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第三話 かつて、星の降りた町

 昼間の間、本当に長閑で平和な時間が流れていた。

 けれど、それは案外長く続かなかった。

 日が傾き、そろそろ夜になるかと言った時間、それは訪れた。


「うおーい! 岩三郎さん」

 突然、玄関の手が勢い良くひかれた。家に入って来たのは、一人の若い男だ。

「あ、ども今晩は」

 丁度、玄関に居た僕は、突然の来訪者に挨拶をした。

「お、おう、こんばんは」

 それに対して、男の人は慌てた様子で簡単に挨拶を返す。

「悪い、岩三郎さんを呼んで来てくれ!」

「あ、分かりました」

 男の様子は尋常ではなった。よく見ると、息もあがっているし、よほど急いでここまで来たのだろう。急がないと不味い、そう感じて、走って居間まで戻る。

居間ではちょうど、岩三郎おじさんが新聞を開いてくつろいでいた。

「おじさん、お客さんだよ」

「おう、わかった」

 そう言うと、岩三郎おじさんはすぐに立ち上がり、玄関へと向かう。

 僕はどうしよう。

 そう言えば、まだ星丸を洗った後片付けが残っていた事を思い出し、玄関の方へと向かった。

 玄関では、岩三郎おじさんと、訪ねてきた男の人が丁度対面していた。

「岩三郎さん、大変だ」

「なんじゃあ、少しは落ちつかねえか」

「は、はい」

 そんな男をなだめるように岩三郎おじさんが言うと、男は一息ついて、話し始めた。

「綺羅星の爺さんが、森から帰って来ねえ」

 男の口から出た言葉に、岩三郎おじさんが瞬時に顔を強張らせる。

 もちろん、僕も思わず立ち止り、話に集中。きっと、顔も岩三郎おじさんと同じように、強張っている。

「確か、森に入ったのは昼頃だな」

 そう、確か、雨が止んで、すぐに<森へと向かった筈だ。それが、この時間まで変えて来ていないとなると、確かにおかしい。

「ああ、いくら何でも遅すぎる。何かあったんじゃねえかと、みんな心配しているぜ」

「たく、あの爺さんも歳を考えろってんだ」

 苛々したように岩三郎おじさんは吐き捨てる。

「ともかく、もう少ししたら町の何人かで探しに行こうと思うんだ、その時は、岩三郎さんも頼むぜ」

「おう、当然だ」

 岩三郎おじさんが力強く返事をすると、男は安心したように肩を下ろした。

「それじゃあ、他の奴に知らせてくるぜ」

「おう、気をつけてな」

 そうして、他の人に連絡するために、来た時と同じように慌てて走り出した。

「……あの爺さん、帰ってきてないのか」

「ん、おう。聞いてたのか、悠斗」

 僕が傍に居た事に気がつかなかったのか、岩三郎おじさんは少し驚いて僕を見た。

「ごめん。盗み聞きになっちゃったかな」

「かまわねえよ、お前だって、あの爺さんの知り合いだろう」

 まあ、あんまり印象は良くない知り合いだけど。それでも心配だ。

「ま、心配しても帰ってくるわけじゃねえ。とりあえず飯でも食うか」

 そう言って、岩三郎おじさんは居間へと向かって歩き出す。心なしか、少し急ぎ足になっている気がする。口ではああ言っているけれど、動揺があるんだろう。

 とは言っても、僕たちに出来る事なんて今は何もない。爺さんが居なくなったのは森の中だ。探しに森の中に入ったところで、土地勘のある人間だって迷って出られないかもしれない。都会から来た僕だったら、尚更危険だ。

「とは言っても、何もできないってのは歯痒いんだよな」

 思わず独り言が口からこぼれ出る。そんな事を言っても、誰も聞いていないし意味はない。なんだか空しくなってくる。

 あれこれ考えていても仕方ない。僕も岩三郎おじさんを追いかけ、居間へと向かった。

 居間へと戻ると、そこにはちゃぶ台を囲んでこの家に居る人間が勢ぞろいしていた。

 その中で、ケイは一人、顔を伏せていた。

「おじさん、話はしたの?」

「ああ」

 おじさんは短く答える。

「昔から無茶をする人でしたけど、はあ……」

「まったく、あの時止めておくべきだったか」

 月夜おばさんと岩三郎おじさん、二人して肩を落としている。居間全体に、重い空気が流れていた。普段は元気な美優も、この空気を感じ取ったのか、静かにしている。

「ま、それよりも、婆さん、飯食うか」

「そうね、お腹がいっぱいになったら、元気になるかもしれないわね」

 そう言うと、月夜おばさんは立ちあがり、台所へ向かって歩き出した。

「あ、僕も手伝うよ」

「私も!」

 僕と美優もすぐに後を追う。なんというか、あの重い空気に耐えられなかっんだ。


 台所には既に晩御飯の用意がしてあり、後は居間に運ぶだけだった。

 適当に分担をして居間へと戻る。

 帰ってきても、相変わらずケイは、沈んだままだった。

弱弱しく座るケイの姿は、見ていると胸が痛くなる。せめて、励ましの言葉をかけよう、軽い冗談でも言ってみよう。そう思ったけれど、言葉が口から出なかった。

 仕方なしに、僕は逃げるように居間を出て、台所へ向かう。結局、僕は無力だ。


 食事の時間は、無言の家に過ぎて言った。

 昨日はにぎやかだったけれど、今日は食卓を囲む全員が無言だった。それどころか、ケイは食欲がないようで、大分食事を残していた。

 今日の食事は、美味しくなかった。

「はあ……」

 食事が終わり、片付いた居間の中でため息をつく。

 居間には、相変わらずこの家の人間が揃っている。お風呂に行く訳でもなく、部屋に戻るわけでもなく、ただその場に居た。

「まったく、ケイ、心配せんでもいい」

 流石に見かねたのか、岩三郎おじさんはケイに声をかけた。

「でも……」

「大丈夫じゃ、もう少ししたら、この町の奴、全員で探しに行く。安心して待っていな」

 胸を強くたたいて、岩三郎おじさんはそう宣言する。

「は、はい」

 ケイは少しだけ顔を上げて僕たちの方を見る。相変わらず、浮かない顔をしている。

「大丈夫だよ、ケイさん! 岩三郎おじさん、すっごく強いんだから」

「うん。きっと見つかる。大丈夫だよ」

 岩三郎おじさんは、生まれた時からこの町に住んでいると聞いた事がある。土地勘はあるだろうし、何より何十年も生きてきた大人だ、そんな人が探しに行くんだ、絶対に見つかるはずだ。

