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モノクロームの怪人

 闇に覆われた夜空を貫くようにそびえ立つ摩天楼を、人類の文明が生み出した人工の輝きが照らし出している景観は、地上における種としての存在感を否応なく感じさせるモニュメントであった。

 しかしそれも、今となっては世界の片隅に残された箱庭程度の意味合いしか持たないものと成り果てていた。

 そこは人類に残された最後の安息の地とまで言われた、無法世界との境界線とまで揶揄された城塞都市”ボーダーライン"。

 思わぬ”天敵”の存在によって生活環境を著しく制限されることとなった人類は、かつての在り方を思えば実に窮屈な生活を強いられていると言えた。


 城塞都市の最奥部に位置し、都市機能の全てを管理する中央制御管理室。

 膨大な情報量の処理のために駆り出された幾人ものオペレーターが常駐し、常時忙しなく運用されている心臓部に、それは何の予兆もなく訪れた。

 目に痛いほどに点滅する赤色灯の輝きと共に、異常事態を告げるけたたましいサイレンが鳴り響き、その場に居合わせた者の心臓を一斉に揺さ振ったのである。

 虚を突かれた形となった一同の躊躇は一瞬であり、事態を把握すべく頭と身体を動かし始めるのに、然したる時間は必要なかった。


「状況は!?」


「都市中枢部に侵入者あり! 同時に、高次元体の反応を確認!」


 管理室の長たる主任のヒステリック気味な問いに対して、モニタリング作業に徹していた部下から興奮した口調での返答が返された。

 感情的になった人間同士の間に認識の齟齬が生まれるのは世の常だが、この場合に於いても例外はない。

 それは報告の中にもあった、"高次元体"と呼ばれる存在に対する恐怖心による部分が大きかった。


「連中の侵入を許したのか! 一体どこから!?」


 それは物理的な干渉を拒む、三次元世界に住まう者たちの天敵と言うべき存在。

 主任の怒鳴り声はほとんど八つ当たりだったが、その気持ちを察することが出来る程度には部下も現状を正確に認識しており、悪態ひとつ見せることなく職務である情報収集を全うする。

 そうした中で部下は幾度となく画面を切り替えながら、必要と思われる情報を抜粋しつつ理解もそこそこに声に出して報告した。


「位置を捕捉しました! 正面の隔壁を破って、一直線に中枢へと進んでいるようです!」


「馬鹿な……」


 主任は想定の斜め上をいった現状の様子に絶句した。

 管理を必要とする施設である以上、容易く侵入を許すような状態にないことは当然であり、ましてや都市機能を維持する要ともなる最重要区画のセキュリティともなれば、物理的な隔絶を伴ったものでもあった。

