Past of King
初めまして。拙いところや矛盾もあるかと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。かなりファンタジーです。
全く、無能な兄に代わり俺が王になれたら、と思って育ってきた。だが生憎俺は弟の身分、第二王子である。後継者候補第二位……。
兄は優しい人だ。聡明で、他国からの評判も良い、が。それだけでは駄目だ。強くなくてはならない。精神面、肉体面ともに兄は弱い。
「まあでも、確かに次期王は俺だけど……二人して頑張ろうぜ」
と言うのが兄の口癖であった。
聡明さならば俺にもある。兄に無いものが俺にはあると言うのに、何故?……答えは、国の決まりだから、である。代々そういうしきたりなのだ、……嗚呼、何処の国でもこういう諍いは絶えないらしい。いっそ生まれなければ良かったとも思ったが、俺は言わば保険なのだ。万が一兄が死んだりした場合の。俺のこうした苦悩を一掃するには、兄が死ぬほかなかった。
俺は悩むばかりである。とは言え俺が王になってどうする?あいつが王になってしまいさえすれば、俺はこの国を出ることもできるだろう。……無事に兄が王になれば良いんだ。
そういう苦悩に苛まれながらも城の中での毎日は退屈だ。毎日勉強、鍛錬を軸にただ生きている。生かされている。もっと幼かった頃は、俺と兄でよく城を抜け出した。……秘密の抜け道は、中庭から……生垣を超えて……城下町の雑貨屋の裏に通ずる道へ。懐かしい。俺は勉強を進める手を止めて立ち上がると、ふらふらと中庭に向かった。第一王子の兄と違って、十五になった時からは侍者は四六時中ついていない。どうせ俺一人いなくなったって、食事の時間までに帰れば気付かれないだろう。だが門番にバレてはいけないから、やっぱりあの抜け道を使うしか無いのだ。
俺は中庭に出た。幸いにも庭師は居なかった。今日の分の仕事は大方終わっているものと見える。俺たちが幼い頃からずっと変わらない中庭の風景。あの抜け道も……ああ、変わらず生垣の奥にある。変装用に被ったローブが汚れるのも気にせずに狭い抜け道を這い抜ける。庭師の目を盗んで抜け道に生えている雑草をかき分けて俺は城の外側へ抜け出した。久々に、一人で出る街だ。見世物小屋へ行こうか、何か娯楽品を買おうか、俺の心は久々にわくわくした。
天気の良さも手伝って、街は賑わっていた。骨董品だの肉だの魚だのを売るような屋台が立ち並ぶ。客を呼び込む声が、もしくはチップを貰おうとする路上パフォーマンスのギターやアコーディオンの音が響く。
果物屋の前を通りかかる時ふと思い出した。兄はラズベリーが好きだった。二人で城を抜け出した時、よく買って食べた気がする。俺は懐かしさに惹かれて果物屋の屋台へ吸い寄せられた。
「ラズベリーを一袋くれないか」
「毎度!……ふふ、今日は良いのが仕入れられたんだ、あんちゃん目が高いね!」
水々しい輝きを放つそれはとても懐かしい質感だった。あの頃はまだ悩むことなんて無かっただろうか。俺は金を払いラズベリーを受け取って、屋台の前を去った。
大通りに面して大きな広場がある。そこで少し食べよう。……まだ帰らなくて良い。広場は賑わっている。大道芸人がナイフでジャグリングをしているので、人集りが出来ている。……物騒と言えば物騒な見世物である。少し離れたベンチに座ってラズベリーを摘む。過去に固執しすぎるのは良くないことだ。思い出に浸っている間は幸せだが、目を覚ませば、思考はまた苦悩の城に閉ざされる。だが、思い出さなきゃやってられない?
……長いことベンチに座り込んでいた。ローブの隙間を縫って冷たい風が吹き始めた頃、そろそろ帰ってやろうとしたところで俺の隣に何者かが座る。
「よう、第二王子」
ぎょっとして顔を上げると、そこには兄がいた。俺と同じようなローブを被っている。まさか兄も抜け出して来ていたのか?