「でも、やっぱり不安デス」

 けれど、それでもケイの不安を完全に取り除く事はできないようだった。

「パパ、こう言っていました。グランパが死んでしまえば、パパは、グランパを怒らせたままになってしまう。生きているうちにもう一度あって、今度はよろこばせたい」

 たとえ喧嘩別れしても、親子なんだろう。ケイの父さんも、このままの関係で良いとは思っていなかったんだ。

「だから、ケイに古文書を持たせて、この町に来させたんだね」

 正直、回りくどい方法だとは思うけれど、それがケイの父さんが考えた、最善の方法だったんだろう。

「だから、あのお爺さんが居なくなるのは、嫌なんだね」

「はい。それに、ワタシも、最初は怖い人かと思ってました。けれど、今日お話しをしてみてわかりました。あの人は厳しいけれど、優しい人デス。本当はワタシに優しくしたいのデスけれど、それが上手くできないみたいデシた」

 そうだろう。今日、森に入ったのだって、ケイに無茶をさせないためだ。

 多分、ケイの父さんと喧嘩をせず、この町でケイが育ったのなら、孫びいきの爺さんになっていた事だろう。それが、本来の形だったのかもしれない。

 狂っていた関係が元に戻り始めたんだ、それが全て無に帰すかもしれない。それは、悲しい事だ。

「ほんと、罪な男だ、あいつめ」

 岩三郎おじさんが、静かにつぶやいた。

「そうだね。絶対に帰って来てもらわないと」

「おうよ!」

 岩三郎おじさんが強く返事をした。

「おーい、岩三郎さーん」

 それと同時に、玄関の方で誰かが呼んでいる声が聞こえて来た。あの声は、確か爺さんが居なくなった事を、知らせに来てくれた人の声だ。

「さて、行くか」

 そう言うと、岩三郎おじさんは立ちあがり、玄関へと向かう。

「悠斗、お前も来るだろう」

 当然だろ、そう言った風に、岩三郎おじさんは聞いてくる。

「うん」

 断る理由なんてない、僕はすぐに立ちあがった。


「待たせたの」

「言え、大丈夫っす」

 玄関には、やはり夕食前に来た男の人が立っていた。相変わらずあちこちを走り回っていたのか、随分と疲れているように見える。

「爺さんは?」

「見つかってないっす」

 相変わらず、あの爺さんは見つかっていないらしい。

「そうか、なら、探しに行くか」

「ええ、それで呼びに来ました」

 それだけ聞くと、岩三郎おじさんはすぐに靴をはき、外へと出る。

「おーい、月夜。懐中電灯持ってきてくれ」

「はいはい」

 待ってました、と言わんばかりにすぐに月夜おばさんが懐中電灯を二つ持ってやってくる。どうやら、既に用意して待っていたようだ。

「二人分、ですか?」

「おう、ワシと悠斗の二人分だ」

「え!? この子を連れていくんですか」

 僕が行く、それを聞いて、男の人は驚きを隠せないでいた。無理はないよなあ、正直、高校生とは言え、夜の森に入るのは危ないだろうし。

「大丈夫じゃ、こいつは星の巨人を見つけてきたくらいだ、頼りになるぞ」

「けど、やはり」

 岩三郎おじさんに言われても、男の人は納得しかねているようだ。

「僕の友達のお爺さんが居なくなってるんです。少しでも、力になります!」

 僕も、自分の気持ちを言葉にする。それを聞いても、男の人は考え込んでいる。ダメなんだろうか。

「うーん、いくらなんでも、危ないだろ」

「ならば、拙者が悠斗殿と一緒に行動しよう」

 門の外から、機械で作った合成音が聞こえてきた。星丸だ。

「星丸、来てくれるの?」

「当然でござる」

 星丸は力強く答える。よかった、星丸が一緒に居てくれるなら、百人力だ!

「わかった。それだったら、頼りにさせてもらうよ」

 男の人も、僕の事を認めてくれた。

「あ、あの……」

 気がつけば、ケイが後ろに居た。相変わらず不安そうな顔で、僕たちを見ている。

「あの、ワタシも行きます」

「ダメじゃ」

 ケイの提案を、岩三郎おじさんが即座に却下した。

「あの、ワタシは……」

 納得できないのか、ケイはなお岩三郎おじさんに食ってかかる。

「あの爺さんはな、お前さんに無理をさせないために、一人で行ったんじゃ。だから、ここで無理をしたら、その意味がなくなるだろう」

「……」

 岩三郎さんの言葉に、返す事がないのか、そのままケイは黙ってしまった。

「さ、行くぞ悠斗」

 そう言うと、ケイを残して、岩三郎おじさんはさっさと家を出てしまう。

「あ、まずは広場に集合っす、勝手に行かないでください」

 慌てて、僕たちを呼びに来た男の人も駆けだした。僕もすぐに行こう。

「……絶対、大丈夫だよ」

 ケイにそう言い残し、僕も岩三郎おじさんを追いかける。

 すぐ走ると、岩三郎おじさん達は、止まって待っていてくれた。もちろん、星丸もだ。

「さて、悠斗殿、頑張るでござるよ」

「うん」

 星丸の言葉は、頼もしかった。

 既に空は暗く、周囲の山と森は暗く覆われている。月明かりこそあるけれども、それでも暗い事には変わらない。正直、こんな状態で森に入るのは不安だけれども、後ろに居る星丸の巨大は、頼もしかった。

「頼りにしてるよ」

「拙者もでござるよ」

 お互いに意志を確認する。大丈夫だ、僕たちだったら、絶対に大丈夫。


 町の広場につくと、そこには十名近くの男の人が集まっていた。みんな、岩三郎おじさんより少し若い、三十代から四十代の男の人だった。

「お、来たか、岩三郎」

 そのうちの一人が岩三郎おじさんの姿を見とめると、すぐにこちらに近づいて来た。

「お、お前は祭りの準備で来た」

 良く見ると、その人は祭りの準備で何度か話をした人だった。

「ども」

「こんな時間にどうしたんだ?」

「僕も、一緒に森に入る事になりました」

「なに!?」

 やっぱり、他の人も僕が森に入るのは反対のようだ。

「大丈夫でござる、拙者が居るでござるよ」

「ふう……まあ、星の巨人の旦那が居てくれれば、大丈夫か。それに、お前さんがしっかりしてるのは、何度も見てきたしな」

 星丸の言葉もあり、男の人はすぐに納得してくれた。よかった、正直、猛反対されて家に引き返す事も考えていたし。

「悠斗、暫く待っていろ。どこを調べるか、相談してくるからな」

「わかった」

 僕の返事を聞くと、岩三郎おじさんは少し離れたところで、他の大人たちと話し合いを始めた。

「また、待ちか」

 正直、この辺りの土地に明るくない僕が話し合いに参加しても仕方がないけれど、この暗闇の中で待たされるのは辛い。勝手に一人で行ってしまおうか、少しだけそんな考えもよぎったけれど、そうなったら捜索する人間がもう一人増えると言う訳の分からない事態になる。

