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薬草園が広がる訳 3

 コンコンと軽いノック音に彼女は手を止め玄関へと向かった。

 特に誰何もせず柔らかい色合いの一枚板の扉を開ける彼女に、そこに立っていた彼は軽く眉を寄せた。


「いきなり開けるな。

 どんな奴が来るかわからないだろうが」


 その言葉に彼女はキョトンと首を傾げた。


「この時間に私の部屋に来る方はシーガル様くらいですよ?」


 その一言にシーガルは額に手を当て深く溜め息をついた。


「オルガ……」

「はい?」

「…いや…」

「いらっしゃいませ、シーガル様」


 ふわりとした笑みを向けられ彼は目を細めた。


「…あぁ、邪魔をする」


 向けられる笑みを一人占め出来る数少ない時間を無駄にする気はない彼は苦笑を浮かべつつ指先に魔力を込め、持っていた木の実を水魔法で洗うと彼女の柔らかい唇にそれを押し付け、ゆっくりと口に含ませた。

 オルガは驚いたように目を一瞬だけ見開いたが疑うことなく口の中身を咀嚼しコクンと飲み込み、そしてとても嬉しそうに顔を綻ばせた。


「…美味しい」

「通りかかったら1つだけ赤くなっていた」


 その言葉にオルガはシーガルを見上げて。


「元々は俺たちが植えたものだ、文句を言われる筋合いはない」


 脳裏に浮かぶ人物に眉を寄せ憮然とシーガルは答えた。


「それに好きだろう?

 リコの実」


 口に含まされたのは入学して直ぐの頃、クラスで出掛けた素材採取の際に見付けて2人で持ち帰り薬草園の隅に植えたリコの実。

 毎年今の時期に赤い実をつける。

 甘酸っぱい、水分を多く含んだそれはオルガの好物だった。


「でも…」


 同じ人物を思い浮かべているのだろう。

 オルガは困ったような顔をした。

 植えた翌年、直ぐ下の後輩に我が物顔で全て食べられて以来彼女がそれを口にすることはなくなった。

 少し残念そうにその小さな果木を見ているのをシーガルは知っている。


「オルガ」

「でも…」

「何か言われたら俺が言ってやるからそんな顔をするな」


 噛み締められた唇に親指を滑らせシーガルは目を細めた。


「旨かったんだろう?」

「はい」

「なら、それでいいだろう?」

「ありがとうございます、シーガル様」


 頬に触れる手に自分の手を重ねオルガはふんわりと笑った。


「あぁ」


 シーガルの表情が優しいそれに変わる。


「薬草園に行くんだろう?」

「はい、そろそろ花も開く頃なので」

「行くか」

「はい」


 オルガは扉を閉め、2人は並んで薬草園へと向かった。






 青い月明かりの中、2人は薬草園の中をゆっくりと進んでいく。

 学園の敷地東側にあるそれは学園が開校した当初からあったのだが、オルガが入学してからは急激に薬草の種類が増え、広さもそれまでの倍近くに広がった。

 彼女は『緑の手』の持ち主だったらしく、植物を育てるのが酷く上手かった。

 入学当初から植物辞典や薬草辞典にある植物を週に一度の休日や長期休暇の度に採取に出掛け、少しずつ移植し根気よく手入れをしてここまで育て上げたのだ。


「次は何処に行く予定だ?」


 軽く躓いたオルガを助けシーガルはその手を握ると小さく笑いながら訊ねた。

 2人はこの奥にある夜光草の一種である花の蜜と花粉を採取する為に月明かりを頼りに進んでいる。


「東の島の北側にあるらしい花を探しに行くつもりです」


 言ってオルガは「…ぁ…」と呟き空いた手で口を覆った。


「やはり、な」

「あ、の、シーガル様」

「ひとりで行くつもりだったんだな?」


 立ち止まり、シーガルは困ったような顔をするオルガを見下ろした。


「夏の長期休暇に演習は入らない。

 俺も一緒に行く。

 それまで待ってくれ」

「でも…っ」

「オルガ」


 オルガは俯き、首を横に振った。


「シーガル様は社交の時期でしょう…っ?」

「そんなもの、父上と兄上の仕事だ。

 俺は気楽な次男だ」

「でも…っ」


 それでも拒もうとするオルガの頬に手を当て、上を向かせるとシーガルはその柔らかい頬を両手で包んだ。


「学園を卒業するまで社交界に出なくてもいいと言われているし、興味もない」


 唇を噛み締め何かを堪えるように自分を瞳に映すオルガを見詰めシーガルは言葉を重ねる。


「そんなことよりもお前と出掛けた方が有意義だし鍛練になる」

「シーガル…様…」


 オルガの震える声が紡ぐ己れの名前が耳を打つ。それだけで身体の奥が熱くなり、全てを奪い尽くし閉じ込めてしまいたい衝動に駆られる自分を理性で抑え込み、シーガルは笑みを浮かべた。


「約束しただろう?

 必ず同行するから他を誘うな」


 オルガは一瞬だけ目を見開き、泣きそうな顔に無理矢理笑みを浮かべて。


「…は…い…」


 そして小さく頷いた。


「今度の休みは北の街道沿いの花が見頃だろう?

 あの花の蜜はお前の作る軟膏に必要だったな」


 シーガルは頬から手を離し再びオルガの手を握った。指を絡めるように繋ぐと先に進むように促した。

 再び2人は歩きだす。


「お前の作る軟膏が一番効くんだがそろそろ手持ちがなくなりそうでな」

「蜜の採取、一緒に行って貰えますか?」


 少し濡れた瞳がシーガルを見上げる。


「あぁ、花見がてら行こう。

 弁当、楽しみにしててもいいか?」

「…はいっ」


 浮かんだ、まるで花が綻ぶような笑みにシーガルは絡めた指に力を込めた。


「今夜の夕飯は?」

「今日の夕飯はですね」


 蜜と花粉を採取したら一緒に夕飯を食べる約束になっている。

 2人は寄り添いながら薬草園を進む。

 先日採取してきた数種類の薬草も無事根付き薬草園の一角で密やかに揺れている。

 2人が一緒に採取してきた薬草類がまた薬草園を広げていく。

 こうしてこの薬草園は広がってきたのだ。





 この先ずっと一緒にここを歩けるといい、互いに口に出すことなく同じ願いを胸に抱いていることを、2人は知らない。   

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