腹が減ってはなんとやら
続き物になりました。
先に『赤い滝』を見る事をおススメします。
一応、キャラを説明しますと、勇者がロン。ヒロイン的ボジションがミザリー。なんか強いやつがダレン。的な。
「お腹が空いたぞ」
旅を続けている勇者御一行はある問題に直面していた。
――空腹だ。
勇者という肩書からお金はある程度持ち合わせているのだが、運が悪く森で迷ってしまい、彼らはその問題に困窮する。さまよい続けて一週間も経つのだが、その間に人と出会うことは一度もなく、また食料となるものもあまりなかった。
餓死に至るまではいかないが、それでも限界に近かった。
「もう……ダメだぁ……お終いだぁ……」
「喋ると……余計に、体力……減るよ」
言葉に覇気がない。死んだ魚のような眼を三人がしている。彼らは偶然見つけた小屋で倒れるようにして眠る。
「今日も……ごはん、食べよう……」
ミザリーは今日の晩御飯を床に置く。これはどこでも採れるようなものだが、あまり食べようだなんて思わない品物だった。
「土も雑草ももう食べたくない。ちゃんとしたものを食べたいよ……」
ロンが嘆いた。いくら食料がないからってここまでおちぶれることはない。彼らはいつも当たり前のように食べていた何気ない食事を恋人のように想う。遠く離れた想い人に想いをはせる若き乙女のような健気さだ。
「やめて……ください。悲しくなります」
もう涙を流す気力さえも残っていない。
「もう、ベジタリアンな食事は嫌なんだよ……」
「ベジタリアンの食事も、ここまではひどくないけど……」
「……美味しいおやつにあったかいごはん……お肉食べたい。ぽちゃぽちゃお風呂にあったかい布団で眠りにつきたい。……もう帰りたいよ。いいな、いいな。平和に暮らす人間っていいな」
二人は黙ったまま土を貪り続ける。
「……なあ、生きものを殺すのはよくないとか言って野菜を食っているが、あれっておかしくないか? 自分が生きるためには自分以外の生きているものを食べないといけないんだよ。オレはそう思っている。野菜とかで空腹をしのぐが、野菜も結局は生きているじゃんか。成長して大きくなるということは生きているということなんだよ。何をほざいているんだろうか」
「まあ……知らない。でも、生き物は誰かを、何かを犠牲にして明日をつかむんだよね」
「アレですね。誰かの幸せは誰かの不幸せの上に成り立っている。というやつですね。僕は、一理あるなと思います」
「別にベジタリアンがそれを知らないとは言わないが、自分が生きるためにはそれが絶対に必要なんだ。大切な行為なんだ。と自覚しないと。命を大切にって言っている奴は、傲慢にすぎないんだよ」
「反論はいくつもできますが、やめておきます」
「ああ」
「結局のところ、命という「形」は確かなもので存在というものは不確かなのよね。不確かが確かを食らうから、様々な境界が曖昧になるんだわ。命は大切に、という人がいるけど、それはただの上にいると錯覚した人の傲慢でしかないのよ」
「僕には、よくわからないですよ」
ダレンは立ち上がった。そして、おぼつかない足取りで外に出る。どこへ行くかと尋ねると、「ちょっと食料を探しに行きます」と弱弱しい声で言う。頼りないような感じであったが、二人はダレンに行かせた。この中で腕っぷしが強くて体力が残っているのはダレンぐらいだからだ。
二人はダレンに賭けてみることにした。
ダレンがいなくなって、二人は食べたいものをあげていった。それはただむなしく感じるだけだった。
「なんだか、ロンと旅を始めたころを思い出すわ。これほどではなかったけど、空腹で嫌になっていたわね」
「そうだな。盗人も何回かやったし。まあ別に、自分が生きるためには仕方がなかったんだから、そのぐらいはいいんだよな」
「ねえ、ロンは今まで何人の人を悲しませてきた?」
「さあ? どちらかといえばオレは悦ばしてきたほうだったが……。たぶん、オレよりもミザリーの方が多く泣かせてきたんじゃないか?」
「瞳の数を2で割ったほどよ」
「血の涙の数だけ……いや、それだけじゃ足らないよ。どう考えたって」
「何? 死にそうになって懺悔したくなったの?」
「うんや。オレはオレのために生きる。それで後悔していたらストレスで何回死ぬことやら」
「そうね」
「死にたくないよ……ん?」
「どうしたの?」
「今、悲鳴が聞こえなかった?」
「全然」
「気のせいか。どうやら幻聴まで聞こえてきたらしい。限界も近いな」