「悠斗殿、男には、どっしりと構えて待つ事も肝心ですぞ」

 僕が焦っている事を分かったのか、星丸はそんな事を言った。

「ま、そうか」

 その通りだ、頭では分かっているけど、どうにも納得しきれていないみたいだ。

「こう言う時は、星を見るでござるよ」

「星?」

 星丸は、空を見上げる。僕もつられて見上げると、昨日の夜と同じように、数えきれ程の星が夜空に瞬いていた。

「拙者と悠斗殿は、この同じ空の元にいる」

 確かに、僕たちはみんな、同じ空の下に居る。そして、僕と星丸は、きっと同じ景色を眺めている。

「それは、光太郎殿も同じでござる」

「あ、うん、確かに」

 落ちついて空が見れる状況であるかは分からないけれど、同じ空の下に居る事には変わりはない。

「ならば、心配は無用でござろう。たとえ少し離れていようと、同じ空の元に居るのなら、すぐに会いに行けるはずでござる」

「なーるほど。ちょっと強引だね」

「はは、そうでござるか」

「でも、納得した」

 同じ空の下。しかも、すぐ傍の森の中に居るんだ、絶対に見つかるはずだ。

 そう考えると、少しだけ頭が冷えたような気がした。

 岩三郎おじさんの方を確認すると、まだ話し合いを続けていた。多分、まだ時間はかかるだろう。ずっと立っているのもしんどいので、僕はすぐ傍にあったベンチに腰を下ろす。

「お兄ちゃーーん!」

 丁度その時だった、美優の、僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

「美優!?」

 驚いて声が聞こえてきた方向に振りかえると、美優がこちらに向かって走って来ていた。

「はあ……はあ……」

 美優は僕の傍に来ると、荒い息を吐き出す。額には汗が浮かんでいる。間違いなく、ここまで全力疾走で走って来たのだろう。

「どうしたんだよ、美優」

 どう考えても、尋常な様子ではない。

「ケイさんが、一人で森に入っちゃったんだよ!」

 美優が大声で叫んだ。その言葉に、広場に居た人間全員が美優に振りかえる。

「お、おい、ケイって、綺羅星さんの娘だよな」

「それが一人で森に入ったって」

 明らかな動揺が、この場に広がっている。爺さん一人を見つけるだけでも大変だと言うのに、もう一人探すべき人が増えたんだ、そりゃそうだろう。それも、まだ若い女の子を、だ。

「くっそ!」

「悠斗、落ちつけ!」

 思わず、走りだしそうになる僕に、岩三郎おじさんが制止の声をかける。

「……はい」

 その声を聞き、少し頭が冷えた。僕は、走りだしたい気持ちを抑えて、その場になんとかとどまる。

「すぐに話を纏める、待っていろ」

「うん」

 感情を抑えて、なんとか返事を口から絞り出した。

「お兄ちゃん」

 美優の小さな声が聞こえてきた。声に振りかえると、美優は不安げな顔で、僕の方を眺めている。

「……大丈夫だよ、爺さんも、ケイも、みんなで探せば、絶対に見つかるから!」

 半ば自分に言い聞かせるように、僕は言った。


 それから数十分して、僕たちはようやく森の入口までやって来た。正直、途方もなく長い時間を過ごした気がする。

 話し合いの結果、二人一組になって、それぞれの担当箇所を決めて爺さんたちの探索を行う事となった。当然だけど、僕のパートナーは星丸だ。

「星丸、頼むよ」

「こちらこそ、頼りにしているでござるよ、悠斗殿」

 お互いに意志を確認すると、頷き合う。

 高校生の男とロボット。正直、デコボコなコンビではあるけれど、大丈夫、僕たちだったらやれるはずだ。

「ところで、悠斗殿」

「どうしたの、星丸」

「拙者、どうやって森の中に入ればいいでござるかな」

「あ……」

 星丸の身体を見る。僕の身長の三倍くらいの高さがある。正直、木が生い茂り、足場も悪い森の中を歩く事は難しいだろう。

「えーと、ビーム兵器とかで、森を焼いたら入れるんじゃないかな」

「悠斗殿、そうしたら中に居るケイ殿も燃えるでござるよ」

「うん、やっぱりそうだよね」

 我ながら、馬鹿らしい提案をした。

「となると、どうしようか」

 困った。と言うか、なんで誰も気がつかなかったんだ!

「ふうむ、悠斗殿、ならば、拙者の背中をみてござらぬか」

 そう言うと、星丸は僕に背を向けて地面に座り込む。丁度、僕の頭くらいの高さに、星丸の背中が見えた。

「背中を、どうすればいい?」

「ちょっと待っていて欲しいでござる。今、コックピットを開けるでござるよ」

 突然、星丸の背中から何か空気が抜けるような音がして、装甲の一部が上に持ち上がる。持ち上がった装甲の内部を覗きこむと、人一人分くらいの空間があった。

「その中に、手のひらほどのサイズの、丸い機械があるでござるか」

「えーと、ちょっと待ってね」

 空間内部を懐中電灯で照らす。何かのボタンやメーター、モニターがいくつも並んでいた。

「なるほど、コックピットか」

 確かに、SF映画やロボットアニメのようなコックピットだった。昔は、星丸の主がこの中に座って、操縦する事もあったのだろう。

「ま、今はそれよりもっと」

 星丸に言われた探し物をしないといけない。懐中電灯で辺りを照らして、ようやくそれらしきものを見つける。手に持ってみると、思ったよりも軽かった。大きさは僕の手のひらに収まるくらい。ちょっと大きなバッチみたいな感じだ。

「見つけたよ、星丸」

 コックピットから出ると星丸の正面に移動し、懐中電灯で照らしながら星丸に見せる。

「おお、それで間違いはないでござる」

 どうやら、探し物は間違って居ないようだ。

「これ、なんなの?」

「それは通信機でござる。持っていれば、星一つ離れていても通信が出来るでござるよ。

「へえ……」

 一見するとただのバッチだけれど、これもオーバーテクノロジーの産物なんだ。

「拙者、森の中には入れないでござる。なので、上空から探す事にするでござるよ」

「なるほど。まあ、仕方ないか」

「何か危ない事があったなら、すぐにその通信機で知らせて欲しいでござる」

「うん、わかった」

 強く通信機を握りしめ、星丸に返事を返す。


 森の中に入ると、そこは真っ暗だった。星明かりすら通らない森の中は、本当に何も見えない。懐中電灯で照らされた部分だけ、ぽっかりと暗闇の中に世界が切りだされたようだった。

