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全体構成の話。組み立て(テーマと主義)

 長編の小説を考えるとまず部が出てくる。次に章、その次に話だ。こうやってわけるのは全体で主人公の状態が異なるからだ。主人公の主義や成長過程のことだ。

 話は出来事だ。小さな出来事の連続が主人公を別の人間にしていく。主人公がある状態になったキリの良いところが章の終わりになる。今更だが、主人公だけではなく他のキャラでもいいし、舞台そのものでもいい。

 なお部は無い場合もある。大きく舞台や主人公が変わるとき部が用いられるだろう。よは一度終わった物語がまた始まる場合。一度終わっているからそこまでの物語の結論は完成されたものとして扱われていて、その後に覆されることはない。


 さて長編を書く上でまずやることは何か。私は長編を書こうと思って書くタイプではないので、何を書くかを決めてから結果として長編になるだろうと予想した。ので、その場合を考える。というかそれ以外にあるのか? ないだろ。

 すなわちテーマだ。何を描くのか。描く上で大事なのは主義や思想を人物化すること。物語とはつまるところとある舞台にいくらかの主義を野放しにすることだ。それらがどうなったかを観察すること。だと私は思っている。思っているのだが、実際はこういう物語になるだろうと感覚と直感で先に予想してしまう。主義を置き去りにして形式がまずできてしまう。これがこっちのほうが面白いという直感に寄るものなのは言うまでもない。そしてこの面白いが哲学的ではなく快楽的なものなのもだ。しかし少なからずそれにも意味があるはずだとまた上から観察するのは、その想像さえ舞台の道理に矛盾しないのであれば何らかの主張を描いている気がするからだ。起きたときに見た夢の意味を考えたことがあるだろうか。私はよくある。


 こういうときに出来上がる物語は強く見覚えのある作品のはずである。自然と感覚として出るほど覚えている作品だ。物語はキャッチーであるのはもちろん、誰かのものだった要素が多々含まれているはずだ。ただこのときよく発生するのが形骸と主義との矛盾だ。

 形骸とは直感でできた物語のことだ。主義とはその物語の在るべきテーマのこと。主義を扱うとは単にハリウッドのように成功することを描くわけではない。前回も言った通り主義などそこには必要ないのだから。主義を扱うとき論理的でなければならない。ハリウッドではないと言いながら、困難がいる。困難とは強敵のこと――相反する主義が必要になる。主人公のライバルは真逆でなければならない。

 その点でもう一回形骸を見返せばひどく一方的な話に思えることが多い。どうせ勝つのだからとなれば、主人公の主義に価値が無くなる。どんな価値を持っていてもいいのだから――『主人公の主義は最終的に変化していてもいい』――これが結論になる。ここが大きな違いになる。


 形骸の物語が完全に元になった作品と同じではないはずだ。舞台、登場人物、世界情勢が異なるはずだ。形骸とは登場人物のやっていることが似ているということ。しかしその中身はどうであるかはわからない。私は主義と行動を絶対的な関係だとは考えていない。その行動に至る動機はいくらでも存在すると思っている。昔話の主人公がどこの国でも似たようなのはまさしくそれだ。解決は動機を固定しない。具体的に言えば勇者が魔王を倒す動機がなんとなくでも可能だ。

 誤解している方もいるだろうから説明しよう。形骸は主義をさほど含んでいない登場人物の行動だけを示すものだ。中身までは入っていない。だからこそ矛盾がある。いや、疑問という感覚のほうが正しいかもしれないが。確かにこの二つは全く違う。まぁ私はこういうとき過度に考える質だ。どこか間違っているかもしれないと。むしろそうであったほうが面白いとも。


 ここまで構築するとちゃんと主義の仮定を考える必要に迫られる。主人公の考えの変化をあらかじめ明確にしておかなければならない……ほんとうにそうか? そうだ。その必要は実はない。だってハリウッドしないから。形骸したとおりに主人公が動けるかどうかだけ確かめればいい。あるいは形骸の邪魔な部分を破壊し、広くエンディングを取れるようにする。こうすると好き勝手物語をその場で考えれる。おすすめはしない。けれど書くときはこっちのほうが楽しい。初めから結論がわかっているなら書く必要が無い。


 さてここでようやっと本題だ。なぜ話が必要なのか。話とは何なのか。結論から言えば私にとってはブレーキだ。この区間では好き勝手やってもいい。そこを越えるなら考えてから書けよってことだ。あくまで私にとって。

 在るべき回答は全体を踏まえた上で必要な要素を構築する。物語を入れる。洗練された計算。一種の美学。まぁこれはたしかに惹かれる。数学の教科書のような完全な一冊が生まれるだろう。しかしあまりに困難だ。このやり方はやり過ぎると不自由に固執する。不自由こそ美学だと勘違いし、伏線を張りまくり複雑になるほどにわかりにくく書きにくくなる。結果として全体ではあまり美しくならない。無駄が多くなるからだ。シンプルな方がローリスクだし、私はシンプルなものを美しいと思う質だ。複雑に惹かれる人はやってみればいいが。私が言いたいのはある程度自由にできるようにしておいたほうが楽だということだ。

 こうは言ったもののそれで主人公が成長するかどうかが不安ではある。懸念点は適当な人間ほど他人から影響されないから転換点が難しくなるところ。まぁ前半は勢いで後半から真面目にやればどうにかなる。こういうのを序破急って言います。多分違うけど、結果的にはそうなりそうだ。


 私はあまり制約をかけないタイプだ。完全に計算して書く人はここでの私なりの論を参考にするがいい。私でさえ完全にやるつもりはない。実は小説家のほとんどは感覚で書いている。三島ぐらいだよ、文体まで計算してるの。

 それでここで書いたのはほとんど基本。私が小説を書き始めたころだったら参考になる程度。まぁでももしも初心者が読んでいるのなら言っておこう。初めは感覚でいいから書き慣れろと。想像し慣れろと。毎日三千文字~とかじゃなくて、思いついたものを書きたいだけ書いてみる。文字制限は案外強い制約だから。


 こんなところで今回はお終い。なんかもう書くことない。あったらあとで書けばいいので。次が本番です。ここまでは雑談。

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