花一輪 4
差し出された一輪の花を受け取りオルガは首を傾げた。
魔力が込められたそれは基の素体に倣ってか淡い燐光を放っている。
「ラス?」
「日頃の感謝を込めて、です」
耳まで赤く染めラスリールは淡い翡翠色の瞳を真っ直ぐに向け静かにそう告げた。
「学園に入ってからずっと私はオルガ先輩にお世話になりっぱなしで」
人よりも少しだけ覚えの悪いラスリールは根気よく噛み砕いて教えてくれるオルガのお陰で学園の授業に着いていけている。
ホームシックになり泣いていたラスリールを自分の部屋に何度も連れていってくれて、抱き締めてくれるのもオルガで。
彼女の相棒と目されているシーガルと共に素材採取への同行の手続きを取ってくれ実地で様々なことを、それこそサバイバル的なことさえも教えてくれるのもオルガで。
確かに学園からの指示でラスリールはオルガ預かりになった。
同じ魔術師を目指す者としてゆっくりと基本を教えてくれる先輩。
けれどオルガから与えられるものはそれだけではなくて。
先輩だからとか、学園の指示だからとかそれだけではない、沢山の暖かい想いを惜しみ無く注いでくれる。
だからこの気持ちを伝えたかった。
感謝している、と。
大好きだ、と。
「先日頂いた『ホタル草』の燐光を結晶化してもらって、それで作りました」
淡い光を放つそれは確かに『ホタル草』の燐光を集めて作られた結晶から作られた魔導の花。
青い光を放っているいるということは水の属性であるラスリールの魔力が込められている確かな証拠だろう。
「結晶化もラスが?」
「い、いえ、それはレイド様が」
「レイド様が?」
出てきた名前にオルガはコトリと首を傾げた。
レイドとはオルガのひとつ下の学年の伯爵家の三男。双子の兄、ランサーと並ぶと全く見分けがつかないと言われる、学園でも有名な人物の一人。
「折角だから結晶化を見せてやる、と仰って」
「そう」
オルガは悪戯好きな、ちょっと苦手な人物を思い浮かべ曖昧に微笑んだ。
そんな彼女の様子にラスリールは首を軽く傾げる。
「オルガ先輩?」
「うぅん、何でもない。
ありがとう、ラス。
大事にする」
「はい!
これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそ」
やんわりとした雰囲気を纏う二人は微笑み合った。
「そうか、よかったな」
「はい」
オルガの部屋の窓辺に飾られた花を見遣りシーガルは優しく目を細めた。
彼の前にはコーヒーの入ったカップ。
夕食後の穏やかなひととき。
オルガはシーガルに花の話を語っていた。
「ただ、結晶化したのがレイドだというところが引っ掛かるがな」
思い浮かぶのは、入学当初から何故かオルガにばかり突っ掛かるレイドの姿。
それが何を示すか、実はシーガルは察している。オルガに告げる気は全く無いが。
「ラスにいいところを見せたかったのでは?」
小首を傾げ斜め右上方向なことを呟く彼女にシーガルは内心レイドに同情しなくもないがこれは彼の今までの所業の結果であり、間違いなく自業自得であるので弁解してやるつもりはない。
誰が好き好んでライバルの手助けをしてやるものか。
「ラスにも選ぶ権利はある」
ついでに可愛い妹分とも思うラスリールをくれてやるつもりもない。
それくらいにはシーガルの中でレイドの評価は低いのだ。
確かに彼は優秀ではあるが、オルガに突っ掛かっている時点で差し引きゼロである。
いや、いっそマイナスだ。
フンと鼻を鳴らしたシーガルにオルガは苦笑を禁じ得ない。
「本当にシーガル様はレイド様に厳しいですねぇ」
オルガの溢す吐息と共に紡がれた言葉を、シーガルは敢えて否定をしなかった。