 それをよりによって真正面から突破されたと聞かされれば、無理もない反応である。


「外壁の亜空間シェルターを突破したその足で、物理隔壁と警備を抜けてきたと言うのか!?」


 人類の天敵となった高次元体の驚異に晒されてから、既に幾年もの月日が流れている。

 物理的な干渉を受け付けないその存在から身を守るために、ボーダーライン全域は"亜空間シェルター"と呼ばれる防護障壁に覆われていた。

 人類の生命線たるそれが突破される事態とは、即ち種としての存続を危ぶまれる状況にあると言っても過言ではない。

 破壊された障壁の隙間から押し寄せてくる天敵の存在を幻視しながら、心臓が凍りついたような面持ちの主任に、部下は報告を続けた。


「それが、都市外周のシェルターに異常はありません! レーダーに反応している数も、ただ1つだけです!」


「何だと……!? ではシェルターの内側から発生したとでも言うのか? そんな事例は聞いたことがないぞ……!」


 外部からの干渉を防ぐ防衛機能である以上、既に内側に存在している対象には無力である。

 そしてそれが現実であるなら、ここに至るまで有効であるとされてきた機能の根本を揺るがす事態になりかねない。

 困惑の極みにありながら、呆然自失を許さない火急の状況に、主任は僅かであれ新たな手掛かりを得ようと、開き直りに近い心境で問い掛けた。


「識別はどうなっている! 白か、それとも黒か!?」


 高次元体の持つ特性は二極に分類され、それらは文字通り"色分け"されている。

 行動原理の違いからも区別されているそれらは、いずれかであることを把握することで次なる対処の方針が変わってくるのである。

 腹を決めたとは言い難いながらも、せめて現実的な対処をと考えた末の行動は、しかし思わぬ回答によって挫かれることとなった。


「そ、それが……"両方"です!」


「……何だと?」


 想定の外にあった部下からの報告内容に、主任は返すべき言葉を見失う。

 その沈黙に気づいたか否かは定かでないが、モニター表示を凝視したまま部下は続けた。


「追跡している侵入者と同じ座標に、2つの高次元反応が重なっています! これは一体……!?」


 常識として定着していた現実が覆された時、動揺を抑えきれなくなるのは人間の常である。

 どれほどの備えをしようと例外とは大小問わず付きまとうもので、現状に於いてもそれは変わらない。

 ましてや次元の違う存在として認識され、その全貌が明らかになっていない相手ともなれば尚更だ。


「2つだと? 何故そんな……………………ッ!?」


 解答を得られないことが分かりきった疑問は、当人の閃きによって中断を余儀なくされる。

 不自然に空いた間に疑問を抱いた部下は、思わず手を止めて主任を振り返った。


「主任?」


 目に見えるほどに青ざめた表情を前にして、部下は困惑するしかない。

 俯いたまま呼び掛けにすら反応を示さず、気まずい沈黙はなおも継続すると思われた。

 が、それは唐突に終わりを告げる。


「映像を出せ! 正面通路の監視カメラに回線を繋げッ!!」


「は、はい、すぐに!」


 弾かれたように唐突な勢いで顔を上げ、主任は怒鳴り付ける勢いで指示を飛ばした。

 部下は飛び出し掛けた心臓をもとあった位置に無理矢理押し留めながら、姿勢を正して作業に戻る。

 キー操作の音が響き渡り、長いとも短いとも取れる時間を経て、それは完了した。


「繋がりました! 正面モニター、出ます!」


 言葉が終わるのを待たず、正面中央に設置された大型モニターの映像が切り替わる。

 地下を連想させる無機質な作業通路が白色の照明に照らされた光景が、画面全体に大きく映し出された。

 カメラの取り付け位置の関係で、映像は通路を出入口の方向へと向けられているため、必然的に正面からの侵入者を待ち受ける構図となっている。


「……人?」


 部下の呟きは、図らずもその場に居合わせた者の総意であった。

 最奥に映し出された侵入者と思わしき影は逆光となり、ぼやける容姿とは裏腹にその輪郭をくっきりと浮き彫りにしていたのである。

 頭頂部から足先に至るまでの有り様を見れば、それが四肢を備えた人間と理解するのは難しいことではなかった。


「この不自然な輪郭、強化服か何かを着込んでいるからでしょうか……?」


 部下の呟きが示す通り、人影の輪郭には生来の人間にない特徴が見受けられる。

 言うなれば、肌にフィットしたアンダースーツの上に、鋭角の意匠を凝らした鎧を着込んでいるようなものか。

 その独特なフォルムは人間社会に於いて馴染みのないものだったが、人影が近づきその姿を露にしていくことに比例して、その表情を強張らせていく者がその場に一人だけ居合わせていた。


「まさか……いや、しかし……!」


 青ざめた表情でモニターを凝視している主任は、自身の驚愕が思わず言葉になっていたという事実にすら気付かなかったようである。

 怪訝な表情で振り返った部下は、尋常ならざる上司の姿に驚愕するも、意を決して口を開いた。


「主任、あれが一体何なのか、ご存知なのですか……!?」


 解答に確信を抱いた問いに、裏付けの確認以上の意味はない。

 返答を待つ間にも、当の侵入者の姿は次第に鮮明になっていく。

 目算の通り、光を反射しない黒のアンダースーツに覆われた全身を、白色の甲冑に覆っている。

 その外敵に対峙しようと、見覚えのある服装と見慣れない武装を構えた人員が数人、立ちはだかるように画面の端へと躍り出たところであった。


「無意味だ……次元障壁を持つあの身体は、銃火器はおろか核爆発だろうと傷1つつけられん……!」


「……!?」


 高次元体の反応があった以上、それに類似する能力を保有していることは想定の範囲内にある。

 その上で、人間と同じような姿形を保つ存在が、物理的な干渉を遮断する次元障壁を伴っているという事実は、部下の動揺を誘うには充分な要素であった。

 画面の奥ではその要素を裏付けるかのように、容赦なく発砲された拳銃と携帯式機関銃の豪雨に晒されながら、たじろぐ様子もなく進み続ける侵入者の姿を映し続けている。

 平然としている敵の姿に、警備の者たちも動揺を隠しきれない様子だ。


「まるで受け付けない……あれも高次元体、なんですか?」


「理性と本能、我々が概念としてしか解明していない領域に干渉して存在を永らえる、高次元体を"利用"することで生み出された、外殻型の次元障壁の力だ」


 高次元体を分類する色分けの根元たる要素、それが人間の保有する感情によって派生するもの。

 それこそが自制によって調和を保つための"理性"と、衝動によって自らを突き動かす"本能"であり、故にこれらを糧とする異次元からの侵略者は、三次元世界において唯一これらを保有する人類と敵対する構図へと至ったのである。

 部下の質問に答えながら、その視線をモニターから離さなかった主任は、沈痛な面持ちで目を伏せた。


「だがそれも、今や敵対者となった……やはり、得たいの知れない存在を根元とする力に、人間は翻弄されるしかないと言うのか」


 周囲の喧騒は遠く、場違いな沈黙がその場に訪れる。

 が、そんな逃避が許される現状ではないことを最も理解しているのは、この場を司る立場にある主任だった。

 意を決したように顔を上げ、再び凝視したモニターには、弾幕の火花を散らしながら迫るモノクロームの人影がハッキリと映し出されている。

 その顔の、双膀に位置するであろう切れ目のような空洞に、深紅の単眼が赤く不気味に輝いていた。


「……"デュアル"ッ!!」


 主任は怒りと憎悪によって困惑の念を塗りつぶそうとするかのように、自らの知る侵入者を示す名を吐き捨てるように呟いた。


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