第079話: 古代の遺産
巨大な扉の向こう、遺跡の最奥には、広大なホールが広がっていた。
天井は高く、どこからか差し込む光が、埃の舞う空間を神々しく照らし出している。
そして、その中央に鎮座していたのは、朽ち果てた巨大な機械装置だった。
錆びついた真鍮の歯車、ヒビ割れた巨大なガラス管、そして光を失い黒ずんだ魔石の山。かつては精密に稼働していたであろうその姿は、今や見る影もない。
「これが……私たちの守ってきたもの?」
アイリスが呆然と呟き、震える足で歩み寄る。
彼女の一族は、何百年、いや何千年もの間、代々この場所を「聖域」として命がけで守ってきた。中に何があるかも知らされないまま、ただ「守れ」という掟だけを信じて。
だが、その正体は、神の遺物でも聖なる宝でもなく、ただの古びた機械の残骸だった。
「……ふむ。やはり、そうであったか」
ソフィアが興味深そうに機械に近づき、ペタペタと杖で叩く。
「これは古代文明の遺跡じゃな。構造から見るに……『気象制御装置』の成れの果てじゃ」
「気象制御装置?」
僕が聞き返すと、ソフィアは瓦礫の一部を拾い上げて説明を始めた。
「うむ。太古の昔、魔法と科学が高度に融合していた時代があったのじゃ。彼らはこの島の気候を人工的に操作し、独自の生態系を作る実験を行っておったのじゃろう。恐竜たちが絶滅せずに生き残っているのも、この島が外界から隔離され、温室のように管理されていた名残じゃ」
「実験……場……?」
アイリスの声が震える。
つまり、この島は巨大な実験施設で、彼女の一族はその管理者の末裔、あるいは施設の警備員の子孫だったということか。
「装置はとっくの昔に壊れておる。魔力炉も停止し、制御盤も腐っておる。今はただの巨大なガラクタじゃ」
「そんな……。じゃあ、私たちは何のために……。父様も、祖父様も、このガラクタを守るために死んだのか……?」
アイリスがガクリと膝をつく。
一族の誇り、使命、代々の犠牲。それら全てが無意味だったという事実に突き落とされ、彼女の心は音を立てて崩れ落ちそうになっていた。
ルナやセリスも、かける言葉が見つからず、痛ましそうに彼女を見つめている。
「無意味なんかじゃないよ」
静寂の中、僕の声が響いた。
アイリスが涙目のまま、ゆっくりと僕を見上げる。
「君たちが守ってきたおかげで、この島の自然は残ったんだ。あんなに元気なラプターたちや、美しい森が失われずに済んだ。もし誰も守っていなければ、この機械が壊れた時点で、この島は荒廃していたかもしれない。少なくとも、君たちが部外者を遠ざけ、森と共に生きてきたからこそ、この古代の生態系は現代まで繋がったんだ」
僕は彼女の隣にしゃがみ込み、その肩に手を置いた。
「君の家族が守ったのは、この機械じゃない。この島の『命』そのものだよ」
「……っ!」
アイリスの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
「そうか……。私は……私たちは……無駄じゃ、なかったのか……」
「ああ、もちろんさ。君は立派な『守人』だ」
彼女はしばらくの間、声を上げて泣いた。
それは悲しみの涙ではなく、長い呪縛から解き放たれ、自分自身を許すための涙だった。
やがて、彼女は涙を乱暴に袖で拭い、立ち上がった。
その顔には、憑き物が落ちたような、どこか晴れやかな表情があった。
「ありがとう、ユウ。……これで、私の役目も本当に終わったんだな」
彼女は朽ちた装置にそっと触れ、静かに別れを告げた。
一族を縛り付けてきた掟、重すぎる使命。それらから解放された彼女は、もうただの「守人」ではない。
自分の人生を歩み始めた、一人の少女アイリスに戻ったのだ。
「さあ、帰ろう。みんなが腹を空かせて待ってるぞ。今日は盛大にお祝いだ!」
「うん! ハンバーグ! ハンバーグ食べる!」
ルナが空気を読まずに叫び、セリスが「もう、ルナったら」と笑う。
アイリスも、つられて小さく笑った。
「ああ、腹が減ったな。……最高の肉を狩りに行こう」
僕たちは遺跡を後にした。
外に出ると、夕陽がジャングルの緑を燃えるようなオレンジ色に染め上げていた。
その光景は、ここに来た時よりもずっと鮮やかで、美しく見えた。




