1-6.襲撃!
ソーマ君の活躍回。最下層の死は内にも外にも扱いが軽い。精神的自己防衛だとしても悲しいことです。
最下層は野蛮の極みである。
犯罪が横行し、理不尽が闊歩し、不運で彩られている。
最上層は……最上層に限らず他の階層は『最下層』をそう評価していた。
だから観光といっても、もちろん生身では行わない。
擦り物横丁しかり、車外へ観光に赴く場合は、車内から人形を遠隔操作して観光気分に浸る。
それ以外はもっぱらテーヘン号車内から、景色を眺めるだけだ。
テーヘン号は逃げ足と隠蔽性もさることながら、防御力も優れており未だかつて一度も襲撃に屈したことがない。
隙はない、死角もない。
そうしたタレこみと口コミで広がったのが『テーヘンバスツアー』だが、一か所だけ毎回コースとなり客が生身で観光する場所があった。
その名も『最上層用アンダーマーケット』
最下層に唯一法律が届く場所。
警察もいる。法もある。
日の光が差し込む唯一の場所。
但しアンダーマーケットと名のつく通り、統括者は最下層の7つの領土のボスたちだ。
法律は最上層を似せたまがい物、裁くのは最下層の権力者たち。
しかも、身分を証明された最上層の住民は罪には問われない。
稀にここを楽園と錯覚する最上層民もいるが、そんなことはない。
しかし、それはまた別の話だ。
「出入り口は4つ。従業員用の出入り口は皆無。入るには最上層の身分証明書、または最下層のボス誰かの直筆の案内状が必要。そこは問題ない。問題はマグドリスが取った個室への侵入方法だったが、取引相手の一人を買収した。後は当初の作戦通りだ。変更はない」
『最上層用アンダーマーケット』に船付けしているテーヘン号を指さし、全身黒ずくめの人物は仲間たちに向けて厳かに宣言した。
「これが済めば、マグドリスは身を潜めてしまうだろう。何としても、ここで決着を着けなければならない。一人残らず死のうとも、成し遂げる」
「「「「「「おう」」」」」」
他の黒服たちが低い声で頷いた。
「ぶっそー」
ざわわっ
背後から突然聞こえた声に、数人がざわめき、残りは一瞬にして四方に散り身を隠した。
シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ
幾多の風を切る音と、呻く間もなく倒れるざわめいた黒服たち。
「敵襲だ!」
叫ばずともわかることを、誰かが叫んだ。声からしてリーダー格っぽい奴。
俺は催涙弾と閃光弾を手に、天井の鉄骨の溝に隠れたまま、リーダー格っぽい奴にならって声を張り上げた。
「できるだけ武器は使わせるな! 取り分が減るぞ!」
儲けに敏感な数人が、音もなく動くのが見えた。
それに合せて、俺は催涙弾と閃光弾を投げる。
もちろん、身内の製品。非常に安い。
「このっ!」
誰かと誰かが戦う声。
風邪を切る音とうめき声と倒れる音。これはあっちが死んだ音。
シュンッという銃声と空中に浮かんだ赤いレーザービーム痕と倒れる音。これはこっちが死んだ音。
いくつかの音が交差して、やがて誰かが俺に気付いた。
「このっ!」
殺気だった目と向けられた銃口を見据えたまま、右前に飛び出すと同時に銀製のナイフを投げる。
レーザービームが脇を掠め。ナイフが相手の腹部をとらえる。
落ちていく俺に照準を合わせる相手に向けて2本目のナイフを飛ばしながら、右手に仕込んでいた糸を巻き取り、獲物からすれば考えられない方向に、俺からしたら何本もの鉄骨に巻きつけた糸をそのままたどる形で、ナイフを投げながら空中散歩する。
もちろん、無駄に投げたりしない。
変に注目を浴びたくないし、俺がほとんど倒したら、雇われた奴らの面目も立たない。
とはいえ、さすがはその手のプロたち。
13人いた獲物たちは、俺が空中散歩を終える頃には全員片付いていた。
「満足のいく働きでした! ありがとうございます」
