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ディメンジョン・ブレイク

 本来は屋外での使用を想定されているであろうロケットランチャーの、一種の閉鎖空間である通路内部で発射されたことによる被害は、当然ながら小さいものではない。

 警備の職務を遂行する際に携帯している自動拳銃や、緊急時の使用が許可されている機関銃は本来、重要区画に侵入した人間に対処する為に用意された装備であり、それ以上の存在が現れた際には無力であることは、任務に就いていた警備員自身が一番理解している事柄である。

 とは言え、今回使用した重火器も車両や強化服への対処が精々であり、定着型次元障壁などと言う意味不明なものを纏う異形相手には無意味であることを、警備の立場に立つ彼らは嫌という程思い知らされていた。

 何故なら、吸い込まれるように直進した砲弾が抵抗なく直撃したにも関わらず、周囲に撒き散らされた粉塵を掻き分けながら真紅の単眼がその姿を覗かせたのだから。


「……デタラメだ」


 通路脇に身を伏せてやり過ごしていた警備員の1人は、状況を確認しようと上げた視線の先に見た光景に思わず呟く。

 怯むどころか、まるで攻撃など無かったかのように足を止めることなく通路奥へと歩みを進めるその姿は、対峙者として居合わせた者の心に恐怖心を抱かせるには充分であった。

 爆風に煽られた瓦礫の破片によるダメージが少なからずある身体に喝入れしつつ、警備員はその身を起こしてジャケットの内側、自身に唯一残された最後の武器である自動拳銃を引き抜く。

 慣れた手つきで安全装置を外してスライド操作を行うと、弾丸が装填された実弾銃を侵入者、白黒の怪人へと突き付けた。


「畜生……拳銃が頼りなく思えるなんて、どんな地獄だよここはッ……!」


 自身が半泣き状態であることを自覚しながらも、警備員はこの場から逃げ出すという選択肢を選ばなかった。

 それは死の間際にあってなお、侵入者の向かう先にある"モノ"の重要性を知り、容易く投げ出してはいけないものなのだと自覚しているからこその行動である。

 そしてその思いは彼一人のものではなく、その場に居合わせた同僚たちも立ち上がると同じように立ち上がり、各々の手持ちの銃器を再度侵入者へと向けて構え直した。


「おい、止まれよ! これ以上先に進んで暴れたりでもしたら、取り返しのつかないことになるんだぞ!?」


 言葉が通じないことは先刻承知の上、そもそも彼らはこの区画への侵入者に対して、武力行使の許可を与えられている立場だ。

 返答する素振りも見せずに進み続ける侵入者の動きに変化が見られないことを察すると、警備員は同僚と共に躊躇なく引き金を引く。

 鼓膜に叩き付けるような轟音が重なって響き、そして一拍遅れて同じ数の渇いた金属音が響いた。

 銃弾は先ほどまでと同じように、侵入者の纏う鎧の前に無力化されてそのまま地面へと落下したのである。

 驚くを通り越して呆れるような心持ちで、警備員は銃口をそのままに現状の確認をするべく視線の端を周囲へと巡らせた。


「何とか、足止めだけでも出来ないものか……」


 ここが重要区画へと続く通路であるなら、対人を想定されたものではあるだろうが、当然ながら相応のセキュリティが備えられている筈である。

 先ほどから武力行使という障害をものともしない侵入者に対して、せめて足止めだけでも行うことが出来れば、余計な人員への被害を避ける為の猶予を得られるなどのメリットはあるだろう。

 そうした考えが脳裏に浮かんだ時、力で圧し留めようという思考に偏っていた彼の頭は、視界の端に飛び込んできたものを認識した瞬間にその発想を逆転させた。

 視線の先に在るのは、横壁の一部分に取り付けられた端末装置と、そのすぐ脇に壁から天井に至るまでに伸びた溝である。

 防火・耐震に備えて設置された、被害拡大防止用のシャッターだ。

 一同に視線を巡らせると、皆もそれに気付いたようで同調するように頷いてみせる。


「閉じ込めるまでは行かないだろうが、無いよりマシだな……!」


 ロケット弾の直撃を受けても微動だにしない侵入者の頑丈さを目の当たりにしては、そこに絶対的な自信を伴うことは出来ない。

 しかしこの場の警備を司る者として、この先にあるものの重要性を理解しているからこそ、何もせずただ茫然とこの状況を眺めている訳にはいかないという、責任感と言うよりは強迫概念に近いものに突き動かされながら警備員は地面を蹴り、同僚もそれに続いた。

 侵入者に背中を向けることへの抵抗がない訳では無かったが、ここに至るまでに一切の反撃をされていないことから、賭けではあるものの目標への到達を優先できるだけの踏ん切りをつけたのである。

 思惑の通り、もしくは単に興味を抱いていないだけなのか、彼はシャッターの端末装置まで難なく到達した。

 機器の操作手順は基礎知識として叩き込まれていたので、他の面が―全員がシャッター下降部分を通り抜けていることを確認しつつ自らの証明書であるIDカードを取り出すと、パネル横のカードスリットを通過させる。

