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0.出会いの過去

 真っ暗だった。

 一寸先も、一秒先もわからないほど真っ暗だった。

 暗雲の中、ただ死んでなるものかと意地だけで実感のつかめない生にしがみついていた。

 世界は酷くて醜くて汚くて。美しいと云われるものは全て何かの犠牲の上にのみ成り立っていた。

 世界はピラミッドだ。

 三角錐の頂点を作るためだけに、他のパーツは存在している。

 そんな世界が俺は嫌いで、だから世界を壊し続けた。

 少しでも、多くでも、とにかく壊し続けた。

 俺が滅ぶか、世界が滅ぶその日まで、暗雲の日々を繰り返す。

 ――はずだった。あの出会いまでは、


 地面に散らばるのは遺体と血と肉片。

 存在しない階層―アンダートップマーケットでは日常的な略奪戦争の真っただ中。

 ナイフを手に踏み込んだ倉庫の隅で、それは行われていた。


「はー! ひー!」


 女の周囲には何体もの死体があった。

 倉庫の壁を吹き飛ばした爆発に巻き込まれたか、破片が当たって死んだのだろう。

 荒いが規則正しく息をしようとしている女にも、プラスチックと瓦礫の破片が重傷を負わせている。

 ほっておいても死ぬことは分かっていたが、それでも俺は自らの手で世界を壊さなければならなかった。


「亡くなれ」


 奇妙な声を出す女にナイフを突き刺した。

 女の体がびくりと大きく脈打ったが、女は倒れなかった。


「………」


 死にかけとは思えない目が、俺を睨む。

 だが俺は、世界を壊さなければならない。

 ナイフにさらに力を込めようとしたとき、女が耳障りなほど大きく叫んだ。


「あーーーー!」


 おぎゃー、おぎゃー!


 聞いたことのない声だ。野良猫の声と似ているが、少し違う。

 何だ?

 女が起きようとしたので、刺したナイフで抑え込む。

 それだけで、大概の奴は立てない。

 だが女は俺の手を振り払い、体を起こして泣きわめく何かを抱き上げた。


 ゾクッ!


 得体のしれない寒気が俺を襲い。迷わず一歩引いた。

 赤くてくしゃくしゃなあれは? 新手の生物兵器か?

 女が導線とおぼしき、生々しい赤い糸を噛み切った。

 俺は爆発に備えて、身構えたが、それは爆発しなかった。


「私の赤ちゃん――娘ならユーナ、息子なら――ソーマ」


 赤いものを壊さないようにそっと女が抱え込む。

 何だあの顔は、何だあの手つきは、あれは重要なものなのか?

 女がまた睨む。

 さっきは何ともなかったのに、俺は死を直観した時のように激しい恐怖に襲われた。

 俺の頭が真っ白になる直前、今度は倉庫の天井が爆発で吹き飛んだ。

 ガラガラと瓦礫が落ちて……


 キャー!


 悲鳴がした。

 俺は落ちてきた瓦礫に駆け寄り、女の死を確認にしようとした。

 だが、近寄ったことを後悔する。女はまだ生きていた。

 死にぞこないだが、あの目でまだ生きていた。


 女が全身で庇っていた赤いものを俺に差し出した。


「生かしなさい」


 衝撃だった。

 何がとはいえない。とにかく、衝撃だった。

 俺が僅かに、何とか首を横に振る。今度は罵声が響いた。


「生かせ!」


 ビクッ!

 恐怖に全身が痙攣する。

 あがらおうにも、その目と声に逆らえず、俺は恐る恐る赤いものを受け取った。

 なんだこの赤いものは、なんだこの脈打つものは。

 俺はこんなの知らない。


「おい、おまえ――」


 これは何だ――

 俺の疑問に答える前に、女は絶命した。



 ***



(この後また倉庫に爆弾が落ちて、私はソーマを抱えたまま逃げた)


 15の頃の、無知であった過去の自分を嘲笑い、夢の中でまた死んだ彼女を見た。

 今から思い返せば、彼女はあの頃の自分と同い年か、もっと若かったかもしれない。

 早死にするが故に、アンダートップマーケットの人々は熟すのが早い。


(感謝してる。私にソーマをくれてありがとう)


 夢でいつも告げる感謝の言葉。

 そして彼は、いつも通り目を覚ます。

学校で聞いた実話戦争体験を元にしたくだりです。兵士さんの実体験ね。

実際は、兵士さんに出産手伝わせて、親子で逃げた去ったそうです。母強し。

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