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第二話 星との遭遇


爺さんが帰った後、何も知らずに戻ってきた美優に、僕達は今までの事情を聞かせた。

爺さんが来たという事で、最初は美優も驚いていたが、ケイがしっかりと反論した事を伝えると、嬉しそうに。

「やったねお姉ちゃん!」

そう、満面の笑顔をしてくれた。

「でも、あのお爺さんが来たなんて、驚いたな」

爺さんがここまで来た事には、美優も驚いていたようだ。

当然、僕も同じだ。

「うん、本当につけまわしてたんだな、あの爺さん」

話を聞いた時は、冗談だと思ってたんだけど……

「でも、次に会った時はお話を聞いてくれるって言いました!、よかったデス!」

ケイは、先ほどまでの緊張とうってかわって、喜んでいた。

そりゃまあ、そうだ。多少なりとも、相手が話を聞いてくれる土台が出来た訳だし。

「でも、これからどうする?」

僕の提案に、二人は何言ってんの、この人と言ったような顔で、僕の顔を見てきた。そんな変な事言ったかなあ。

「あの爺さんが話を聞いてくれるんだから、古い地図を頼りに探し物をするんじゃなくて、すぐに会いに行ってもいいんじゃないかな」

 爺さんにひと泡吹かせられないのは悔しいが、それが一番の解決方法だと思う。

「えー、せっかくここまで来たのに」

美優は、あからさまに不満そうだ。

「そうですよ、行きましょう、二人とも。せっかくなので、ハイキングデスよ」

うーん、どうやら、僕が少数派のようだ。

 まあ、ケイが言うように、ハイキングの気分で先に進んでも良いかもしれない……まあ、その行程は、ハイキングとは似ても似つかないようなヘビーな物かもしれないけど。


 身構えていたものの、森の中はそれほど歩き辛くはなかった。まあ、歩き辛い事には変わりはないのだけど、人が歩いた跡なのか、道のように草が生えていない部分があり、その上は比較的歩きやすい。

 とはいっても、男の僕とは違って、女の子二人はおっかなびっくり歩いていて、森に入る前に比べると、格段に進むペースは落ちている。少しでも歩きやすいよう、僕が歩いた場所に関しては、邪魔な木の葉や突き出した枝を払いながら進んでいるし、大分ペースも落としているけれど、それでも辛いようだ。

「二人とも、大丈夫?」

「だ、大丈夫デス」

僕の心配にそう言葉を返すケイだけど、顔には汗が浮かんで、疲れていそうだ。もちろん、美優だって同じだ。

「そうは言っても、結構長い間歩いたから、そろそろ休んだ方がいいよ」

「そうだよ、ケイさん」

「あの、その……ここで休むと、虫が……」

ああ、なるほどね……

「そこまで、虫が苦手なんだ」

「ええ、小さいころ家の中にお菓子を放り出して暫くしていたら、蟻がたくさんたくさんたくさん家に中に入ってきて……怖かったです」

 ああ、それは怖いだろう。黒くて小さなのが床一面を覆い尽くして動いている様は、確かに怖い。想像したのか、美優も少し顔色を悪くしていた。

「それに……その時、ですね……実は、腕にお菓子を持ったまま寝ていて……蟻がワタシの体に……」

 這っていたわけね。それは怖い。

「いやー!」

 具体的に場面を想像してしまったらしく、ついに美優が悲鳴を上げて、僕の後ろに隠れてしまった。うん、気持ちはわかる。それは怖い。

「仕方ない、少しは虫が出なそうな場所まで移動したら、休もう」

気が落ち着かない場所で休ませるのも流石に悪いし、僕たちは先を急ぐ事にした。

 それから数十分、いい加減美優もケイも限界で、そろそろ我慢をしてもらって、ここいらで休憩を入れようと思っていたところ、辺りから水の流れる音が聞こえてきた。

「お兄ちゃん、水の音が聞こえるよ」

美優にも聞こえたようで、僕に確認をしてきた。

「ああ、そばに川があるのかな」

だったら、休むのにはちょうどいいかな。まあ、虫が居ないと言う保証はないだろうけど、辺り一面木と草に囲まれているよりは、精神衛生上いいだろう。

そんなことを考えながら数分進むと、ちょうど森が途切れた。目の前には、大小の岩が転がる川原と、静かに流れる川があった。

 今まで頭上を覆っていた木の葉がなくなり、陽の光が直接僕たちに降り注ぐ。森の中を歩いていたのはわずかな時間だけれど、久しぶりに太陽を見た気がする。

「わあ、川だよ! 木とか森とか、そう言うのじゃなくて川だ!」

美優が感激の声を出して、川にそのまま突撃して行く。

「転ぶなよー」

僕の注意に、大丈夫だと元気良く返して、美優は一人、遊び始めた。

「はあ……やっと森が終わりましたね」

 ホッとしたのか、ケイはその場にへたり込んでしまった。

 彼女は彼女で、森の中を歩くのは結構ストレスだったようだ。

「お疲れ様」

「はい、お疲れ様です」

お互いの今までの苦労を労うと、僕たちも川の方へと向かった。

近づいて良く見ると、川は底が見えるほど澄んでいた。手をつけてみると、水の温度は思った以上に低くて、思わず声が出そうになった。

「わ、冷たい!」

僕と同じように手をつけたケイは、驚いてすぐに手を離してしまった。

 僕は構わず、そのまま手に水をすくって顔を洗う。今まで歩いて来た間に、大分汗をかいていたようで、冷たい水で洗い流すと、何時も朝洗っている以上に綺麗になった気がする。

「ほら、ケイもやってみたら」

僕の言葉に促されて、ケイも同じように水をすくい、顔を洗う。

「はい、さっぱりしました」

最初は少し冷たそうにしていたけれど、すぐに落ちついた顔になって、僕と同じような事を言う。

「お兄ちゃん、ケイさん、一緒に遊ぼうよ!」

 美優は相変わらず、水に入って遊んでいる。靴と靴下はしっかり脱いでいるけれど、長ズボンの裾は既に水に濡れていた。

「あんまり冷やすなよー」

「もう、心配し過ぎだよ、お兄ちゃん」

確かに、お前のその態度を見てると、心配なんて杞憂に思えてくるけども。急激に体を冷やすのは、あんまり良くないだろう。

「ほら、美優も喉が渇いただろ。一緒に休憩しよう」

リュックサックを下ろし、水筒を取り出しながら美優に呼びかける。

「あ、そうだね」

そう言うと、美優は靴下も履かずに靴をはき、慌てて僕たちの傍へとやってきた。

「はい」

美優が来たのを確認して、水筒をケイと美優に配る。

美優がさっそくふたを開け、中身を出すと、それは澄んだ茶色の麦茶だった。

「はあ……天国デス」

それに口をつけたケイの感想は、最高の賛辞だった。

「確かに、子の炎天下の下歩いた後、ゆっくりと飲む麦茶は美味しい」

麦茶に口をつけながら、僕もそう言った。なんとなく、ワインを味わうセレブ気分だ。飲んでいるのは麦茶だけど。

「デスよね!」

同意されたのが嬉しいのか、ケイは勢いよく返事をしてくれた。

それから数十分、のんびりと談笑をしながら僕たちは過ごした。

けれど、不意に周囲の茂みから、ガサゴソと騒がしい音が聞こえてきた。

「なんだろう」

三人そろって、音が聞こえてきた方を凝視する。

森の中は陽が当たらないので良く見えなかったけれど、何か大きな動物が通っているようだ。

「なんか、居るみたいだね」

「ウサギさんかな」

それはお前の好きな動物だろう。

「いや、もっと大きくて、強そうなのが居る」

四本足で移動してるから、猪か何かかな。

そう言えば、昔、岩三郎おじさんが、山で獲れた猪を使って牡丹鍋を食べた事があるとか言っていた気がする。

「大丈夫でしょうか」

ケイは不安そうにこちらを見つめていた。

「大丈夫だよ」

猪と直接出会ったら怖いけれど、見栄を張った。

「でも、暫く待ってから移動しようか」

僕の提案に二人は同意して、そのまましばらくその場で待った。

結局、猪もウサギも現れず、疲れをとった僕たちは、再び歩き始める事にした。

ここからどう進むか、改めて地図を確認したところ、この川は目的地のそばにも流れているみたいだ。多少遠回りになるみたいだけど、森を突っ切らなくても進めそうだ。

「地図を見る限り、まっすぐ森を突っ切った方が近いけど、川沿いを遠回りに進んでも、目的地に行けるみたいだね」

「あ、じゃあ川沿いにしましょう、そうしましょう、絶対そうしましょう!」

美優が口をはさむ暇なく、ケイの一言で僕たちの進行ルートは決定された。

川沿いの道は川沿いの道で、歩くのが難しかった。大小の岩が転がっており、油断をすると躓いてしまうし、水に入る訳にもいかない。

 けれど、森の中を歩いている時よりストレスが少ないせいか、ケイは先ほどよりもペースを上げて進んでいた。美優もそれにつられるように、歩いている。どうやら、道選びは間違いではなかったらしい。