 認証の自動音声を聞く間も惜しんでパスワードを入力すると、躊躇なく実行ボタンを叩き付けるように押し込んだ。


「これで、どうだッ!」


 果たして、警告の音声と共に肉厚の鉄壁があらゆる障害を排除する障壁となるべく、ゆっくりと下降を開始した。

 もどかしさを覚えつつも壁の反対側へと渡りつつ、再び侵入者を視認する。

 対象は相変わらずゆったりとした動作で奥へ奥へと向かうべく足を進めていて、悠然とした態度が余裕を感じさせる反面、どこか動きそのものにぎこちなさを抱えているようだと、警備員は初めて自覚した。

 無論のこと、相手の事情など知る由もない彼にしてみればそれがどのような意味を持つのか、全身を鎧で覆われた侵入者がどういう存在であるのかすら見当もつかないことである。

 果たすべきはこの先に存在する重要区画への侵入者を、可及的速やかに排除することのみだ。

 そして、今現在においてそれを実行するだけの力を伴わない彼にとって、シャッターが閉まるのが先か、或いは侵入者がその前に通過してしまうのが先かというのは、運命の分岐点と言って差し支えない程に切羽詰まった問題である。


「間に合え……!」


 走り出す様子も無い侵入者との相対速度を考えれば、シャッターの方が先に完全に降り切る方が早いと、彼は踏んでいた。

 そしてその考えは正しく、駆け寄れそうな距離にまで接近されたタイミングに於いて、既に半分以上道が閉ざされている。

 賭けに勝ったと、そう判断して差し支えない状況。

 不気味な足音を鳴らしてなおも近づいてくる侵入者の姿は少しずつ遮られていき、やがて完全に通路を封鎖する重い地響きが鳴り響いたことで、その判断は現実のものとなった。


「………………間に合った、か」


 全身から一気に緊張感が抜けるのを自覚した警備員は、そのままその場に座り込んでしまった。

 腰が抜けるまではいかなかったものの、相応の厚さを誇る障壁に遮られてしまえば一先ずは時間を稼げるはず。

 そう判断しようとした彼の心を、突如鳴り響いた轟音が貫く。

 壁越しに聞こえてくるその音が、侵入者がシャッターを攻撃した音であると理解するのに、ほんの僅かの時間差を要した。


「のんびりもしてられないか。とりあえず奥に走って、もう一枚くらい……」


 シャッター操作を行うべきか、そう考え同僚へと相談しつつ次の行動へ移ろうとした瞬間。

 何かが割れるような甲高い音が、異様な程に耳に付いた。


「……何の音だ?」


 音源はおそらく、今閉じたばかりのシャッターの向こう側。

 そう思って視線を向けた先で、”それ”は顕現した。

 扉の表面に、一点を中心として放射線状に入った光の帯が亀裂のような紋様を描きながら浮かび上がっていく。

 鉄壁そのものに傷がついた様子も無く、ただ映像のように浮かび上がるその光景は光学エフェクトを投影したかのような有様である。

 その絵柄が何を意味するかを警備員たちが理解するより先に、現実は物理現象としてその結果を反映した。


「……………………は?」


 警備員の、呆けるような呟きを尻目に。

 まるでガラスが叩き割られるかのような容易さで、光の亀裂の入った鉄壁があっさりと崩壊した。

 ガラガラと崩れ落ちる鉄壁のなれの果てが地面に落ちるその先、ぽっかりと空いた穴の向こう側には侵入者が、右の握り拳を突き出した姿勢で佇んでいる。 そして目前の結果には大した感傷を抱いた素振りも見せずに、自ら開いた穴を潜り抜けて先へと足を進め始めた。

 あまりにと当然のように引き起こされた目前の状況と、そんな状況を引き起こしておきながら平然と歩み進む白黒の侵入者を一同と共に呆然と眺めながら、警備員は呟く。


「まさか今のは、次元崩落……? 高次元体の力を、自由に使えるって言うのか……!?」


 物理的な力で強引に突破した訳では無いと、彼は理解していた。

 そしてその力にも心当たりがあり、それを扱う存在についての知識も伴っている。

 その上で、目前の存在に対して違和感を覚える部分があるとすれば、それは曲がりなりにも人としての姿を保ったままでいるという事実だった。

 それは正しく”怪人”と呼ぶにふさわしい、恐怖の対象となる存在の在り方である。


「……ふざけんな。そんな奴、どうやって止めろって言うんだよッ!」


 今の自分がどうこうできる相手ではないのだと、対面を果たした後に思い知らされた警備員の立場からすれば、それは至極当然の意見であると言わざるを得ない。

 それほどまでに切羽詰まった状況に居るということを今このタイミングでようやく理解した彼の心に在るのは、この現状に迂闊に首を突っ込んだ自分自身の迂闊さと、その場へと自分を放り込んだ上の存在に対する罵倒のみであった。

 その思いが自分一人の物でなく、同じ条件でこの場面に立ち会った同僚全員の総意であるだろうことは、疑いようもない事実である。

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