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夏の雲  作者: ドルチ
2/15

雨、一人

 次の日、少年達のグループは公園に来なかった。

 次の日も、その次の日も少年達は公園に来なかった。

 里栄子は、望んでいた静かな公園を手に入れたはずなのに、どこか浮かない顔をしていた。

 静まり返った公園で、今まで雑音だと思っていた少年達の声がなくなると、今度はまともに音楽にならない楽器の音が雑音になるのは当然だ。

 里栄子が、カノンを奏でるバイオリニストだったら、こんな静かな公園でも絵になっただろう。

 里栄子が、ハーモニカを口にくわえたジャズシンガーだったら、観客も集まってきたかもしれない。


 だが現実は、残酷だ・・・。


 どんな画家も、こんな公園を描きたがらないだろうし、演奏する里栄子の周りにあつまっているのは、鳩や蟻くらいなものだ。


 滑り台常連の青年は、里栄子の方を見向きもしないし、ベンチ常連の老人は、いつから寝ているのかもわからない。

「現実って、残酷」


 彼女自身も分かってはいるのである。


「聞く人がいてくれないとな~」


 違う意味で・・・。


 見上げると真っ青な空。里栄子はいつの間にか夢の中に旅立っていった。



 コツコツと、里栄子の靴の音だけが響く。


 ステージの中央に立つと、四方八方のライトが里栄子を照らし出す。


 少しまぶしいと感じる里栄子だったが、それ以上にまぶしい笑顔を満員の観客に向けて差し向ける。


 それと同時に、割れんばかりの拍手が会場を包み込んだ。


 左手には、ヴァイオリンの名機「ストラディバリウス」。右手には、十分に手入れされた弓が握られている。


 里栄子が一礼すると、会場は急に静まり、小さな子供でさえも息を潜めた。


 里栄子がそっと弓を弦の上に置くと、心地よい調べが会場に響き渡る。曲は、ヴィバルディの「アンナ・マリーアのために」。緩急をつけながら、しっかりとした音を奏でる。


 演奏を終え、里栄子が一礼すると、先ほどを上回る拍手が送られた。


「おねえちゃん」


 次の演奏曲に移ろうとする里栄子の耳に、誰かが呼ぶ声が聞こえる。


 周りを見渡しても、だれもいない・・・。


 首をかしげながら再度弓を弦の上に置く。


「おねえちゃん!!」


「もう、誰!?」


「なぎ。おねえちゃん、なぎだよ」


 目を開けると、上から覗き込む三つの顔があった。

 まだ寝ぼけている里栄子に、少しませた感じのする少女が話しかけた。

「凪の姉の、鈴木 綾です」

 礼儀正しく名乗ってくれた少女の横から、小さな手が伸びた。

「はい、これ。お土産だよ」

「沖縄、行ってきたんだ」

 満面の笑みで、サトウキビで作られたお菓子の箱を差し出す女の子に、里栄子は見覚えがあった。

「なぎちゃん?」

「・・・と、お姉ちゃん」

 少女は頷き、隣に立っていた男の子の肘をつついた。

「あんたも挨拶しなさい」


「・・・鈴木 海」

 綾につつかれた少年が、ぶっきらぼうに言った。

「なぎちゃんの、お兄ちゃん?」

 いつも公園を走り回っているグループの中心にいた少年だという事に里栄子は気が付いた。

「この間は、凪を家まで送ってくれてありがとうございました」

 綾がもう一度口を開いた。

「あ、いえいえ。どういたしまして」


「母が、お礼も兼ねてお土産を渡してくるようにって」


「そんな、当然のことをしただけ・・・」

 いいながら凪が差し出した箱を押し返そうとしたが、反論を許さない、そんな目をする綾に、里栄子は少し萎縮してしまった。

「ありがたく、頂きます」


「よかったね、凪」


「うん」

 喜ぶ妹と笑顔を交わす綾の表情は、年相応に可愛らしく、里栄子はようやくほっとした。


「あれ、海は?」


「兄ちゃん、あそこ」

 凪が指差した先では、海がブランコに乗って遊んでいた。里栄子に興味がないのか、挨拶に飽きてしまったのか、素早いことだ。

「あのこったら・・・」

 綾は再び大人びた顔でため息をついたが、すぐに里栄子に向き直って頭を下げた。

「では、私は行く所がありますので」

「凪、ちゃんと五時までには帰ってくるのよ」


「は~い」


「あ、また、ね・・・」

 里栄子が言い終わらないうちに、綾は踵を返して公園を出ていってしまった。嵐のように去っていく綾の後姿を、里栄子はただ呆然と眺めていた。

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