マッスル・サンクチュアリ
駅からすぐ近くの場所に、『マッスル・サンクチュアリ』はあった。
入口には「24時間営業、年中無休」の大きな文字。ガラス張りの建物の中には、所狭しとトレーニング器具が並んでいる。
壁には巨大な鏡が設置されており、筋骨隆々な人たちが自分の姿をチェックしながら、汗と努力の結晶を周りに誇示していた。
「……あの。俺、強くって、ダンジョンスプラウトのことだと思ってたんすけど。筋トレとかそっちのノリなら、帰らせてもらっていいすかね?」
俺が早くも後悔しながらそう言うと、剛は車のドアを開けながら快活に笑う。
「ハハハハ! 強くするのは、ダンジョンスプラウトで合ってるよ。ここは、僕の経営するジムでね。まあ、自宅兼仕事場だ。さあ、中に入って。事務所で話そう」
通された事務所は、小さいながらも整理整頓されていた。
うながされるままにソファに座ると、剛はキッチンへと向かい、シェイカーを手に言う。
「飲み物はプロテインでいいかい? ストロベリーとバニラ味のどっちがいいかな?」
「あ、飲み物いいです」
「そう言わずに……おっ、切らしてたと思ってたココア味が一人分あるぞ! ラッキーだな。これは君にご馳走しよう」
剛はシェイカーを振ってプロテインを溶かすと、俺の方にココア味を、自分の前にバニラ味を置いた。
……いらないっつったのに。
俺の正面に座った剛は、手を組んでから静かな声で言う。
「さて。改めて自己紹介させてもらおうかな。僕の名前は増田剛。三十六歳だ。ジムの経営と、ダンジョンスプラウトのトレーナーをしている」
「はあ、伏見玄です。三十一歳です。ITエンジニアやってます」
「まず、最初に謝っておくよ。コロちゃんやみのりさんを、君にけしかけたのは僕だ。君に負けて欲しくてね」
「はあ!? な、なんだそりゃ! あんた、俺に何の恨みがあって、そんな事をしたんだよ!」
俺は思わず立ち上がる。
剛は頭を下げる。
「玄君、ごめんよ。座ってくれないか? まだ、話は始まったばかりだ。とりあえず、聞いて欲しい」
「…………」
俺が大人しく腰を下ろすと、剛は話を始める。
「誤解しないでほしいんだが、二人とも僕の家来ってわけじゃない。ただ、面白そうな相手がいるから、レイドしてはどうかと言っただけさ」
「で、あんたの目論見通り、俺はコロちゃんにコテンパンにやられた。おかげで俺のダンジョンスプラウトには、初撤退のログが刻まれた」
「折れた証は弱さじゃない。それは次に強くなるための進化だ」
「……どうかな。でも、なんでそんな真似を?」
「早めに君に知ってほしかったんだ。敗北の味と、ダンジョンスプラウトの真の奥深さを」
「真の奥深さ……?」
「プロのレイドでは、ラビスコープでは読み取れない強さが物を言うのさ」
剛はニカッと歯を見せる。
「なあ。コロちゃんのダンジョンスプラウト、やけに強く感じなかったかい?」
俺は顎に手をやり、思い出す。
「……うん、確かに。まだログは読んでないけど、初見殺しが満載の『サービス残業お断りダンジョン』を一発クリアなんて、普通じゃない」
それに、俺のラビリミンも初撤退したし。
ダンジョンの難易度も、妙に高かった気がする。
「それも当然。コロちゃんの『深水常之宮』は、かつて日本一にも輝いたことがあるダンジョンスプラウトだ。あの子のお祖父さん、桃園虎二郎氏が作り上げた傑作だよ。負けるのは恥じゃない」
「え。で、でも……! レベルが!」
祖父が育てたのだとしたら、スカウターの故障……じゃなかった。冒険ログの1056の数値は納得がいく。
だけど、コロちゃんの『深水常之宮』はレベル17。
千回以上も経験値を稼いで、収まるレベルではないだろう。
それにレベル25以上が当たり前の大会を、勝ち抜けるほど強くもない。
「だから、さっき言ったろう? ラビスコープでは読み取れない強さがあるってね」
剛はプロテインをゴクゴクと飲み、喉を潤してから言った。
「レイドで経験値を貯めれば、レベルが上がってダンジョンは大きくなる。だけども、経験値は失うこともある。その条件を知ってるかい?」
「ええと。しばらくレイドをしてない時と、ダンジョンが壊れた時ですよね」
剛は頷く。
「その通り。放置すると、経験値は少しずつ減る。また、ダンジョンが壊れた時も、ラビリミンは貯めてる経験値を使って修復する……玄君。『剪定』は、もちろん知ってるね?」
「……ああ。ダンジョンの気に入らないところを壊して、作り直させるんでしょ」
動画で見たことがある。
ここがダメとかあそこがまずいとか言って、ラビリミンがせっかく作ったダンジョンを、金属のハンマーで叩いて崩すのだ。




