路地裏のヤンキー
凛花の誕生日の翌週だ。
昼休みの駅前は、サラリーマンやOLでごった返している。
そんな人波の向こうで、妙に浮いた姿がひとつ、俺の目に引っかかった。
ガードレールにもたれるように立ち、周囲を睨むように見回している。
着崩した制服とは対照的に、髪は隙のないオールバック。
額の右上には古い傷跡が走り、人を寄せ付けない威圧感が、そいつの正体をハッキリと物語る。
うわ。不良だよ。やだなぁ……。
そう思った次の瞬間、バチッと目が合った。
関わらないように前を通り過ぎようとすると、声が飛んでくる。
「なあ、ちょっと」
「は、はい……?」
「こっち。来てよ」
首を振って、一緒に来るよう促された。な、なんだ?
ヤンキーはポケットに手を突っ込んで肩を左右に大きく揺らす、いかにもな歩き方で路地裏へと入っていった。
一瞬、ダッシュで逃げようかとも思ったけど、どういうつもりか要件くらいは聞いてもいいだろう。
「何の用だ?」
「ああん? そんなの、わかってんでしょ。金だよ、金」
うわ! マジかよ、カツアゲだ!
いや、オヤジ狩りか。ま、どっちでもいい。
いくらなんでも白昼堂々、高校生に恐喝されたくねーぞ。
「三千円っすよ、三千円」
「三千円……?」
は? いくらなんでも、額がショボすぎないか?
俺、そんなに金もってなさそうに見えたんだろうか……い、いやいやっ!
俺も大人だ。ここは未成年に、説教のひとつもかまさねばなるまい。背筋を伸ばして胸を張り、威厳たっぷりに声を上げる。
「あのねぇ。どういうつもりか知らないが、三千円は大変な額だよ。お小遣い制の君たちと違って、俺たち社会人は胃をキリキリさせながら会社に縛り付けられている……三千円はね、俺が流した血と汗と涙の結晶なんだ」
「はぁ?」
「考えても見たまえ。三千円あったら日々の牛丼に、卵を一ヵ月つけることができるんだ! これはもう、ランチにおける『生卵のサブスク』と言っても過言じゃない。栄養状態が劇的に変わる。命の輝きだよ!」
「えーっと……? なに言ってんすか」
「まずは君もバイトして、時給千円の重みを身体に叩き込んでみたまえ。そうすれば、他人の財布に手を出す愚かしさが、身に沁みて分かるはずだ! オススメはファミレス、ピザ屋、回転寿司だね。なぜなら従業員価格で安く食べられるから、バイトのある日は食生活がとても豊かに――」
「ああ、もう! ほら、これ」
ヤンキーはポケットから何かを取り出し、俺に押し付けてきた。
見ると、お年玉を入れるようなポチ袋だ。ちいかわのイラストが印刷されてる。
中を開くと、折りたたまれた千円札が三枚入っていた。
え、どういうことだ。
俺の説教に感動して、授業料でも払おうってのか?
俺は、ポチ袋をヤンキーへと突き返す。
「悪いが、これは受け取れない」
「な、なんで……?」
戸惑うヤンキーに、言ってやる。
「たった数分の説教をしただけで、君からお金をもらっては、恐喝と同じになってしまうからだよ。これは、俺の中の正義の心がそうさせるのさ……フッ」
ヤンキーはしばらく怪訝そうにこちらを見ていたが、やがて「はぁ〜……」と大きくため息をつき、頭をグシャグシャとかき回した。
前髪を下ろして、胸ポケットから骨型のヘアピンを取り出し、右上の傷を隠すように頭につける。
「げ、玄さん……。ボクですよ、ボク」
両手を太ももの前で握り合わせ、上目遣いでモジモジしながら言った。
その声、ポーズ、顔。
ア、アレ……? どこかで見覚えがあるような。
「……えっ!? ま、まさか……コロちゃん?」
コロちゃんは非難するような恨みがましい目で、不満げに口を尖らせる。
「そ、そうですよ! もう〜! なんで、わかってくれないんですかぁー!」
……コラ。無茶を言うな。
わかるかー!? ンなもんッ!!
叫びそうになるが、グッと堪える。
「そ、そうか……。すぐにわからなくてごめんね、コロちゃん。とりあえず、そこの公園でお話しよっか」