大手を広げてお礼を言う俺に、雇われの一人が奪ったばかりのレーザー銃を突きつける。
「あそこに倒れてるのは俺たちの仲間だ。刺さっているのはお前のナイフだ。なぜ、こちら側の人間を殺した」
「いえいえ、正当防衛ですよ」
銃口を指でずらしながら、俺は小鳥がさえずるような優しい声で答えた。
「そっちこそ雇い主の命を狙うなんて、雇われ傭兵失格ですよね。あと俺、優しいから、ナイフに仕込んだのは毒じゃなくて神経麻酔。ほら、痛いまま苦しんで死ぬの嫌じゃないですか。今から治療すれば間に合いますけど、そんなに大事なお仲間なら早く助けないと……」
パシュッ
レーザー銃の音は、祝杯のシャンパンボトルを開けるときの小気味のいい音に似ている。
「いや、雇い主を狙うとは卑劣な奴だ。あれはいらない」
今しがた手にしたレーザー銃で、雇われ傭兵のリーダーが、俺のナイフで倒れた傭兵を撃った。
「で、取り分は?」
何事もなかったかのように話を進める雇われ傭兵のリーダー。
他の面々は、唇を引き結び俯いている。
俺は歯がゆそうな彼らを無視して、真顔で答えた。
「約束の純金金貨50枚と、今手に入れた武器の5割と彼らの所持金5割」
「少ない!」
俺に銃を向けた傭兵が、ギリリと歯ぎしりする。
「最初からそういう話でした。人手を失った損失を補いたいならわかりますけど、雇い主を殺そうとした奴の損失を補いたいんですか?」
再び男が歯ぎしりする。
俺を恨んでるみたい。当然の成り行きだ。
こういうのは舐められちゃいけないけど、恨まれすぎも良くない。
だから、ほんの少しだけ譲歩する。
「では、今すでに奪ってらっしゃるレーザー銃4丁と、すでに死体から奪った財布の金はそのままお持ちください。それでどうでしょう?」
「はて、何のことでしょう?」
「ただし財布は置いていってください。金貨・銀貨・銅貨は持ち帰っていただいて結構ですが、それ以外はダメです。約束を破ったら追っかけます、世界の果てまで」
「世界の果てまで?」
「必要とあらば、果てのその先まで」
俺とリーダーはしばし無言で見つめ合い、やがてリーダーが小さく頷いた。
「わかりました。手を打ちます……追ってらっしゃるのはあなたお一人? お父上も一緒ですか?」
「必要数で追っかけます」
何人で追ったところで、相手が『全滅』することに変わりはないし。
***
雇われ傭兵と別れて、手に入れた財布の中身を確認する。
今回襲った相手は予想外にお金持ち集団で、予想通りに身分の高いIDを持ったカモだった。
第2階層出身の最上層民を追ってる奴らなら、それなりに高い階層の奴に違いないと思ったけど、ドンピシャだ!
「第2階層のIDじゃねぇか。本物かよ! まじでくれんのか!!」
俺の手にあるIDをまじまじと見つめながら、シットが上機嫌に尋ねてきた。
「うん、依頼を受けてくれるならね」
「内容は?」
シットと違って用心深いイカロスは、差し出したIDにまだ手をつけていない。
当然だよねー。シットは30人の部下を従えてる割に、取引場での危機管理能力が低すぎる。戦場では頼りになるのに残念だ。
「これはうちのお客を襲おうと狙ってた奴らから拝借したIDなんだけど、こいつらに成りすましてそのお客を襲って身ぐるみ剥ごうと思います」
「えげつねー」
イカロスは関心はできないなと呟いたが、えげつないと言ったシットは愉快そうだ。
「身体的危害は加えないし。それにほら、テーヘンバスツアーの参加者はえげつない最下層に観光に来てるわけで、スリリングな体験を期待してるらしいから、丁度いいんじゃない? 安全かつリスクがあってスリリング♪」
「でも襲えていいのかよ? 肝心のバスツアーの評判が落ちちまうじゃねーか。最上層民ならそりゃー高値が付くもん持ってるだろうけど、バスツアー1年分の収入にもならないと思うぜ」
