1-1.テーヘンバスツアー!!
最下層にようこそ!!
「ヒュルルツゥットゥー!」
無暗にハイテンションなウサギの被り物が、タキシードの片足を上げ駒のようにくるくると回る。
「ようこそようこそ! 我らがテーヘンバスツアーにようこそ!」
愛くるしいウサギをモチーフにしているにも関わらず、やたらとデフォルメしたせいで可愛さのかけらもない。ウサギ好きの僕としては、見るに堪えない愚物だ。
「私がこのツアーのガイドを務めさせていただきます。気軽にバニーちゃんとでもお呼びください! 運転手はペットのフィーバーが務めます」
バスのハンドルに前足を置いた犬が、タイミング良くワンと鳴く。
あれはコーギーだな。短足だが、顔つきは勇ましい……好みだ、欲しいな。
「それから上の見張り台は、愛息子が務めます。皆様に直接ご紹介できないのが残念ですが、美少年ですよー。あ、でも安心してください。少年でも、実力は折紙つき。この危険な最下層の旅を必ずや無事、乗り切りまーす」
その実力があることは分かっている。
僕はこのツアーをとある親戚筋に聞いた。
まあ、信用ならない奴ではあるのだが……。こうして来れたということは、奴もほんとのことをまったく言わないわけではないらしい。
「では、ツアーに出発する前に一つだけお約束ください。
『あなた様の身に何が起きようとも、これからツアー内で起きる全ての事を決して口外しないと』
よろしいですか?」
その程度の予防線は当然だろう、このツアーは違法だ。
政府の許可を得ずに住居区以外の階層に行くことは違法であり、最上層から最下層なら禁固刑、最下層が上層に上がれば――おそらく死刑。
ツアーの実行犯なら、逃れようもなく死刑。
数名の同席者たちがコクリと頷いた。
言われずとも当たり前だ、馬鹿馬鹿しい――と僕は一人ため息をついたのだが……
「お約束いただけますか?」
ガイドがあの可愛くない被り物をずずいと寄せて、僕の顔を覗き込んできた。
陰影が付いたウサギはやたらと無機質だ。おまけに予想外にでかく、僕の視界から耳がはみ出ている。
「し、失礼だ……」
「お約束いただけますね」
囁くように紡ぐ声は甘かったが、それ以外の何かが、僕に悪寒を感じさせた。
それは、趣味の悪いかぶり物かもしれないし、甘ったるすぎる声のせいかもしれない。
とにかく『Yesと言わなければならない』と強く感じた。
「も、もちろんだ」
「――よろしい。ご協力、ありがとうございます」
よろしい。という上から目線といいガイドらしからぬ態度ではあるが、それに不服を言う暇も、腹を立てる余裕も僕にはなかった。
ただ気味の悪いものが離れた安堵で、ほっと胸をなでおろし、
「では、テーヘンバスツアー、これより出発です」
これから始まる未知の出来事に胸を躍らせるばかりだった。
今日この日このツアーに参加したがために、僕の人生がどれほど狂うかも知らないで。
ウサギのイメージは某エクソシスト漫画のミレニアムな伯爵様をイメージしております。