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夏の雲  作者: ドルチ
7/15

少年


拓哉の救出劇から二日後。事情聴取のようなものを受けて疲弊しきっていた里栄子だったが、誰かに会わなければという思いに駆られ、公園復帰した。

しかし公園には鈴木きょうだいや拓哉どころか、人の姿自体ほとんどなく、閑散としていた。

「事故の後って、こんな風になっちゃうのなのかな・・・」

 寂しさに耐えられず、里栄子はすぐに帰宅した。


その翌日。懲りずに公園にやってきた里栄子は、喜びに思わず声を上げた。滑り台の上に、見慣れた少年を見つけたからである。

「三山くん!」

 駆け寄ってくる里栄子に気づいた時雨は、抱えていたスケッチブックをたたみ、するりと下りてきた。

「里栄子、元気そうだな」


「あなたまで呼び捨てにするのね」

 ため息をついてみせながらも、里栄子はとても嬉しかった。時雨が、公園に来ていたこと、他人面をすることなく向き合ってくれていること、名前を覚えていたこと、そして笑っていることが。


「あんたも、時雨って呼んでくれていいよ」

話を聞くと、事件の後、時雨はまず叱られたらしい。人を助けようとして川に入るのは、自身の身も危険にさらす行為だと。

「やっぱり、ペットボトルは要らなかったか」


「そういう問題じゃないでしょ」

それから、その勇気と知恵を大勢に褒められ、感謝された。特に、拓哉の両親からだ。

「昨日、電話が掛かってきて、お菓子とか持ってきて。拓哉に食べさせたらって言ったんだけど」


 時雨は鞄の中から、綺麗な包み紙を取り出した。この辺りで評判の洋菓子屋の焼き菓子だった。

「ここに来たら誰かいると思って、持ってきた」


「一緒に食べようと思ったの?」


「・・・そう。とりあえず、里栄子にあげる」


「ありがとう」

 近くの自販機でジュースを買って、二人でベンチに並んだ。

「おいしい」


「うん」

 時雨はあっという間に一つ目を食べてしまい、二つ目に手を伸ばした。

「拓哉くんは、元気なのかな」


「これ持って来た時、元気になったら挨拶させます、みたいなこと言ってたな」


「それからは?」


「昨日の話だから」


「あ、そっか・・・」

「私、連絡先とか知らなくて。綾ちゃんや海君も来てないし」

「私あの時、拓哉君が死ぬんじゃないかって・・・すごく恐かった・・・」


「・・・」

 時雨が黙ってしまったので、里栄子は続ける言葉を見つけられず、二人の間にふいに沈黙が下りた。蝉の声と、遠くを走る車の音、そして何事も無かったかのように流れる川の音が聞こえる。


 今日も、夏だ。夏の真ん中だ。


里栄子の額に汗が浮く。時雨の頬にも汗の筋が伝った。


――そうだ、あの歌。もう一回聴きたい。


 と、里栄子が考えたその時、蝉の声がぴたりと止んだ。

驚くほどの静寂がやってきた。


「ねえねえ」


 そこに突然、背後から声がして、二人とも思わずのけぞった。

「そんなにびっくりした?」

 振り返ると、見たことのない子供が立っていた。年は海や凪と同じくらい、透き通るような白い肌が、木の影の中にぼんやりと浮かんでいた。里栄子と時雨の狼狽ぶりを見て、おかしそうに笑っている。

「海君達の友達?」


「海君? 違うよ」

「夏休みだからさ、おばあちゃんちに遊びに来てるんだ」

 都会の方から来たのか、肌の白さも手伝ってか、垢抜けた雰囲気があり、確かにこの辺りの子供ではなさそうだった。おばあちゃんの家が退屈になって、同い年くらいの子供がいそうな所に遊びに来たのだろうか。

「この公園、あんまり人いないんだね」


「普段は君くらいの子もたくさんいるんだけど」


「そっか」

 色白の子供は、しょんぼりと下を向いた。里栄子と時雨は顔を見合わせた。

「君、名前は何ていうの?」


「おぐら むと」


「むと君。どんな字書くの?」


「夢、人」


「かっこいい名前だね」

 里栄子が言うと、夢人は照れくさそうに笑った。


「誰か来るまで一緒に遊んだらいい」

 時雨が言った。

「本当? いいの!?」


 夢人の顔が一気に明るくなる。里栄子は時雨の発言が意外だったので、何となく負けたような気持ちになって、自分も横から言った。

「もちろん、いいよ! 何する?」


 その日、三人は日暮れまで一緒に遊んだ。走ったり笑ったり、事件のことをすっかり忘れてしまうほど真剣に遊んだ。

夢人の真っ白な肌が夕焼けで赤く染まる頃まで、その時間は続いた。


「疲れた~」

 汗だくの額を晒して、里栄子はベンチに腰を下ろした。投げ出した足元に夢人が走り寄ってくる。その後ろに時雨が続いた。

なかなか幸せだなと、里栄子は思った。


「そろそろ帰るか」


「そうね」


「えーっ」


「明日も遊ぼう」

 口を尖らせる夢人に、里栄子が優しく微笑んだ。

「本当?」


「うん」


「じゃあ、また明日だよ。約束ね!」

 夢人は満足そうな顔で走り去ってしまった。

手を振る間もなかった里栄子は、思いついて、あっと声を上げた。


「家まで送ってあげたらよかった。道に迷ったりしないかな」


 時雨は少し考えてから言った。

「それはしなくていい、気がした」


「どういう意味?」


「さぁ」


 里栄子も時雨と別れ、久しぶりの心地よい疲労感と満足感に満たされた帰り道は、鼻歌を歌った。

しかしそれから三日間、どしゃぶりの雨が続いた。里栄子は公園と子供達のことが気になりながらも、外に出る気になれず、家でぼんやり過ごした。



そして雨が上がった日。事件から一週間後。朝になるのを待って、里栄子は家を飛び出した。

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