「お前が居ないって城内が大騒ぎしてる間に俺も抜け出して来ちゃった、……馬を借りて隣町まで行ってきたんだが、お前はずっとこの辺に居たのか?……ラズベリー一つくれよ、クリームの付いてないのを食うのは久々だ」
……俺はラズベリーを兄に渡して、溜息を吐く。……何かしらの理由で俺の抜け出したのがバレていたのか。これは帰ってからが不味いな。それにしてもその騒ぎに乗じて抜け出してくるとは。
「……何故抜け出して来た?」
「退屈だし、まあ、お前も退屈だから抜け出したんだろうし?それなら俺も!って」
……奔放な奴め。
ラズベリーを食べながら駄弁った後で、俺たちは二人で城に帰った。正門から入ってやったので門番にこっ酷く叱られた。だが門番は父母に叱られた。抜け道の可能性をあれこれ説明しようとしていたが、頑固な父母は聞き入れなかったらしい。
この日のことがあったために、俺たちを取り巻く監視は強くなった。迂闊に外へ出られなくなり、部屋に閉じ込められたような俺は……いや、俺たちは食事の時間以外顔を合わせることは無くなっていった。俺はまた苦悩に閉ざされた。気晴らしと言えば日記を書くことだけであったが、毎日同じような内容と、同じような苦悩が綴られるばかりでそれは埋まっていった。
ただ生かされるだけの第二王子に価値があるか?俺はあの城を抜け出した日、そのまま何処か遠くへ逃げ出せば良かったのではないか?……いや、駄目だ、もう少し耐えなくてはならない、俺は、俺は……。
何も変わらない日々が手足を焼き、脳を溶かし、二度と戻れない日々は悪夢に変わっていった。もしも第二王子と第一王子が逆ならこんな思いはしなくて済むのだろうか?ただ生かされるだけでなくこの国の責任を背負うて生きる重圧があれば、俺のこの宙に浮いた退屈も少しはマシなんだろうか?生かされているだけが俺の行く末だと悲観しないで済むだろうか。
ある朝、俺は自分の部屋ではない場所で目が覚めた。真っ白で、やけに装飾が少ない、清潔な……療養室ではないか。……はて、俺は何か病気をしただろうか。怪我をした感じはない。痛みも怠さも無い、が、……やけに頭が軽い。俺が起き上がると、側に控えていた老いた王宮騎士が……何故騎士が?声をかけて来た。
「城医は実家に用があるとかで帰っている、まあ、貴公も重病という訳ではないから騎士の私が貴公の面倒を見ていたよ、第二王子」
老騎士は口角を吊り上げて笑った。王が変われば彼も騎士の座を退いて、次の騎士がその任務を引き継ぐことになっている。
「しかし昨日はどうしたのだ、食事中に突然兄君に食ってかかるなど……冷静沈着、寡黙な第二王子らしくないじゃないか」
「……覚えていない」
「今更覚えていないとは、……だが嘘を吐くような御方ではないよな、……昨日の晩飯は何だった」
「チキンのスープ」
「……それは一昨日だ。ふむ、医者の言うことは本当だろうかね、……」
俺は精神疲労を重ね過ぎたらしい。苦悩の刃先は兄に向き、食事用のナイフで兄を刺そうとしたとかしてないとか、騒ぎになったらしい。俺はその後気を失い、城医と……また万が一暴れられたら困ると騎士をつけておいたというわけだ。馬鹿馬鹿しい話にも聞こえるが、俺がこの部屋に寝ていたことが何よりの証拠である。拘束衣を着せられていなかっただけマシか。
「半世紀前なら悪魔憑きと言われていただろうよ、……まあ、暫くは私が貴公につくことになるが」
老騎士は苦笑した。
俺は父に心配の言葉を散々浴びせられた後で部屋に返された。その日はただ何もせず居ても良いことになった。俺は日記を書く気も起きなくなって、ひたすらベッドで寝ていた。
だから、誰も彼も寝静まった頃に目が覚めてしまったのだった。……こういう夜は一度起きてしまうと寝付けないものである。この夜も例外ではなく、俺を再び眠りに落とし込むには相応の時間が必要だった。見張りにつけられた老騎士もベッドのそばの椅子に腰掛けて、眠っていた。この程度の見張りしかつけられないものかね、と半ば落胆して、俺は部屋を抜け出した。そして、その時だった。
『その内国は滅びる』
俺が心の中で何かを思うのと同じように、耳を介さず何者かの考えが自分の中に流れ込むのを感じた。
『あいつが王では国は立ち行かない』
『俺こそ王になる者なのだ』
最初は気にしないようにしていたが、何かその思考は勢いを増すようだった。
『目を背けてはならない』
『最善で無くとも最悪にはならない』