 そのまま数十分進み、ついに僕たちは目的の場所へとたどり着いた。

 目的の場所は、今までと同じ森の中。少し違うのは、大きな岩が目の前にあるくらいだ。

「ここが、目的地みたいだね」

地図を確認したけれど、間違いはない。

「ここに、何かあるのかな」

先ほどから美優が辺りを見渡しているが、めぼしい物は何もないようだ。あるとしたら、やっぱりこの目の前の岩なんだろうな。

「あからさまに、この岩が怪しいよな」

「うん、怪しい」

あからさまに、調べてくれと言うオーラがにじみ出ている気がするし。

「え、怪しいデスか?」

……まあ、気がするだけだから。

「とはいっても、地図を見る限りここが目標の場所だし、他に何もないみたいだから、これを調べてみようか」

と、言うかそれしかないし。

「そうですね、分かりました」

ケイも同意してくれたので、三人して岩の周りを調べてみる。

外周をゆっくり回ってみたけれど、やっぱり岩だ。あちこちにコケが生えて、年季が入っているけれど、ただの岩だ。ほんっとうにただの岩だ。

「何もないねー」

退屈したように美優が言う。岩を見ているだけなんてのは、活発な美優にと手は退屈この上ない事だろうから仕方ない。と言うか、僕も少し飽きてきたし。

「うーん、場所間違えたかな」

それか、地図自体が、まったく意味の無い物だったか。考えたくはないけれど、その可能性もありうる。となると、別の場所を探すか、それとも一度家に帰るか。

「うーん……」

ケイは、僕達がそんな事を考えている間も、しっかりと岩を調べていた。放り出して思慮にふけってしまった事を少し後悔する。余計な事を考えている暇があったら、彼女の力になろう。

気持ちを入れ直して、僕は再び岩を調べ始める。

 相変わらずただの岩だ。

「あ?」

 ふと、ケイが驚きの声を上げた。

「どうしたの?」

あわててケイに近づく。美優もすぐにこちらに走ってきてくれた。

「これデス!」

ケイが指差した先には、岩の合間に取っ手状の金属がついていた。

「周りも、なんか変だよ」

美優も驚き、指摘する。良く見ると、岩に誰かが付けたような、切れ込みが入っていたからだ。

「……怪しいなあ」

「怪しいね」

「怪しいデス」

今度は三人とも、怪しい事で意見が一致した。

「まるで扉みたいになってるけど、開けられるかな」

取っ手のような金属、そして一部に入った切れ込み。開けゴマと唱えたら、開きそうな組み合わせだ。

「開けゴマ!」

僕と同じような事を考えたのか、美優がさっそく魔法の呪文を唱えてくれた。けれど、岩には何の変化もなく、美優の声だけが辺りにこだまする。

「えへへ、間違えたかな」

恥ずかしさをごまかすように、美優が言った。

「とりあえず、引いてみるか」

まずは力押しで試してみよう。

僕は、金属部に手を当てると、力いっぱい前に引いた。

「くうーー!!」

引く、引く、ともかく力任せに前に引く!

「頑張ってください! ユーキさん!」

「も、もちろん!」

ケイの応援もある、手加減は出来ない! ともかく力を込めて引く!

が、まったく状況は変わらない。

「……ぜえ……無理だ」

まあ、力を込めたところで、どうしようもならないんだけどね。

「となると、押してみるか」

引いてダメなら、押してみろ、だな。

「無駄だと思うよ、お兄ちゃん」

妹が冷ややかな言葉を浴びせてくるが、気にしない。お前も、ケイみたいに素直に応援してくれよ……ちくしょう。

「やってみなけりゃ、分からないよ」

まあ、そんな妹は無視して、ともかく押してみる。

けれどもやっぱり結果は変わらない、僕の目の前に立ちはだかれる強敵は、びくともしなかった。

「はあ……駄目だあ」

 クタクタになって、僕はその場にへたり込んだ。

「お、お疲れ様です」

ケイが励ましてくれる。ありがとう、それだけで報われる。

「ほら、無理だって言ったよ」

うん、分かってるよ。と言うか自分でも薄々そう思ってたよ。

「となると、どうしようか」

 正直、単純に力の問題となると、手の施しようがない。

「えーと、扉を爆破してみるとか」

「我が妹ながら、物騒な事提案するなあ」

「危ないから、やめた方がいいですよ」

それ以上に、爆破と言う発想じたいが危ない。

「古文書の他にさ、何か手掛かりになるような物って無いの?」

 ダメでもともと、ケイに聞いてみた。まあ、昨日の様子から考えると、アレしか手掛かりは――

「あ、あります」

「あるのかよ!」

思わずガクッと崩れてしまった。

「リュック、貸してください」

 言われるままにリュックサックを渡すと、ケイは中身から少し古びた木箱を取り出した。こりゃまた、年季が入ってそうな一品だった。

「それも、ケイのお父さんが持ち出したもの」

「はい、そうです!」

 ケイは力強く首を縦に振る。

 ケイ、そこはそんなに力強く肯定しなくていいから……ホントは持ち出しちゃダメな物なんだし。

 そんな事お構いなしに、ケイは木箱のふたを外すと、中から古びた鍵が姿を現した。

「鍵……か」

「はい、鍵です」

 扉に鍵、何か出来過ぎている気がしなくもないけど。

「あ、鍵穴みたいなのが、ついてるよ」

 ちょうど、美優が鍵穴らしきものまで見つけてしまったようだ。本当に出来過ぎだ。けど、願ったり叶ったり、って奴だ。

 僕たちはすぐさま美優の元へと駆けよると、その鍵穴のような物を確認した。

 それは、岩の金属部分に空いていて、今すぐ鍵を入れてくださいと言わんばかりだった。

「入れてみますね」

 ケイもそう感じたのか、すぐに鍵を鍵穴に入れた。鍵を回すと、何かが外れる音がした。「動かせる……かな」

 恐る恐る金属部を手に持ち、少し押してみると、さっきまではビクともしなかった岩……その一部が、重い音を立てながら動き始めた。

「……やるよ」

 二人に声をかけ、僕は意を決して、金属部分を押した。僕達が想像したように、切れ目の入っている部分が丁度押し戸のようになっており、少しずつ動く。

扉は重かったけれど、それ以上に僕は興奮していた。古文書と言われた時は、どうなるか分からなかったけれど、この先には間違いなく何かがある、そう確信できる。

 扉を開け切ると、中から土とコケが混ざったような臭いがしてきた。

 中に生物の気配はしない。本当に、長い間放置されてきたのだろう。

「お兄ちゃん、この先は見える?」

 扉の中を不安そうにみつめ、美優は言った。

「いや、見えない」

 美優にも見えなかったようだけど、僕にも何も見えなかった。

「ユート、どうします? 入りますか?」

 ケイも何も見えないようで、不安そうに僕に聞いてくる。

 今のところ、扉の先には危険性を感じないけれど、中に何があるか分からない。となると、女の子二人を進ませるのは危険だろう……なら、まずは僕が入ってみて、安全を確かめるしかないか。

