ブラック企業の社畜の俺
「若いうちは寝なくても死なない! お前はまだ三十一だろ!?」
課長にそう怒鳴られて首をすくめたのは、ブラック企業で社畜をやってる……いや、やらされてる俺。
伏見玄だ。
三十一は若くねえよ。いや、若くても寝なきゃ死んじゃうよ。
そう言いたいが、グッと飲み込む。
早く……早く、仕事を始めなければ……!
今日の分が終わらなければ、またサービス残業で終電を逃すことになる。
会社から家までは二駅だから、歩いて帰れない距離ではない。
だけどクタクタに疲れた身体で一時間も歩いて帰って、シャワーを浴びて寝てしまうと、疲れすぎて朝起きられなくて、今日みたいに遅刻する羽目になる。
遅刻すると、課長に怒鳴られる。怒鳴られた時間、仕事ができない。また終電を逃す。歩いてクタクタに疲れる。朝起きることが……ああああ、悪循環だ。
そんな俺のヤキモキした感情が顔に出てたのか、課長はフンと鼻を鳴らした。
「もういい。仕事に入れ」
「は、はい! 申し訳ありませんでした」
頭を下げてデスクに戻り、パソコンを立ち上げる。
クソ、二十五分も説教しやがって!
さっそく社内メールを確認すると、せっかく作ったソフトの仕様変更が三件もあった。
頭がクラクラする……。
え、営業の奴らめ。顧客の言うことにすぐ「できます」とか言うんじゃねえよ。断れ!
そんな風に心の中で毒を吐いてみるが、まあはっきり言って、この会社はまともじゃない。営業の奴らも、地獄を見てるに違いないのだ。
可哀相なのは、お互い様である。
地獄の午前中が終わり、さらなる地獄が待つ午後に向けて。
昼飯は吉野家だ。紅ショウガを乗せた牛丼をかっこみ、安らぎのひと時。
食べながらスマホで見るのは、『世界のミニチュア・ダンジョン』の動画だった。
ダンジョンスプラウト……。
育てると小さな迷宮ができる、不思議な植物。
いつの日か、こいつを所持して自分だけのダンジョンを作るのが、俺の夢だった。
幼いころ、誕生日のたびに連れて行ってもらった『ミニチュア・ダンジョンテーマパーク』。
水属性、土属性、闇属性。
ファイバースコープの向こう側に広がる、色とりどりの世界。
洞窟の壁をスライムが滑り、ゴーレムが闊歩し、レッサーデーモンが闇の炎をまき散らす。
等身大のラビリミンの着ぐるみに抱き着いて、撮ってもらった写真は、一年ごとに増える大切な思い出だったっけ……。
ダンジョンスプラウトの苗は高い。
最下級の物でも二百万円、高級品だと一千万を超える。
薄給の俺は、都会で暮らすのもギリギリの生活だ。
もちろん貯金はしているが、鉢植えなど一式そろえるのに、まだまだ何年も掛かりそうだった。
ふと気づくと、もうすぐ就業時間である。
昼休みに入ると同時に、机で仮眠したせいだ。
慌てて立ち上がって会計をすませ、会社へと小走りで向かった。
部署へと戻った俺と、課長の目がバッチリ合った。と、顎で会議室の方へとしゃくられた。
「おい。ちょっと来い」
……俺、またなんかやっちゃいました?