「うう……流石に怖いな」

 正直、足元もおぼつかない。すこしゆるい地面を踏んだだけでも、驚いて心臓が跳ね上がる。

『大丈夫でござるよ、悠斗殿』

 僕を励ますように、ポケットに入れた通信機から星丸の声が聞こえる。良く見えないけれど、上空では星丸が僕たちを見守ってくれているはずだ。

「わかった」

 そう考えると、少し安心できた。

 それに、僕はまだ星丸が見守っていてくれると分かるから良い。先に入ったケイは、一人で不安な筈だ。僕が怖気づいている訳にはいかない。


「くう、しくじったわい」

 悠斗達が森に入ったころ、光太郎は一人愚痴を吐いていた。

 彼の周囲は完全な闇。僅かな月明かりが木々の間から入ってくるが、一メートル先もまともに見えない状態だった。

「くそ、なぜこんな事になったんじゃ!」

 一人叫ぶが、それに応える人間は居ない。

 暗闇の森中、一人たたずむ老人。それは、誰が考えても非常に不味い状態だった。普通は、こんな時間に森には近づかない。近づくとしても、万全な備えをして然るべき事だ。

 だが、光太郎の手には、懐中電灯すらない。外部に連絡するための携帯電話もなく、まさに絶望的な状態だ。

 そもそも、光太郎自身も、こんな状態になる事は想定していなかった。

 事実、光太郎は森の中に入ると、昨日悠斗達が進んだ何倍ものペースで進み、まだ陽が高いうちに鍵を回収して、帰路へとついていた。

 光太郎も、夕食までには帰れると考えていた。

 だが、そうそう世の中は上手くいかないようだ。帰路を急ぐ彼の前に、突如巨大な黒い物体が立ちはだかったからだ。

「何者だ!」

 気の強い光太郎は、突然の来訪者にすぐさまどなり声を浴びせかける。だが、返事は帰って来ない。

「な……」

 当然だ、その来訪者は人間ではなく、熊。

 巨大な黒い熊だったからだ。

 熊は返事代わりに低いうなり声を出すと、光太郎に向かってゆっくりと歩いて向かってくる。それに恐怖を感じた光太郎は、一歩一歩。後ずさりをする。

 そのまま、奇妙なにらみ合いはしばらく続いた。

 熊が一歩脚を出せば、光太郎は一歩後ずさる。幸いな事に、熊はすぐさま飛びかかるようなことはせずに、ゆっくりと。だが、確実に距離をつめている。

 これでは埒が明かない。そう考えると、光太郎は意を決して茂みの中へと飛び込んだ。そのまま息が切れるまで走り続けた。

 気がつけば熊の気配は消えていたが、同時に自分自身も完全に迷ってしまった音に気がつく。

 そうして、森の中をさまよい、日が暮れて現在へと至る。

「ふう……」

 暗闇の中、爺の溜息が木霊する。思えば、ここ数日の自分は失敗ばかりだと、改めて光太郎は考えていた。

 おかしくなったのは、もちろん孫娘を名乗る少女が自分の前に現れた事だった。

 最初、光太郎はその事が信じられなかった。だが、その顔を見ているうちに信じる気になった。顔立ちに、息子の面影を見たのだ。

 それと同時に、激しい感情が自らの中に生まれたのを感じた。

 息子とは、完全な喧嘩別れだった。自分の意志に反対したのならともかく、家宝まで持ち逃げして、今まで連絡がなかった息子。

 それどころか、自分の代わりにまだ若い孫を差し向けてくる。そう考えると、頭に完全に血が上り、口からは罵声が飛びだしていた。

『ごめんなさい!』

 自分を恐れる孫娘の姿を見ても、光太郎の感情は収まらなかった。

 本当は、分かっていた。目の前で怯えるこの娘には、何の罪もない事を。

 例え怒鳴ったとしても、何の解決にもならない事を。

 本当は、こんな田舎町まで訪ねてきた孫娘を、労わりたいと言う自分の感情にも。

 だけど、どうしようもなかった。怒りと言う感情が暴走し、心が理性をはねつけたのだ。

 あの日、見知らぬ兄弟が間に立ってくれて、どれほど助かった事だろうか。あの二人が居てくれて、少しだけ自分の頭を冷やす事が出来た。

 翌日、光太郎はどうにか孫娘と話が出来ないか、ひそかに後をつけながらうかがっていた。コソコソと若い娘の後を追いかける自分は、さぞ滑稽な事だったろう。

 彼は物陰から孫娘を見守っていた。その最中、見たくもない光景を見た。

 町の人間が彼女に向かって冷たい視線を投げかける事を。あまつさえ、早く出て行けと、忠告と称して暴言を吐くところを。

 自分が怒りを爆発してしまったばかりに、孫娘はこのような仕打ちを受けている。それを考えると、光太郎はケイの前に出る勇気を失い、ただ見守るだけで一日が終わってしまった。その日ほど、光太郎は自分事を愚かだと思った事はない。

 そして、さらに翌日、光太郎は性懲りもなく、孫娘の後をつけていた。

 昨日と違っていたのは、少年が孫娘の傍に居て、励ましてくれているといことだった。光太郎は、口にこそ出さないが、その少年と、その妹に感謝した。少しでも孫娘に気を使ってくれる人が居てくれた事、勝手なことながら、それが光太郎の心を、少しだけ軽くしたのだ。

 孫と少年たちは、町を外れて森まで来ていた。まさか、森に入るのでは。孫娘に森に入る事が出来るのか? 入ったとしたら、無事に出る事は出来るのか? 光太郎の頭に、不安がよぎった。

