狛犬の片方は実は獅子
ルーペを手に入れて暇つぶしにフリマを流し見していると、コロちゃんが座り込んでるのが目に入った。
どうやら、みのりの店を見てるらしい。
「こんにちは、みのりさん。コロちゃんは、何を見ているのカナ?」
語尾をちょっと上げつつ俺が後ろからそう尋ねると、コロちゃんはビクッと肩を揺らし、それからおずおずとシートの上を指さした。
「あのう。こ、これです。ボクの深水常之宮、和風だから。こういうのが似合うかなって……」
それはミニチュアサイズの狛犬だった。
左右対称の一対で、それぞれの足元には透き通った丸くて青い宝石がある。
片方は口を空けて、もう片方は閉じている。阿吽の形だ。
虫眼鏡をかざして覗き込む。
本物の石像を、そのまま小さくしたみたいだ。
「えっ。なにこれ、すげえ……本物の石ですか?」
みのりは首を振る。
「ううん。それはねぇ、グレイスカルピーっていう樹脂粘土でできてるわぁ。あ、足下の宝玉は本物のアクアマリンよぉ~」
値段はセットで四千円。
まあ、それくらい妥当だろうな。
というか、俺なら一個一万円もらっても作れる気がしない。
「コロちゃん! これ絶対に買いだよ。めちゃくちゃよくできてるよ!」
俺が食い気味にそう言うと、コロちゃんは困ったように笑った。
「え、ええ。ボクもそう思います。でも……今月はブラウス買っちゃって……もう、お小遣い残ってないんです」
……あ、そうか。
普通の女の子なら、服くらいは親にねだれる。
でもコロちゃんの場合、そうはいかないもんな。
「みのりさん。この狛犬って、いつも売ってるんですか?」
「ハンドメイドだから、売れちゃうと次いつ完成するかわからないわねえ。また同じくらいのクオリティで作れるかも保証できないしぃ〜」
「なるほど……」
「もし買うなら、お友達価格で三千円まで引いてあげるけど、それ以上はちょっと無理ねぇ〜」
コロちゃんの視線が、狛犬と値札の間を行ったり来たりしている。
何度か立ち上がりかけるが、どうしても諦めきれないようだ……。
俺はもう一度、虫眼鏡で狛犬を覗いた。
怖いながらも、どこか愛嬌のある顔立ちである。
毛並みの彫り込み。牙の形。台座。細かい。すごい。
足元のアクアマリンが光を受けて、まるで小さな水面みたいにきらめいている。
うーん。やっぱり、よくできてる!
この小さな狛犬が深水常之宮の入り口に置いてあったら、さぞかし格好いいだろう。
「よっし。コロちゃん。これ、俺が買ってあげるよ」
「ええっ!? い、いいですよ……そんな。申し訳ないです」
「いいんだよ。三千円はお小遣い制の高校生には大金かもしれないけど、社会人にとっては屁みたいなもんだから!」
俺は見栄を張って、胸をドンと叩く。
本当のところ三千円は、それなりに痛い金額だ……。
けれど今の俺には多少の余裕もあるし、コロちゃんに買ってやりたいと思ったのも事実だった。
「みのりさん。これください。はい、三千円!」
こういう場合、有無を言わせず買ってしまうのが吉である。
遠慮しいで引っ込み思案で大人しいコロちゃんの返事を待ってたら、おそらく日が暮れてもウンとは言わない。
みのりは赤いチェックの紙袋に狛犬を入れると、俺に手渡す。
「はい、玄君。お買い上げ、ありがとうございますぅ~」
それをコロちゃんの手を取って、そのまま握らせる。
「どうぞ。俺からのプレゼントだよ」
コロちゃんはモジモジと視線を泳がせ、しばらく迷っている様子だったが、やがて上目遣いで口を開く。
「……じゃ、じゃあ、玄さん。貸しにしておいてください。次のお小遣いもらったら、三千円返しますから」
「コロちゃんがそうしたいなら、それでいいよ」
「は、はい。玄さん、ありがとうございます! ボ、ボク、さっそく鉢植えにこれ置いてきますね。あの子たち、喜んでくれるといいなぁ……!」
コロちゃんは頬を赤く染めてぺこりと頭を下げると、はにかみながら嬉しそうに去っていった。
うんうん、いいことしたなあ。
……実は俺って、金を使い始めると金銭感覚が壊れるタイプなんじゃないか?
宝くじでも当たった日には、そのまま人生破滅コースだな。こりゃ。




