2-3.最下層の買い物!!
ミネルバ視点です。
結局、操縦席の後ろに縛り付けられたまま船は目的地に到着した。走行中の眺めは悪くなかったが、せっかくの店は、船の格納庫の扉が閉じていく様子しかわからなかった。
ない! こんなのってない!
ソーマの後ろでひたすら恨み事を言い連ねたが、ソーマは適当に「あー」とか「そっ」とか返事をするばかりで――絶対聞き流してるくせに相槌のタイミングがドンピシャな所が益々腹が立つ!
「じゃ、すぐ済ませてくるから、待っといて」
「………なにーーー!!」
「早めに戻るから」
しれっと返事をするソーマ。僕に渡したボロボロの布切れを自分で身につけ、振り返らずに手を振る。
違う、そうじゃない! 酷いぞお前は!
「僕も行くぞ! 解け、連れてけ、最低だ! 最下層民はまったく――駄目だな!」
「嬉しそうだな。じゃ」
「連れてけ! ディアに言いつけるぞ!」
ソーマがぴたりと止まった。ソーマもディアは怖いのか。良し!
「ディアは僕も連れてけっていったぞ、これじゃディアが言ってたことと違うな!」
「……連れてくるには連れてきたし」
「そんなへ理屈ディアに通じないぞ!」
ディアの事をよく知りもしない癖に、みたいな剥れ面をしてソーマは口に手を当てて唸った。
「……チョロチョロ動き回らない。俺の言う通りにする。誰に話し掛けられても絶対にしゃべらない。できるか?」
「うん!」
「はー」
なんだ。元気良くいい返事をしたのに、何がソーマは不満なんだ?
とにもかく、僕はようやく操縦席の後ろから解放され、ソーマのボロ布を着させられ、最下層の店に繰り出すことになった!
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暗くて黒くて薄汚れた店に並べられた商品はガラクタばかりだった。折れ曲がったクリップ、紙が赤茶けている本、ガラス玉、レンズが汚れてるメガネ、錆と埃まみれの音楽プレイヤー、ただの棒、動いてない時計、画面の一部が欠けている何世代も前の3Dマップ、ソーマと同じくらいの大きさの丸い金属、スカイシップの模型、何かのリモコン、ランプのないスタンドライト。
あー! はー! わー!
商品を見ていただけなのに、ソーマに睨まれる。何だよ。見ちゃいけないなんて言われてないし、はしゃいでなんかないんだぞ!
そんな僕の訴えが通じたとは思えないが、ソーマは諦めた様子でパイプ椅子に座っている大男に声をかけ、カードのようなものを見せた。
「……耐熱性の充填剤が欲しい」
「待ってな。呼んでくる」
おっかない大男が店の奥に引っ込む。するとソーマが僕に近寄って耳元でぼそりと呟いた。
「何にも触るな。誰ともしゃべるな。何かあったら俺の腕を叩いて知らせろ、声は出すなよ」
細かい命令だな。でも頷かなければ船に縛り付けられるだろうから、黙って頷く。
……人が素直に従っているんだから不審そうな眼をするな!
反抗心を視線に宿すと、僕の視線に耐えかねたのかソーマが僕のフードを思いっきり引き下げた。
前が見えない!
「へいらっしゃい。あんたが親父さん以外の奴と動くこともあるんだな」
大男と入れ替わりに奥から出てきた男は、ひょろっと細長い弱そーな奴だ。
僕を品定めするように見つめたが、すぐにソーマに向き直り、口元だけニッと笑った。
「あんたはタイミングがいいな。頼みたいことがある」
「交換の品がある」
「しかし、この頼みを聞いてもらえんことには何とも―――なぁ?」
ソーマは嫌そうに頭を振り、相手はみじんも動かない。
ピリピリとした空気の沈黙が続き――先に折れたのはソーマだった。
「内容による。何にせよ、交換じゃ引き受けないぞ」
「手間賃は弾むぜ、奥で話をしよう―――あんた一人でだ」
「……連れにちょっかい出したら」
「しねーしねー、誰が好き好んであんたら親子を敵に回すかよ」
どうだか、とソーマは呟き、僕に絶対にしゃべらない、この場を動かない、物に触らない事を約束させて、細い男と店の奥に入って行った。
ソーマたちはそんなにヤバいのか? あのウサギは違う方向にヤバい奴だとは思うが……
そういえば、眼を覚ましてから一度もウサギを見かけていない事実に思い当たった。ウザいのがいないのはいいことだが、気にはなる。ソーマが戻ってきたら聞いてみよう。
うるさいソーマがいないうちに店内をもっと見ておこうと、チョロチョロ動き回っていたら、後ろから急に声をかけられた。
「はぁーい」
ぞくっとする色っぽい声に悪寒が走り僕は思わず首筋を押さえ、声から遠ざかった。
「んふふ、そんなに驚かなくてもいいのにー」
褐色の肌が妙に艶めかしく色っぽい女がカウンターから話しかけてきた。
若作りしてるみたいだけど、30代後半か40過ぎだな。人を騙して玩びそうな匂いがぷんぷんするぞ。
「ソーマがアラン以外と来てるって聞いて、興味がわいただけよ。ただの野次馬」
アラン? ソーマとセットで浮かぶのはあのウサギしかいない。あのウサギはアランっていうのか? いや本名とか興味ないし、今後もウサギで通すけど。
油断ならなそうな女がゆっくりと僕に近づいてくる。なんか怖い、ディアとは別の意味で超怖い。気持ち悪いって言うか、近づきたくないというか……
「あらそんな顔されると傷つくわー」
嘘つけ、恍惚とした嬉しそうな顔してるぞ! サドめ!