 少年の妹が、森に入り、孫娘までも森に足を踏み入れようとした時、光太郎は思わず声をかけていた。

 優しく言うつもりだったが、光太郎の口は言う事を聞かず、相変わらず厳しい言葉を孫に浴びせてしまう。

 また、出会った時と同じように顔を伏せる孫娘を見て、光太郎は自分が情けなくなった。

 またやってしまった。どうして自分は、思ったように言葉が出せないのか。何十年も生きた老人とは思えない、情けない疑問が頭の中によぎる。

 だが、そんな彼に対して、孫娘は顔を上げ、正面から向かい合った。

 そして、もう一度話をしたい、そう行って来たのだ。

 その言葉に、光太郎が感激を覚えたのは、言うまでもないだろう。

 光太郎は、自分の頭が急速に冷めていく事を感じた。孫娘ともう一度話が出来る。

 何とも言えない、幸せな心地で、光太郎は森を離れた。

 だからだろう、その後に星の巨人を探し当て、広場に孫娘が戻って来たとき。思っていたよりもずっと楽に言葉が出てきた。

 そして、今日。ケイは美優とともに、光太郎の家へと再び訪れた。

 自分の孫娘が、再び家に訪れてくれる。それも、友達を連れてだ。

 その事実は、ここ数日迷走していた光太郎には、希望の光が見えたようだった。

家で交わした言葉は、そう多くない。けれど、満ち足りた物だった。

 相変わらず、光太郎は素直になれずに、孫娘をそっけなく扱うが、孫娘をそれを分かって来たのか、笑顔で応対する。

 かつて離れた家族が、ようやく形を取り戻しかけたところだった。


「まったく、なんでこんな事になるか」

 道は開けたけれど、相変わらず光太郎は暗い森の中。それも、近くに熊が居るかもしれない状況だ。

 歩くだけでも相当辛く、体力も尽きかけていた。せめて灯りがあれば良いと思うが、あいにくと月も星も見えない。

「もう一度、孫に会いたかったが」

 そう、光太郎が愚痴を吐いた時だった。

 懐中電灯からの細い明かりが、光太郎の視界に入った。その明かりは、草をかき分ける音とともに、急激に近づいてくる。

「ハイ、呼びましたか!」

 そして、この暗い森の中には場違いなくらい明るい声とともに、彼の目の前に、孫娘、ケイが現れた。

「お、おお……」

 光太郎の頬に、涙が伝う。

「グランパ、泣いているんデスか?」

 そんな彼を、ケイは心配そうに眺めている。

「だ、大丈夫じゃ。なんともない、何ともないんだ」

 その言葉に、嘘はない。

 彼女の登場で、光太郎は萎えかけていた心が再び動き出すのを感じていた。

「心配かけて、すまんの」

 今までの彼からは考えられないほど、しおらしい声で、素直に自分の気持ちを伝える。

「いいんですよ、ワタシはマゴですから」

 そして、ケイは笑顔で答える。

「……ふはは」

 光太郎の口から笑みがこぼれた。

 ここ数日の自分は、本当に何だったのだろう。年甲斐もなく暴走し、無茶をして孫に迷惑をかけた。けれど、孫娘はこんな迷惑な爺でも、認めてくれた。

 ならば、もう意地を張る必要はない。

「ケイ」

 光太郎がケイの名を呼んだのは、これが初めてだった。

「はい?」

「今度、バカ息子と一緒に町に来るんだ」

「! それって」

「あのバカ息子には、言ってやりたい事がいくつもある。また喧嘩になるかも知れんが、見逃してくれ。もう一度、話がしたいんじゃ」

 それは、光太郎が長年胸の奥にしまい続けてきた願いだった。

「はい!」

 ケイはその言葉に強くうなずく。

 数十年前、どこかで歯車が狂ってしまった親子。すぐには溝は埋まらないであろうが、これが関係を修復する、大きな一歩である事は間違いない。

「はやく、町に戻りましょう!」

「そうじゃな」

 二人は再び歩き出した。そのまま森を抜け、町に帰る。そうすれば、すべては上手く終わるはずだった。

 だが、それは許されなかった。

 二人の傍で、黒い影が動いた。

「なんだ」

 それは長く生きてきた経験か。光太郎は、とっさに危険なものであると判断した。

 その判断は間違って居なかった。

 暗闇の中、ケイは持つ懐中電灯の明かりに映し出したのは、大きな黒い毛むくじゃらの獣。

 昼間、光太郎が遭遇した熊であった。

「ク、クマ!?」

 思わずケイは驚き、懐中電灯を地面に落してしまう。そのショックで明かりが消え、再び周囲は暗くなる。

 クマは、低いうなり声をあげる。暗闇で何も見えないが、その声だけが響き渡る。

「グランパ……」

「大丈夫じゃ」

 光太郎は、強くケイの手を握った。握った手からは、ケイがー震えている事が伝わって来た。

 ここに居ては不味い、直観的にそう感じた光太郎は、ケイの手を引いて走り出す。

「こっちじゃ」

「はい!」

 暗闇で辺りは見えない。正直なところ、光太郎も自分が無謀な行為をしていると感じられた。だが、猛獣の前でただ立っているだけと言うのは、耐えられなかった。他の手立てを考える間もなく、走りだしていた。

 仮に己一人であれば、光太郎はもぅ少し落ち着いて決断が下せただろう。だが、隣に立っていたのは孫娘だ。既に爺であるが、自分が孫娘を守らなければならない。そう考えた時、光太郎は正常な判断力を失ってしまった。

「はあ……はあ……」

 既に何時間も山の中で走り回っていた光太郎の体力は、既に限界だった。

「グランパ!」

 そんな光太郎の体調を看破し、ケイは心配の声を上げる。だが、光太郎は走る事をやめない。このまま心臓が破裂するまで走る。そのつもりだった。

「きゃっ!?」

 だが、それも長くは続かなかった。

 ケイが、木の根なのか、石なのか、はたまた名にかの生き物なのか。何者かに躓き、転んでしまった。当然、手をつないでいた光太郎も、同じように地面に倒れ伏す。

 後ろからは、熊の足音と、荒いうなり声。

 急いで逃げなければならない。光太郎はそう直感し、立ちあがろうとするが、身体は動かない。

「ケイ、お前だけでも」

「そんな、ダメですよ!」

 せめて孫娘だけでも先に行かせようと促すが、彼女はそれに従わない。

 こんな時でも、良い子だと、光太郎は思った。

 何故こんな事に。こんな出来た孫娘が自分には居て、これからようやくまともな関係が築けると言うのに、目の前には危機が迫っているのか。

 誰か助けてほしい。自分だけはいい、だがせめて、孫娘だけでも。

そう、強く願った。

「うおりゃあああ!」

 その時、熊の後ろから叫び声が聞こえた。

「ユート!」

 まるで救世主を見るかのような目で、ケイはその声の主の名を呼んでいた。


 嫌な予感と言うのは、当たる物なんだ。正直、人生は楽観的に行きたいのだけど、そうはいかないと思いっきり実感した。

 森に入ってすぐ、僕は誰かが話している声を聞いた。遠く離れていたが、森の中は静かで、意外と遠くの声も聞こえてくる事にビックリした。

 早速、話し声を頼りに進んでみたが、途中で急に叫び声が聞こえ、誰かが全力で走り去る音に変わった。

「くそ、なんだよ」

慌てて走って進んだら、急に脚元に何かがぶつかった。

「これは……」

 それは、誰かが落とした懐中電灯。その近くには、人二人分と、大きな獣の足跡があった。

 そこまで見て、嫌なイメージが頭をよぎった。その内容が、今目にしているこの状況だ。

 少し先に、行方不明の爺さんとケイが居る。そして、なぜか熊がその二人を追いかけている。

「大ピンチじゃねえかよ」

 思わず口から言葉が漏れた。咄嗟に脚元にあった岩を拾うと、全力で熊に向かって投げつける。

「うおりゃあああ!」

 今まで出した事もないくらいの速度で岩は熊の頭に直撃した。正直、すごい痛いと思う。

「ユート!」

 僕の叫び声に気がついたのか、ケイがこちらを向いて僕の名を叫んだ。

「ケイ、これ!」

 すぐに先ほど拾った懐中電灯をケイの方へ投げる。こう言う時、人間ってのは普段よりも上手く出来るもんだ、火事場の馬鹿力って言葉もあるしね。上手い事ケイは、僕が投げた懐中電灯をキャッチしてくれた。