「いや、襲う場所はアンダーマーケットだから」
そういった瞬間、イカロスは一歩身を引き、シットは手にしていた第2階層の身分証IDを投げ返してきた。
「うん? 駄目? 二人ならできるでしょ?」
「出来るのとするのとは別の話さ。アンダーマーケットは最下層で唯一、ボスたちが法治してる場所だ。捕まったらボスたちの洗礼を食らう。第2階層の身分証IDはいいが、天秤にかけるには重さが違いすぎる」
「右に同じだ。ソーマ、お前はそういう無茶はしないと思っていたが、今後は無茶をするならもう組めない」
簡潔にして有無を言わさぬ拒絶だった。
ちぇっ、駄目か。第2階層の身分証IDなら、もしかしたら話に乗ってくれるんじゃないかと思ったんだけどな。
最下層に法はないけど、領土を納めている7人のボスたちの影響力は絶大だ。
最上層から一つ下の階層・第2階層。その身分証であるIDそのものも高値だが、IDに仕込まれている技術には更に価値がある。一つの技術だけで最下層なら一族一生遊んで暮らせるだけの富が手に入る。IDには無数の技術が詰め込まれていて、調べつくすためには何枚あっても足りない、だからいくらでも売れる。
だれでも喉から手が出るほど欲しい代物なんだけどなー。
今回襲う予定の客、マグドリス・2・マグダラスの荷物を船内スキャンで見た限りでは、相当高価なものや最下層ではどうあがいても手に入らないものが大量にあったから、元はしっかりとれる自信があるんだけど―――
2人にこれだけはっきり断られるとは。交渉の余地はないなー。
でかい儲けを見逃すのは嫌だけど、俺と父さんだけだと無理あるし、仕方ないな。父さんに作戦中止を伝えよう。
第2階層のIDが何枚も手に入っただけでも十分儲けものだし―――ん?
シットに投げ返されたID、若干だけど横に切れ込みがある。第2階層のIDを拝んだのは数年ぶりだけど、前はこんなのなかったよな。新しい技術が追加されたのかな? 切れ込みに見えるけど実は細かい文字とか?
イカロスが受け取らなかったIDも見てみる。こっちにも横に切れ込みがあるけど、こっちは手触りに違和感があるな。
試しに力を加えると、IDが2枚に増えた。
「えっ?」
最上層のID!? なんで重なってんだ? いやくっつけてたのか? なんで?
IDは基準層以上は全員持ってる身分証明書。もちろん、1人1枚。
最上層も第2階層も同じ顔で載ってる、偽造品?
いや、本物だろうと偽物だろうと相当まずい。まずいぞ。
実は、相当ヤバいことに首を突っ込んだかもしれない。
「アンダーマーケットで襲撃って、ヤバい割に成功額もわかんねーなんてやってらんねー。やめとけ」
冷や汗でジワリと湿った俺の手元の残りのIDを指さし、シットがにやにやと笑う。
「計画も、皆無に等しい。ソーマ、馬鹿」
イカロスは、いつも通りの用心深さで、不用心な俺を睨む。
うん、不用心すぎたかもしれない。
いや、不用心過ぎた!
「予想外に儲かったもんだから、襲撃やめてもいいかなーとか思ってんだろ」
「そうしろ。そうしろ」
「……」
シットが誘惑しイカロスが煽る。
確かにヤバい。ああ、まずい!
なんか、体が心から冷えてきた。父さん、大丈夫か?
「ツアーがらみだし、大事にしたくないだろ? ソーマ」
「いや、もう大事かもしれない……」
手を引くように父さんに連絡を!
『ソーマ、ソーマ!』
サイレンよりも喧しい大音量で名前を呼ばれる。テーヘン号のフィーバーからの緊急連絡だ。
周囲の温度が一気に冷えたみたいに、俺の体が底冷えしていく。
『伝言、伝言! 薬! 発見!』
シットとイカロスは戦力としても頼りになりますが、向いてるのは雇われ傭兵の彼らという話。
ソーマが心配してるのは、相手が誰かじゃなく、そこまでの相手が関わるモノが何かという意味。手に入れても厄介事にしかならないもの、みたいな。