1-2.テーヘンバスツアー!
今度はソーマ君視点。
モニターの明かりだけで照らされた狭い空間で、ソーマは胡坐をかいて頬杖をつき、今回の客たちの品定めをしていた。
父のいつも通りのハイテンションでねじの切れた行動と言動に、客たちは満足だというのだから最上層の人間はわからない。
父の恋人その1(俺談)曰く、
『あのイカレ具合が最下層の貧相さ滑稽さを連想させて、イイ感じ!』
なのだとか。
実際には父のような人はそうそういないし、最下層がみんな父だったら、さすがの俺も発狂する。
『あちらが! かの有名な世界を支える柱(ツワルフツリー)でーす! 直径約1.5キロ、外装を含めると2キロに及ぶ巨大な柱で、今ご覧頂いているものは、最上層まで伸びている『1(ファースト)』なのです!』
テンションの高い話に客全員(といっても3名)が歓声を上げる。
ノリの悪い客ではないらしい。
二月ほど前の客はへ理屈ばかりで扱いに困ったが、今回はそういうことはなさそうだ。
『約束の言葉』に返事をしない客がいた時は、少し厄介になりそうな気がしたが、今見る限りはひねくれている以外の害はなさげだ。
俺の出番はまだまだ先なので、今回の客のデータを眺めることにする。
個人情報保護法というのが最上層にはあるらしい。
被害者は最上層の人間だから、ばれたら最上層の警察が捜査にやってくるわけだが、その時は上手に逃げおおせればいい。
それに手に入れたからには俺らにとっても財産であるわけで、安売りなんてしないし、害になる時は泣く泣く切り捨てよう。
(まず、父さんに睨まれたやんちゃっ子は――)
左のモニター上に映し出されている赤毛の少年を指でタッチして、手元のモニターまで引っ張り、『個人情報』のフォルダにつっこんだ。
現在の赤毛の少年の隣に、個人証明の顔と履歴が表示される。
実際は赤毛ではなく金髪、少年ではなく少女(しかも俺の一個上。年下に見えるんだけど)、釣り目ではなくやや垂れ目、その他の特徴はあまりいじられてはいないようだ。でもマスクは自前じゃなくてうち支給……父さんはどうしてわざわざ似た顔のマスクを貸し出したんだろう。
(ミネルバ・1・ベネディクト。父親は警視庁長官、母親はベネディクト家当主。警察関係に旧家――しかも2か月前のへ理屈オタクのいとこ――こじれたら厄介そう。お金だけ落としてもらって早々に帰っていただくとしますか。次は――)
モニターを指でスッとなぞり、次の客の顔を映し出す。
黒髪黒目の鼻筋のとった浅黒い肌の美女こと、実の姿は赤髪茶眼で鼻の長い神経質そうな女性。
(ユーキタス・1・ポンペイ。父親が最上層行政役員、母親は――んー無職? 社交界で有名人つっても職業じゃないし。旦那さんは行政に努めてて――1にしては華もなく一般家庭なのかな? お遊戯以外でスリルを求めるなんて身の程知らずだねぇ)
(最後がマグドリス・2・マグダラス。第2階層からの成り上がりですか。建築業関係の会社創設者で、その功績で格上げされたと。大出世ですねー。恨まれてそうですねー。なんか今回のツアー先行き不安だー。しかも素顔だし、仮装マスクは断られたのか?)
無理にでもかぶらせてよね。父さん、力ずくとか得意でしょ。
なんて考えてる間に、モニターの端っこにショートメールが届いた。
「んんー」
俺はちょっと眉をしかめ、彫が深い雪山の熊みたいな男性から、父に画像をスライド。直ボイスのフォルダに入れる。
「父さん」
『……』
インカム越しに呼び掛ける。返事はない。
「ウサギさん」
『バニーちゃん』
ぼそりと不機嫌に呟かれた。
俺はインカムに向かってわざとため息を吹きかけ、まったくと呟いてからバニーちゃんに呼び掛けた。
「……バニーちゃん」
『Yes!』
「――報告。現在テーヘン号と周辺に異常なし。ただ火事場横丁で抗争が起きそうってイカロスから報告が入ったから、コースを擦り物横丁に変更。シットが近辺にいるから協力を依頼。以上」
『O.K.』
ペットのフィーバーに新しい地図を送信して、ひとまずの仕事は終了。
あと注意することといえば、尾行されてないかとか、事故や事件に巻き込まれないようにとか、船のシステム整備ぐらい。
気の抜けない仕事ではあるけれど、代わり映えがしないのも確か。
何よりこの一畳間に数多のモニターと同居ってのが頂けない。
暗いし、モニターで眼はチカチカするし、狭くて息苦しくて暑いし。
暇つぶしと仕事の両方の意味で探索半径を広げたら、面白いものを発見した。
やっといてよかったって気持ちと、気まぐれ起こさなかったらヤバかったよねーってことで、気分は少し複雑だ。
ワクワクが込み上げて、口の両端がニッと釣り上がる。
「バニーちゃん」
『Yes』
「今回はがっぽり稼げるかもよ?」
マスク時のお父さんはテンション高いです。息子はお父さんのテンションに合せて態度をシフトチェンジします。