花一輪 3
その家は新入生たちの目には文字通り『魔法の家』に見えた。
「凄いですねぇ」
オルガの隣で夕飯で使った器を洗うのを手伝いながらラスリールが興奮しているのか頬を赤らめつつ満面の笑みを浮かべた。
「うん、最近漸く完成したの。
魔方陣のバランスが難しくてね」
手を動かしながらオルガが説明をする。
「魔道具も組み入れようとするから、とか言われてたよね」
ラスリールが拭いた器を棚に片付けながらイーファが苦笑する。
「家具もいれないとでしょ?」
オルガは言いながら肩を竦めた。
女子3人が台所で動いているのをそれとなく眺めていたサラディーンが優雅にお茶を口に運びながら口元に笑みを浮かべた。
「家庭、というのを感じられるな」
王族である彼はあまり家族の団欒というのをしたことがないらしい。
「そうだな」
シーガルとルーディもそこそこ地位のある貴族の出なので一般の家庭の様な家族団欒というのは経験に乏しい。
「そういうもの?」
商家の出であるダンがケインに耳打ちすれば。
「うん、僕の家はそうでもないけど先輩方程の家柄になるとあまり家族で過ごされることがないんじゃないかな」
貴族ではあるが爵位のそれ程高くない家柄であるケインはちょこんと肩を竦めた。
「そっかぁ」
根っからの庶民であるダンは今一つ理解しているのか判断に困るような返事を返しラスリールの背中に目をやった。
「ラスも元気になったみたいだし、ケインもだし、やっぱりみんなでご飯を食べるのって良いよね」
その言葉にルーディが笑いその頭を乱暴に掻き回した。
「そうだな、ダン」
子供好きなルーディはよく低学年の子供たちを構う。彼は面倒見も良いので低学年の子供たちに大人気だ。
「ルーディ様、髪がグチャグチャになっちゃいますよ」
笑いながら訴えるのであまり嫌がっていないことは明白だ。
「何をぉ?
生意気だぞ、ダン」
貴族らしからぬ親しみ易さもルーディのいいところだ。彼は笑いながらダンの首に腕を回して抱え込むと一層酷く髪を掻き回した。
そんな2人のじゃれあいを目を細めて眺めていたシーガルは窓から見える月の高さに腰を上げた。
「オルガ」
器を仕舞い終えたオルガがシーガルの声に頷く。
その様子にイーファが窓から月を見上げ、「あぁ」と呟いた。
「そろそろ時間だねぇ」
言われてルーディが月を確認し、サラディーンが首を傾げる。
「俺たちも行っていいか?」
「それは構わんが、いいのか?」
シーガルが首を傾げれば。
「そうだな、見てみたいな」
サラディーンも腰を上げる。
「邪魔か?」
ニヤリと笑いながらサラディーンがシーガルを見遣るが、言われた方はキョトンと首を傾げた。
「?
何がだ?」
切り返しにサラディーンは額に手を当て大袈裟に溜め息をついた。
「つまらん。
全くもってつまらん。
からかい甲斐がないではないか」
「それがシーガルだろうが」
ダンを解放し立ち上がったルーディがゲラゲラと笑うが、やはりシーガルは意味がわからないのだろう。眉を潜める。
「ルーディ?」
「わからないならわからくてもいいさ。
ダン、ケイン、薬草園に行くぞ」
訝しがるシーガルの肩を叩き、ルーディは自分たちを見上げてくる2人に声をかけた。
「薬草園で素材採取するぞ」
「はい?」
立ち上がり、ダンとケインが首を傾げる。
「今日、明日にしか採取できない素材があるの」
戻ってきたオルガが笑って教える。
「でも、いいんですか?
手伝ってもらっても」
オルガの視線はサラディーンに向けられている。
「あぁ、構わない。
年に1度なのだろう?
私も見てみたかったのだ」
悪戯っぽく笑いながら頷くサラディーンにオルガはふんわりと笑って頷いた。
「そうですか。
綺麗ですよ、とても」
ガラス瓶の入った大きな籠を抱えた。それを当たり前のように奪い、シーガルはオルガの頭を軽く撫でた。
「これは俺が持つ」
「ありがとうございます。
じゃぁ行きましょう」
オルガの声を合図に予定外に増えた面々は夜の薬草園へと出掛けていった。