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夏の雲  作者: ドルチ
3/15

大は小を兼ねるか?

 里栄子は三人と仲良くなるうちに、彼らについて色々と発見をした。


まず、小学六年生である長女の綾は、その年頃の女の子の多くがそうであるように、同い年の男の子のことを、子供っぽい男子、とみなしていた。


そんな綾が、一度、里栄子にこんなことを尋ねた。


「里栄子さんは、好きな人、いますか?」


 それだけなら、そのくらいの年の女の子にありがちな質問だ。綾はこう続けた。


「好きな人に、おはようとか、さよならとかいう時って、どんな気持ちになりますか?」


 それを聞いた里栄子は、学校で好きな男の子にうまく挨拶も出来ない綾を想像して、こそばゆくなった。同時に、真面目な顔で目を細める綾を愛しく思った。


「そりゃ、すっごく幸せな気持ちになるよ」


 里栄子がそう答えると、綾は笑ったあと、首をかしげた。


「さよならの時も、幸せなんですか?」


「んー、それはねぇ・・・」


 そこから、里栄子と綾の恋愛談義が始まった。

 態度も言葉遣いも大人びた綾だが、年相応のロマンチストでもあるのだ、と、里栄子は思っている。


長男の海は小学四年生、三人きょうだいの真ん中らしい自由人で、周囲との協調を常に意識している綾からは小言を言われてばかりだった。


しかし、彼の周りにはいつも人が集まっていた。海には友達が多いばかりでなく、彼に対して憧れを抱いている子も少なくないようだった。小学生くらいの頃は、勉強の出来る子や、運動神経の良い子がモテるものだ。海はもちろんその二点を持ち合わせていたが、それ以上の何かを持っていた。


里栄子はその不思議な魅力を感じていたが、表現する言葉を見つけられずにいた。強いていうなら、周りを明るくする力のようなものだろうか。


そして、末っ子の凪は小学二年生。しっかり者の姉と人気者の兄にくっついている甘えん坊だが、実は結構周りを見ていて、誰も一人ぼっちにならないように、誰かが怒ったり泣いたりしないように、そっと気を使っていた。体調の悪そうな子などいれば、一番に気づくのは凪だった。


親きょうだいから大事にされている子供は自然とこうなるものなのだろうかと、里栄子はいつも感心した。


――じゃあ、私は?


 里栄子は時々考えた。


――私は、この子達の目に、どんな風に映っているんだろう。


――・・・。


「里栄子!真面目にやって」


「オニがおいかけてくれなきゃ、オニごっこにならないよぉ」


 里栄子がはっと我に返ると、少し離れた砂場の真ん中あたりで、海と凪がそろって口を尖らせていた。


「あ・・・」


 真夏のぎらぎらした日差しと、昼下がりの強烈過ぎる熱気が、いつの間にか心を思考の世界に引きずり込み、現実味を失わせていた。

午後二時。最も暑くなるこの時間、里栄子は少し視線を上げただけで眩暈を覚えた。


「ちょっと休憩!」


「えーっ」


 里栄子は子供達のブーイングを無視して木陰に入り、ベンチにうつ伏せた。


「もう無理~」


 ひんやりした石のベンチに、体をべったりとくっつける。体の熱気が石に吸い込まれていくようだと、里栄子は思った。


「おりゃっ!」


 心地よさも束の間、日差しよりも熱くじっとりとした体が、里栄子にのしかかってきた。

 乗っかってきたのは、山崎 拓哉だった。海の一番の友達で、ほぼ毎日一緒に遊んでいた。

拓哉は、ふざけるのが大好きなお調子者である。さっきからオニである里栄子に近寄って挑発しては飛び跳ねて逃げる、という動作を繰り返し、ひときわ汗だくになっていた。


「うわーっ、暑い暑い! 勘弁して」


 里栄子が大げさに声を上げてみせると、拓哉は一層嬉しそうに体重をかけてきた。

戯れる二人のもとへ、鈴木きょうだいも駆け寄ってきた。


「おねえちゃん、さっきから休憩ばっかりだね」


 うつ伏せたままの里栄子の頭上で声が飛び交う。里栄子のことを「おねえちゃん」と呼ぶのは、凪であった。


「そうだぞ、里栄子。大人って体力ないんだな」


生意気にも呼び捨てにしているのは海だ。


「運動しないと太るぞ、里栄子」


 いう事も呼び方も、海に便乗して生意気なのが拓哉。


「里栄子ちゃん、大丈夫?」


 そして、最近ようやく打ち解けて、さん付けと敬語がなくなったのが綾。恋の話や、大学生活や一人暮らしの話、家族の話、将来の夢の話などするうちに、彼女の中で里栄子は学校の友達と同列になってきたらしい。


「だって、ケンケンなんて、もう何年もしてないもん・・・」


 里栄子は力なく顔を上げた。

凪以外はケンケン、というのが、この鬼ごっこのルールだった。一番幼い子に合わせたルールで遊ぶ。古き良き子供の約束。


とはいえ、二十一歳の乙女にとっては、帯に短したすきに長しであった。普通に走れば簡単過ぎ、ケンケンをすると厳し過ぎる。提案を聞いた当初こそ、年齢が離れていても一緒に遊べる素晴らしいルールだと感激した里栄子だったが、そろそろ音を上げそうになっていた。


言ってしまってから、里栄子は凪が決まり悪そうに俯いているのに気が付いた。


「あっ、なぎちゃん、そんなつもりじゃないの」

 

「うわぁ、里栄子ひでぇ。なぎが悪いみたいじゃん」


「もう! 私ならまだ走れるわよ」


 余計な事を言ってはやし立てる拓哉を弾き飛ばす勢いで、里栄子は体を起こした。


「逃げろ!」


 海と拓哉が駆け出し、綾も続いた。


「ほら、なぎちゃん、つかまえちゃうよ」


 里栄子が微笑んで凪の前に手を突き出すと、ようやく凪も笑って、きゃあと叫んで逃げ出した。


「いくわよ~!」


 夏の太陽が作る濃い影の中から、里栄子は飛び出していった。

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