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1-8.ドロップアウト

 最下層アンダーマーケットに着いて早々マグドリスは個室を買い取り、小一時間ほどアンダーマーケット内を歩き回ってから個室に引きこもった。

 違法行為への罪悪感と極度の緊張から、最下層に見物に来た多層階の者たちが疲弊して閉じこもる事は少なくない。

 罪悪感とは無縁だが、マグドリスも多少の疲れはあるため、室内の高級茶葉を手に取り茶を入れた。

 嗜むように茶の香りを嗅ぎ、ほんの少し口に含み飲み込んで、満足げに息をつく。

 二口目は少し音を立てて飲み、今度は長く長く息を吐いた。


「もっと過激な世界を想像していたが………拍子抜けだ」


 日光が差さず法律が存在しないというだけで、最下層には思いのほか危険を感じない。

 治安は良くないだろうし、人々の教養は少なかろうが……マグドリスが想像していたのは、もっと銃声と悲鳴と死体と紛争があふれる地獄絵図だった。

 ガイドが刺激の少ない場所を選んだという可能性もあるが、だとするとなおの事残念だ。

 あのガイドは見所がある・・・・・と思ったのに。


「結局、収穫らしい収穫はこれだけか」


 部屋に届けさせた黒いケースを足で叩き、マグドリスは首をかしげた。


「殺人ウイルスではなく、何故これなのか。テロと言えば無差別殺人だろうに」


「余計なお世話ですし、品を足蹴にしないで下さい」


 お茶をすすりながら誰もいない入口を横目で見て、マグドリスは目を閉じた。


「私は商売屋であって君たちほど隠れるのはうまくないし、見つけるのも下手だ。だから素直に姿を現してくれないか」


「最上層に馴染み過ぎですね。話し方が高慢だ」


「うん? すまないね。君たちには礼を尽くしているつもりだが……」


「それも疑問ですが、今のはツアーのガイドへの態度の話です」


 マグドリスが、はて? とわざとらしく首をかしげる。


「あのガイドは要注意人物です」


「やっぱりか! 私の目に狂いはない!」


 やたらと満足げに腕を振り上げたマグドリスの背後に、音もなく黒髪の少年が現れた。

 突然の訪問者は大人とも子供ともつかない顔を僅かに逸らし、馬鹿にしつつも呆れたようなため息をついた。


「どう見繕っても危険思考の異常者ですよ、あなたは」


「個性的、独創的、周囲への順応性の高さと溢れ出る気品! 最高の褒め言葉だ!!」


「……僕が察するところによれば、その自画自賛は僕の『危険思考の異常者』をあなたなりに解釈しなおしたものですね」


「『どう見繕っても』が抜けている。前文を含まないなら60点だ」


 少年は疲れるとばかりに俯き加減に頭を振って、マグドリスの斜め横に腰掛けた。


「問答は終りにしましょう。接触時間が長いほど、危険が増します」


「違うね。不安要素と危険要素を犯すことだけが、失敗に繋がる。もちろん、その2つだけと言えるのは、作戦を完璧に練ッた場合のみだ―――で、本題だ」


 マグドリスは足先でケースを押しやる。


「『ドロップアウト』持って行きたまえ」


 突如、マグドリスの体感温度がグッと下がり、脂汗が噴出し始める。

 素早くそつなく慎重にケースを取り上げた少年が、目を見開いて前かがみに蹲りかけているマグドリスを見下した。


「……品名を言うな」


 自分の半分にも満たない年の少年に畏怖を感じながら、マグドリスはにやりとほくそ笑んだ。


「―――いいね。いい―――殺気、威圧感、ゾクゾクするね――――堪らない。これが私が欲しいもの・・・・・だ」


「………」


 脂汗を吹き出し朦朧としながら笑みを称えるマグドリスに、少年は気持ち悪いと背を向ける。


「これも君たちが私に払う報酬の一つだ。私が挑発するまでもなく払ってもらえれば、危険要素を冒さずに済む。ねぇ?」


 力に抱くのとは別の恐怖で―――少年はそれを恐怖とは認めないが―――少年はマグドリスを視界から押し退けた。


「……報酬はいつも通りに」


「ああ――」


 シュン


 アルミ箔が風に舞うような音がして、ケースが少年の腕ごと弾き飛ばされた。


 シュゥゥゥゥ


 少年とマグドリスを中心に室内に煙が広まる。


これ・・は頂いていく』


 奇妙に甲高い―――犯人の声。


 品と左腕を失った少年が、声を出さずに怒りの殺気を放った。

欲しいものは人それぞれ、得たい理由も人それぞれ。

少年の名前を出し忘れましたが――名前は名乗らない方が安全ということで。

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