花一輪 2
小さな背中が自分の愛馬の首元にしがみついている姿にシーガルは小さく息を漏らした。
必死で声を堪えているのだろうが震える背中がその子どもが泣いていることを教えてくれる。
「ケイン」
呼べばビクッと肩が跳ね。
「はい、シーガル様」
乱暴に目元を拭った少年が真っ直ぐな視線を向けてきた。
少年は今年の新入生で、将来は騎士科を目指すということでシーガルが預かった2人のうちの1人だ。
伯爵家の跡取り息子で幼い頃から剣をたしなんでいたと言い、新入生の中ではトップクラスの腕前を持つ。
(確か伯爵の奥方は一昨年亡くなったと聞いたな)
噂くらいは耳にする。
きっと花を咲かせた時に亡くした母親を思い出し、堪らなくなってここに来たのだろうとシーガルは推測した。
「…今夜」
誰にも泣き顔を見せたくなくて厩舎に来たのだ。慰めの言葉など、欲しいのかもしれないが、掛けて欲しくはないだろう。
シーガルはそう判断すると違うことを口にした。
(2人増えても大丈夫だろう)
相手に確認せずに決めるのは申し訳ないが、多分わかってくれるだろう。
オルガはそういう女性だ。
「ダンと一緒に俺の手伝いをしてくれ。
担任はドーン先生だったな」
ケインだけに用事を頼むのは片手落ちになる。
シーガルは預かっているもう1人の名前も告げた。
「オルガの手伝いを俺に頼まれたと言えば許可が出る。
俺の部屋に泊まることになるだろうから寮母殿にもそのことを伝えろ。
そうそう、明日はきっと早くは起きられないだろうから遅刻することもドーン先生に伝えておくように」
「シーガル様?」
キョトンと目を丸くするケインにシーガルは小さく笑った。
「好き嫌いはあるか?」
「いえ、僕もダンもありませんが」
「そうか。
夕飯も別に摂るようになるからそのつもりでいろ」
「はい…?」
小首を傾げる少年にシーガルは頷いて。
「今日は馬の世話が終わったら準備に戻れ」
「はい」
「俺は用事がある。
後は頼むぞ」
「はい」
ケインの返事に頷くとシーガルは今来た道を足早に戻った。
「シーガル様もですか?」
「オルガもだったのか?」
医務寮のイーファの研究室にて2人は互いに驚いた。
「やはり似た者同士だな」
喉の奥で笑いながら言ったのはイーファのお茶を飲みに来ていたルーディとサラディーン。
「えぇ、私はラスを誘いました」
「俺はケインとダンを呼んだのだが。
まずかったか?」
「そうですねぇ…簡易家屋の使用許可取りますか?」
前回の素材採取で使用した魔法建築を思い出しシーガルは顎に手を当てた。
「薬草園の奥の開墾予定地に展開させて貰うか?」
「そうすれば採取も楽ですね」
その会話にイーファがクスクスと笑いながら2人にお茶を差し出した。
「今夜だったの?」
「正しくは今夜と明日なの」
「三年生の教材だったな、ホタル草の燐光は」
サラディーンの確認にオルガは頷いた。
「あれを採取してきたのもお前たちだったよな」
ルーディが言うとシーガルが笑って。
「あぁ、無理矢理素材採取の許可を取ってオルガが学園を飛び出してな」
「そうそう。
慌ててシーガルが追い掛けたんだった」
言われてオルガは顔を赤くする。
「だ、だって急がないと開花しちゃうから」
それまでは素材が授業に配られていたのだが、開花の様子が実に素晴らしいと習った次の日、丁度開花時期とぶつかっていたこともあり探究心の強いオルガは素材採取の許可を取って止める間もなく学園を飛び出して行ったという過去がある。
それを慌ててシーガルが追いかけ、そのまま燐光と共に数株持ち帰り薬草園に移植し授業で使う分を採取できるまでに増やしたのだ。
「簡易家屋の使用許可は俺が取っておくからお前たちは買い物に行ってこいよ」
言いながらルーディが立ち上がる。
「その代わり、夕飯、食わせてくれ」
ウインクひとつ。
「お前がここでそれを言うと」
「お茶差し入れする」
「では、私は果実でも差し入れよう」
シーガルの言葉を遮りイーファとサラディーンが笑う。
つまり、夕飯は大所帯になるらしい。
「…オルガ」
「…買い物に行きましょう」
2人は顔を見合わせ苦笑すると夕飯の買い出しをするべく外出の許可を取るためお茶を飲み干した。