「ねーねー、どうやってあの親子に取入ったの?」
取入ってなんぞない! と言い返したいが、ソーマとしゃべらないと約束させられたし、何よりこいつと会話したくない。
だから反抗的な眼で胡散臭げな態度を取ったら、相手は益々嬉しそうに微笑み――急にニッと腹黒い笑顔を見せた。その瞬間、意識と頭がぐらっとなり、相手の言葉が頭に反芻しはじめた。
「あの2人って有望株だけど、隙がなさ過ぎるのよ。あの親子を少しでも思い通りに動かすヒント、教えてくれるわよね、ねぇ―――」
「そ、んなの、ない―――」
「可愛い声ね。それで思いのほか頑固者ね、さぁ―――」
「おい! 何してる、キャンベル!」
轟く怒号に僕の頭ははっと正気に戻ったが、同時にぎゅっと縮こまった。
目の前でバシッ、と肌を叩く音がして誰かが――ソーマが僕を包み込んで、あの女――キャンベルから引きはがした。
キャンベルの魔の手からは救われたが、ソーマから感じる雰囲気は凄くピリピリしてて、お父様が怒っていらっしゃるときと同じくらい苦しい雰囲気を感じて、僕はより一層身を縮めた。
「ソーマ、怖ーい。首を跳ねられるかと思った」
「ふん。話は終わった、帰るぞ」
ソーマに強引に押されて、僕らは店を後にした。
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「店の奥で何を話してたんだ」
「あんたに教えることじゃない」
ソーマの返事は無神経で、声音は冷たくて、最低だ。
しかもまた人を操縦席の後ろに括りつけて、最悪だ。
「……おい」
「何」
さっきのキャンベルとかいう女の話が、頭にこびり付いて離れない。
ソーマ達が僕を助けるのは、巻き込んだ側として当然のことだけど――最低最悪の最下層民なんだから、そんな責任忘れて見捨てることもあり得る。
それに僕は違法者だ。見捨てたって――構わないとは言わないけど……
それとも、気が変われば急に捨てられるのか? 捨てられる―――
不安で胃がキューッと縮み、僕は頭がぐらぐらするぐらい激しく首を振った。
考えない、考えない。考えない!
家に帰れない不安まで押し寄せてきて、必死に首を振り続ける。ぐらぐらして気持ち悪くなってフラッと来て、頭を操縦席に思いきりぶつける。
「……何やってんだよ」
「……僕を――その、ああ!! もう! もう! もう!! 何でもない!!」
あらん限りの声を張り上げ、僕はギュッと目を瞑りソーマに文句を言い続けた。
「床が冷たい! 背もたれが固い! 操縦が下手で揺れる!」
「下手だと!? 揺れるのは船体とエンジンが古いせいだ!! むしろ俺が運転してるから、この程度で住んでるんだからな!」
「テーヘン号のコーギーの方が操縦が上手い! ソーマは犬以下だ! 下手くそ!」
「テーヘン号はいい船だからだ!!」
思いきり叫んで、喚いて、少し不安が和らいだ。
でも、ソーマがいい具合に言い返してくるものだから、思わすヒートアップしてしまって、ディアの診療所までずっと大声で言い合って、喉が痛くなった。
テーヘン号の運転はソーマ宅のペットがしてました。ソーマより上手です。