「僕が先に行くよ」

 リュックから懐中電灯を取り出しつつ、二人に聞くと、同意してくれた。

「気をつけてくださいね」

「うん」

 ケイの不安な声に、努めて明るく返しつつ、僕は懐中電灯片手に、扉の中へと足を進めた。


 扉の中は、思ったより広かった。

 正直、僕一人満足に入れない場所かと思っていたけれど、入口は広い空間になっていた。中には何もなく、岩の中に空っぽのドームがあるような形だった。

「何も……無いのかな」

 懐中電灯で当たりを照らして確認してみる。そうすると、奥の方に何か大きな塊がある事に気がついた。

「なんだろう」

 慎重に、慎重に近づく。

 触ってみると、それ何かの金属のようだった。

「ん……ん」

 その塊を触っている最中、不意にどこかから声が聞こえてきた。

 思わず、後ろを振り返る。けれど、見えるのは入り口から入ってくる少しの明かりだけ。

 気のせいなんだろうか、いや、きっと気のせいだろうな。気を取り直して、再び周りを調べよう。

「やれやれ……もう起きる時間でござるか」

 そんな僕の気持を裏切る可能ように、さっきよりも大きく声が聞こえてきた。

「だだだ、誰!?」

声が震えてしまう、誰だ? それに、何が起こっているんだ。

「んん、随分と若い声でござるな」

 怯えている僕とは対照的に、声は随分と能天気だった。不思議なのは、その声は少しエコーがかかったような、電子音のような響きがしていた。

「おっと、暗がりでは分からんな、ちょっと待ってくだされ」

「え?」

 その声とともに、目の前で大きな物が動く音がした。岩と金属がぶつかる音、そして、何か機械を動かすかのような声が響く。

「そうれっと!」

 かけ後と共に、今まで以上に大きな岩と金属がぶるかる音が聞こえ、頭上で火花のような物が散った。細かい岩が、僕の頬に当たり、強い光が僕の目の前を覆った。

「うわ、まぶしい」

おもわず、目をつぶってしまう。

次に目を開けた時、天井は抜け、頭上からは太陽の明かりが降り注いでおり……その下には、巨大な人が立っていた……いや、巨大な人ではない、『巨大な人型のロボット』が、立っていた。

陽の光を浴びて、ロボットのボディーが輝く。

全身銀色のそのボディーは、どころどころ土汚れがあったが、美しかった。

「これで、見えるでござるか?」

 呆然とする僕を気にせず、ロボットは悠々と答える。

「あ、はい」

まだ頭の中は混乱していたけれど、なんとか返事だけは出来た。

「ユート、どうしたんですか」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 異変に気付き、入口で待っていた二人も僕の元へとやってきた。

「って、ええ!? この人だれ!?」

 そして、案の定仰天している。

「星の……巨人」

 ケイさんは、呆然としながらそんな言葉をつぶやいた。

「ほう、その名はまだ残ってござったか……」

「はい……パパから、ずっと聞かされていました。かつて星空町には空から巨人が降り立ち、町の礎を作りましたと」

 僕は、ケイの言葉を聞きながら、昔話の内容を思い出していた。

 空から降りてきた星……それが、このロボットなのか。

 古文書にあった、星の巨人の隠し場所……その場所に、まさか本物が眠っているなんて、予想もしなかった。

「その様子だと、星空町はまだ栄えているようでござるな」

少し安心したように、ロボットはそうつぶやいた。

「ふむ……そなたのその青い目は、主殿の物と瓜二つ。黒き長い髪は、姫様の元よりも美しいでござるな」

「あの、なんか今更だけど、僕、上凪悠斗と言います」

 こう、お互いに名前も知らないまま呼び合うのも妙な気がしたので、ともかく名乗ってみた。

「これは失礼。拙者、ATF-00……っと、これは余計でござった。町の者からはこう呼ばれてござった。『星丸』と」

「あ、星丸さんなんだね、私は上凪美優」

「ほう、悠斗殿と美優殿は、兄弟なのかな」

「うん、そうだよ」

「なるほど、兄弟そろって、利発そうでござるな」

 ロボット……いや、星丸は、気さくに僕らに話しかけてくる。金属の顔は動かないけれど、細かいジェスチャーなんかをつけて、巧みに話をする。その姿は、まるで人間のようだった。

「そこで、青い眼をした娘さん、そなたも兄弟なのかな」

「あ、私は綺羅星ケイです。この二人とは、お友達です」

「そうでござったか。ケイ殿が、今の時代の綺羅星なのですな」

 ケイの名前を聞き、一人しきりに納得する星丸。

「さて、拙者が呼び起こされたと言うことは、村はまだ健在という事でござるか。悪いが、案内してくれぬか?」

「村? 星空町の事?」

 今は村ではないけれど、昔は村と呼ばれていたんだろうか。

「おう、星降りの集落の事でござるな、それでまちがいなはない」

「それじゃあ、行こうよ!」

 最早長居する必要はない、そう言った感じで、美優はそそくさと外へ出ようとした。

「あいや、待たれよ」

 だが、それを星丸が引きとめる。と言うか、腕を伸ばして美優を引っ張って来た。

「あ、え、どうしたの?」

突然巨大な手に掴まれた美優は驚き、声を上げる。

「せっかくなので、空から行くと言うのはどうでござろう」

 そう言うと、空いた手で僕とケイをつかみ、引っ張り上げる。

「ちょ、何をするんだ」

「大丈夫でござるよ」

 そう言うと、僕の体……いや、星丸は、宙に浮いた。

 ジャンプした訳でもなく、ジェットを吹かせる訳もなく、徐々に星丸の体は空へと昇って行き、あっっと言う間に山を超え、辺りを俯瞰できる高さにまで昇ってしまった。

 下には来る時に通った森と山。少し離れた場所に、星空町が見えた。足元を見ると少し怖いけれど、まるで飛行機で空から大地を見ているようだった。

「うわあ……」

 その光景に、美優が感嘆の声を上げる。ケイを見ると、無言で景色に見入っているようだった。僕も、突然の事態に驚きはしたものの、辺りの景色の雄大さに、言葉を失ってしまった。

「それで、星空町は、どこでござるか?」

 暫く待ってから、星丸は僕達に尋ねた。どうやら、落ちつくまで待っていてくれたようだ。

「あ、あそこの、家がいっぱいあるところです」

 僕は、星空町を指差す。それを確認すると、星丸はゆっくりと前進を始めた。

「うわっ!」

 少し強い風が吹いた。風に僕たちの髪が揺れる、けれども、星丸は僕たちを逃げる手は緩めず、振り落とされる心配はなかった。

 星丸に握られたまま、僕たちは星空町に降り立った。

 降り立ったその直後、驚いた町の住民が集まってきて、僕たちを質問攻めにした事は、言うまでもないだろう。

ともかく、大人も子供も、沢山の人が集まって来た。

これは誰? と言うか君は誰? 何をやったの? 危険はないの? ともかく沢山の質問に、僕達と星丸は答えた。

 星丸の正体が、星の巨人であると知った人々は、驚きを隠せなかったようだ。

「あれ、作り話じゃなかったんだ」

 そんな風に漏らす人が何人もいた。まあ、僕も信じてなかったし、町の人も同じだったんだろうね。

「あいや、拙者、数百年の眠りから目覚めたばかりでござる、少し休ませてくだされ」

 星丸からのギブアップの言葉で、流石に悪いと思ったのか、町の人々は質問をやめてくれた。とはいっても、顔を見ればだれもがまだ聞きたい事はある、と言った風で、その分僕たちに質問の量が増えた。

