表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/27

小話 6区

 6区の区長が亡くなったのは2年前。

 歴史上のほとんどそうであったように、区長の死と共に、6区でも勢力争いによる内乱が起きた。

 ボスとも呼ばれる区長の力は、絶対だ。

 前区長の血と共に継承する義眼は、最下層の土台たる機械の大地を意のままに操る力を持つ。

 領地を直接操作するため、最下層のパイプラインは区長一人に管理されている。

 道路。水路。電路。

 区長に逆らえば、それらを断たれる。そんなのは遠回しな軽い刑罰……嫌がらせ程度で、その気になれば、と言うほどの労力もなく、区長は意のままに動く領地を使い、反逆者を串刺しに、滅多切りに、圧死に、好きなように処分できる。

 例え柔順であろうとも、区長の気分次第で、切り捨てられる。

 区内の地図が描き変わることも、よくではないが起こる。

 区内のどの地位に就こうとも、区長以外に安全が約束されることはない。

 だから、区長が亡くなれば勢力争いは必ず起きる。生きるために、脅えないために、支配するために。

 6区も例外ではない。



 亡き区長の右腕と称されたダグラスは、自身の本拠地、かつての区庁舎で部下たちの血の海に沈みながら、目の前の光景に愕然としていた。

 まだ辛うじて30代のダグラスだが、区長の右腕として名を挙げだしたころから白髪が増え、顔が若い割には年に見られがちだ。今は、絶望的な表情と相まって老人にさえ見える。

 仲の良かった者、信頼していた相手、尊敬していた人物、敵対していた息子一派の内通者、信用ならない奴、取入ろうと寄ってきた相手。全員が床に伏せ血を流してこと切れていた。

 喉を……と言うよりも、首をざっくりと切られている。人間業ではない。相手は人の形をした鬼だ。

 何故、このようなことになったのか。

 6区長の息子マイルと、右腕ダグラスの争い。

 人員も知恵も、ダグラスが勝っていた。時間は掛かるかもしれないが、負ける気がしない。それほど圧倒的に優勢だった。他区の商人たちによる武器の援助により、マイルは辛うじて抵抗を続けていた程度、起死回生の一手などない。

 義眼はダグラスが手に入れたが、前区長の血液は息子のマイルが持っていた。義眼と前区長の遺伝子、両方がなければ、新しい区長にはなれない。

 ダグラスがどれほど有利でも、強行手段に出て、万が一、前区長の血液を失うことがあれば、新区長にはなれない。焦る必要はない。時間がかかろうと、ダグラスの勝利は確実だ。

 区長を失った区は滅びるのみ。

 それは大昔に滅んだ7区と、区長を失い衰退の一途をたどる3区の現状が証明している。

 かつて見た3区の惨状に比べれば、ろくに管理をされていなくとも1区、2区の方が何万倍もマシだ。

 その3区を滅ぼした元凶が、ダグラスの目の前にいた。

 ファンキーなウサギの被り物に、僅に返り血が付いている。

 アラン。

 誰も逆らえない敵わないはずの区長を倒し、3区の現状を作った男。区長でさえ殺せない、鬼。

 その隣に、目を見開き、顔を青くしてマイルが立っていた。

 マイルも区長の息子とはいえ、最下層民。死体にも、殺人にも、戦場にも、慣れるほどに出会っている。今更、ちょっとやそっとで顔色を変えることはない。

 しかし、流石の彼も、そして実動部隊として汚れ仕事の最前線にいたダグラスも、アランが、手に収まるサイズのナイフ一本で15名を瞬時に絶命させたその腕前に、言い知れない恐怖を覚えた。

 誰も抵抗できなかった。銃声一つ、悲鳴一つ、上がらなかった。

 外の廊下にもまだ警備の者はいる。だが、誰も入ってはこない。彼らは先に始末されたのだろうか? それとも、音もなく全てが終わったために、この敵襲に気付いていないのだろうか?


「さて、ダグラスさん。生きておいでですね? 実はあなたは影武者で、本物は今殺した誰か、なんてことはありませんね?」


「私が、ダグラスだ」


 この被り物をしているときのアランは五月蝿いと聞くが、話し方が少々気に触る程度で、彼の声はとても静かだった。


「ああ、よかった。6区の義眼を頂けますか? このマイルさんが区長になりたいそうでして」


 マイルを見る。

 先ほどの衝撃が抜けていないらしく、私を見る目が少々泳いでいた。

 一瞬先の生でさえ、幻となる最下層では、みんながみんな総じて生に執着する。生物とはそういうものだが、最下層民はそれが顕著だと、他の階層によく行く私は感じた。死を目前にした最下層民は、媚びへつらう、逃亡する、反抗する、死の直前まで何でもするが、他階層の者はどこかで諦める。抵抗はするのだが、諦めが早い。

 私の場合は?

