。ですが不可解なことにあなたと行動を共にしている吸血鬼達は皆あなたの指示を拠り所に行動しているように見えます。どうやってあの人達を指揮しているのですか?」

 そう言いながら石乃は視線で隣りの部屋を指し示す。良夫はと言うと、絶句して唖然としていた。そこまで過大評価されていたとは思わなかった。話を聞いていて自分を取り巻いている状況に改めてビビってしまった位で、結果現れたのが自分みたいな駄目大人でごめんなさいと言いたくなる。

 懐にしまい込んだ、さっきまで能天気に眺めていた『瓶』が、胸の傍で異様な存在感を放っているような気がしてならない。

 予想外の駄目人間だったからこそ余計にわからなくなるのだろう、良夫は一体何者なのかが。良夫自身、自分にその説明をする義務があると自覚しているが、どうも、説明し辛い。誰かに話して理解してもらえる類の話ではない様に思えるし、何より恥ずかしい。良い大人が十代半ばに見えるとびきりの美少女に話す事自体もう羞恥プレイに近いレベルの話だ。

「わかった、説明してみるよ。でも結構長い話になる。それは許して欲しい」

 石乃は「どうぞ」と一言返した。いやごめん、本当にそんな真剣な顔をして聞く様な価値ある話じゃないから。良夫は話す前から申し訳ない気持ちになる。しかし決心は付いた。自分の恥を余す所無く曝け出そう。一級魔術師に探りを入れられ続けるのも正直もうしんどい。



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