「ええい、何をやっている」

 そんな時、ケイの爺さんが僕たちのところへやって来た。それを見て、他の町の人たちは、少し離れる。

「これは……星の巨人か」

「は、はい」

爺さんも驚きは隠せないようで、星の巨人を見ながら僕に聞いてきた。

「これをどこで見つけた」

「森の中です」

「さっき、孫と一緒に居たのはそのためか」

「そうです」

 僕は、緊張しながら爺さんの質問に答える。変な事を言ったら、何を言われるか分からない。

「……孫と一緒に、山を歩いたのだな」

「はい」

「なんだと!?」

 僕の答えに、突如爺さんは怒り、声を荒げた。

「貴様、若い娘に危ないマネをさせるとは、どう言った事だ! 怪我をしたらどうなると思っている、ワシの孫だぞ、ワシの孫を怪我させるのじゃぞ」

 どうにも、ケイに無理をさせた事を怒っているようだ……って、無理をさせたから、怒っている? それに、さっきから孫って。

「やめてください、ワタシがお願いしたんデス」

「むう……おい、小娘、なぜ無理をした。先ほど小僧にも言ったが、貴様が怪我をしたら、どうなるか……」

「あ、そっか、ケイの事、心配してたんだ」

やっと事情が繋がった。爺さん、孫であるケイが怪我したら心配だから、僕に怒っていたんだ。それに、森に入る前にやたらと監視していたのも、怪我しないように目をかけていた……と言うか、話すタイミングをうかがってたんじゃなかろうか。

「な、何を言いだす!」

 僕の指摘が図星だったのか、爺さんは顔を真っ赤にして慌てている。

「本当ですか?」

 それに追い打ちをかけるかのように、ケイが爺さんに問いかける。

「な、なななななななな! それは、まあ、心配したのは事実じゃが……」

 もはや完全にしどろもどろとなり、渋々と心配していた事を認める爺さん。

 なんだ、冷たく当たっていたのって、結局どう接していいか分からなかったんじゃないか。人騒がせな爺さんだな。

「か、帰る! こ、小娘の事は、まだ認めた訳じゃないぞ!」

 そんな情けない捨て台詞を残して、爺さんはさっさと逃げ出してしまった。

 後に残されたのは、呆然とする僕たちと町の人たちだけ。

「まったく、なんでござったか?」

 一人、事情が呑み込めない星丸は、僕に不思議そうに僕に聞いて来た。

「ま、親の世代で色々あっても、孫は可愛いってことだよ」

 半分は、僕の願望だけれど、そう言う事だと思いたい。

「うーむ、よくわからんでござるな」

 僕の自己完結した説明では当然理解できなかったのか、星丸は首をかしげて考え込んでしまった。さて、どこから説明するべきだろうか。

「ねえ、それより詳しく説明してくれよ!」

「このロボット、本当に星の巨人なの?」

「そもそも、あの爺さんと仲が悪かったんじゃないのか」

「それより、君たちの名前って?」

 説明しようかと思ったけれど、それを遮るように町の人たちの質問が殺到した。

 やれやれ、この調子じゃ、暫くは解放されそうにないなあ。


 町の人たちに質問に答えているうちに陽は傾いていた。

 興奮していた町の住民も、一人、また一人と家へと戻り、気がつけば僕と美優、ケイ、そして星丸を残して誰も残っていない。

「はあ……疲れた」

 最後の一人が帰路に着いた事を確認して、僕はその場に腰を下ろした。見れば美優とケイも疲れた顔をして僕を見下ろしていた。

「ふあー、もう、早く帰ってご飯が食べたいよ」

 美優が言うと同時に、僕と美優の腹の虫がなる。もうそろそろ夕食にするのに、丁度いい時間だろう。

「お腹空いたね」

「うん」

 そんな呑気な会話をしていると、僕たちの方にケイが近づいていた。僕達がそろって彼女に振りかえると、彼女は立ち止り、僕たちの顔を見据えると、静かに口を開いた。

「二人とも、今日はありがとうございました」

 口から出た言葉は、僕たちへの感謝の言葉だった。

「別にいいって。あらためてお礼を言われるのも、照れくさいし」

 少し、顔が熱い気がする。

「お兄ちゃん、顔、少し赤い?」

 妹よ、それは分かってても黙っていてくれ。

「夕焼けだからだろ」

 照れ隠しにそんな言葉を吐いて、僕は立ちあがる。

 見上げた空は茜色に染まっている。青々と茂っていた森も、遠くに見える山々も、すべて夕焼け色に染まっていた。家の窓にも明かりがつき、夕飯の臭いがただよってくる。

 蝉の鳴き声も小さくなり、かわりに草の間から虫の音が聞こえてくる。

 帰る通る車も人もない、静かな光景だった。

「ユート」

 気がついたら、ケイが隣に立っていた。

「昼間、ユートが言ったとおりでした。この町の皆さん、みんないい人デス!」

「でしょ?」

 僕達が星丸について質問されている時、ケイはまた別の事を質問されていた。

 それは、自分自身について。

 町の人たちは、ケイが爺さんに嫌われている事から、冷たく接触をしていた。町の有力者から睨まれている人物なんて、あまり触りたくないのが本音だろう。

 けれど、それは杞憂だった。あの爺さんが、集まった町の人の前で、自分が孫娘の事を心配している事を暴露してしまったからだ。

 ケイに冷たくする理由もなくなった町の人たちは、改めて彼女をこの町に歓迎した。

 今まで冷たくしてしまった事を謝り、それをケイは当然のように笑って返す。

 そうなれば、彼女と町の人たちの間に、良好な関係が築かれるのも、そう時間がかかるものではなかった。

「さて、帰ろうか」

 何時までもここに居ても仕方がない、僕は首を長くして待っているであろう、岩三郎おじさんの元へと戻るため、二人に声をかける。

「うん」

「はい!」

 あんまり遅くなるわけにはいかない。僕たち三人は、家への帰路につこうとした……が。

「その、申し訳ないでござるが」

 後ろから、それを引きとめる声が聞こえて来た。

「あ……」

 そうだ、一つデッカイ忘れ物があった。

「拙者、どうすればいいでござるかな」

 星丸が、自分がどうすればいいか分からず、呆然とそこに立ち尽くしていた。


「がっはっは、ロボット? 大丈夫、家においても大丈夫だぞ」

 星丸を家に置いていいか。そう質問したら、岩三郎おじさんは二つ返事でOKを出してくれた。

「やったー!」

「やりましたね!」

 後ろで美優とケイが手を合わせて大喜びし、月夜おばさんが少しあきれ顔をしてこちらを見ている。ちなみに、話題の星丸は、家の庭に居る。さすがに屋根の下には入らなかった。

「んじゃ、星丸に伝えてくるよ」

 答えが来るのを今か今かと待ってるだろうし、早く伝えないといけない。さっさと玄関を出ると、靴を履いて庭に出る。庭には、居心地が悪そうに膝をかかえてうずくまっているロボットが居た。

「……何してんの?」

「いやあ、邪魔にならない様に、少しでも縮こまろうと思って」

 どことなく情けなさが溢れ出るポーズのまま、質問の答えが返って来た。

「ほら、おじさん達からもここに居ていいって言われたからさ、楽にしなよ」

 このまま奇妙なオブジェで居られてもすごい困るし。

「おお、それはありがたい」

 そう言うと、星丸は音も立てずに静かに立ち上がる。改めて思うけれど、こいつが動く時、すごい静かだ。学校の社会科見学で自動車工場に作業用ロボットを見た事はあるけれど、あれでも動く時は結構な稼働音がするというのに、星丸は静かなものだ。思えば、空を飛んで時も、ほぼ無音だった。

