薬草園が広がる訳 2
その国は大陸の東側に突き出た半島にあった。東側と南側を海に、北側を険しい山脈に閉ざされ、西側に大陸一と詠われる帝国との国境を抱えていた。
あまり大きな国ではなかったが昔から海向こうの島々との貿易が盛んであり、土地柄なのか大なり小なり国民の多数が魔力を持ち、大陸内ではあまり見られない独特の文化が栄えた国で、帝国からも一目置かれた存在だった。
特に魔術のレベルは他国のそれと比べ物にならない程に高く、そこで作られる魔道具やそれを動かす為に必要な魔石と呼ばれる動力原は輸出品全体の6割を占め、大事な産業の1つであった。
そんな国の王都は西の国境から馬で7日程の南下したところにあり、南に輝く海を望む温暖で過ごしやすい風光明媚な街としても有名だったが、魔道具を多数利用した便利な街として、そして国民の教育に力を入れていることでも有名だった。
そんな王都の北側に国の誇る王立魔術学園がある。平民、貴族の別なく広く門戸を開くこの学園では全国から一定の魔力を備えた10歳から16歳の子供たちが集い学んでいる。
「やはり専門課程を間違えたんじゃないか?」
学園を出て1日目の目的地まで無事辿り着いた彼らは予定通り一泊する為に簡易家屋を展開させ、ルーディはその隣に展開された納屋の中で魔道馬車の点検を行っていた。この納屋と簡易家屋は扉で繋がっていて、中から直接出入りできる仕組みになっている。
隣の簡易家屋では今頃イーファとオルガが荷物を簡単にほどき夕飯の準備をしていることだろう。
シーガルは家屋の周りの見廻りを終えて戻って来たところだった。
納屋の扉を閉め、閂をかけたシーガルは光魔法によって灯りの灯った中を見回した。
とてもではないが魔方陣によって形成された建物には見えない。
専門家の手による丁寧な仕事によって建てられた建物としか思えない出来映えである。
「俺もそう思う。
騎士じゃなく魔工師を目指すべきだってさ」
魔道馬車の動力部の細部を確認しつつルーディは肩を竦めた。
「三男だから家を継ぐ必要はないしな」
ルーディの家は代々優秀な騎士を排出してきた歴史ある侯爵家で、今の王宮騎士団長は彼の父親であり、時期団長は第一王子の近衛騎士を勤めている彼の長兄がなることが有力視されている。
次兄も宮廷騎士団に籍を置き、ルーディ本人も卒業後は宮廷騎士団入りが決まっている。
「サラの学友になってなけりゃ魔工師の道だって許されただろうけどなぁ」
「仕方あるまい?
あいつと同い年だったのが運の尽きだ」
「それはお前も一緒だろ?」
「俺は望んで騎士になるからな」
シーガルもルーディと同じ立場だったりする。
尤も、シーガルの家は王家に連なる公爵家で代々宰相を勤めている家柄だ。現宰相は彼の父親で次期宰相は第一王子の補佐役を勤めている彼の兄に決まっている。
尤も、シーガルは次男であったから次期当主でもある兄に何かあった場合、彼がその地位に着く可能性もあるが現時点ではそこに着く予定はない。
「俺は兄上の身代わりのままでいるわけにもいかないから、騎士爵を手に入れようとしているだけだ」
幼い頃からシーガルの立場は変わらない。
だからこそ騎士を目指しているのだ。
そんなシーガルの言葉にルーディは一瞬手を止めるが何も言わず魔道馬車の点検を続けた。
「サラもその辺りは理解してくれているさ」
彼らの言うサラと言うにはサラディーン第二王子のことで、彼らは幼少時に学友に選ばれ共に過ごすことを義務付けられ今に至る。
サラディーンも魔術学園の騎士科に籍を置く生徒の1人だ。
卒業後は次期国王を支える立場になる。
そんな彼を支えることになるのがシーガルとルーディだ。
「ま、サラのことだから趣味で魔工師の真似事をすることくらい、面白がって許しそうだけどな」
魔道馬車の点検を終えたルーディが身体を伸ばす。
「今回だってこれに乗りたくて同行しようとしたくらいだからな」
ポンポンと魔道馬車の扉を叩きルーディは苦笑した。シーガルはその時の騒ぎを思い出し顔をしかめる。
「帰ったらまた騒ぎそうだな」
起こりうる光景に2人はそれぞれ渋い顔をして溜め息を溢した。