……俺は今日何も食べていなかった空腹をどうにかすべく厨房へと足を向けたが、その時、廊下の壁にかかっている全身鏡が俺を掴んだ。いや、鏡の中から長い腕がかなりの力で俺を掴んでいる。引き摺り込まれるような感覚があったが、果たしてその腕の主は俺を掴んでこちら側へ姿を現した。……宗教の勉強で見た絵画に描かれていた悪魔に似ている。黒い翼、体、目だけが不気味に赤く光る様、……俺は寝ぼけているのだと思った。
「寝ぼけてなんか無いね」
「……」
「ねえ、俺はね、そりゃ悪魔ですよ、この城にずっと昔からいる……あは、全く悪者と言うわけでもないはずだがね」
「……腹が減った」
「まあ待てよ、……夢かも知れないぜ」
「夢……」
俺の頭は急速に鈍くなっていった。たしかに夢かも知れない。……ただでさえ気をおかしくした後だ、何か悪い夢を……やっぱり寝ぼけているのだ。
「寝ぼけてることにしといたほうが良いな……ねえ。その昔、お前みたいに悩んで悩んで心を壊した第二王子が居たんだ、……彼の兄は盲目だから、第二王子が王位を継承すると思われていたが、継承権は第二王子に回らなかった。……嫉妬深い過去の第二王子は俺に魂を売って第一王子を呪い殺したのさ」
「……そんな話は、……知らない……」
「呪われたこの国の過去さ、気まぐれに聞かせてやったまでだ」
「知らなくて良い……」
「まあ待てよ、お前からも魂を買ってやろうと言うんじゃないさ、俺はこの城の呪われた歴史を伝える者なんかじゃない」
「……話は終わっている、失せろ、用がないならば早く目を覚まさせてくれ、……ああ」
悪魔はにやりと笑った。
「俺は予言者なのさ……ねえ、君の兄貴が王になればこの国は滅びるぜ、……権力を手にした者が他者にいつまでも優しくできると思うな、……この国が無くなれば俺も困るんだよ、なあ、第二王子様よ」
頭がくらくらしてきた。眠れそうだ、……だがまだ悪魔と名乗る者は続ける、鏡にその姿が映っていないのは矢張り夢だからか、それとも、……。
「本当にそのままで良いのか?」
「……酷く眠い、失せろ」
「待てって、……このままじゃ良くないと思うなら、明日のまたこの時間に……全てが眠った後に、鏡の前へ来るこった」
……俺はその後のことを覚えていない。ただ、廊下で眠っていたところを翌朝発見されて、完全に気狂いのレッテルを貼られてしまったようだった。……昨日のことはぼんやりと、だが揺らがずに俺の記憶に残っている。
俺は完璧に自室に閉じ込められた。部屋を出るときには必ず老騎士が側に控え、部屋にいるときは外から鍵がかけられる。俺は生かされているだけの状況から、殺されているも同然の状態になっていくようだった。勉学も鍛錬も一切を放棄された俺は、再び眠るだけの一日を過ごした。
夜が更け切った頃、やはり目が覚めた。
ぼんやりした頭をなんとかはっきりさせようと深呼吸する。外から閉ざされているはずだった自室の鍵は空いていた。……。
俺は再び廊下の鏡の前へやって来た。気狂いのレッテルを貼られた俺に戻る道は無かった。……後から思ったことだが、この一連の日々はこの悪魔によって仕組まれていたのでは無いか。
「嗚呼、来たんだね、やっぱり、まあお前が来ることも知ってたぜ、なあ、俺は予言者だからさ……」
「……」
鏡の中から俺の肩を掴んでずるりと悪魔が這い出てくる。
「可哀想に、君も国も城も終わっていくだけだものね」
「……」
「俺に魂売って、この時を打開してやろうと言うんだな、まあそれしかお前が生きてく術はないぜ」
「……わかった、……」
「はは!いい返事だ、……はは、……」
意識が悪魔に押し出される。何か胸の奥の大事なものが冷めていく感覚に襲われる。全身が焼けつくように痛んだ。
そしてその後を覚えていない。
……。
「俺」が帰ってきたとき、俺の目の前には息も絶え絶えな兄が倒れていた。血の匂いが辺りに流れている。
「……やっぱ父さんの言うこと聞いて、縛っとくべきだったよ、お前のこと……」
兄は囁くように言った。
「……不可能だ、人を呪えど穴一つ、遠く歴史の中でお前は他でもないお前自身に呪われるのだ。……その目、髪、……高貴な黒だったのに、」
兄は口を閉じて、それで、城の中は静かになってしまった。
俺以外の誰も息をしていない静けさ……。
悪魔も退屈だったのだ。その暇潰しに利用されただけの話である。悪魔の手で改ざんされた民衆の記憶は、俺が王として差し支えなく活動するのに充分であったが、「その昔悪魔に魂を売ったのだ」という噂だけは絶えなかった。
白い髪と赤い目が、それを象徴したからだ。