 まあ、体の大きさが大きさなので、歩けば足音が響くし、土煙が上がるのだけど。

 改めて、星丸について考えてみる。

 この町に伝わる昔話を鵜呑みにするならば、数百年前にこの町に、空から降って来たロボットだ。

 それがどういう訳か、山奥に眠っていた。それも、数百年たっても問題なく稼働する状態で。

「ほんと、僕の知っている科学技術とは、レベルが違うんだな」

「ふむ、数百年たったと言え、まだ我が母性の技術には追い付いていないのでござるな」

 感慨深げに星丸は言う。

「少し悔しいけど、まだ地球の技術じゃ、星丸は作れそうにないしね」

「そうでござるか」

 星丸の体を改めて見上げる。

 既に辺りは暗くなっているのでよくわからないが、見た限りそのボディーには、錆び一つない。さすがに土埃がついているけど、その白銀のボディーの状態は、非常に良い。

 材質からして、地球の物ではないんだろう。

 そんなロボットが、目の前にある。

「星丸は……この空の向こうから来たんだよな」

 僕は空を見上げる。

 空には数えきれないほどの星が瞬いていた。都会で見上げる空は、数えるほどしか星がないけれど、星空町で見上げた夜空には、こぼれおちそうなほどの星があった。

 それを見ていると、昔の人が星丸の事を落ちてきた星だと思った事も、分かる気がした。

「そうでござるな」

 星丸も、同じように星空を眺めていた。

 その表情は読み取れないけれど、声には若干の寂しさが混ざっていたような気がする。

 ロボットの声に、感情を感じると言うのも、妙な話かもしれない。けれど、こいつの声は、人間のそれと同じように感じられる。

「君の星、科学技術はすごい発達してたんだろうね」

 星丸を見ていれば、嫌でもわかる。

「そうでござろうな」

だが、と星丸は付け加える。

「このような満点の星空は、ついぞ見る事が出来なかった」

「へえ……」

 そう言われると、この星に住む人間として、少し誇らしくなる。

「拙者が眠りにつく前も、同じように主殿と姫様と共に、夜空を見上げたものだ」

「主と姫……か」

 主と言うのは、昔話の中で出てきた、鎧の中から出てきた人の事だろう。

「初めはこの星の言葉を知らず、意志の疎通も出来なかった二人でござったが、気がつけばお互いを好きになっていた。故郷を失った姫様、そしてこの星へと流れ着き、すべてを失った主殿。失った二人、何か感じ入るものがあったのだろう」

 昔を思い出すように、星丸は語った。

「拙者は、その二人を見守る事ができ、幸せだった」

 やはり、その言葉には、寂しさが感じ取れた。

 無理もないか、ロボットである星丸はともかく、主も姫も生きてはいない。思い出話と言えば聞こえはいいけれど、それが既に居なくなった人の事であれば、語る心は複雑だろう。

「星丸はさ、どうしてこの星に?」

 このまま続けさせるのは、少し悪いかと思って、別の話題を振ってみる。

「そういえば、伝えていなかったでござるな。しかし、この星に来た理由でござるか」

 僕の質問に、星丸は少し答え辛そうだった。

「あ、無理に言わなくても良いから」

 ひょっとして、とても口に出せないような理由なんじゃなかろうか。だとしたら、無理やり聞くのも、悪い。

「あいや、そんな深刻な顔をしないでも大丈夫でござる。ただ、まあ……情けない理由でござってな」

「あ、別にヤバイ理由ではないのね」

 てっきり、母星がなくなったとか、深刻な理由を考えていたけれど。

「まあ、何と言った事か。我が主殿……拙者を作り上げた人物は、変わり者でござってな。拙者をほぼ一人で作り上げるほどの技術と知識がありながら、それをろくでもない事ばかりにつかっていて、どこの国にも協力せず、好き勝手をしていたのでござる」

「へえ、そう言う人って他の星にも居るんだ」

 日本にも、そう言う人は居るだろうし。

「けれど、技術だけは確かだった。それで、とある国に強引に協力されそうになった時、拙者に乗って星から逃げ出したのでござるよ」

「言うほど、しょうもない理由じゃなないじゃん」

「そうでござるか?」

「国家レベルでシャレにならない悪戯して、それで逃げ出したかと思った」

「いや、そんな事は気にする人ではなかったでござる」

 気にしないんだ……と言うか、その口ぶりだと、過去に何かしろやってそうだけど、大丈夫なんだろうか。

「お兄ちゃん、そろそろ晩御飯だってー」

 丁度話が終わったころ、家の中から美優の呼び声が聞こえてきた。

「悠斗殿、そろそろ行った方が良いですぞ」

「うん、そうする」

 星丸の方も食事に行くよう促しているし、大人しく家に上がる事にする。

「さて、拙者も一休みするでござるかね」

 そう言うと、星丸は地面に横になる。倒れる時に土埃が少し舞、僕の顔にかかる。

「おっと、失礼」

「別にいいよ」

 どうせ、このあとすぐに風呂に入るしね。


 翌日、ケイは実家に戻ると言いだした。僕たちは少し驚いたけれど、誰も止めはしなかった。まあ、昨日の態度を見れば、そこまで酷い事はされないだろう。

 それでも心配だからと、美優だけはケイと一緒に出ていく事となった。僕も行くべきか迷ったけれど、あまり大人数で押し掛けると言うのも失礼だろうと思い、当初の予定通り、夏祭りの準備に参加することとなった。

 まあ、参加したはいいものの……

「星丸、ここにそいつを置いてくれ」

「了解でござる」

 数百キロはあるであろう荷物を持って、星丸はこちらへ歩いてくる。大人数人がかりで運ぶような荷物を、一人で、文句も言わずに運んで来てくれている。

 やることもない。そう言って、星丸は僕たちの手伝いを申し出てくれた。断る理由もないので、快く僕たちはOKを出して、今に至る。数十人分の戦力が、今日になって一気に加入した訳だ。

 細かい作業なんかはできないけれど、力仕事に関しては、ほぼ星丸に一任してしまっている、少し悪いけれど、それの方が圧倒的に早い。すこぶる早い。おかげで、大幅にペースが上がって、昼頃にはほぼ仕事がなくなってしまった。

「さて、そろそろ昼食かのう」

 昨日に比べると少し早かったけれど、準備の責任者がそう呼びかけた。それも仕方ない、出来る仕事が残っていないのだから。

 祭りの準備に集まっていた一同は、広場の隅に集まると、それぞれが持ち寄った弁当を出す。

 ちなみに、僕は月夜おばさんが作ってくれたものだ。岩三郎おじさんが太鼓判を押してくれていたが、実際すごい美味しい。

「はっはっは、星丸さんのおかげで、準備がはかどりますわい」

「なあに、これくらい、お安いご用でござる」

 星丸もしっかり僕達に混ざっており、会話に参加している。

 まあ、図体が大きいので、ロボットの周りに集まる人間と言う、大分歪な光景にはなっているのだけれど。

「そういえばさ」

ふと、星丸を見ていて気になった。

「僕たちはご飯を食べれてエネルギーをとるけど、星丸はどうしてるの?」

 昨日から動きっぱなしだけど、止まるような気配がない。

「お、そういえばそうだな」

「ガソリンとかだったら、給油しないと不味いぜ!」

 僕の質問に対して、周りが少しざわつく。

「拙者、米と水さえあれば動くでござるよ」

「「「嘘をつくな」」」

 その場に居た人間から、いっせいにツッコミが入る。そんな物があってたまるか。と言うか、ベジタリアンだってもう少しマトモな物を食うわ。

「ふむう、なぜ嘘だと分かったでござるか」

「ああもう……そもそも、星丸の星に米ってあったの?」

「なるほど、それで分かったでござるか」

「いや、問題はもっと別の場所にあるよ!」

 このロボット、超技術の固まりだと言うのに、どこか抜けている。

 いや、その抜けている事すらも、超技術の一つなのだろう。なにせ、『人間らしい』のだから。

「ほんと、ロボットとは思えない」

「それは、褒め言葉ととっていいでござるね」

「まあね」

 身体こそ鋼でできているけれど、星丸と話していると、こいつが人間であると錯覚してしまう事がある。星丸を作った主と言う奴は、紛う事無き天才なのだろう。

「でもさ、本当に燃料って何なの? 分からないと、突然止まった時にどうしようもないだろう?」

 冗談抜きで、星丸は超技術の固まりだ。ちゃんと勉強した人が見たら違うのかもしれないけれど、僕を含め、この町に住んでいる人間では、その中身がどうなっているかなんて見当もつかない。

