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夏の雲  作者: ドルチ
1/15

始まりの

初投稿いたします。


 もう、何度目の鬼だろうか。

『なんであんなに元気なのよ・・・』

里栄子は呟いた。


『里栄子、こっちやで』

『お姉ちゃん、こっち』


 周りから見れば、少し不思議な光景だったかもしれない。小学生のグループの中に、里栄子が混じっていたのだから・・・。

 里栄子はれっきとした大学生であり、二十一歳の乙女であった。


 ボランティアなのか、暇なのか。そのどちらでもあるのかもしれないが、はっきりいっていつの間にかそうなってしまっていたのだ。


 とはいっても、一応きっかけのようなことはあった。


 その日、榊 里栄子は少し不機嫌だった。いや、だいぶ不機嫌だったかもしれない。

『私の忙しい休日を、大事な練習時間を』

 そう、ぶつくさいいながら川沿いにある公園でギターを弾いていた。


 実際は、忙しくもなく、大して練習する気もなかったのだが、夏休みが始まって二週間、友達は実家に帰ってしまい、バイトをやる気にもなれず、だからといって輝かしいバカンスがこの先待ち受けているわけでもない、そんなもやもやを抱えながら、日々公園に通っていれば、不機嫌にもなる。文句の一つもこぼすというものだ。


 その文句の対象は、公園内を所狭しと走り回る少年達に向けられていた。

 里栄子と子供達の他に公園にいたのは、寝ているのか起きているのかわからないおじいさんに、いつも滑り台の上で何かを書いている高校生風の少年くらいなものだ。


『うるさいわね、何が楽しいのかしら』

 思えば、理不尽な文句である。

 みんなの公園なのだから、子供達が走り回ってなにが悪いのだろうか。楽器の練習をしたければもっと静かな所に行けばいいだけの事なのだ。


 地方都市の中心から少し離れた所にある大学に、里栄子は通っていた。三年生になり、実家がそれほど恋しくもなくなった里栄子は、この夏休みは帰省しないことにしていたのだ。もちろん往復で五時間かかるという事も一つの理由ではあったのだが。


『ここと、ここを押さえて・・・』

 ギターを抱えてうなってみるが、まるでまともな音はならない。


 というのも、一体どうしてそうなったのか、夏休みが始まる三日前に友達と四人でバンドを組む事になったのだが、今までおたまじゃくしなんて音楽の時間以外で見た事のない里栄子、ギターも友達の父親が倉庫に眠らせて埃まみれになっていたのを、掘り起こしてくれたもので、「ド」が「レ」でも「ミ」が「ソ」でも構わないようなものなのだ。


 これでまともな音がなったのなら、里栄子はきっと今頃オーストリア辺りで活躍している事だろう。


『里栄子~』

 公園の入り口の方から、里栄子に向かって手を振る女の子がいた。


『琴美』

 伊吹 琴美、里栄子のクラスメイトでもあり、バンドのメンバーでもある。


『ちゃんと練習してる~?』


『う、うん』

『さっき、やっと演奏らしくなってきたとこ』

 里栄子は嘘つきである。


『ほんと?ちょっと弾いて見せてよ』


『あ、でも、まだまだ人には聞かせられるレベルじゃないから』

 しかも、すぐばれる嘘をつくタイプの嘘つきだ。


『ふふ』


『琴美?どうしたの?その荷物』


『やっぱり実家に帰ろうと思って』


『え!?でも、バイトがあるって』


『後輩に代わってもらっちゃった』


『そうなんだ・・・』

 里栄子の最後の望みが、音を立てて崩れ去っていった。


『じゃ、バスの時間がすぐだから』

 去っていく琴美を見送りながら、完全に一人っきりの夏休みを過ごさなければならない乙女は、周りにもわかるくらい負のオーラを放っていた。


 気がつくと、建物の間から夕日が顔を覗かせ、走り回っていた子供達はいなくなっていた。

 ふと見ると、人はいないはずなのにブランコが揺れている・・・。心霊現象!?――などということはなく、俯いた女の子が、今にも泣きそうな顔でブランコを漕いでいた。


 先ほど遊んでいた少年達の中の一人のようだ。


『どうしたの?』

 先ほどまで負のオーラに包まれていた人物とは思えないほどの優しい笑顔で里栄子は話しかけた。この転換の早さが、彼女の唯一?のとりえなのだ。


『兄ちゃんが』


『お兄ちゃんがどしたの?』


『なぎのこと嫌いだって・・・』


 少女の名は凪と言うらしい。


『なんで、お兄ちゃんそんなこといったのかな?』


『なぎがわるいこだから・・・』


 話を聞くと、理由は些細な事で、凪がお兄ちゃんのものを勝手に使ったのがそもそもの発端だったらしい。

『なぎちゃん!おうちどこ?』


 夏とはいえ、日の傾きかけた夕方、空ももう暗くなりつつあったので、小さい子供を一人で帰すわけにもいかず、里栄子は凪にそう尋ねた。


『あっち』


 少女が指差した先は、里栄子の家がある方向と真逆ではあったが、里栄子は送っていくことにした。

二人は手を繋いで歩き出した。


『なぎちゃんは夏休み?』


『うん』

『お姉ちゃんも?』


『そうだよ、お姉ちゃんも夏休みだよ』


『それ何?』


 凪は里栄子が背負っているギターを指差して尋ねた。


『これは、ギターだよ』


『何するの?』


『ん~とね、音楽を演奏するための楽器なのよ』


 里栄子の演奏は到底音楽と呼べる代物ではないが、本人はそのつもりだったらしい。


『なぎも学校で習うよ、音楽』

『リコーダーとか』


 リコーダー。懐かしい響きを聞いて、里栄子は少し遠くを見た。それからおもむろに、凪と繋いでいた手を放し、ケースに入れて背負っていたギターを抱え込んで、弾いて見せた。


―ボロロン


 ギターのどこをたたけばそんな音が出てくるのかわからないような音がなった。


『不思議な音だね』


 凪のその言葉をほめ言葉と取ったのか、里栄子はまるで曲を奏でるかのようにリズムに乗って弦を弾き続けた。薄暗い夜の街に、お世辞にも演奏とはいえないその奇妙な音は、どこまでも響き渡っていった。


『あそこ、なぎんち』


 小高い丘の上にある閑静な住宅地に凪の家はあった。二階立ての家には明かりが付いていた。


『じゃあ、お姉ちゃんはここで帰るから』


『ありがとう、お姉ちゃん』


 手を振る凪に見送られ、もと来た道を歩く里栄子は、どことなく誇らしい顔をしていた。

公園まで戻り、停めてあった自転車に足をかけた。そこから少し下り坂だ。里栄子は両足を前に突き出し、ただ重力に任せて坂道を下っていった。


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