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六款法

 ろっかんほうって読みます。

 前回は話までの話をした。わまでのはなしをしたって読みます。ここからは項と款の話をします。ほとんど両方とも私の造語です。話の次に細かい話って感じです。


 私は自分に適した小説の書き方や構造を知るために起承転結や三幕構造を調べたりしていたものの、結局は私が気持ちよく書けるのはどういったものか、また私が書いている小説はどういった構造をしているのかを確認した。重要なのは構造が先にあるのではなく、私が先にあること。自分が先にあることだ。

 こう言うのはつまりタイミングの話だ。人によっては三千文字が長い、短いとわかれたりする。私は五千文字から長いと思うタイプ。ここら辺は人によって違うだろう。また同じ三千文字でも内容によって長い、短いの感覚が違う。つまらないなら三千でも長い。もっとつまらないと一行でも長い。こいつは別の話だ。

 私が言いたいのは吾輩は猫であるはとても長くて単調で読めないということだ。いや違うな。ちょっとばかし見た五百ページの本が、最近の本だ、これが一文ごとに改行していて滅茶苦茶気持ち悪かったということだ。関係ない。


 余談はいい。本題はリズムの話。一節がどれほどの長さであるべきか。一節に何話使うのか。ここら辺のバランス感覚を調整しないとワンピースみたいに長ったらしくなってしまう。あと一話だいたい何文字なのか。これはだいたい三千から五千。基本的には三千前後が望ましい。らしい。調子に乗ったら七千まで書いてもいい。やっぱり五千までにしておこう。

 さて。起承転結は四部分だ。一部分に一話使ったら恐らく長い。となると二話くらいがちょうどいい。三幕構成なら三話でもいいし、四話でもいい。補足しておくが一節何話にするかの話だ。

 二話となると千五百文字で起、次で承。そこから転結となるが、見せ場はどこだろう。転だ。ただここのリズム感はジャンルにもよるが、現代の感覚ではスピードが乗っていたほうがいい。となると起承だけで二話の四分の一まで行くかもしれない。転で一気に。となると、これだとあまりに承が長いかもしれない。単調になる。となるとバトルものなら簡単な敵を承で倒して、強い敵がメインにする。強い敵の東条は転だから転は一話目の後半ギリギリが望ましい。と言った感じに想定できる。

 三話ならひとひねり入れてもいい。仮面ライダーのように一度負けさせて、それからということだ。しかも一話長い分、敵の視点も入れられるし、リベンジマッチを長く取れる。ここに飽きるかもしれんが。なお敵ではなく何らかの障害物でもだいたい同じだ。

 三幕構成が困難を主にするのもこういったところで数字と重なる。三は困難だと。なら起承転結は二だ。二は単調シンプル。困難はあっても基本的にはその場で対処。修行編? いらん。というか尺が足りません。なろう系は一か? 一でいいや。


 ここら辺の何話かけるかは小説家によって異なる。これくらいが丁度いいっていうのがあるだろう。私の場合は三話くらいだ。はじめは六話くらいほしいっておもっていたが、さすがに長い。三話で一節。すぐ次の話に。バトルやアクション、推理物にしたって、同じ事件をずっと追っていても飽きてくる。色んな敵と戦った方が文字鮮やかだろう。

 では三話というルールを必ず守るとしよう。その中身はどう決まる? ここはあまり自分でも扱うつもりはないが、考えたので書くぜ――中身は必ず六等分される。


 節、すなわち一つの小さなお話にはどういった要素が含まれているか。解剖する。


 まずは必ず含まれるもの。

 1.舞台および登場人物の説明。

 2.人物がそれぞれの目的に準じた行動。

 3.舞台および登場人物のこれからの説明。


 1はいわば起承転結の起、三幕の一幕。2は承、二幕前半。3は結、三幕の後半。つまりは登場人物が誰でどこにいるのか説明しなきゃ、そもそも物語が始まりません。物語には絶対に舞台と人物がいる。当たり前。3も同様。物語の最後にも舞台と人物は在る。無くとも無いという説明はされる。それは在る。そんでもって2は必然。登場人物が何の行動もしていないなんてことはあり得ない。存在している時点でなんらかの行動はしている。寝ていてもそれは行動の一種だ。

 補足しておく。三幕構成の定義ではなく、そこに人物が存在するということの定義のことだ。存在しているのはどこかにいて、なんらかの行動をしているということだ。1から3はいわば時間だ。はじまり、はじまってからしばらく、最後。


 次は必ずしも含まれないもの。

 4. 2とは異なる別の目的への行動。

 5.最後の障害の登場と克服。


 4はなんらかの影響で今までとは違ったことをする場合。5はそうするなかで現れた強敵などの障害、あるいはすでに現れていた強敵とのリベンジ。こういったところは三幕構造に含まれる部分だ。


 はい。これで全部です。といったら何か足りないな。

 6.一時的でも目的が変わりうる場面。可能性。


 ”なんらかの影響”の言い換え。これこそがその物語がシンプルな起承転結なのか三部構造のように壮大であるかを決める部分だ。可能性とはすなわち四つだ。そこで目的が叶うのか、そのまま順調に進むのか、なんらかに遭遇して難航するのか、太刀打ちできない何かに潰えるのか。叶えば終わり、別の目的が現れるかもしれない。順調ならそのまま起承転結。あとの二つは王道と壮大。

 ここの6こそが物語の転換点、核とさえ言える。イメージで言えば鉛筆を逆さに立ててどこに倒れるのか。読者の視点だ。物語の方向性が発覚するタイミングだ。


 さてこの1~6にそれぞれ名前を付けるとしよう。それと順番に並べるとする。


 佇:人物、舞台が説明。始まり。

 行:人物が目的に沿って動く。

 展:目的がどうなるかが定まる。物語の方向性が決まる。

 歩:決まった方向性へ着実に進む。

 変:最後の障害の登場・克服。

 住:人物、舞台がどうなったのかを説明。終わり。

 

 物語を完全に分解するとこのようになる。ここから不要なものを抜けば起承転結になるし、ほどよく抜けば三幕構成に留まる。人間の物語は全てこの六つが連なってできている。

 ここで捕捉だ。展で困難に遭遇しなければそのまま住へ向かう。歩も変もスキップされる。逆に展で新たな目的が出てくれば歩と変は必ず出てくる。言い過ぎた。変が出てこない場合もある。多分つまらない話になるけど。

 

 見ての通り佇行展歩変住は六つある。この六つを六款と呼ぶことにする。


 ここからはこれらをどういったバランスで一節に配分するか。私の場合は三話にそれぞれ二つずつ。イメージすると2×3の6マスになる。数字なのか漢数字なのか半角なのかはっきりしろといったやつは禿げているか、禿げる。この1マスを款と呼ぶ。横3の軸を項と呼ぶ。まぁ話だ。

 つまり言った通りに六款を順番通りに一話二つずつ入れていくだけ。そういう段取り。これが基本。この手法を六款法ないし六款構造と呼ぼう。


 これが現在、私が思うちょうどよくてわかりやすい構造だ。小説の黄金比のようなものだ。

 と、ここまで言っておいて真面目に扱うかは不明。厳密には展は一話の最後から始まるべきだ。変も二話の最後から。しかしこうすると佇と行のスペースが狭いかもしれない。まぁその時は五千文字まで書けばいいか。


 こういうところでお終い。小説の一節のバランスは大事。読みやすさもそうだけど書きやすさもそう。厳密でなくてもいいけどある程度は枠に入っていないと統一感が無さすぎて面倒になるから。

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