 よし、これであの二人も明かりを確保できた、上手くいったぞ。

「グルルル」

 そんな状況とは対照的に、追いかけっこを邪魔されたクマは、僕の方を向く。

 明らかに、敵意を持った顔をしている。

「上等だ、こっちに来い!」

 願ったり叶ったりだ。ケイ達に注意が行くより、僕の方に来る方が、何倍もいい。

「ガアア!」

 僕の挑発が分かったのだろうか、熊はうなり声を上げて僕に向かった走って来た。正直、すごい怖い。

「ほら、さっさと追って来い!」

 即座に、僕も熊とは反対方向に全力でダッシュ。捕まってたまるもんか。

「ぐげ!?」

 と思ったけれど、さっそく木の根っこらしきものにぶつかってバランスを崩した。思わず前のめりになるが、なんとか倒れるのだけは回避できた。だけど、正直森の中を全力疾走って、無理じゃないか。ただでさえ障害物がおいのに、今は暗いし。

 走っている今だって、脚や腕に木の枝がぶつかるわ、石につまずきそうになるわけで、正直酷い状態だ。

「!?」

 後ろから何かが突進してくるような威圧感を感じた。

 咄嗟に横っ跳びをすると、今まで僕が居た場所を、轟音を立てながら黒い何かが走り抜けた。間違いない、熊だ。

 熊は僕が突然避けた事に気づかず、そのまま減速せずに突進し、正面の木に激突した。

 激しい音が森に響いた後、葉っぱが頭上から落ちてくる。

「やった、のか」

 気絶でもしてくれたら楽なんだけど。淡い期待を込めて懐中電灯で確かめると、丁度熊の顔を照らしてしまった。

 熊の目には、明らかに怒りの感情が宿っていた。

 心なしか先ほどよりも息が荒く、殺意すら感じる。正直、すさまじく怖い。

「冗談じゃないよ!」

 捨て台詞を残して、さっさと駆けだした。

 けれど、相変わらず後ろからは熊の足音が近づいてくる。不味い、絶対に不味い。

 こうなったら、最高の味方に頼むしかない。

 そうはんだすると、即座に通信機を手に取る。

「星丸!」

『どうしたでござるか、悠斗殿』

 切羽詰まった僕とは対照に、通信機からどこか呑気な声が聞こえてる。

『どうにも、先ほどから走っているようでござるが、夜道を走るのは危ないでござるよ』

「熊に追われてるんだから仕方ないよ!」

『なんと!?』

 流石に、僕の状況を聞くと、驚いている。と言うか、自分でもびっくりだよ!

「星丸、僕の場所、分かる!」

 通信機に向かって叫ぶ。

 星丸のパワーだったら、熊だってぶっ飛ばされ筈だ。今も上空で僕を見守っているのなら、すぐに来てくれる筈だ。

『すまない、分からないでござる』

「うおい!」

 分からないのかよ! と言うかこの状況でそんな事言うのか!

『いやあ、通信機からの信号で、大体の位置は分かるのでござるが、最終的には有視界の情報がなければ、判断が出来ないのでござるよ』

「だったら適当に降りて来てよ!」

『一度降りたら、再び動くのが難しいでござる』

 言われてみると、確かにそうだ。身体が大きいってのは、結構制限が大きいんだろう。

「となると、一度開けている場所に出ないとダメか」

『すまないでござる』

 そこで一度、通信機から顔を話す。

 開けている場所。どこかにあったか……思い出せ、昨日ケイ達と森を歩いた時、どこを進んだのか。

「そうだ、川だ!」

 川沿いだったら、星丸を邪魔する木々もない。なんとかなる!

