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夏の雲  作者: ドルチ
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駄菓子屋まほろば


「里栄子、こっち」


 海が手招きする方には、古ぼけた駄菓子屋があった。

 

「こっち側にこんなところがあったなんて」


 里栄子がギターを弾いている公園は、城跡の一部を整備したものである。城跡の広い敷地内には、子供達が「森」と呼ぶ木々が生い茂る小山があり、テニスコートや陸上競技場などの施設も点在していた。駄菓子屋は敷地内で、丁度公園の正反対にあった。


「ごめんください」


 海が店の入り口で叫んでいるが、反応は無いようだ。


「誰かいませんか?」


 綾、凪とともにやっと追いついた里栄子も店の中に呼びかける。


「誰もいねぇのかな」


「寝てるんじゃない?」


 五人は額を突き合わせて店の奥を覗き込んだ。


「あらあら、ごめんよ」


 その声は、店の中からではなく森の方から聞こえてきた。里栄子が声のしたほうを見ると、初老の女性が胸を張ってこちらに歩いてきているのが見えた。


「ばぁちゃん、どこ行ってたの?」


「お~、なぎちゃんじゃないかい」

「ばぁちゃん、ちょっと草を取りにな」


「なんの~?」


「よもぎじゃよ」


 売店のおばあちゃんは手に持ったざるを凪に見せながら言った。


「その草なんにつかうの?」


 凪が続ける。


「よもぎのお団子を作ろうかと思ってな~」


「げぇ、まずそ~」


「食えるわけねぇ」


 海と拓哉が口々に騒ぎ出す。


「ほれ、なぎちゃん、こっち来て見ていくか?」

「綾ちゃんも。それと・・・」


 小さくてつぶらな目に見つめられた里栄子は、慌てて頭を下げた。


「榊 里栄子です」


「りえちゃん、いらっしゃい」


 何も尋ねずすんなり受け入れてくれた事に里栄子は驚きもしたが、それよりもうれしかった。

 おばあちゃんにしてみれば、十歳も二十歳もそう変わりがないのだろうが、それでも里栄子はうれしかった。


「ほれ、こっちで作るよ」


「拓哉、行こうぜ。おままごとには付き合ってらんねぇ」


「行こう、行こう」


 里栄子は綾と凪とともにおばあちゃんに導かれて店の奥へ入って行った。楽しそうによもぎのざるを抱えた凪を見て、海と拓哉はそれも楽しそうだと思ったが、まずそうなど言った手前どうしようもなく、ばつが悪そうにその場を離れていった。


 よもぎ団子作りは、綾や凪に取っては新鮮で、里栄子にとってはどこか懐かしかった。

 駄菓子屋のおばあちゃんが本当のおばあちゃんと重なり、そして消えていった。


「うまいじゃろう」


「なんか苦いけど、その後に甘いのが来るー」


「甘いのは、さっき入れたあんこじゃよ」


「なぎ、甘いのだけがいいかも」


 それを聞いた綾は、凪に微笑みかけた。


「苦いのは、お・と・な・の・味、だよ」


「じゃあ、なぎはずっと子供がいい」


 二人のやり取りを見ていたおばあちゃんは、そっと二人の肩を抱きながら言った。


「そのうち、なぎちゃんにもその味の良さが分かる時が来るよ」

「おや、もうこんな時間じゃよ」


 気が付けば、先ほどまで鳴いていた蝉の声が無くなった森は静まり返り、西の空が真っ赤に染まろうとしていた。


「いい、夕焼けじゃな」

「気つけてな~」


 おばあちゃんに手を振りながら、三人は公園の方へ歩き出した。


「そういえば」


 綾と里栄子の声が重なって、森の方へ突き抜けた。


「海君と拓哉君は?」


 少しの間の後、里栄子が先に口を開いた。


「家に帰ったのかな」


「まだ公園にいるかも」


 妙な。


 妙な胸騒ぎがした。


「綾ちゃん、凪ちゃん、私先に行って公園見てくる」


 里栄子は駆け出した。


里栄子は子供の頃から、勘が鋭い子供だった。

 悪い事がある前触れに、丁度今のような胸騒ぎがするのだった。


 あの時も・・・。


 いつも思い出せない、いつかの夏休み。

 里栄子の母親は、頭を打って記憶をなくしたと言っていたが、今と同じ胸騒ぎがしたことだけはなぜか覚えている。


「里栄子!」


 海の叫ぶ声にはっとした里栄子は、目の前に立っている海が泣いていることに気が付いた。


「どうしたの?」


 駆け寄ると、海は小さく肩を震わせていた。


「拓哉が・・・」

「拓哉が・・・」


「拓哉君がどうしたの?」


「川で・・・」

「流れなんて全然なかったんだ」

「急に」


「どこ!」

「どこって聞いてるの!!」

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