やわらかな色
私はサファイア・ロングフェロー。どこにでもいる17歳です。
性格はどちらかというとおとなしく、友達とわいわい遊ぶより本を読む方が好き。
もちろんクラスに友達はいますが、みんなが学校帰りに遊びに行くのに誘われてもきゃぴきゃぴした遊びにはあんまり気乗りしません。
見た目もいたって普通で、特に艶があるわけでもない栗色の髪を肩まで伸ばしています。
制服のスカートは短くするメリットもないから膝丈のままだし、毎日胸元のリボンも何となくできちんと結んでいます。
顔の造りもまた普通で、お化粧を覚えれば少しは華が加わるかもしれませんが、不器用なのでトライしようとは思えないし、リップクリームを塗る程度です。
肌が白くて何も塗らなくてもまあ見られるのが救いかもしれません。
魔法科に在籍しているけれど、得意なのは錬金術より鉱石の削り出しなどの“手のひらコツコツ作業系魔法”。
幼なじみのクリスにも断言されましたが、悲しいくらい普通なんです。
一方、同じクラスのデューク・グレンヴィルはパッと目を引く正統派の美男子で、いつも周りにクラスやクラブの男子がいるようなタイプです。
声も低めで、クラスの女子が「耳元で囁かれたい!」ときゃーきゃー言っているのを聞いたのは一度や二度ではありません。
彼も同じクラスなので魔法科に籍を置いています。
腕がいいかは関わりがないので分かりませんが、特に先生たちに咎められたりしていないので普通には出来るのでしょうね。
なぜ彼の話をするかって?
それは……『まさか』の出会いがあったからです。
*
「「あ」」
声が重なってハッとする。
私たちが通う魔法学校には図書館が3つあって、1つ目に作られたここは専門書しか置いてないので普段はほとんど人がおらず、誰かに会うことすらなかったからです。
少なくとも私にとっては、体がぶつかってしまったことと、こんなところに人がいることの二重の驚きがありました。
そして、見上げてさらに驚きが増しました。
デューク・グレンヴィル。
学内有数の人気者がそこにいたから。
「ご、ごめんなさい」
「いや、こちらこそすまない」
驚き過ぎて目が逸らせません。
グレンヴィル君もそうみたいで固まっています。
そりゃそうか。だって私たちがお互い取ろうとしていたのは『宇宙鉱物の色』という、何とも読み手を選ぶ本でして……。
かろうじて自分を取り戻した私は、棚からその本を取って彼に差し出しました。
「これ、」
「君は?」
「え?」
「いや、えーっと、君もそれを読みたかったんじゃないのかと」
「あ、うん。大丈夫です。また後で読めるし、グレンヴィル君が先に読んでいいですよ」
「ありがとう」
にこり。不意に緩む口元。
そして彼はその本を手に、閲覧室に向かってしまいました。
ななな何と!あの有名人が私に向かって笑いかけた……!すごい!
その威力はすさまじく、いいことをしたと私までつられてしばらくの間笑顔になってしまったくらいでした。
そして次の日。
何か面白い本はないかと第一図書室に立ち寄ると、彼がいたのです。
「これ、ありがとう」
「え、もう読んだんですか?」
思わず問い正しましたよ。
だって『宇宙鉱物の色』はちょっとした辞書くらいの厚さがある本だから、さすがに一晩では読めないですから。
「俺、記憶魔法が使えるから」
「そうなんですか!すごいですね!……あ、でも記憶魔法でも普通は3日くらいはかかりますよね、この厚さじゃあ」
「……君が読みたいだろうと思ったから」
いいなぁ、記憶魔法が応用出来る人は。
……って、ええ?!私のせいで超スピード読破してくれちゃったんですか??
もしかしなくても、彼って顔がいいだけじゃなくて魔法使いとしての腕もものすごくいいんじゃないでしょうか。
「私のせいで、すみません」
「いや、それよりなぜこの本を?」
「え、将来鉱石師になりたいので、勉強です」
ええ、鉱石師というのは、この国で認定されている魔法使いのうち、鉱石を削り出して宝石を作る職人系魔法使いのことで、私はそれを目指しています!
というより得意分野が狭すぎて、それくらいしか目指せる認定種がありません。
鉱石師はおじさんの職業という地味なイメージですが、私は鉱物全般が好きなので、まあ良しとしましょうよ。
「へ、ヘンですかね?」
「いや……」
ショック!
どうせ影の薄いクラスメイトなら、せめて彼にヘンな印象を植え付けることなく学校を卒業したかったです!
どうにも恥ずかしくて立ち去ろうとした時、ふと彼が零した言葉に足が止まります。
「君の瞳はラリマーの色に似ている」
「え?」
「薄い水色で、優しくてやわらかい」
「……」
「と、思っただけ、なんだ、が……」
うわ、何を言っているんだ俺は。
そう言ってグレンヴィル君は口元に手を当てました。
ラリマー。愛と平和の象徴と言われている鉱石。
水と空気の波動をもたらすこの石は、私も大好きな石です。
単なる水色だと思っていた私の平凡な目の色を、ラリマーに例えてくれるなんて。
「ありがとうございます!グレンヴィル君の瞳は、アメジストの色ですね!愛を守る石なので、素敵な恋人を呼び寄せられると思います」
そう言うと、彼はビックリしたようにアメジスト色の瞳を見開きました。
そしてまたあの破壊力抜群の笑顔を見せてくれたのです。
「俺こそそんな風に言われたのは初めてだ。少し驚いたが、嬉しいものだな」
「ふふ」
「来年鉱物史の授業を取りたいと思って参考にこの本を読みたかったんだが、君に聞いた方が早そうだ」
「鉱物史のナイアス先生はちょっと変わっているので、大変かもしれませんよ?」
「君が教えてくれたら嬉しいのだが」
「ええ?私なんかじゃとても……」
「とりあえず、閲覧室で話を聞こうじゃないか」
というわけで、『まさか』の出会いから私と彼は、週に一、二度こうして図書館の閲覧室で何とも色気のない鉱石の話に花を咲かせるようになったのでした。