 迷っている暇はない。すぐさま昨日の記憶を頼りに方角のカンをつけ、方向転換する。

 もう、熊のうなり声は、すぐ近くまで迫っていた。怖くて後ろを振り返れないが、足音まで大きく聞こえてくる。

「見えた!」

 ようやく、森の切れ目が目の前に見えた。水が流れる音も聞こえてくる。あと少しだ。

 突如、後ろから大きな熊の鳴き声が聞こえた。それと共に、背中の方で何か太い物が空を切る感覚がする。

「っ!?」

 それと同時に、肩が何かに切られるような痛みが走った。

 怖いから確認しないけれど、たぶん肩から血が出てる。

 まずい、熊に何かやられた。

「くっそ」

 痛みで身体のバランスが崩れ、目の前に思いっきり突っ込んんだ。咄嗟に頭が地面に激突するのは避けたけれど、そのままの勢いで地面をゴロゴロと転がる。

「だけど、やられるか!」

 頭がグラグラして気持ち悪いが、それでも脚を地面に突き立てて、立ちあがる。必死に足を前に出して、茂みをなんとか抜けた。

「見えた!」

 茂みの先はには、昨日訪れた川原。

「空が見えた!」

 そして、満点の夜空だった。それを見た瞬間、急に力が抜けた。情けない事にまたバランスを崩して、思いっきり前に倒れこむ。

 もう、走れそうになかった。

 振りかえると、熊は、すぐ後ろまで迫っていた。もう、余裕はない。

「星丸、ここだ!!」

 だから、僕は力の叫んだ。最強の味方を呼びために。

『承知!』

 通信機から、僕の願いに返事が帰って来た。

その時、光が空から降りてきた。

それはさながら、夜空を切り裂く流星のように、早く、強く、輝いていた。

流星は燃え尽きることなく、僕の目の前へと轟音と共に降り立つ。

「待たせたでござるな」

 それは、月明かりに輝く白銀のボディーを持つ星丸。

 昔話で語られるような昔、この町に訪れた少女が見た流星のように、空から降り立った星の巨人は、僕を守るように立つ。

 その背中は、何よりも力強く感じた。

「あと、よろしくね」

 なんだか、力が抜けた。

「もちろんでござるよ!」

 星丸の口調は、極めて平静だった。

 間違いない、星丸だったら、熊だって相手にならない筈だ。

 当の熊も、突如空から現れた、自分の数倍の大きさを持つ相手に困惑……いや、怯えていた。

 先ほどまでの荒い息はなくなり、完全に固まっている。

「熊殿」

 そんな熊に対して、星丸は静かに告げる。

「そなたらの住処に立ち言った事は謝ろう。だが、拙者達にも事情はある、ここは、見逃してくれぬか」

 星丸は説得を続けるが、熊は立ち去ろうとしなかった。

「ふう……」

 仕方ない、そう言った声が聞こえてきそうな溜息だった。

「ならば、少し脅させてもらおうか」

 そう言った直後、星丸の右腕から、モーターが回りだすような音が聞こえてきた。

 その音にあわさり、星丸の右腕が輝き始める。

「これは、当たると痛いでござるよ」

 星丸は右腕を高く振り上げ、地面にたたきつけた。

 何かが爆発したような音が響き、振りおろした拳から火花が飛び散る。

 拳が触れた地面がはじけ飛び、砕けた岩や土が辺りに飛び散った。

「っつ!?」

 思わず、目を閉じた。

 飛び散った石が、僕の頬に当たる。

「ど、どうなったんだ」

 再び目を見開いた時、熊は一目散に森の中へと逃げだしていた。

 そして、星丸が拳を振りおろした場所には、小さなクレーターが出来ていた。

「悠斗殿、大丈夫でござったか」

 そして、星丸は何もなかったかのように、僕に問いかけてくる。

「大丈夫、だよ」

 そう、大丈夫だ。危機は、乗り越えたんだ。


 そのまま暫く川原で待っていると、森の中から灯りが見えた。

「あ、ユート!」

 灯りの主は、ケイ。

「おお、無事だったか」

 そして、散々僕たちを振り回した、あの爺さんだった。一言くらい文句を言ってやろうと思ったけれど、家で待っていた時と違い、暗闇の中でも分かるくらい晴れた顔をしているケイを見たら、そんな気もなくなった。

「二人とも、無事?」

 見たところ、目立った怪我はないけれど、暗いから見えないだけかもしれない。

「ユートの方が怪我をしてますよ!」

「悠斗君、その方の怪我はどうした」

 逆に心配されてしまった。

「まったく、悪くならないうちに治療をしないと。立てるか?」

「え。、あ、はい」

 爺さんは、僕に近づくと、肩を貸してくれた。

 なんだろう、昼間までの態度に比べると、随分と優しい。正直、少し気持ち悪さを感じる。

「グランパ、反対側から支えますよ」

「おう、頼むぞ」

 ケイも僕に駆けよると、爺さんが僕の右肩を。ケイが左肩を持って、立たせてくれた。立ち上がる時も、二人妙に息が合っている。

「……二人とも、仲直りしたの?」

 そうとしか思えなかった。

「はい、もちろんデス!」

「まあ、そう言う事だ」

 ケイは笑顔で。爺さんは、まだ少し照れくさいようで、僕から少し顔をそらしながら答えてくれた。

「そっか、よかった」

 心の底から、ホッとした。同時に、この二人の力になれて、本当に良かったと思えた。

「いやあ、良くは分からないが、丸く収まったようでござるな」

「うん、星丸のおかげでね」

「なに、拙者は何もしていないでござるよ」

 そんな事ないんだけどな。

「星丸が居なかったら、僕も危なかったんだし。そこは堂々と肯定してよ」

「そうでござるな」

 星丸も納得してくれたようだ。

「それに、仕事をし足りないなら、もう一仕事頼めるかな」

「もちろんでござるよ」

 星丸は、まだ力があり余ってる。そんな感じで身体を捻り、明るく僕の返事にOKをくれた。

「僕たちを連れて、町まで飛んで欲しんだ」

「おお、それが良いでござるな」

「もう、森の中は勘弁だよ」

「そ、そうじゃな」

 流石に数時間迷って相当こたえたのか、爺さんの返事には元気がない。

「それでは、三人とも、拙者の手のひらに乗ってくだされ」

 星丸は腰を下ろすと、僕たちの前に手を置く。

 ケイと爺さんに助けられ、その上に乗る。

「それでは、飛ぶでござるよ」

「わかった!」

 僕の返事を聞くと、昨日と同じように星丸は音もなく空へと昇り始める。

「おお!?」

 何とも言えない浮遊感に驚いたのか、爺さんが驚きの声を上げていた。

「大丈夫でしょ、グランパ」

 そんな爺さんの腕を、ケイはぎゅっと握りしめている。

 随分と驚いていたから、爺さんバランスを崩して落ちたら大変だとか考えたけど、そんな心配はなさそうだ。

 星丸は僕たちをのせて、空を飛ぶ。

 昨日一緒に飛んだ時は昼間だったけれど、今日は夜だ。太陽の代わりに月が大地を照らし、星が夜空に溢れている。

 眼下を見降ろすと、暗闇の森と、その間にポッカリと浮いた星のように、星空町の灯りが見えた。

「変わらない、でござるな」

 誰に言うともなく、星丸はつぶやいた。

「何が?」

「人、でござるよ」

 人、か。星丸が変わらない、と言っているのは、どういう意味だろう。

「主殿が生きていた時代も、ケイ殿と光太郎殿と同じように、すれ違った家族が居たでござるよ」

「そうなんだ」

 いつの時代も、家族でケンカするってのは、あるんだろう。

「拙者、初めてそれを見た時は、どうしていいか分からなかったでござる。けれど、主殿は、二人の関係を直そうと尽力し、それを改善した」

「そっか。ケンカする人も居たけど、間に立ってくれる人も居たんだね」

「そう、悠斗殿のようにな」

 突然、そんな事を言われた。

「まったく、突然何を言うんだよ」

「はは、悠斗殿を見ていたら、主殿を思い出したのでな」

「主殿……ね」

 星丸を作り出した科学者と、僕が似ているね。それってやっぱり、星丸にとっては褒め言葉なんだろうか。

「悠斗殿。町が見えるでござるか」

「うん」

「数百年前、拙者が初めてこの地に降りた時は、あそこには何もなかったでござる」

 はるか昔、何百年も昔の事だろう。そのころは、確かにここには何もなかった筈だ。

「それが、今は夜には明るい町になっている。か」

 そう考えると、感慨深い。

「こう言う事だった、ござるな」

「へ?」

 突然、星丸入った。

「何が?」

「拙者が眠っていた理由でござるよ」

 ああ、そう言えば、昼間そんな話したっけ。と言うか、やっと納得したんだ。

「拙者は、この明かりを見るために、眠っていたでござるよ」

「え?」

 眠っていた。それは、僕たちが見つけるまで、岩の中に居た事だろうか。

「主殿と姫様は、拙者と共に、小さな村をこの地に築いたでござる。それは簡単なことではなかった。何年も、年十年もこの地で過ごし、二人とも年老いる頃にようやく、村と呼べるような、小さな集落となった」