 それだけに、壊れた時にどうやって修理していいか、見当すらつかない。

 いや、修理だけじゃない、燃料切れで止まった時だって、どうしていいか分からない。

「拙者、皆の愛と勇気で動いているでござるよ」

「夢はあるけど、それはねえよ!」

 星丸はそう、冗談で返すけれど、僕は心配だ。星丸に何かあった時、何もできないのは嫌だ。

 せめて、何か聞きだしておきたいけれど、星丸はこうやってはぐらかしてばかりで、僕の質問には答えてくれなかった。

「はあ、まあいいや」

 このまま聞いても、らちがあかない。

 星丸も、本当に進退きわまった時には何かしろ僕達に手段を示してくれるはずだ。こっちの勝手な希望ではあるけど、そうであると思いたい。

「時には、諦める事も肝心でござるよ」

「はいはい」

 気の無い返事を返すと、僕は再び弁当に手をつける。

「そういえば、午後はどうするでござるか」

「ん、そういえば、今日はやる事が残ってねえな」

 思い出したように、まとめ役の爺さんが言った。そういえば、星丸の奮闘のおかげで、もうやる事は残っていない筈だ。

「まあ、飯食い終わったら、解散だな」

 当然のように、爺さんは答える。

「そうだな、丁度雲も出て来ているしな」

 別の人が空を見上げて言った。つられて、僕も空を見上げたが、確かに大きな入道雲が、僕たちの頭上に広がっていた。気がつけば、太陽も雲に隠れている。

「なんか、振り出しそうだね」

 僕がそうつぶやいた時、丁度ポツリと僕の頭の上に雨粒が落ちた。

「あ」

「にわか雨だな」

 空から落ちてくる雨粒は瞬く間に増え、勢いを増す。僕たちは慌てて荷物を纏め、すぐそばの建物の屋根の下に避難する。

「おーい、みんな大丈夫か」

「大丈夫っす」

 ビショビショになってしまったけれど、僕も荷物も、無事に無事な場所に避難できた。

「あ……」

 けれど、大きすぎて逃れる事が出来ない星丸は、雨の中、静かにたたずんでいた。

「おーい、ロボットの旦那、大丈夫かい」

 心配をしたのか、一人のおじさんが星丸に声をかける。

「大丈夫でござる」

 星丸は、何でもないと言った風に返事を返す。まあ、ロボットだから気にしなくてもいいのかもしれない。

 それでも、雨の中一人で立っているのは、寂しそうだった。

「……」

 星丸の顔を見る。金属で出来た顔は表情を動かさないけれど、どこか寂しそうに見える。

 思えば、昨日の夜昔話をしていた時も、同じだったのかもしれない。

 数百年、確かに星丸の主はこの町に居た。

 けれど、時間がたち、星丸は一人残った。老いもせず、ただ一人変わらずに。

 それは、時間の流れから一人だけ取り残されてしまう事ではないだろう。

 雨の中、一人で外に立つ星丸。

 雨の中、まとまって軒下に避難する僕達。

 その光景が、星丸の立場が孤独である事を、端的に表しているような気がした。

「よっと」

 そう考えていたら、自然と足が前に出た。

「おい、雨に濡れたら風邪ひくぞ」

「大丈夫だよ、多少濡れたって」

 雨は思ったよりも激しくて、全身あっという間に濡れてしまったけれど、気にせず星丸の傍まで駆けよる。

「よっ」

 星丸のボディーを軽く叩いて僕が来た事を知らせる。

「悠斗殿、濡れては体に毒ですぞ。屋根の下に戻りなされ」

「こんなの、すぐ乾くって」

 心配してる所申し訳ないけれど、星丸の忠告を無視して、僕はその場にとどまる。

「雨に濡れるなら、一人より二人の方がいいでしょ」

 我ながら、意味不明な理屈だとは思う。

「は?」

 当然のように、星丸は困惑の表情を浮かべる。いや、顔は動いていない、けど、そんな気がしたんだ。

「例えばだけど、雨の日に友達と一緒に帰るとき、一人だけ傘が足りなくて雨に濡れていた奴が居たとする。自分は傘があるから濡れていないけれど、何となく気分は良くないと思う。多分、それと同じような感じだと思う。」

「ふ……そうでござるか」

 滅茶苦茶な説明だけど、星丸は納得してくれたみたいだ。

「ねえ、星丸さ」

「なんでござるか」

「なんで、あの岩の中で眠っていたの?」

 それも数百年。下手したら、古文書が失われて、誰も起してくれなかった可能性すらある。

 そんなリスクを冒してまで、なぜ星丸を封印めたのか。なぜ、星丸はそれを受け入れたのか。

「どうして、でござろうな」

「は?」

 今度は、僕が困惑の表情浮かべた。

「いや、理由はちゃんとあるでござる。けれど、拙者は納得していないので、上手く説明が出来ないのだ」

「自分でも納得していない……か」

 それは、無理やり封印されたと言う事だろうか。

「主殿の命令に従った……いや、違うな」

 星丸の声には、明らかな迷いが混ざっていた。どこまでも人間臭いロボトだと思う、彼は悩んでいるのだろう、なぜ自分が封印されたか、それを受け入れているのか。

「案外、長い間眠ってて忘れたのかもね」

「はは、そうかもしれぬな」

 僕の冗談に答えて笑い、星丸は言葉を続けた。

「忘れたのなら、思い出せばいい。迷っているのならば、答えを出すまで思考しよう。幸い、拙者にはまだまだ時間がある」

 誰に聞かせるでもなく、星丸はつぶやいた。

 僕達が話している間も、雨は降り続ける。激しいけれど、その雨は不快ではなかった。

 蝉の鳴き声も消え、辺りには雨音だけが響く。

 星丸が主と過ごした時から、長い時間が経ったけれど、これだけは変わっていないと思いたい。

夜空を見上げた時と同じように、星丸と主、姫の三人は、雨の中で語り合う事があったのだろう。変わり者と言われた星丸の主は、案外、姫に下らない冗談を言って困らせたのかもしれない。姫は、文句を言いつつもそれにつきあったのかもしれない。それを見守る星丸が、居たのだろう。

 遥か昔の出来事を知るすべを、僕は持っていないけれど、その時間は星丸にとって尊い時間だっただろう。


 雨が上がり、そろそろ皆が帰ろうとした頃、広場に三人の来訪者が現れた。

「お兄ちゃーーん!」

 一人は、元気に声を上げながら走ってくる、美優。

「わ、ずぶ濡れデスね」

 雨でぬれ鼠の僕を心配する、ケイ。

「げ、爺さん!?」

「ワシを見るなり妙な顔をするな」

 そして、三人目はケイの爺さん。

「って、あれ、ケイと一緒に居るってことは」

「勘違いするなよ、昨日世話になったと言うから、貴様の所まで例に来てやったと言うのだ」

 あら、まだそういう態度なのね。

「ベ、別に大事でもないが、孫は孫なので、礼は言っておく。ワシと孫の関係を改善させたいと尽力した事に関しては、別にありがたく思って居ないからな!」

 何と言うか、話せば話すほどボロが出る人だ、孫がお世話になりました、仲直りするために頑張ってくれて、本当にありがとう、と言う事でいいんだろうか。表情こそ動かないが、首は真っ赤になっているし、よっぽど恥ずかしいんだろうか。

「光太郎……素直に認めればいいんじゃが」

 後ろでため息をつきながら、岩三郎おじさんがつぶやいた。

「何を、ワシが素直になっていないだと!」

 それを聞いた爺さんはすぐさまに岩三郎おじさんにかみつく。

「うん、貴様は昔からそうあろう。思えば高校の時も、若い娘にキャーキャー言われておったのに、片っ端から興味がないと言って、振りおって」

「ふん、それがどうした。よってくる虫には興味はないわい!」

「はん、そのくせ振った後に、振るんじゃなかった、とか、なぜ素直になれないんだとワシに泣きついて来たくせに!」

「う、うるさい。女とまったく縁のなかった貴様に言われたくないわ! この筋肉ダルマ!」

「ガリ勉モヤシが!」

 そのまま爺さん二人は口喧嘩を始めてしまう。そのままヒートアップして拳と拳で語り合いそうな空気だったが、他の町の人たちは、さして気にする風もなく。

「はあ、また始まったよ」

 そう、呆れた顔をしてつぶやいて、いそいそと帰り支度を進めている。

「あの、止めなくて良いんでしょうか」

 ケイは不安そうにそう言ったが、心配なさそうである。町の人の様子を見る限り、いつもの事なんだろう。

「大丈夫だよ、これもボケ防止の運動なんだよ!」

「誰がボケだ!」

「誰がボケじゃ!」

 美優の失礼な発言に、二人して即座に叫び返す。なんだ、やっぱり仲がいいじゃないか。

「で、実際のところ、仲直りはできたの?」

 もう、あの爺さん二人は放っておく事にして、僕は美優とケイに状況を尋ねる事にした。

「あ、はい……たぶん、大丈夫です」

 前ほど深刻そうではないけれど、まだ言葉に陰りが見えた。

「あのおじさん、まだケイさん事、名前で呼ばないんだよ」

「ああ、なるほどね」

 まあ、ある程度話は出来る状態にはなっているんだろう。それだけでも大きな進歩だし、前に比べれば全然良い状態なんだろうけど、あと一歩が足りないと言ったところだろうか。