「大丈夫よ。過去の映像を振り返るようになってからが本当の限界なんだから」
「それは、自分に言い聞かせているのか?」
「さてね」
ミザリーは横になった。
十数分が経った時、ダレンがようやく帰ってきた。
「喜んでください! 食料です!」
ダレンは大声で叫ぶ。二人はダレンが持ってきたお肉を見て「おー!」と無い体力のなかから振り絞った歓声を上げる。限界はもうとうに超えている。だが、それを忘れる程の嬉しさだった。
既に解体されている肉を急いで調理する。火を起こし、鍋に入れて焼く。
「これは何のお肉?」
「アミルスタン羊です」
「何それ?」
「聞いたことがないな。ジンギスカンみたいなものか? ま、食べられれば一緒だよな。というか、よかった! 近くに羊がいたなんて!」
「もう! 特別料理よ! これ以上我慢できないわ! 早く食べましょう!」
ミザリーは品なんていうものを気にしていられない。はしたなくわめき、大口を開けて涎を垂らす。
程よく焼けてきたころ、ミザリーはつぶやいた。
「なんか、臭いわね。これ。鼻が曲がりそう」
小屋の中に独特の嫌な臭いが充満する。嘔吐してしまいそうなほどの悪臭がする。
「でも、もう臭いなんて気にしないわ」
ミザリーは吹っ切れたように言った。
三人は十分に焼けたそれに食らいつく。それは一匹の子羊に、腹を空かしたオオカミどもがたかり、腸を抉り続ける光景に似ていた。
「「「おいしい!」」」
その味は絶品で、この世に二つとない幻の味だった。今まで食べたことがない衝撃的な味は、食材の持つ独特なうまみと絶望的な空腹とが合わさり、神がかり的な味となった。
三人はあっという間にそれを食べきる。
「ああ。よかった。生き返る。生きていてよかったような気がするよ」
「幸せだよね」
二人はそれを持ってきたダレンにお礼を言う。
「いえいえ。二人が無事にいられるならそれでいいのですよ」照れくさそうに言ってから「それに、僕にもちょっと収穫がありましたから」と言葉を付け加え、にっこりと笑う。
「やばい。惚れそうだわ!」
「オレも。抱いて!」
元気が出てきて、三人に笑いが戻った。
出発をしたのは翌日の事だった。今日なら森から抜けられそうな気がする。
雑談を交わしながら歩いていると、ようやく人と出会った。三人に運が入って来たようだ。
しかし、その人は目の下にクマを作り、やつれていて、今にも死にそうだった。
「どうしました?」
ミザリーが尋ねる。
女性はゾンビのようにゆっくりと動き、顔をミザリーに向ける。
「娘が……娘が……行方不明になりました」
うわごとのように言う。力がまるでなかった。彼らは昨日の自分たちを見ているように感じる。
「昨日からいなくて、ずっと……探しているんです。ずっと見つからないんです」
「……。もしよければ探しますよ。特徴は?」
「ありがとう」
女性は娘の特徴を話す。
「なるほど。探してみます。ところで、この近くに村か何かはありますか?」
ダレンが尋ねると女性は南の方角を指さした。
「ありがとうございます」
頭を下げて、母親から離れる。母親はおぼつかない足取りで山道を進んでいく。
「ダレン……」
ミザリーは苦虫を食い潰したような顔で彼の名を呼ぶ。
「たぶん君の想像通りだよ」
彼はあっさりとした様子で言う。この言葉でミザリーは確信する。ロンは残念ながら、いや、幸いながらというべきか、気が付いていようだ。
「ま、おかげで助かったんですし、いいじゃないですか」
「それも……そうね」ミザリーはふっと笑う。「滅多にない経験でしたもの」怪しい笑みを浮かべる。
「なあ。どういうことだ?」
理解できていないロンはふてくされた調子で言う。
「さて。いきましょう。方角はあっちです。あっちに、進みましょう」
「ええ。そうね」
三人はその道を進んでいく。
ロンは立ち止まり後ろを振り返る。あの母親の姿は見えなかった。「ま、探さなくてもいいっか」そう呟き、先に行った二人を追いかけた。
短かったですね。
とりあえず、はたまたノリでつくってみたという感じです。
作中で出てきた「アミルスタン羊」というのは、最近知ったのですが、スタンリイ・エリンの代表作『特別料理』に出てくる造語? です。
大体察しはつくでしょうから、その正体は言いません。なんか、アレだし。
この御一行は本当に色々とやらかしてますよね。というか、こいつらの過去に何があったんでしょうね。ボクでも分からない(笑)
まあ、そんな感じ。ではでは。