小話 従兄弟、最上層
ミネルバの従兄弟のサルサ君です。
ギチギチギチギチギチギチ
通気口を整備するクモ型ロボットが通り過ぎたのを確認して、サルサ・1・ベネディクトは本来辿っていた通路に、ひょい、と頭を出した。
(なーにが「最上層はセキュリティ万全、鉄壁の層」だよ。通気口を使えばどこにでも出入り自由、なんて警備手薄過ぎんだろ。ま、大人の通れる大きさじゃないけど)
12歳の少年としては若干体格の大きいサルサは、少し窮屈そうに手足を動かし、緑と青に光る通気口内を進んでいた。
目指すは従兄のミネルバの部屋。
予定では昨日中に最下層旅行から戻ってきているはずだ。
(よっ)
ミネルバの部屋に直結する通気口の冊子を慣れた手つきで開け、中へと侵入する。
どういうわけか、ミネルバの存在を隠したいらしい彼女の父親は、屋敷の地下深く、末端コンピューターさえ接続されていない部屋にミネルバを隠している。
監視用のモニタはいくつかあるが、手で勝手に位置を変えても怒られないし、死角ができても直されない。
当然この通気口も死角にしてある。
監視しておきたいのか、自由にさせてやりたいのか、行動に一貫性がないというか、サルサは馬鹿じゃないかと言いたい。
実際に言ったら最後、親戚とはいえ、家族もろとも第2階層に落とされそうだから口が裂けても言えないわけだが。
「おーい、ミネルバ、どうだった?」
呼んでも返事がない、室内を見渡しても誰もない。
隠れて脅かす気だと思ったので、見つけたらどんないたずらをしてやろうか考えながら『大人の扉』を除く全ての部屋と場所を片っ端から思わせぶりに捜索した。
30分ほどたって、何だか腹が立ってきたので、見つけたら悪戯じゃなく苛めてやると思いなおしながらさらに何十分も探すが見つからない。
「まさか『大人の扉』の外に連れ出されたのか?」
ミネルバが言っていた、立派な大人になった日に父親が迎えに来てくれるという『大人の扉』。
サルサにしてみれば、ミネルバを閉じ込めている檻の『出入口』でしかないわけだが……
そっと『大人の扉』に近づき、扉の周囲を確認する。
(開けたらすぐにわかるように貼った紙テープはそのまま、てか、ここから運ばれてる食料が3日分たまったままだ)
いくら頭の悪いミネルバでも、外出がばれる証拠を片付けもせずにそのまま置いておくことはしないだろう。
食料が入っているブラックボックスを開け、水と焼きそばパンを取り出し、ほおばる。
最高に座り心地のいいクッション付きの椅子に座り、ぐるぐると回る。
(俺が最下層に行く時は、行き帰りの時間がずれることはあり得ることだって言われた。何が起きるかわからないのが最下層だから。でも確か1日以上はずれないって話だし……)
ムカつくほどテンションが高いツアーのウサギとの会話を思い出す。
*********
「どれほどの危険が起きようと、お客様は必ず指定の日時にお返しいたします」
ウサギの被り物で表情は読み取れないが、困っていそうなことは気配で感じた。
このウサギは何を言っても全く動じなかったから、いい気味だ。気分も高まる。
「だーかーらー、それが不可能な事態が起きたらどうなるんだよ。詳しい解説が必要か? 階層移動用エレベータが壊れた。テロリストに出くわした。色々あんだろ」
「んーしかしながら、その程度のトラブルは実際に起こりえると想定したうえで、当日中にお返しできると申しましょうか。まー保身安全のために1日程度の誤差がでることもございますが」
「ほらみろ予定通りに帰れないこともあるんじゃねーか」
「んー」
「その場合の俺たちへの保証はないのかよ。こっちは安心したいんだよ、大金積んでんだぜ?」
「んー」
ウサギは唸りながら近づいてきて、俺の耳元でそっと耳打ちをした。
「我々ほどの腕を持って一日で対処できないとなりますと、それはもう死んだ場合のみでございます。
ツアーを提供している我々の死後となると、お客様に対する保証も一切致しかねますので……その辺りだけはご了承ください」
********
思い出して少し身震いする。
そんな傍若無人で無責任な商売があるか、商売根性が足りないとあのときは言い返したが……
場所は最下層、もしかしてその万が一が起きたのだろうか……
「……さっさと帰ってこいよ」
帰ってきたら散々ってほど苛めてやるからな。