「それは後で考えようぜ」
「そうだな」
どちらともなく促し、彼らは家屋へと続く扉に足を向けたのだった。
「簡易家屋という割にはしっかりした作りだな」
食堂へと続く廊下を歩きながらシーガルが呟く。
「元々は建築魔法の実験が中心だったらしいんだが、その都度魔方陣を構築し直すのが大変だったから魔石に封じ込んだのが最初だったらしいぞ?」
隣を歩くルーディが答える。
「詳しいな」
「魔術科と魔工科、それと錬金科の合同研究なんだよ。
魔工科に顔を出した時に少し手伝ったからな」
「…成る程」
シーガルは納得したように頷いた。
「魔方陣を何個も重ねて1つの家を作るからどうしても複雑になってな。
そこでオルガが魔石を記憶媒体にすることを提案したんだよ」
魔石とは、基本1つの属性を封じ込めたもので、それを専用の魔道具に填めることで原動力となる。
「魔石に魔方陣を封じ込めるなんて考えても実際にしたという記録はないから試行錯誤でな。
安定させるのに時間がかかった。
流石オルガだよ。
魔方陣を無理なく組み合わせてここまでしっかりしたやつを作るんだから」
ルーディの言葉にシーガルは頷くばかりだ。彼女が様々な研究を掛け持ちしていることはシーガルも知っているが全てを知っている訳ではない。
何処か落ち着かない気分になるのは何故なのか。
シーガルは秘かに息を吐いた。
「オルガの研究の基本はより良い生活をする為に効果的に魔法の力を使うにはどうすればいいか、だからな」
シーガルはそう答えると軽く頭を振った。
簡易家屋と銘打ってはいるが、簡易とは名ばかりで、なかなかしっかりした作りになっている。
土魔法と緑魔法を基本とした建築魔法を基本に光魔法や水魔法、火魔法などを複雑に組み合わせて作られたこの家は十分に長期の居住が可能なレベルだ。
生活魔道具もきちんと備わっており、平民の一般的な家族構成(両親と子供2人)ならば十分な部屋数も押さえてある。
「これが普通に普及するのも時間の問題か?」
シーガルの言葉にルーディは首を横に振った。
「いや?
オルガも言っていたがそう簡単には普及しないさ」
「理由は?」
「組み合わせる魔方陣が多いことと、複雑なこと、それを出来るレベルの魔術師がどうしても宮廷魔術師でも上位レベルなこと。
それと、これが普及したら職人が仕事を無くす」
言われてシーガルは目を丸くした。
「暮らし易さを追及して、仕事を無くさせるなんて本末転倒だろう?
だからオルガも普及させるつもりはないらしい。
あくまで研究、実験のレベルで止める予定だよ」
「…そうか」
とても彼女らしい話にシーガルが頷いた時、食堂へと続く扉が開き、パタパタパタ…と軽い足音と共にイーファが現れた。
「よかった。
ご飯出来たから呼びに来たの」
宮廷医師を父に持つイーファは貴族ではないが幼い頃から王宮に出入りしていたので2人とは幼馴染みのような関係であったりする。
彼女はその頃から薬学に長け、特に薬草茶に関しては父親よりも詳しかった。そんな彼女が煎れるお茶をサラディーンと共に飲んでいたのは懐かしい思い出だ。
「急いで、急いで。
オルガのご飯、今日も美味しそうなの。
温かいうちに食べよう?」
因みに、彼女は食いしん坊だ。
美味しいご飯とお菓子に目がない。
「そんなに急がなくても食事は逃げないだろうが」
シーガルの何気ない一言にイーファの頬がプクンと膨れる。
何気に可愛い、と専門課程に上がった段階で彼女との婚約を決めたルーディが呟く。
「冷めないうちに食べないと勿体無いでしょ?
わかってないなぁ」
プンプンと聞こえてきそうな物言いにシーガルが首を傾げる。
「?
冷めてもオルガの作る食事は旨いぞ?」
如何にも食べ慣れてます、とでも言いたげな一言にイーファはふぅん、と呟いた。
「じゃ、シーガルは冷めたご飯食べてね?
ルーディ、行こう?」
「おい、どうしてそうなる」
「知らない!」
ルーディの腕を取り、先に進むイーファにシーガルが声を上げ、ルーディが笑い出す。
そんな楽し気な声に料理をテーブルに並べていたオルガは笑い、3人が現れるのを待ったのだった。