「ま、万事丸くはいかない、と」

「ふうむ、ところで、ケイ殿はあの方と何かあったのかな」

 まだ事情を飲み込めていない星丸は、光太郎の爺さんを指差しながら言う。

「はい、グランパなのですが、昔パパと喧嘩をしてしまって、それ以来、仲が悪いのデス」

「そうでござるか、いつの時代も、そのような喧嘩はあるのでござるな」

 しみじみと、星丸は言った。


「ぜえ……ぜえ……」

「はあ……はあ……」

 それから数十分、もはや万事は尽くしたと言った面持ちで、岩三郎おじさんと光太郎の爺さんは争いを終わらせた。二人とも、人仕事を終えたように満足そうな顔であった。全然尊敬は出来ないけれど。

「ゆ、悠斗と言ったな」

「あ、はい」

 突然話を振られ、驚きながら答える。

「ま、孫が世話になった……」

 そう言うと、爺さんは改めて僕に礼を言った。

「いえ、むしろ無茶させてしまって、すいませんでした」

「なあに、女も強くなくちゃ、やっていけないわい」

 僕の謝罪に対して、即座に岩三郎おじさんが口をはさむ。

「これだから脳味噌まで筋肉の男は……」

「なんじゃと」

「あーもう、話が進まないからストップだよ!」

 再び戦いを始めそうになる二人に美優が割って入ると、流石に悪いと思ったのか、二人とも臨戦態勢を解く。

「ところで、だ」

「はい?」

 咳払いをすると、光太郎の爺さんは話を切り出した。

「ケイから古文書は受け取った。愚息が後始末を娘に押し付けたのは許し難いが、こうやって家宝が戻って来たのは喜ばしい」

 ああ、あの古文書、ちゃんと返せたのか。

 正直、僕にとっては古ぼけた紙以外、何物でもないのだけど、やっぱりこの町にとっては大切なものなのだろう。

 ……ケイのお父さん、そりゃ恨まれる訳だ。

「それだけではなく、まさか星の巨人まで探り当ててしまうとは……他所者に見つけられてしまったのは、遺憾ではあるがな」

「ふん、ケイの穣ちゃんにも、綺羅星の血は流れているだろうが!」

 何時まで拘っている、そう言いたげに、岩三郎おじさんは睨み、口を開いた。

「ふん!」

 この人も意地があるのだろうか、未だに態度を変えない。

「はあ……」

 思わず、ため息が出てしまった。

「まあ、それはいい。星の巨人を見つけた事、確かに感謝している」

「あ、どもっす」

 てっきり、勝手に掘り起こした事を叱責されると思っていたけれど、そんな事はなくてよかった。

「えっと、何はともかく、古文書は返せたって事は、ケイがこの町に来た目的は、果たせたのかな」

 確か、星空町に来た理由は、古文書を返すことが理由だったし。

「あ、はい……そうです」

「なんだか、煮え切らないね」

 ケイの返事は、まだどことなく歯切れが悪かった。

「ええと、何かを忘れているような」

 そう言うと、ケイは一人、考え込んでしまった。

「……目的は、果たしたか。なら――」

 僕の言葉を聞いて、爺さんは何かを言おうとしていた。

「すぐに帰れ、なんて言わないよね」

「……」

 僕の質問に対して、爺さんは何も言わなかった。口を挟まなかったら、たぶんケイに帰れと言っていたんだろう。

「まったく……」

 岩三郎おじさんも理解したのか、呆れていた。

「……綺羅星の翁殿」

 今まで沈黙をしていた星丸は、静かに爺さんに向けて話し始めた。

「孫は、大切にするでござるよ」

「わかっとるわい!」

「お主は生きている。孫もまだ生きている、されど、どちらかが失われる事は、明日にでも起こるかも知れぬでござる」

 星丸の言葉は静かだが、そこには悲しみが混ざっているように思えた。

「ぬう……」

「これでも数百年前から生きている身でござる。年寄りの要らぬお節介でござるよ」

 そう言うと、星丸は空を見上げた。

 多分、もう居ない主と姫の事を思い出しているのだろう。

「あ!」

 重くなってしまった空気の中、考え込んでいたケイは、突然叫んだ。

「鍵、鍵でデス!」

「鍵って言うと、星丸が封印されたいた岩の?」

 そこで僕も思い出した。そういえば、開けた後、あの鍵って回収していない。

「ど、どうしましょう、取りに行かないと不味いデス!」

 うん、古文書を返したのなら、鍵も返さないと不味いだろう。

「お兄ちゃん、もう一度行こうか」

 やるく満々、と言った面持ちで、美優は言う。

「そうだな、今度は僕一人で行ってくるよ」

 まだ陽は高い。今から行っても、晩御飯までには帰って来れるだろう。

「いや、ワシが行こう」

 僕を遮るように光太郎の爺さんが前に出ると、そう言ってきた。

「は、正気ですか? 僕達ですら結構きつかったんですよ」

「そうだよ、やめようよ!」

 当然のように、僕と美優は反対する。老人に、あの道は危険だと思う、歩いた僕達がそう思うのだがら、間違いはない。

「なあに、都会の者には、まだまだ負けんよ」

 腕をまくりあげながら光太郎の爺さんは言う。

 確かに、森を歩くという点に関しては、僕たちよりも詳しそうだけど、歳が歳だ、途中で体力が尽きるのではないか、心配で仕方がない。

「それになあ、孫娘の友人に、何度も世話をかける訳にはいかない」

「いや、友人だからこそ頼ってくださいよ!」

「そうデスよ!」

 遠慮しないでいいじゃないか、ケイだってそう言っているし。

「悠斗、ここは大人しく、甘えさせてもらえ」

 そんな僕達に、岩三郎おじさんは意外な言葉を投げかける。

「え、どうして?」

 疑問だった。正直、岩三郎おじさんは、自分から行くとか言い出しかねない人なので、僕たちを止めたのが、意外だった。

「孫娘に、何かしてやりたいんだよ」

 静かに、諭すように、岩三郎おじさんは僕達に言う。

 それを聞いて、僕たちは黙った。

「ベ、別にそんなつもりはない!」

 そう言いながら、相変わらず光太郎爺さんの首は真っ赤だった。

「そ、それじゃあ、お願いします、グランパ」

「おう、任せておけ!」

 ケイから了解の言葉を受け取ると、光太郎の爺さんは意気揚々と歩きだした。

 その背中は、頼もしく見えた。

 何だかんだで、孫娘の力になれるのが、嬉しくて仕方ないだろう。その姿を見て、僕たちは安心した。

「な、言っただろう」

 そんな僕達に、岩三郎おじさんはほほ笑みながら話しかける。

「さて、それじゃあ僕たちはどうしようか」

 何時までも呆けている訳にはいかないので、気分を変えよう。


「いやあ、心まで洗われるようでござる」

 星丸が感激の声を出す。

「そっか、やっぱり気持ちいいもんなんだね」

 僕はデッキブラシを星丸の身体にこすりつけつつ、答える。

 あれから、僕たちは岩三郎おじさんの家に戻って来た。

 目的は、星丸を洗うためだ。

 美優が『せっかくだから、星丸を洗ってあげようよ』と言いだし、それに星丸が乗った形で、こうなった。まあ、何百年の岩の中に居て、結構汚れていたから、一度洗う必要はあっただろう。今日の雨で多少流されたとはいえ、汚れが結構目立っていたしね。

