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小話 奇人の要望

アラン(ソーマ父)とマグドリス(奇人の運び屋)の話です

 最下層のとある区画。真っ暗な町の一角で、そこだけが周りと比べて異常に明るい。

 明かりの中心部付近で、ウサギの被り物をした男がヒュットゥルールー、と甲高い声と足を上げながら廻り踊り狂っていた。


「ひいふうみいよういつむう………数え切れませんが、約束の人数には到達致しました!」


 明かりを宙に放り投げ、被り物で器用に受け止める。男は周囲に散らばる遺体の数を数え、回転速度を速めた。

 ウサギの男は、足元に転がる骸から衣服の布をはぎ取り、踊りながら手から腕までこびり付いた血を拭う。拭き終わると今度は布を持つ片手をウサギの被り物の額に、もう片手を背後を指さすように伸ばしピースサインを掲げた。


「できるだけ残忍にという依頼にも十分応えられているものと自負しております! いかがでしょう? マグドリス・2・マグダラス様!」


 ピースサインの先にいた男はパチパチパチとお世辞のような拍手をし、元は十数人であったバラバラ死体達に近づいた。

 そのうち四肢をもがれ特に悲惨な状態の何体かを念入りに見て回り、感嘆と落胆の吐息を洩らした。


「悲惨な有様は素晴らしい――しかし、残念なことに明かりがぶれて肝心の殺戮現場は良く見えなかったな。素晴らしいが、なんとも味気ない気分だ。依頼は私を興奮させるために10名の殺戮ショーをみせることだったが―――」


「そのために一番い力の強いランプを拝借してきたのですが―――では教えて頂けないのですか?」


 ウサギの男―――アランが静かに微かに殺気を放つ。

 マグドリス・2・マグダラスはアラン自身には目もくれず、傍の遺体に手を伸ばし、もう一度深いため息をついてやれやれといった風情で立ち上がる。


「約束通り教えるとも。この惨状には心躍る。それだけに全てをこの目に収めらなかったことは残念きわまるが……『ドロップアウト』の出所だったな? 俺は一介の運び屋に過ぎない。お前が知りたいことを知っているとは限らないぞ」


「それは私の判断するところです。とりあえず、話していただけませんか?」


「いいだろう」


 遺体の血をその手にすくい取り、自らの顔に付け―――マグドリスは頬をにやりと歪ませた。

 アランは男の満足げな恍惚とした表情を不気味と感じはしたが、感想以上の感情はなく、この奇人が揚々と飄々と上機嫌に話しだすのを待った。


「俺は『グレゴリウス』という仲介業者と契約を結んでいて、いつもと同じように依頼を受けた。あの日、あの場所に現れる相手に、報酬と引き換えに荷物を手渡す。受けた依頼はそれだけだ。その他の事はどうでもよかったのでな。中身が何かは知っていた『ドロップアウト』が何かも都市伝説程度に知っていた」


「都市伝説? 『ドロップアウト』がですか?」


「有名な都市伝説だ。ある権力者がある役職を狙っていた、しかし当然ライバルは多い、中でも世間的に本命と噂された人物は実力・名声・血筋の3拍子が揃ったまさに王者。そんな王者を追い落とすために、権力者は王者に毒薬を飲ませた。即効性の強い毒薬だ。結果、王者はいなくなり、役職は権力者のものに―――ならなかった。権力者もまた他のライバルに同じ毒薬を飲まされ、いなくなった。その毒薬の名が『ドロップアウト』だ」


「おおっ、恐ろしい! それはいつの話ですか?」


「言っただろう。都市伝説だ。いつから噂になったのかまでは俺ではわからん」


「そうですか。では『グレゴリウス』というのは? 何を目的とした組織であなた様は今までどのような仕事をなさいましたか?」


「何を目的とした組織化は知らん。関心もない。今までも運び屋しかしたことはない。爆弾・金・レアメタル・火器・銃器―――どれもスーツケースで運べる程度の大きさと重さだ。中身が何かは毎回教えられていた」


「『ドロップアウト』は今回が初めてですか?」


「そうだ」


「運び屋は運ぶだけで中身は知らないものだと思っていました」


 アランの素朴な疑問に、マグドリスは顎に手を当て、ふむ、と首をかしげた。


「そうだな。俺は他でも運び屋をしていたが、他では教えられたことはない。丁寧に扱うようにとの忠告はよく受けたが―――『グレゴリウス』が特殊なのだろう。気にしたことはない。五大家の名前を語る連中だ、色々とまともでないことは確かだな」