「あの、昔話の続きなのか」

 一人でこの地へと流れ着いた。姫。彼女は、この地で空から降りて来た星丸と、その主と出会った。

「二人は、死ぬ間際になって、拙者に願ったでござるよ。自分たちの代わりに、この地を見守っていて欲しいと。それは、人ではなく鋼の体を持つ、拙者にしかできぬと」

「……そっか」

「だから、拙者は眠りにつく事を選んだでござる。年十年。年百年過ぎたころ、主と姫の子孫が、拙者を起してくれると信じて」

 星丸は、淡々と語り続ける。

 本当は、胸の内は平静ではないのだろう。けれど、自分の感情を押し殺すように、静かに僕に語り聞かせてくれた。

「拙者、あの村が町となり、今、夜に輝く星のように明かりを出す地となった事が嬉しい」

「君を生んだ人が、作った町だからね。兄弟みたいなものなのかな」

「そうだござるな」

 ロボットと兄弟の町か。自分で言っておいて、ちょっと変だ。

「それに、悠斗殿たちとも出会えた」

「それは、大した事ないでしょ」

 僕たちは、どこにだって居る普通の人間だ。たまたまこの町に来て、星丸を見つけて、ちょっと熊と追いかけっこしたくらいだ。

「謙遜する事はないでござるよ」

「……そうだね。ロボットと友達の人間なんて、そう居ないからね」

「はは、そう来たでござるか」

 そんな風にくだらない話をしているうちに、町の上空へと着いた。

 星丸は徐々に高度を下げていく。

 町の人たちも、星丸が近づいてくる事に気付いたのか、一人、また一人と家の外に出て、こちらへと集まってくる。

 月明かりを受け、ゆっくりと降りてくる星丸。

 その姿は、きっと数百年前に、この地へと流れて来た少女が見たものと同じなんだろう。それは、まるで夜空から降りて来た星。

「めでたしめでたし、かな」

 つい、そんな言葉が口から出た。

 

 それから数日。僕は電車に揺られていた。理由はもちろん、住み慣れた我が家に帰るためだ。

 あの日、僕たちが町に戻ってから、大変だった。

岩三郎おじさん達、爺さんの探索に出ていた人たちが町に戻ると、散々爺さんに文句を言い始めた。最初はおとなしく聞いていた爺さんも、途中から頭にきたのか、岩三郎おじさんと舌戦を繰り広げ始めた。

 まあ、翌日にはお互いそんな事ケロリと忘れていたけれど。

 そんなこんなで、少しハプニングはあったけれど、星空町の夏祭りも無事に行われた。

今年は、まさかの星丸の登場に、町の人も大喜びだった。

もちろん、それは星丸だって同じだ。まあ、10メートル近くの巨体が、子供みたいにはしゃぐのは、少し怖かったけれど。

 それ以外にも、沢山の事があった。

 思い出は、沢山出来た。

 最初は、乗り気ではなかったけれど、今だったら間違いなく、あの町へ行って良かったと思える。

「お兄ちゃん、また来年、行きたいよね」

 隣の席に座った美優が言う。

「はい」

 その真向かいに座るケイも、返事を返す。

 二人とも、ウキウキした表情で僕の顔を覗き込んでいる。そんなにこちらを見なくても、僕がどう言うか、分かっているだろうに。

「うん」

 もちろん、同意だ。

「でも、残念だな」

 不意に、美優がつぶやいた。

「何が?」

「せっかくケイさん達と友達になれたのに、また暫く会えないんだもん」

 その言葉に、ケイも少し表情を曇らせる。

 この二人、随分と仲良くなったからなあ、やっぱり、離れるのは辛いんだろう。

 美優は、星丸と別れる時も、大分名残惜しそうにしていた。

この町で思い出が出来たのは、僕も美優も同じだ。まだ小さい美優の方が、感じる事も多いんだろう。

「大丈夫だよ」

「大丈夫、なの?」

 僕の言葉に、美優は不安そうに聞き返す。

「星丸がさ、ケイ達が森に入って、行方が知れなくなった時、言ってたんだ。たとえ距離が離れてても、同じ空の下に居るんだから、必ず会えるんだって」

「……」

「……」

 美優も、ケイも僕の言葉を静かに聞いていた。

「だからさ、またすぐ会えるよ。連絡を取りたいなら、手紙なり、電話なりで連絡を取ればいいんだし」

「お兄ちゃん、たまにはいい事を言うんだね」

 そんな僕の言葉に、美優は茶化してくる。生意気だけど、落ち込んでいる折は全然マシだ。

「あ、そうです」

 突然、ケイが手を叩いた。

 僕たちが驚いてケイの方を見ると、ケイはメモ帳とボールペンを出して、何かをスラスラと書いている。

 やがて、筆を止めるとメモ帳を僕の方へと差し出した。

「これ、ワタシの日本での住所デス」

「あ、ケイさんって、日本に住んでたんだ」

「ハイ、昔はイギリスに居ましたけど、居間は日本に居ます!」

 なるほど。んじゃ、案外会いに行くのも無理じゃないんだね。どれどれ、住所を確認してみよう……ええと、東京都…………あれ?

「どうしたの、お兄ちゃん、変な顔して」

「もしかして、文字が読めませんでしたか?」

 二人して、僕の方を心配そうにのぞきこんでくる。悪いけど、心配するような事はないんだ。

「いや、偶然って、怖いなあって」

 そう言って、僕は美優の方へメモを差し出す。

「あ!?」

 美優も気がついたようだ。

「あの、お二人とも、どうしたんデスか?」

 そして、一人状況を理解していないケイは、不思議そうない僕たちに問いかける。

「ケイ、驚かないで聞いて欲しんだ」

「は、はい」

「僕たちとケイ、同じ町に住んでるよ」

「え!?」

 僕の言葉を聞いたケイは、その青い目をまん丸に広げて驚いた。無理もないさ、僕たちも驚いたんだから。

 けれど、ケイの顔は、すぐにパアッと明るくなった。僕たちと同じだ。驚いたけれど、それ以上に嬉しいんだ。

「それじゃあ、またすぐに会えますね!」

「うん!」

 状況を理解した後、美優とケイは大いに喜んだ。もちろん、僕だって同じだ。

「ねえ、ケイさん、何時だったら遊べるかな」

「ミユとだったら、何時でも大丈夫デス!」

 女二人は、さっそく遊びの相談を始めてしまう。男一人の悲しさと言うか、一人あぶれてしまった僕は、窓の外に広がる空を見上げた。

 空は、雲ひとつない、見事な青空だった。

 かつて、この空から星丸は降りて来た。

星丸が降りた地は、やがて町となり、今も多くの人たちが過ごしている。それは、これからも続いていくだろう。

かつて、星が降ったと言う伝説と、その星を伝え続けながら。


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