 それに、なにより、星丸自身が洗われる事を喜んでいるので、よしとしよう。

「はあ、ピッカピカデス」

 スポンジ片手に、ケイがうっとりとしたようにつぶやく。確かにケイが洗った場所は、綺麗に輝いていて、のぞきこめば自分の顔が見えてしまうそうだ。

「そりゃー、水だ―!」

 美優は、ホースを持って星丸の全身に水をかけている。

「はは、言いでござる、美優殿。もっとやってくだされ!」

 星丸も、それが気持ちいいようだ。

「ま、人間みたいに風呂に入るわけにはいかないしね」

 つぶやきながら、僕は考える。

 星丸のサイズは、大体僕の三倍くらい。多分、五メートルから六メートルの間だろう。横幅もそれ相応に広い、人間でいえば、結構鍛えこんでいる人間ほどの肩幅がある。それがすっぽり入るとなると、銭湯の風呂でも難しい。

「風呂でござるか……主殿が入っていて、羨ましかったでござるよ」

「やっぱり、そのサイズじゃ入れる風呂釜がなかったんだね」

 うん、それはちょっと残念かもしれない。

「お風呂に入れなんだ……星丸、かわいそう!」

 そんな境遇に同情してしまったか、美優は少し涙ぐみながら、力いっぱいホースを振り回す。せめて、水浴びだけでも楽しんでほしいと張り切ってるんだろう……だけど、水が僕とケイにも思いっきりかかっていた。

「きゃ!」

 驚いたのか、ケイが声を上げる。既に上着はぐっしょり濡れていて、その……下着が少し透けている。

「美優、少し水弱めて!」

「えー、なんで?」

「えーと、それは、あの」

 面と向かって、透けてますよとは言い辛い。

「悠斗殿、目がスケベでござるよ」

「あー、なんだろう、そうなのかなーあはははは」

 くっ、なぜ気がついたんだ、星丸。

「スケベ、ですか?」

「あー、ケイさん、透けてる、透けてるよ!」

「大ジョーブデスよ、これくらい」

 あ、ケイ的には大丈夫なんだ、よかった。

「悠斗殿、今少しホッとしたでござるな」

 相変わらず、星丸は僕の変化に鋭い。

「お兄ちゃん、あんまりジロジロ見たらだめだからね」

「はい、分かっております」

 どうやら、分かっていたのは星丸だけじゃなく、妹も同じようだ。大人しく、忠告には従っておく事にする。それでも少し悔しいので、星丸を洗うブラシに込める力を少し強めにした。

「あ、いいでござる」

 ……逆に気持ちいいみたいだ。まあいいか。

「しかしまあ、洗うと本当に綺麗になるね」

 改めて、そう思う。

 星丸のボディーは、錆び一つない銀一色だ。昨日までは土で汚れていて、ところどころ汚くなっていたが、洗ってみるとその輝きが分かる。

「つくりたてみたいデスね」

 汚れが落ちたケイが言った。その言葉の通り、星丸のボディーは殆ど新品と同じような輝きを見せている。まあ、新品と言っても、こいつが造られたばかりの状態を知らないから、憶測ではあるんだけど。

「はは、そう言ってもらえると、嬉しいでござるな」

 言葉のように、嬉しそうに星丸は言う。金属で出来た顔は表情を作らないが、人間だったら、笑っているんだろう。

「あらあら、張り切ってるわね」

 月夜おばさんの声が縁側から聞こえてきた。声につられて振りかえると、切ったスイカをのせたお盆を持ったおばさんが、縁側に立っている。

「さ、スイカを切ってきましたよ。ここらで休憩でもどうかしら」

「やったー!」

 月夜おばさんからの提案に、真っ先に美緒が反応する。即座にホースを放り投げると、さっさと縁側に向かって走って行ってしまう。まだ水の出しっぱなしのホースはヘビみたいにグニョグニョと動きながら、庭に水を撒き散らす。

「まったく、ちゃんと水止めろよー」

 仕方なしに、僕が代わりに水道を止めておく事にする。

「はーい」

 気の無い返事を返しつつ、美優は早速スイカに手をつけていた。くそう、絶対聞いてないだろ。

「おいしそうデスね」

「だよね!」

 気がつけばケイも縁側に座り、スイカを手に持っている。僕も置いていかれる訳にはいかないので、さっさと蛇口を閉じると、早足で縁側に向かった。

「お待たせ、っと」

「遅いよ!」

 そう言う美優は、既に手に持ったスイカを半分ほど食べていた。

「さて、それじゃあ、いただきます」

 僕も早速適当にスイカをつかむと、すぐさま被りついた。

 スイカは、良く冷えていて確かに美味しかった。

「なんか、黒くて硬いのが口の中に残ってます」

「ケイさん、種は吐き出さないとダメだよ!」

「ええ!?」

 ケイはあわてて口から種を吐き出す。どうやら、スイカの種も食べられると勘違いしていたようだ。

「ケイ、スイカ食べるのは初めて?」

 スイカの種を知らないってことは、そうなんだろうけど。

「はい。ですけど、スイカバーだったら食べた事があります」

 ああ、あの種がチョコレートのアイスね。アレの種は食べられるから、勘違いしたのか。

「種がチョコレート味じゃなくて、残念だった?」

「はい」

 本当に残念そうだった。

「それに、味もスイカバーと全然違います!」

 さらに、何かご立腹のようだ。

「あらあら、スイカはあまり良くなかったかね」

「いえ、こちらの方がおいしいデスよ!」

 ちょっとおどけて言う月夜おばさんに、ケイは元気に答える。その直後に、もう一度スイカに口をつけた。目を細めて、本当に美味しそうににスイカを味わっている。その言葉に嘘はないんだろう。


「スイカでござるか、良いでござるなあ」

 そんな僕たちを、星丸が羨ましそうにこちらを眺めていた。

「ああ、流石にロボットじゃ、スイカは食べられないか」

 そう考えると、僕たちだけで食べるのは少し悪い気がする。

「あら、気が利かなかったね。何か欲しい物はあるかい」

「いやいや、皆の笑顔が見れるだけで満足でござるよ」

 じつーに、爽やかに星丸は言い放つ。別に可笑しいわけじゃないのだけど、その爽やかさ100%台詞に、思わず噴き出しそうになる。

「あら、色男」

 まあ、その台詞も月夜おばさん的にはOKらしい。

「ははは、まあ気にしないで大丈夫でござる。拙者にしてみれば、このお天道様が最高のご馳走でござるからな」

 そう言うと、星丸は腕を大きく広げて空を見る。

 まるで、全身に太陽の光を集めるように。

 まだ水が滴る星丸のボディーに陽光が反射して輝く。少し眩しいけれど、不快な感じはしない。心なしか、ボディー全体が太陽の光を浴びる事を喜んでいる気がする。

「こうして見ると、やっぱりさ」

「ん、なんでござるか?」

「星丸の事、空から落ちてきた星だって勘違いした、昔の人の気持ちがわかるかな」

 夜空の星は、太陽からの光を浴びて輝いている。

 今目の前に居る星丸も、同じように太陽からの光で輝いているように見えた。

「はは、そうでござるか」

「はい、ワタシもそう思います」

 ケイも僕と同じ意見のようだ。

「はは、褒め言葉ととっておくでござるよ」

そう言い、星丸は陽の光を浴び続ける。

「ねえ、早くスイカ食べないの? 余ってるの、私が食べちゃうよ」

「あ、まってください!」

 そんな中、美優は相変わらずスイカを食べ続けていた。慌ててケイも食べ始める。

 今日も相変わらず日差しは強いけれど、風も少し出ていた。

少し強い風が吹き、縁側の風鈴が鳴る。水で濡れた肌に風が吹き付け、涼しさを感じる。

 見上げた空には雲ひとつない。日本晴れとは、こういう日の事を言うのだろう。

「ほら、お兄ちゃんも食べないよ」

「うん、わかったよ」

 美優に急かされて、僕も慌ててスイカに被りつく。今日のスイカは、特別美味しい。


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