 私は一人、相手は鬼神アランとマイル。区長をも葬り去る鬼に、私ができる生きる方法は……従うことだけだった。マイルが区長になった瞬間殺されるだろう、それでもこの場でアランに刃向かうよりは、ほんの数分長生きできる。

 今出すと応えて、懐から鍵を取り出し、今は亡き区長の玉座に近づき、床に鍵を近づける。鍵の電磁波を感知して、床に自然と鍵穴が現れる。出来るだけ時間をかけて、ゆっくりと、しかし焦らし過ぎて殺されないように素早く、6区の義眼を取りだした。


「渡していただけますね」


「ああ。だが一つだけ聞いてもいいかな?」


「時間稼ぎなら殺しますよ? 急いでいますので」


 ごくりと唾を飲み込み、マイルの手に義眼をそっと置く。


「ではマイルさん。継承の方法はご存知ですか? 何ならお手伝いしますけど」


「い、今すぐ?」


「ええ、最初にお伝えした通り、急いでいますので」


「わ、分かった」


 マイルが、懐から赤い液体の入った真四角の瓶を取り出した。前区長の血液だ。

 蓋を外し、義眼を血に浸す。取り出した義眼には血糊が効き過ぎているのが、べったりと血が付着して肝心の数字が見えない。

 区長の継承には相応の覚悟が必要だ。引き続ぐ内容や責任の話ではない。その方法がだ。

 マイルが大きく息を吸い込み、右手に銀色の手袋を嵌めた。恐らく、即効性のある麻酔が塗られている。マイルはもう一度大きく息を吸い込み俯き、右手を右目に突き立てた。


「うわぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」


 継承とは前区長の血を浴びせた義眼を、自身の眼をくりぬいて嵌めること。

 本当は、先に手術を受けてから儀式を行ったほうが良いのだが、激闘の最中に義眼を手に入れるためその場で目をくり抜いたものは、実は多い。今の4区長も、1区長も自分の眼を自分で潰した。

 力と権力を同時に授ける区長の義眼。そう思えば、多少の前金は仕方ないのかもしれない。


「あああああああああああっ!」


 叫び声が止む。

 マイルは俯いていた顔をあげ、ダグラスに見せつける様に義眼を右目に収めた。


「わ、わたしが、私が新しい区長だ!! この区のボスだ!」


 血糊が付いたまま数字の見えないマイルの義眼が、真直ぐダグラスを捕える。

 ダグラスは考えた。まだだ、まだ微かに生きる望みはある。マイルの部下は6区を回せるほど人数が居ない。人材も揃っていない。贅沢をしたいのであれば、区を豊かにしなければならない。誰だって貧乏暮しは嫌だ。権力者になれば尚のこと。区長は自分の区から出られない。自身の区を豊かにしてそこで人生を謳歌する他ない。だが早まるな。今の興奮状態にあるマイルに自分から話しかけるのは不味い。親の後ろ盾があったころのこいつは、媚びへつらうように擦りよる相手が嫌いだった。強者を屈服させることを好んでいた。マイルから話しかけてくれば、まだ希望はある。


「ふふふ、ダグラス。わたしの勝ちだ! 区長だ! 凄いな、凄いぞこの力は! 区内全て見渡せる! 領地も思い通りに動かせるぞ、見ていろ!」


 ズバッ!!

 領土と同じもので出来ている区庁舎の床が、ダグラスの眼前に針のごとく伸び右目を貫いた。

 激痛が走る。だが、眼だけで脳までは達していない。ダグラス自身死んだと思ったが、まだ生きている。


「ほら、ダグラスの右目だけを刺せた。殺さないように手加減したのさ。ははは、恐れ入ったかダグラス。いやいや、君には散々手こずったし、命も狙われたし、正直殺さない理由がないくらいだけど、もうわたしに反抗なんてできないだろ? だから、君をわたしの右腕として、一生こき使わせてもらうよ」


 ……。

 ダグラスが臨んだ結果は、向こうから転がりこんできた。しかし、分かっていたことだが、どうにも悔しさと惨めさで、体が震えてしまう。針の刺さった右目が痛い。


「ははは、継承おめでとうございます。新6区長。さて、私との約束は覚えて下さっていますね? 早くしていただけますか? 急いでいるのですよ」


「ああ、うん。分かっているよ。君も今までありがとう、アラン君」


 マイルが握手を求め、アランは当然のようにそれに答えた。

 ドッ!

 2人が握手した瞬間、アランが居た場所に突如として柱が出現し、アランの姿が消えた。柱が映えた場所の床に血が広がる。


「3区長を殺した人間を、区長を殺せる人間を、傍に置くなんて怖い真似できないから……。区長にしてくれて、ありがとう」


 マイルがにこりと笑った瞬間、マイルの首に銀に光が走った。


「まったくもう、酷いじゃないですか。私でなければ死んでいましたよ」


 ナイフを手に、ウサギの被り物がやれやれと肩をすくめた。

 片目のダグラスに見えたのは、マイルの正面に突然柱が生えて、同時にマイルの後方にアランが回ったことと。マイルが話し終わるや否や、アランがマイルの真後ろにいて、マイルが首を刎ねられたことだけだ。


「お話もできない人だなんて思いませんでした」


 アランが義眼を獲り、すたすたとダグラスの方に近づいた。

 ダグラスに刺さっている領地を折り、針を抜いて、ダグラスに義眼を差し出す。


「私はアンダートップマーケットに行きたいのです。一刻も早く。あなたが協力していただけるなら、この義眼を差し上げます。断って頂いても構いません、別の人に頼むだけですから」


「……わかった」


 こうして、まだ数年は続くはずだった6区の内乱は、終焉を迎えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