閑話
赤い実をつけた低木の前で彼は立ち止まる。
特別それが好きだった訳ではなかったが、習慣とは恐ろしい。
当たり前のように手を伸ばし赤い実をもぎ取ると簡単に服で拭って口に運ぶ自分がいる。
「また食べ尽くす気?
レイド」
言われて振り向けば自分と同じ顔をした兄、ランサーが呆れた顔で立っている。
「別に構わないだろう?
薬草園に植えてあるんだ、誰のものでもない」
「そう言って毎年一人占めしてオルガ嬢を悲しませているよね」
知ってるくせに、それを誰が植えたのか。
続く言葉にレイドは視線を逸らす。
「いい加減にしないとシーガル様の怒りを買うよ?」
「既に買ってるだろ、レイドは」
ランサーの言葉に返したのは彼の後ろに立っていたジェリド。商家の出ではあるが騎士科で優秀な成績を修めている優等生だ。
「好きな子を困らせて喜ぶなんて、今時低学年でもしないぞ」
混ざってきたのは子爵家嫡男レオドール。
「別に私は」
レイドが反論しようと口を開くが三対の視線に言葉を飲み込む。
確かに子供染みているとは思う。
しかし。
(あの困り顔が好きなのだ)
浮かぶのは泣きそうな、諦めているような、そんな表情を浮かべるひとつ上の少女。
口にしたら何を言われるかわかったものではない。
特にランサーは兄弟、しかも兄ということで遠慮がなくとんでもない威圧感を発揮してくれるに違いない。
兄弟だけあって似ているのだ、好み、が。
「まぁまぁ、レイドが天の邪鬼なのは今に始まったことじゃないでしょ」
助け船を出してくれたのは爵位は低いながらも代々有能な魔術師を輩出している男爵家の次男であるウォーレル。彼自身も魔力が高く将来は王宮魔術師となるだろうと目されている。
「それにレイドがどんなに恋い焦がれてもシーガル様との婚約は時間の問題だと言われてるし」
「え?
オルガ先輩、輿入れ決まったの?」
「と、専らの噂。
シーガル様が社交界に顔を出さないのは婚約者のオルガ嬢を見せたくないからだって言われてる」
ウォーレルはこのメンバーの中では一番の情報通だ。
「でもオルガ先輩は平民だから無理じゃない?」
「某公爵家の未亡人が是非養女に、と切望されてるらしいんだよ。
それも時間の問題らしいから身分の差の問題はここで解決。
ほら、何の問題もないだろ?」
「…全ては噂の域をでない話だろう?」
レイドは唸るように呟いた。
「そう、あくまでも噂」
ウォーレルはそう言って口元を歪めた。
「でもレイド。
火のないところに煙は立たないんだよ?」
(止め刺してるよな、ウォーレルの奴)
レオドールは軽く米神を掻いた。
レイドとランサーはあまり社交界に興味がないので噂に疎い。次男、三男という立場の関係もあるかもしれないが。
レオドールは嫡男という立場もあって社交界の噂は一通り耳に入る立場にある。
つまりこの噂は彼の耳にも入ってきていた噂で、彼はこれを二人の婚姻を望んでいる誰かが意図的に流した噂だと思っていたりする。
それはウォーレルも一緒の筈なのだ。
二人で話し合って導き出した結論なので。
それなのに。
(うん、ウォーレルもレイドの天の邪鬼振りに怒ってたってことかよ)
オルガという女性はその実とても人気がある。
シーガルが傍にいて威嚇していなければ交際を望む輩が詰め寄ること必至な程には。
ましてやオルガは平民だ。
貴族子息がその立場を盾にして強引に迫る可能性だってある。いくら学園がその身分に差をつけないと言っても馬鹿な輩は間違いなくいるのだ。
この場にいるメンバーはそれには当てはまらないが、彼女を好ましく思っていることは間違いない訳で。
(ウォーレルの場合、噂そのものが気に入らないんだろうなぁ)
自分だって気に入らないが、しかし。
シーガルとオルガが並んでいる姿はお似合いなので文句も言えない。
(真相はどこだろうなぁ)
一人黄昏ながらレオドールはレイドとウォーレルを眺めたのだった。