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序章:戦闘員Aのプロローグ


 目の前には、おっぱいがいっぱいあった。


 ほぼ全裸の彼女たちは、慣れた足取りで整然と隊列を組んでいく。


 いつものように。


 ほとんどヒモじゃない?という大変ミニマムなぱんつしか着けられないから、最初はみんな猛烈に恥ずかしがる。「上」までは支給されないから。

 もっとも、ぼいーんな子もつるーんな子も、見かけ上だけは、みんな堂々としている。

 頼りなげなこの黒いヒモぱんが、実は鋼鉄の貞操帯より頑丈な防具だ、ということを、彼女たちはわかっているからだ。

 むしろ、もじもじしているのは、こっちの野郎どもかもしれない。

 僕らも似たようなぱんつである。お好きな人にはたまらない光景であろう。

 雄っぱいに興味ない僕には、いっぱいでも嬉しくもなんともないが。


 女の子たちを愛でていると、隣からちょっと怪しい息使い。

 ちらっと目線だけで見てみれば、20代前半くらいの青年が、小鼻を膨らませギラギラした横目で女子チームを盗み見ている。

 ……おっぱいに興奮してるんだよな? まさか雄っぱいで興奮してないよな?

 最古参である僕が、見たことの無い顔だ。今回がスーツ装着初めての新人さんだろう。


「働き蜂に欲情する雄蜂はいらない子だよ。平常心」


 視線は前に向けたまま、そう小さくささやくと、首がねじ切れそうな勢いで振り向いた。

 ああ、そんな動きしたら、管制室のカメラでばっちり判っちゃうじゃない。

 懲罰の説明されてないんだろうか? あとで幹部たちに言っておこう。

 どうも最近、新人研修が甘い気がする。て、そんなこと言ったら「お前が指導しろ」とか言われかねない。黙ってよっと。


「それに、うっかり元気になっちゃうと、これから大変な目にあうし」

「うるせえ」


『装着1分前』


 アナウンスで我に返ったのか、前へ向き直ったものの、険のある目つきが「貴様を潰す」と言っている。

 確かにひょろっとした背格好で、君よりは年寄りの僕なんて、秘孔つかなくても指先一つでダウンさせられそうに見えるんだろう。

 あー。でもこれから潰れるのは君なんだよ。局所的な意味で。


 この装着室の床には、僕らの隊列が整ってからすぐ、黒い重油のようなものが一面に流され始めていた。

 もったりと重みのあるこのゲル状の物質に、僕らはくるぶしのあたりまで埋められている。

 わずかな生温かさを気持ち悪いと感じるか、足湯みたいで気持ちいいと感じるかは、人それぞれだけども。


『装着開始』


 短いアナウンスと共に、ゲルは僕等の体へ一斉に這い登りはじめた。

 何かに捕食されているような、生物めいたこの動きだけは、全員一致で「気持ち悪い」。

 案の定、ひきつった女の子の悲鳴が聞こえて、僕は女子チームの方を素早く見た。


 逃げ出そうとしたり、直立の体勢を崩したりしたら、「装着」は最初からやり直しになる。

 そういう人員が出た場合、一番このスーツを着慣れている僕が対処するのだが、幸い、悲鳴をあげた誰かさんは、耐えたようだ。

 とはいえ、装着しきるまで油断はできないので、僕は自分自身も黒いスライムに包まれながら、用心深く、彼女たちを観察を続ける。


 ふくらはぎから腿へ、重力に逆らって流れる水の動きで、漆黒が彼女たちの体を包んでいく。

 腰のくびれの曲線を直線にならし、

 たわわな子の胸もお構いなしに一定のサイズへと押し込め、

 ほっそりした腕を分厚くくるみ、


 髪ごと顔も塗りつぶされると、そこにはもう、「女の子」はいない。


 この黒いゲル――流動人工筋肉繊維は、性能の設定上、外見をちょっとマッチョ気味な男の肉体にしちゃうんだよね。設定された体型に、極力近づけるようになっているので。

 ちなみに男の場合、もとからマッチョで腕力のある奴には、このゲル自体はさほど機能しない。

 個体の筋肉の量を自動的に判別し、筋電位の伝達だけを行う。人によっては、逆に本来の腕力を抑制されることもある。


 僕らは、全員同じ出力、同じ外見の「群体」であることだけが必要とされるからだ。


 以前女の子チームに聞いたところ、巨乳の子なんて鉄板入りのサラシで力いっぱい締め付けられるような痛さで、ものすごく辛いんだそうだ。

 そのせいで「貧乳っていいわねチーム」vs「巨乳なんか羨ましくないもんチーム」で一悶着あったとかなかったとか。

 ちなみに野郎は、スーツ装着前にポールポジションを直しておく、という小技がいります。これ大事。超大事。

 しかもさっきの新入り君のように、股間が「あらあらうふふ」になってた場合、


「痛ぇええええ!い、イィイイイイ!」


 拷問レベルの大惨事。スーツは色々な意味で人体の膨張箇所を無視する構成だからね!


『黙れ234番』


 管制室から叱責が飛ぶが、多分聞こえてないんじゃないかな。

 出撃を前に、緊張感も覚悟もなく「仲間」に欲情するような心構えの奴は使えない。彼は今日のお仕事から外されて、おんもに出してはもらえんだろうな。


「イー! イィイイー!」


 痛みと共に、言葉がでないことにパニックも起こしているようだ。

 この筋繊維スーツ着ると、顔の筋肉もある程度固定される上、声帯と舌の動きが抑制されて言葉が喋れなくなるんだよね。


 自白と自殺防止の為に。


 何を言ってもひー、とか、イー、としか声が出せないので悪しからず。

 しかし、そんな予備知識も持ってないのか。本気で新人研修見直させなくては。

 ただでさえ、この装着室を女性用と男性用に分ける工事のために、予算と人員が足りてないのは知っているんだが……、上申書出したら絶対、僕に指導係のお鉢がまわってくるよなあ…

 悪の組織も内情は火の車で大変なんであるよ。

 どうせ悪なんだからブラック企業見習いましょうよ、と言ったら、我らが総帥・クイーンホーネット様にイヤな顔されたのは記憶に新しい。


 さて。


 流動人工筋肉が固定化し、表面に耐衝撃用皮膜の形成も終わった。


『装着・展開終了、組織結合異常無し』

『全戦闘員、バイタルサイン異常無し』


 今回もみんな無事に上手に着られました。善哉善哉。




 僕らは、この黒い流動体をまとった瞬間から、名前も性差も個性も無い、単なる「戦闘員」に変わる。

 作戦会議で指示された行動パターンと対処法をもとに、作戦のコアとなる組織幹部の命令に忠実な手足となる。……前座のにぎやかしとも言うな。



 「ヒーロー」に蹴散らされるだけの簡単なお仕事です。

 



 さあ、今日も元気に出撃ですよー!





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