1-7.アンダーマーケット!!
僕っ子、ウサギに玩ばれる。
紅茶をすすりながら、煌びやかなショーウィンドウを恨めしく眺める。
ショーウィンドウのガラスが輝いていようと、飾られている品は最下層のモノだから、粗末だったり違法だったで、正直煌びやかとか華やかとかからは無縁なわけだが……だが輝いてるだけでも駄目だ!!
ミネルバ。ミネルバ・1・ベネディクト。
お前は何のために最下層に来た?
こんなお粗末なイルミネーションのためか?
ここは最下層とは思えない、最下層にあるまじき景観も治安もいい場所だ。
あるまじき!!
最上層にはこれ以上のイルミネーションがあるし、売店があるし、サービスがある!
それは最上層で味わえばいいものであって、ここでは求めてない!
「まったく、わかってないな!」
「そうですね、ここは何度来ても被り物はダメだという。私はここの常連で、ゲートマンとも顔馴染みなのに」
「あんたの被り物はど・う・で・も・い・い!」
ウサギの仮面を被ったガイドマンが無性に腹立たしいことを言うので、相手に見える様に机の上でグッとこぶしを握り締める。
大体、どうして僕の前に座る。他にもいくらでもテーブルはあるのに!
「お客様が寂しいのではないかと思いまして」
「寂しくないし、何も言ってない!」
そうですか? とジュースを啜りだしたウサギ野郎から体を背ける。
駄目だ。こいつといるとイライラが止まらない。
……僕はここに最悪を求めにきたのに。
「この度のツアーはお気に召しませんでしたか?」
「……楽しかった」
「それはようございました」
「だから良くないんだ!」
立ち上がって絶叫し、周囲がざわついたことに気づいて座りなおす。
「お顔が赤いようですが、病院に行かれますか?」
「ぐぐぐ……」
くっ、被り物から仮面に降格したことでウサギ野郎のウザさは減ったが、ムカつき度合いは増した!
倍増だ!
「大体、音楽を聴きながら客と話すとは何事だ! 業務中に客の前で何してるんだ!」
「音楽? ああ、携帯の事ですね」
ウサギ野郎が深紅のワイヤレスイヤホンを指で叩いて笑う。
これが携帯? 何を言ってるんだ。
生物携帯でもなければ、携帯生物でもない。
最新型でないにしろ、旧型だって形状は生物のはずだ。
僕をからかっているのか? また!
「それに盗聴をしているのであって、音楽を聴いているわけではありません。業務をしているのですから、職務放棄ではないわけです」
「うん? ……盗聴!? 何を!?」
「ここにいないお客様を」
まてまてまてまて、真顔で……って表情は分からないのだが。とにかく何を言ってるんだこのウサギ!
からかってるんだな!
悪質もいいところだ!
冗談も、思想も、態度も、恰好も悪質だ!
「聞こえましたよ、お客様の心の声が。私に対しての暴言が聞こえましたよ、盗聴機から」
「心の声が盗聴機で聞こえるか! そして盗聴は犯罪だ! 僕らに対する冒涜だ!」
「冒涜は認めますが、最下層に法律はないので犯罪として裁かれることはありません。安心です」
「僕は安心じゃない!」
この瞬間、僕は最下層に嫌気がさして当初の目的を果たしたわけだが、それを喜べる精神状態でもなければ、気付いてもいなかった。
とにかく目の前のウサギへの反感と怒りだけが蓄積されていく。
「そんなもの外せ!」
「お客様、少しお静かに願います。今、もう一人のお客様に面白い動きがありそうなので」
「しっかり盗聴するな!」
本気で噛みついてやろうかと身を乗り出すが、ウサギ野郎が片手を突き出し、僕に制止するよう促した。
うぐぐぐぐ、おのれウサギめ!
イヤホンをした肩耳を手で覆い、実感俯き加減で、僕から顔を逸らす。
「おい」
むっとして、僕は当然抗議した。コロコロコロコロ変わる奴め、今度は何だ。放置プレイか?
「聴いているのか、盗聴なんて―――」
ガタッ
ウサギ野郎が椅子を跳ね飛ばし乱暴に立ち上がる。
今度は何だ!
「お客様に飲み物をお持ちしてまいります」
片手をシュビッと伸ばして、言うより先にウサギ野郎が去っていく。
待て待て待て待て、メニューも聞かずに買いに行く奴があるか!
考えてみれば僕は今コーラを飲んでる!
「おい!」
立ち止りもせず、振り返りもせず、返事もせず、まさしく脱兎のごとくウサギは走り去った。
「何だ何だ何だ何だ何んだ! あのウサギめ!」
あいつのせいで兎が嫌いになりそうだ!
ミネルバ・1・ベネディクト。名前は適当です。適当すぎて、つけた後にだいぶ困るっていうね。基準階以上の人たちは全員、出身階層または現在生活している階層が名前に入ってます。どれほど活躍しても一世代では1階層しか上がれないけれど、どれほど危険分子でも1階層しか下がらない階級制度です。