夏よさらば
「あれって夢だったのかな?」
「みんながみんな、同じ夢を見た・・・」
「なんだったんだろうな」
いつもの公園で、里栄子は時雨と2人きりだった。小学生の夏休みは終わり、大学生の長い夏休みが余韻のように9月の中頃の今も続いてた。
ベンチの端と端に座った2人は、少しずつ思い出すように話し始めた。
「俺はずっと、一人で大きくなったと思ってたんだ」
「一人で生きて、一人で飯を作ってさ」
「でも違ったんだなって」
「俺にも海の様な時があって」
「いつも誰かが見守ってくれてた」
「私も・・・」
「思い出の洞窟でさ」
「自転車あっただろ」
「うん」
「あの自転車、父さんが買ってくれたものだったんだ」
「買ってくれた後、直ぐに死んじまったけど」
「そっか・・・」
「思い出の洞窟」
「なんか不思議なところだったね」
「夢人も、不思議な奴だったな」
「俺等以外そんな子供は知らないって言うし」
「公園でいつも本読んでるじいさんも見た事ないってさ」
「夢人君・・・」
「夢人君は私の思い出だったのかも知れない」
「子供の頃、夏休みが来るたびにおばあちゃんちに遊びに行って、いつも遊ぶのを楽しみにしていた男の子がいたの」
「その子は、勇敢で、何でも出来て、どこかミステリアスで」
「ある日、私が車に惹かれそうになった時も彼が守ってくれた」
「けど、彼はその時私の代わりに車に跳ねられて病院に運ばれて・・・」
「で、それからどうなったんだ?」
「それが最後に彼に会った時だった」
「おばあちゃんや母さんに聞いても、何も答えてくれないし」
「そうしてる間に忘れちゃってたんだ、大切な思い出も、彼のことも」
「そいつが、夢人に似てたんだな」
「うん、子供の頃の記憶だから曖昧だけど」
「私に思い出してほしくて」
「それとも、私が思い出したかったのかな・・・」
「それで、思い出の洞窟・・・か」
沈黙が二人の間で、共感にも似た感情を作り出していくように感じる。
「漢字でさ・・・」
少し聞き取りづらかった里栄子は聞き返した。
「ん?」
「漢字でさ、人の夢って書くとはかないって読むんだ」
地面にしゃがみ込んだ時雨は、地面に文字を書きながら確かめるように言った。
「大人になるまでの、儚い時間の事」
「大学生って・・・もう大人、なのかな?」
「大人になったら、忙しさの中で少しずつ忘れてしまうのかな?」
「だとしたら私大人になんて・・・」
不意に立ち上がった時雨は言う。
「大人ってそんな堅苦しいもんじゃないよ、きっと」
「みんな自然になっていくもんだと思う」
「大事なものをみんな背負って、ちゃんと前を向いて一人で歩いてりゃもう大人だって俺は思うな」
「そっか。」
「そうだよね」
「大事なものが大きすぎて時には忘れてしまうけど、いつだって思い出せる」
「懐かしい夏が来れば、あの夏の匂いがすればね」
「17歳の癖に、なんか生意気」
「おばさんにはわからないかな」
「なんですって!」
追いかける素振りを見せた里英子に少し驚いて、時雨は持っていたノートを下に落とした。
「そういえばさ、いつも何書いてるの?」
「・・・」
「もしかして、歌詞とか??」
「夢なんだ」
「え?」
「自分の歌で生きていくことがさ」
「そっか」
「あの時の歌の続き聞かせてよ」
「こう見えても、私バンドやってるんだから!!」
「あのへたくそなギターで?」
「見てみなさい、少しはうまくなったんだから」
ギターを弾くまねをした里栄子を遮るように時雨は言った。
「貸して」
「弾けるの?」
「まぁ見てなって」
心地よいギターの調べと、少しハスキーな声が時雨の指と口から、里栄子の全身へと掛け行けて行く。
「やっぱりいい声・・・」
「夏の・・・」
「夏の歯車って言うんだ」
歌を歌い終えた時雨は、柄にもなく恥ずかしそうに言った。
「なんか懐かしいって言うか」
「行けるよ!うまいよ、すごく」
「ありがとう」
時雨はギターを返しながら少ししゃがんだ。
その瞬間、里栄子は頬に触れた少し柔らかな感覚に、なにが起こったかがわからなかった。
「ちょ、今何を」
そう言いながら周りを見渡すが時雨はいない。
やっと見つけた時、時雨は公園からかすかに見える川沿いを歩いていた。
その後姿に、ゆっくりと沈みかけた夕日が反射しているようで綺麗だ。
「あいつ、17歳の癖にー」
~END~
夏の雲、完結です。
このサイトに載せた初めての連載が完成し、読み返してみるともっといい表現があったのではないかと思います。
伝えたかったことが読んでくれた方に少しでも届けば幸いです。