第009話: 冬の花畑
「おい、そこの分岐を右だ」
助手席に座ったルナが、生意気にも指図してくる。
僕はハンドルを切りながら尋ねた。
「右? 地図だと真っ直ぐ行った方が街に近いけど」
「近道じゃない。……ちょっと見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
ルナは意味ありげにニヤリと笑った。
後部座席でお茶を飲んでいたセリスも、興味深そうに身を乗り出す。
「なんでしょう? 魔物の巣窟とかではありませんよね?」
「失礼な奴だな。もっといいものだよ」
車は街道を外れ、木々が鬱蒼と茂る獣道へと入っていく。
普通の馬車なら車輪を取られて進めないような悪路だが、このキャンピングカーにかかれば、揺れ一つ感じない。
「ここだ。止めてくれ」
ルナの指示で、開けた場所に出たところで車を止める。
そこは、周囲を高い岩壁に囲まれた、小さな盆地のような場所だった。
「外を見てみな」
ルナに促され、僕とセリスは窓の外を見た。
その瞬間、息を呑んだ。
「わぁ……っ!」
そこには、一面の花畑が広がっていた。
外は雪が積もる極寒の世界だというのに、ここだけ春が来たかのように、色とりどりの花が咲き乱れている。
淡いピンク、鮮やかな黄色、透き通るような青。
宝石箱をひっくり返したような光景だった。
「すごい……! 冬に咲く花、『氷華』の群生地ですか……!?」
「ああ。ここは地熱が高いからな。一年中、花が枯れないんだ」
ルナが得意げに鼻を鳴らす。
「どうだ? ただ真っ直ぐ進むだけが旅じゃないだろ?」
「……参ったな。これは一本取られたよ」
僕は素直に感心した。
ただ効率的に移動するだけなら、こんな景色には出会えなかっただろう。
「降りてみてもいいですか?」
「もちろん。ただし、寒いからコートを忘れないでね」
僕たちは防寒具を着込んで、車外へと降り立った。
冷たい空気の中に、甘い花の香りが漂っている。
セリスは子供のようにはしゃいで、花畑の中を歩き回った。
「綺麗……! 見てくださいユウ様、このお花、光ってます!」
「本当だ。魔力を帯びてるのかな」
「ふふん、私のとっておきだ。感謝しろよ」
ルナが腕組みをして、僕たちの様子を眺めている。
その表情は、どこか満足げだ。
「ありがとう、ルナさん。こんな素敵な場所に連れてきてくれて」
セリスが満面の笑みで振り返る。
その笑顔の破壊力に、ルナはたじろいだように視線を逸らした。
「べ、別に。飯のお礼だ。……それに、お前らといると、なんか調子が狂うんだよ」
「そうですか? ふふっ、これからもよろしくお願いしますね」
「……フン。次の街までの契約だろ」
素直じゃないな、この盗賊は。
僕は苦笑しながら、二人を見守った。
「さて、せっかくだからここでお茶にしようか」
「賛成です! この景色を見ながらのお茶なんて、最高ですね!」
「……まあ、付き合ってやらなくもない」
僕たちは花畑の真ん中にテーブルセット(もちろん【マイホーム】製だ)を広げ、優雅なティータイムを楽しんだ。
温かい紅茶と、甘いクッキー。そして美しい花々。
追っ手のことも、呪いのことも、今は忘れて。
僕たちの旅は、意外と悪くないものになりそうだ。