「五大家?」


「有史以来一度も落ちることなく最上層に居続けている最も強力な5つの名家だ。グレゴリウス、レオ、ランド、コノン、ベネディクト」


 被り物の下で、アランの耳がピクリと動いた。


「他に聞くことはないのか? だったら今度は俺が尋ねるぞ?」


「まだ聞きたいことはありますが、いいですよ。なんでしょうか?」


「俺がアンダーマケットで取引をしたことをいったい誰に聞いた? あれは騒ぎになったが『ドロップアウト』の事まで野次馬連中が知っているはずはない。お前はあの時『ドロップアウト』を盗って行った奴の知り合いだろ。俺は奴に会いたい。引き合わせろ」


「あれは私自身ですが? 何か?」


 言う機会がなかっただけで、アラン自身は隠していたつもりはなかった。

 命を狙う狙われる。狙った相手、狙われた相手と、次の機会には手を組む、交渉相手になるなど、最下層では日常茶飯事だ。現在はよく仕事を共にするシットとイカロスも、そうして知り合った間柄だ。

 何気なく答えたアランに、マグドリスは目を見開いた。周囲の遺体の鮮やかな切り口に目を馳せ、大声をあげ笑いだした。


「何だ!何だ! お前だったのか! ははははは! いや一言礼が言いたかっただけだ! ははははは!」


 気がふれたように嬉しそうに笑うマグドリス。不気味としか言いようがない人物だが、アランは平然とそれが収まるのを待った。


「だったら教えてやる。言っておくが、聞かれなかったから答えなかっただけで他意はないぞ? 何に使うかは知らないが、どこに運ばれるのかは知っていた! これは俺自身の情報網だ。あれはアンダートップマーケットに届ける予定だったらしい」


「……アンダートップマーケット?」


「何だ最下層民は知っていると思っていたが―――最下層の領土争いをするために7人のボスが作った地下闘技場と周辺施設の事だ。客の多くは各階層の上位名家たち。俺は是非そこに行きたいのだが―――俺が警戒されているのか成り上がり組では駄目なのか、中々招待してもらえなくてな。命がけのコロシアム、殺戮ショー、最高に俺好みだ、俺のためにあると言っても過言ではない! ハハハハハ!」


「―――何故、アンダートップマーケットに?」


「そこまでは知らん。そもそも俺はアンダートップマーケットに行くための情報を集めていてたまたま今回の荷物がそこに行くと知っただけだ。そうだな都市伝説になぞらえるなら、最上層の権力者の誰かに使う気だったんじゃないか?」


「……そう、ですか―――では、御用事も済んだことですし、お客様を最上層にお連れ致します!」


「いきなりだな。もう質問は終りか?」


「はい……お客様とはまたお会いできそうですし、その折に、また」


「ははははは!! お前となら願ってもないな!」



****



 最上層のベネディクト家本家別邸の地下で、ミネルバの父、ベネディクト家の入婿、ロクシム・1・ベネディクトは、台座に横たわるサルサ・1・ベネディクトに問いかけた。


「ミネルバは何処だ」


 薬剤によって意識が朦朧とする少年を台座に縛り付ける姿は、とても警官とは思えない。

 普段のサルサならば、反抗どころでは済まない勢いで食って掛る場面だし、後々これをネタに永遠と相手を追い詰めるところだが、残念ながら今の彼にはこれを覚えておくことさえ不可能だ。

 意識が朦朧としているサルサは、眠りにつく瞬間のとても安らかな声で、理不尽にしいられた問いに答えた。


「最下層……もう……帰るはず………だけど……?」


「最下層だと? 何故、どうやって行った」


 ロクシムの語気が強くなる。意識があるサルサでも震えあがる迫力だが、幸い今はそれさえ分からない。


「最下層……バスツアー………ただの……観光………だよ……?」


 ロクシムは頭を振った。世界の根底に下って観光だなどと、ふざけ過ぎている。


「くそっ」


 こんなことをする輩が誰か、そんなことをさせている輩は誰か、ロクシムには察しがついていた。

 憤りから壊さんばかりに強く台座脇のボタンを押し、外部の部下に通信する。


「尋問は終りだ。尋問をする前の状態に戻せ、誰も疑えないほど完璧に、だ」


『はい。その次はいかがなさいますか?』


「階下りの支度をしろ。最下層に行く」


 踵を返し踏み出した足に必要以上に力がこもる。


「グレゴリウスの奴らめ!」


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